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「……家内の件とは?」


「昨日、私、この家に居たんです」


「えっ?……ま、中に入って」


 椎名が手招きした。


「失礼します」


 入ると、暁美は戸を閉めた。


「……居たと言うと?」


「これ」


 ショルダーバッグから求人誌を出して、ドッグイアのページを開いた。


「面接に来てたんです」


「何時頃?」


 椎名は求人誌を一瞥(いちべつ)するとすぐに戻した。


「午後1時です」


「1時?……で、誰が居たんですか」


 椎名のその言い方は、犯人に心当たりがあるように暁美には思えた。


「サングラスとマスクをしていたので、顔は分かりませんが、声の感じで、40歳前後の女の人です」


「……」


 椎名は辛そうな表情で俯いていた。


「長い髪の。でも、かつらみたいでした」


「で、何が言いたいんですか?」


 突然、顔を上げた。


「……その人が犯人かと」


「それは、警察がやってますよ」


 迷惑げな言い方だった。


「それと、お金を貰ったんですけど、お返しに――」


 バッグから白い封筒を出した。


「私にくれても困る。貰った物なんだから返す必要はないでしょ。貰っときなさい」


「はい。じゃ、頂きます」


 封筒を戻した。


「あとは?」


 早く帰したい感じだった。


「私の指紋がついてると思いますが、私は犯人じゃありませんので」


「あなたでないことぐらい分かりますよ。家内とは面識がないでしょうから」


「はい。テレビのニュースで初めて見て。昨日」


「とにかく、犯人は警察が捕まえてくれますよ」


 帰れと言わんばかりだった。


「どうも、失礼しました」


 会釈をして出た。



 椎名はXを知っている。そして、Xを(かば)っている。Xと椎名はどういう関係だ?


 暁美は、椎名の玄関が覗ける物陰に隠れた。必ず、Xと接触するはずだ。――間もなく、重ね着した黒いカーディガンに茶色のマフラーを巻いた椎名が出てきた。軽装ということはご近所だ。案の定、駅とは逆方向に行った。そこから暫く歩くと、四つ辻を曲がった。角から覗くと、煉瓦色(れんがいろ)のマンションに入った。


 ……ここがXの住まいか。


 エントランスから覗くと、エレベーターに乗り込む寸前の椎名の横顔が見えた。急いで中に入った。エレベーターは3Fで停まった。


 ……Xは3階にお住まいのご様子。


 1Fに儲けられた郵便受けの3Fの列を見た。表札があるのは、3部屋。


302 米山

303 大城

305 TASAKI


 と、あった。Xがどれかは分からない。表札がない301か、304という可能性もある。郵便物で確認することはできない。それは犯罪行為だ。……あとは、椎名がどの部屋から出てくるかだ。


 4Fの内階段に腰を下ろすと、3Fの廊下に並んだドアを見張った。


 ……さて、椎名はどの部屋から出てくる?


 ――2、3回、ドアが閉まる音や靴音がしたが、階が違っていた。皆、エレベーターを使うようで、階段の上り下りは一度もなかった。――30分ほどすると、近くでドアの閉まる音がした。慌てて覗くと、303の前に椎名の背中があった。咄嗟(とっさ)に顔を引っ込めると、椎名の足音が遠ざかるのを待った。


 ……これで、Xの部屋と名前が判明した。303号室の大城さん。


 大城の顔を確認したかったが、いつ出てくるか分からない。クッションもない階段に長時間座っているのは、肉付きの悪い、貧乳ならぬ貧尻のせいもあって、結構痛い。今日は一旦アパートに帰って、大城を挙げる段取りを考えよう。



 帰宅して間もなくすると、また美智からメールがあった。今はそれどころじゃない。大城を検挙できるかどうかの瀬戸際だ。〈バイト中!〉の返信をすると、インスタントコーヒーにポットの湯を入れた。


 まず、私が会ったXが大城かどうかの確認が必要だ。さて、どんな方法で?……脅迫状は?例えば、〈お前の秘密を知っている。バラされたくなければ、100万円振り込め〉とか。でも、私が椎名に会ってるから、そのことを大城に喋っていれば、脅迫者は私ではないかと勘繰るだろう。しかし、私だと分かっても警察には通報できない。(しら)せれば、加奈子殺しで墓穴を掘ることになる。


 仮に、この大城がXでなければ、金は振り込まれない。身に覚えのない脅迫なら無視するはずだ。だが、もし人違いなら、脅迫状の件を通報する可能性がある。……やはり、大城がXだという確証が必要だ。……どんな方法がある?


 アッ!そうだ、声だ。マスクで声はこもっていたが、アクセントやイントネーションに特徴があった。声を聞けば、マスクをしてなくても分かるはずだ。電話番号を知る手段は……。



 結局、罪を犯すことにした。――大城の郵便受けから盗んだ電話料金請求書を、沸騰するケトルの湯気で開封した。ついでに、発信と着信もチェックしてみた。同じ番号が毎日のようにあった。これが、椎名の携帯電話の番号だろう。このことからも親密なのが分かる。そして、名前も分かった。大城冴子(おおしろさえこ)。固定電話と携帯電話の番号と住所を携帯に登録すると、封に糊付けをし直して冴子の郵便受けに戻した。

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