24.煙が!
「レンさん、わたしの知っている野営と違います」
「そうか?」
「そうですうう!」
『パンダは笹が食べたいようです』
モスグリーンのふさふさの毛皮の上に顎をべたーっとつけるパンダの前に笹を落とす。
すると、うつ伏せにだらけていたパンダが機敏に動き始め、笹の葉を食べ始めた。
初めての野営は知らないことだらけだったよ。
単に火をつけるだけでも、竈作りやら枝とか木炭とかいろいろ必要なんだな。
カルミアがいなかったら、火をつけることもできなかったと思う。
熊の肉もなかなかのお味だったし。調味料が塩しかなかったのが残念であった。
「あ、そうか」
「そうです! ようやく分かってくれたんですね!」
「たった一晩で熊の毛皮をなめして乾燥させるって凄いよな。森エルフの魔法って」
「そこ、そこですか! 森の精霊が豊富だったからです。魔法で促進することはできますが、結界の外ですとすぐに疲れちゃいます」
「そんなもんか。あれか。元々結界の中にあった家とか道具なんかも、魔法で作ったのかな?」
「全部が全部ではありませんが、かなりの助けになってます。って、そうじゃなくてええ」
ベッドにペタンと座ったカルミアが両手をベッドにつけ叫ぶ。
なんだ。もう寝たいのか。
よっこらせっと、彼女と一緒に座っていたベッドから立ち上がり「んーっ」と首を回す。
村人の好意でお古を頂いたのだよな。
「パンダ、ちょこっとだけゴロンと右にズレてもらえるか? そうそう、毛皮に体が乗るくらいに」
笹の葉で呼び寄せたら、あっさりとパンダが移動してくれた。
これなら入るか。
ベッドをアイテムボックスから取り出し設置する。
「野営というのは、野外で夜を過ごすことですよね」
「(結界の)外じゃないか」
「家ですよね、家」
「持ってきたからな。カルミアから頂いた家だ。一応俺のものになったわけだし、持ち運んでもいいよな?」
「構いませんが……釈然としません」
「快適に過ごせるほうがいいじゃないか。テントなんて持ってないし」
「そうですね。ベッドをもう一台準備しているなんて。準備が良すぎないですか……」
「捨てるというのでもらったんだよ。このベッド」
アイテムボックスがあれば、いつでもどこでも家を出すことができる。
テントなんてものは必要ないのだ。もしテントを使うにしても、畳んだ状態ではなく設置した形状でアイテムボックスの中に入れておけばすぐに使用できる。
といっても、モンスターや狼が寄って来るかもしれない大自然の中であることは確か。
移動用の堅牢な家をいずれ準備したい。
丸太を組んで作ったこの家だと、先日あったモスグリーンの熊が体当たりしてきたらあっさり壁を破壊されそうだ。
街でいい感じの家があれば購入……はさすがに難しいか。何しろ家だからな、相当な価格になるはず。
無一文の俺がおいそれと手を出せるもんじゃねえ。
「もういいですーだ。ベッドで眠れるのなら、その方が快適ですものね!」
「って、こっちのベッドが良かったのか」
「違います。レンさんと一緒に寝るのです」
「一人だと……いや、何でもない」
布団に潜り込んできたカルミアが口元まで布団の中に体をうずめ、目だけをこちらに向けてくる。
思い出してしまったのだ。彼女と一緒に初めて寝た日のことを。
縋るように涙を流していた彼女の姿が脳裏に浮かび、まだ引きずっているのだなと思った。
アザレアと再会して多少は心の傷が癒えてくれていたらいいのだけど。
一人で寝ることは彼女にとってトラウマになっているのかもしれない。
「姉さんと寝た方が寝心地がよかったですか?」
「寝てないから!」
「知ってます。夜中に起きちゃって姉さんがいないことに気が付いたんです。レンさんのところに行っていたんですよね?」
「そうだけど、アザレアと同じベッドで寝たわけじゃないんだ。そもそも、俺が先に寝ちゃったから」
「朝になって姉さんが戻ってきて、どこに行ったのかは言いませんでしたがとても照れておりました」
まあ、そうだろうな。
パンダをもっふもっふしていて、寝ちゃったなんて妹には恥ずかしくて言えないだろ。
チラリとパンダに目を向けたら、まだ笹の葉を食べていた。
「まあ、寝よう寝よう」
「そうですね。家の中でしたら何かが来ても対応する時間はありますし、ゆっくり休みましょう」
やっぱり何かが襲ってくることがあるのね。
『笹をもう少し寄越せ、なようです』
「はいはい」
パラパラと笹を落とすとパンダがもっしゃもっしゃとすぐに完食する。
食べ終わったパンダは仰向けにひっくり返り、大の字になろうとして右腕がベッドに引っかかった。
いっそもうベッドに登った方がいいかもしれん。
パンダに告げようとした時、カルミアが大きな目を見開き喜色をあげる。
「神獣が結界を張ってくださいました」
「結界って、見えない壁のあれ?」
「はい。結界を二つ同時に形成できるなんて。神獣は規格外過ぎですね!」
「だったら、モンスターの心配をすることなく休めるってことかな」
「その通りです」
ひょっとしたら、追加の笹の葉は結界を張るために必要だったのかも。
高速移動した時、パンダパンチで熊をやっつけた時、結界を張り直した時……そう言えば笹をやたらと要求していた気がする。
力を使うとガソリン切れが早い。体を維持するだけじゃなく、パンダパワーにも密接に関わっている?
パンダに聞かなきゃわからんな。
しかし。
ぐがあああ。ぐがあああ。
やたら寝付きのいいパンダを起こすのも気が引ける。
「おやすみ、カルミア」
「おやすみなさい。レンさん」
そうとなれば寝るだけだ。
◇◇◇
街が近くなったところでパンダカーの速度を高速移動から通常移動に変更する。
まだ街の姿は影形も見えないけど、カルミアはもう少しだと言う。
「もう少し」なのはパンダの通常速度でのことなので、俺の予想ではここから約30分から60分くらいかなと見ている。
『パンダは笹が食べたいようです』
「お約束のガス欠ね」
高速移動は燃費がとても悪いから仕方ない。速度変更したところで、パンダもちょうどいいとでも考えたのかもしれん。
「レンさん」
「俺たちも食べておくか?」
「そうですね。この先、神獣から降りないようにしましょう」
「そうだな。はぐれて、街中でひっくり返って『笹くれー』になると困る」
笛を吹いたら駆けつけてくれる、という機能をパンダカーが備えていればいいのだが、残念ながらそう言うものはない。
この時の俺は呑気にそんなことを考えていたのだが、カルミアは別の意味でパンダから離れるなと言っていたのだと分かったんだ。
街の城壁が見えてきて、遠目に家が辛うじて確認できるところまで近づいた時、ようやく俺でも理解できた。
「煙があがっている……?」
「精霊に乱れがあったのです。そのまま引き返しますか?」
「いや、見に行こう。危険を感じたらすぐに退避しよう」
「分かりました。絶対に離れないでください」
俺の二の腕を掴んでいた後ろに座るカルミアの手に力が籠る。
一方でパンダは動じた様子が無く、のっしのっしとマイペースに進んで行くのだった。