起動
正式サービスが始まった。
ということで、メンテが開けると同時にログインする。
メンテナンスの修正情報やSNSを見るに、どうやらドワーフ村を滅ぼしたのは、格上を、厳密には隠密系は使ったが、スキルも用いずに屠ったという判定だったらしい。
システム上本来は勝てないような相手をシステム保証外の技術を用いた討伐した時の倍率が狂っていたのは事実なのだろう。スキルポイントより血の方を意識していたし、格下プレイヤーを倒すことが増えていたからあまり考えていなかったが、比較対象が雑魚とはいえ、確かにスキルポイントの獲得量は差があり過ぎた。
そして、自分のゲーム開始時の連続デスが観測されていたらしいこと。あれはどう考えても……な。恥ずかしい。いや、『薄色』付けたスケルトンが日光に弱くなりすぎなんだよ。ウェプスで始めたのが悪いというのは否定できないが。
まあいい。とりあえずはこちらには大きな影響は無いのだ。メンテが開けたら森を探索すると決めていた。
ログインすると、そこは洞窟だった。
「……はぁ?」
この感じだと、木の上から落ちた上に何者かにここまで連れ込まれたのだろうか。
3日ほど滞在した感じ、骨っころには興味のない、地上を暴れる獣が出てくる森だったから、木の上に居れば安全だろうと踏んでいたのだが……。
転生して肉が着いたから興味の対象になってしまったのか?不覚。
しかし、洞窟の主は居ない感じがする。うむうむ、となると今さっさと脱出して状況や位置をある程度確認すべきだな。流石に同じ森の中とは思うが、あまり深い所に行って安全かどうかは確認前だ。
新たに手に入れたスキルの検証を兼ねて、ゆっくり奥に進む予定だったのだが。もしここが森の奥深くで、なおかつ勝ち目のない魔物なんかが跋扈する場所であるなら、下手をすればこの洞窟がリス地だ。
今すべきなのは、とにかく隠密にここを抜け出すことである。
そう考え、立ち上がり、今一度洞窟内を見渡す。どうやらここは最奥でも出口付近でも無いらしく、二方向への道があった。非常に暗いが、昼活動しづらいアンデッドはデフォで暗視持ちだ。よく見える。
「ま、どっちでもいいか」
最大の敵、日光が見えたら出口だ。行き止まりなら取っ返せばいい。何も難しいことでは無い。
強いて言うなら敵対生物が居たらまずいが、『霧化』というヴァンパイア特有のスキルを使えば普通にはただの霧に見えるはずだ。スキル説明には「その身を霧と化す」としか書いていないが、もしも霧になってる間に何らかのデメリットがあって、それが致命打になったらと思うと今使う気にはなれない。
つまり今出来る最善手はとりあえず進むことだ。一応『隠密』は使っておく……いや、安全のために上位版の『隠伏』を取ってしまおう。何が条件だったかは分からないが、ヴァンパイアになる前には無かったのに新たに取れるようになっている。
そうして、起き上がって正面だった方へと進んで行った。『隠伏』の効果は凄まじく、洞窟内をドワーフが使っていた靴で歩いているのに何の音もしない。『聴覚強化』込ですら聞き取れない。こちらの上位スキルもやはりあるのだろうか。でなければ『隠伏』状態の敵を聴覚で見つけるのは事実上不可能になる。
というか歩いていて思ったのだが、この洞窟、いくらなんでも歩きやす過ぎないだろうか。音が鳴るとか鳴らないとか以前に、そもそも目立った段差もなく、とても滑らかで舗装されていると言ってもいいようなレベルだ。一体どうなっているのか。
その後も平坦な道を進んで行くと、広間のようになっている場所にぶち当たった。
「……はは、なんじゃこれ」
その広間は、ボロボロではあるが、明らかに何者かが生活して居た跡があった。この部屋を形成する上で残したのだろう、椅子やテーブルのような形のでっぱりも、多少荒れているものの形を残している。
というか、明らかに怪しい「扉」が正面にある。小さいが、人が通るなら不自由しない大きさだろう。ここまで歩いてきた「通路」と比較するとずっと小さくはあるが。
この時点で、ユリウスはここを探索せず引き返すという選択は無くなっていた。
これまで歩いてきた距離と、その平坦さから考えても、おそらく山肌の洞窟だ。となると、メンテ前にログアウトした森と続いていた山のところだろう。
そして、ユリウスが知る限り、アーリーアクセス期間では奥へ進もうとするプレイヤーは全てユリウスが殺していたし、逃したプレイヤーもそう強い訳ではなくそのうち森の魔物たちに殺されていたり、早めに引き返したりばかりでこんな最奥部まで到達した者は居ないはず。
つまり、きっとユリウスがこの洞窟に辿り着いた最初のプレイヤーだ。その浪漫は死んでデスペナを食らう可能性などと天秤にはかけられない。ノータイムで扉に手を掛け、開けた。
開かなかった。
押しても引いても開かない。
「……こういう場合は、意外と引き戸だったり……ダメか。シャッターみたいになってたり?いや、洞窟にどうやって作るんだって開いたァ!?」
何故シャッター式なのか。獣に開けられないようにか?確かに知的生命体以外が開けるのは無理だ。しかし洞窟にどうやって空間や仕組みを確保したのだろうか。分厚い壁の中に滑り込んで落ちてこない扉の仕組みが気になる。オーバーテクノロジーでは?魔法パワー?
開けた扉の先は、外の部屋と比較すると、とてつもなく狭い部屋だった。3畳程しかないその狭い部屋。そこに、鎮座している物があった。
「……ヒト、か?いや、というより……ロボットか」
人型。眠るようにしてそこに居る少女の姿をした物は、とても綺麗な見た目で、不思議と目を引く。現実の人間と比較するなら、16~18程度の、芸能人でも太刀打ち出来ないような見た目。長い黒髪が良く似合う顔は、瞼を下ろしている。
そして、それとは似つかわしくない、メカメカしい腕。鉄かなにかは分からないが、謎の金属で出来ている。手甲かと思ったが、肌のような部分から自然に繋がりすぎている。胸部にはコアのような宝石が埋め込まれている。
そして、そのロボットは、一糸まとわぬ姿であった。故にロボットと断定出来たのだが。
そもそもこのゲームは、全年齢向けではない。18禁でもないが。R-15というやつだ。裸に見えるような見た目がイケるどころか、上は普通に精巧に出来ている。
なお、15歳に満たない者もプレイできるが、ビジュアルに制限がかかる。これはVR装置から年齢を抜くので偽れない。中には偽る間抜けも居るだろうが……。
まあ、そこはいい。このロボは、本来精巧である上が、全く精巧では無かった。平たく言うと、膨らんでいるだけだった。つるっとしている。故に間違いなく生き物では無い。
「……ロボット、居るんだな。浪漫じゃん。浪漫爆発。でも女型で服着てないのは……いや、マネキンみたいなもんではあるけど」
うん。なんかこう、ロボットの見た目的にも若干の犯罪者臭がしてしまうな。ま、まあ?こいつどうしたら動くかとか確かめんとだし?
「よし、ここ狭いし外に出すか。よっこらせ」
椅子に座っているロボットの腕を掴み、背負い込む。と、同時に脳内にアナウンスが流れた。
〈エンシェント・アーティファクトを回収しました〉
〈エンシェント・アーティファクトの起動に失敗しました〉
〈エンシェント・アーティファクトの起動には『魔力共有』が必要です〉
〈スキルポイント1000を支払うことにより『魔力共有』を獲得可能です。獲得しますか?〉
ままままままってくれ!えーっと、つまり?こいつ担いだのがトリガーになって、起動されようとして、スキル持ってないから失敗したよと。で『魔力共有』ってなんだ?スキルツリーのどこにも見当たらない。ここでしか手に入らん系の特殊スキルか!?しかし1000はデカい。具体的にはデスペナ警戒で浮かせてるポイントが吹き飛ぶ。だが。
「うおおやるならやったるわい!持ってけ泥棒1000ポイント!『魔力共有』獲得!」
〈『魔力共有』の所持を確認。エンシェント・アーティファクトを起動します〉
もぞり。背中に背負う物が動く感覚がする。
「……ふむ。状況から察するに、君が私の新しい主人、ということになるのかな?」
「おお、マジで動いた。えっと、下ろすぞ。そう、僕が君の新しい主人だ。多分」
「なるほど、なるほど。うん、動力になっている魔力と君の魔力が一致するな。君が私の主人であることは疑いようもないらしい。では、自己紹介させて頂こう。私は故精霊王が製作した最高傑作、魔力動力式人型戦闘兵器の製造番号1番だ。よろしく頼むよ」
「……??お、おう、よろしく」
魔力動力……なんて?早口言葉は苦手なんだが。
「……ところでなんだけれど、乙女の柔肌を遠慮なく触った上に、その裸体をジロジロと見てくるのは、流石に配慮に欠けているのではないかな」
「……いや君ロボットでしょ!?」
*
インベントリからドワーフ用とはいえ着られる服を取り出して渡し、外の広間の椅子に座って待っていると、魔力なんちゃら1号さんがやってきた。
「いや、済まないね。何せ完全に密閉してしまっては、私を再起動してくれる存在に見つけて貰えないし、開けることも出来なくなってしまうものだから隙間を作るしか無かったんだ。結果として、着用していた衣服が虫に食われ、更に腐敗し、全裸の状態になってしまっていたようだが。見苦しいところを見せた」
「見苦しいって……ほんとにそう思ってるか?」
「おや、お見通しか。お察しの通り、この私のプロポーションは我が創造主たる精霊王の完全監修の下作り出された、ひとつの完成系だ。故に、それを晒すことに恥じらうことはない。まあ、遠慮なく背負われて身体中をいいようにされるとは思っていなかったがね」
「いや人聞き悪いし……あー、なんだっけ、魔力動力なんちゃらみたいな」
「魔力動力式人型戦闘兵器、製造番号1番だ。呼びにくいかな?何か新しい名を付けてくれても構わないんだよ。何せ君は私のご主人様だ」
「本気でそう思ってるのか分からん態度だなぁ……まあいいけど。名前ね。じゃあ1番らしいしアインスで行こうか。分かりやすく」
自動翻訳の関係で多言語を知っている価値は非常に薄いのだが、ドイツ語はカッコイイのでごく簡単なものはなんとなく分かる。それこそ数字とか。アインスが女性名っぽいかはあれなんだが、まあいいだろう。性格もちょっと女性的って感じでもないし。今どき少なくないタイプではあるけれど。
「了解した。私の名前はアインス。本日からはそう名乗ろう」
そういえば、さっき取った、取らされた?『魔力共有』とやらはどういう効果なんだろうか。
「さて……幾つか擦り合わせておきたいことがあるのだが、いいかな?」
「うえマジ?……ん?あー、いいぞ」
さっき取得した『魔力共有』さんの力が凄すぎてちょっとびっくりしたところに、アインスが声を掛けてきた。
ちなみに、『魔力共有』は
1.所有権を持つ非生物及び機械生命体を初めとする物質系生物のうち動作に外部からの魔力供給を必要とする物に自身の魔力を共有させる。
2.共有させる物質一種類につき、MP最大値が倍増する。
3.ただし、共有させる物質は同一種類である必要があり、全く異なる種類の物に共有は出来ない。
ということらしい。
つまり、対象は被りなしで大きく分けて一種類かつ物質系のみ。例えるなら「ネコ科」を最初に選んだら「イヌ科」は対象に取れなくなるということだ。そしてその細かい種類だけMPが2のn乗倍されていく。ネコ科ならトラとライオンは別の種類判定のようだ。で、実際MPゲージが倍増している。しかし、自動回復は遅くなった気がするな。これはアインスの動作分のコストということだろうか。その補填的な意味合いでMP上限が増える?
しかし、倍々では対象を複数確保出来た時のメリットがとんでもない気がする。それだけ自動回復がゴミになるデメリットを抱えてもだ。難易度は高いのだろうが、仮に5体共有したなら、32倍である。MPはINTとMNDの高い方と同値であるから低くなりやすく、管理が難しいのだが、桁外れの倍率があれば割と雑にぶっぱ出来ちゃう気がする。
そして初期はINT偏重の魔法型ビルドをしていて、その流れで主にSTRとAGIとINTを上げて来た故に、なんかMPいっぱいだぁ〜っと気持ちよくなれている。
というか実際なんか気持ちいいな。なんだこれ?
「……なんだかぼんやりしているけどまあ、いいか。まず、今日は何年何月何日かな?停止中は内蔵時計も停止していたらしくね、今が何時なのか分からないんだよ。それと、こちらの方が重要だが、君のことも教えて欲しい」
「あ、ああ。えっと、日時は……」
日時はメニューを開けば書いてある。ゲーム内日時とリアル日時のどっちもが。ゲーム内日時の方に年まで書いてあるのは助かった。
「なるほど、私が動作を停止した時からどうやら398年と3ヶ月と15日が経過しているらしいな。私が止まったのは精霊王が死んで、私の弟妹達を封印しようとする人間共を殺して回っていた頃のことだから、精霊王が死んでから優に400年は経過しているわけだ。精霊王が幽閉された時期を考えると、この大陸から精霊王の新技術の提供が失われて、そろそろ700年程になるんだね。人間達は私達を排除してからどうやって暮らしているのかな。それを叩き潰すのが楽しみでならないよ」
「なぁに物騒な事言ってんだよ……いや、待てよ。僕も物騒か。存在自体人に仇なす魔物側だしな。つかしれっと重要情報ボロボロ出てきてるし」
「ああ、気になるなら後で教えるよ。それより、君のことを教えてくれないか?」
「ああ、僕はユリウスって名前でね。元スケルトンの現ヴァンパイアで、日光を浴びると僅か30秒で死に至る軟弱者だよ」
そうして、古代(?)を生きたアインスから、この世界にやってきたばかりのユリウスが情報を引き出す時間が始まった。