合コン潜入調査
恵美ちゃんのキッズ携帯が知らせた位置は、僕たちの会社のある駅から、少し離れた駅にある、お洒落なスペイン風バルだった。
「へー……こんな所に、こんなお店あったんだ。」
宍戸先輩は無言のまま高級車国産車を、無理矢理お店に横付ける。……駐車禁止ではなさそうだけど、デカい車だし、ちょっと邪魔になりそうだ。
「よし、行くぞ。」
「ねえ先輩、こんな所に車を停めるの良くないよ?……高い車だし、擦られちゃうかもよ?」
「そう長居はしない。恵美を回収するだけだ。それに、お前たち……主君より大切なものなど、何もない。」
あ、ああ、そう。
……回収。
その大切な主君とやらは、回収するものなのかい?
先輩は僕を引きずる様にして、店に入って行く。
恵美ちゃんゴメン。ほんとゴメン。
止められなかった、僕を許して。
「いらっしゃいませ!……お二人様ですか?」
店に入ると、可愛い兎獣人の女の子が、明るく声をかけてきてくれる。
「ああ、そうだ。空いているか?」
「はい、どうぞ!ご案内致します!」
店員さんに案内されて、奥へ入る。
こじんまりしているが、雰囲気のよいレストランで、ほぼ満席の様だ。
見渡すと、恵美ちゃんは簡単に見つかった。……奥にある大きめのテーブル席の端っこで、楽しそうに座って飲んでいる。
……キッズ携帯のGPSって、優秀なんだなぁ。
僕は、デートや合コンの時は絶対に電源を切っておこうと心に決めた。いつ宍戸先輩の護衛スイッチが入っちゃうか分からない……。デキる主君は護衛を完璧に巻くものだよ?
僕と先輩が案内されたのは、恵美ちゃん達が伺える位置にある、カウンター席だ。宍戸先輩は、僕用にサングリアを、自分には炭酸水を頼み、恵美ちゃんたちの席を睨んだ。
「……とりあえず、白井や黒崎の面目もある。少し様子を見て、恵美がトイレにでも立った隙にでも回収しよう。」
……良かった。
いきなり合コンに乱入して、恵美ちゃんを回収する気なのかと思ったけど、白井さんたちの事を考えられるくらいは、冷静みたいだ……。
恵美ちゃんが席を立って、一人になった所で連れ去る……うん、実に良いアイデアだな。
まるで、誘拐犯!!!
主君を守る護衛騎士って感じじゃ無いけど……。
……ま、いいや。
考えてみたら、前世でも、なんか雑に護衛されてた気がする。迷子にならないようにって、ロープで縛られたまま出かけたり……ふざけ過ぎると罰として、部屋に閉じ込められたりもしたっけ……。
まあ、イザって時は本気で身を挺して守ってくれたし、きっとこれが宍戸先輩の護衛スタイルなんだろう。……うん。考えるの、よそう……。
僕は先輩にバレないように、こっそりと溜息を吐いた。
不意に、カウンターに置かれた生ハムの原木が目に入る。
あっ!生ハムだぁ!!!
……これって……頼んだら、削って出してくれるヤツだよね?……うわぁ、美味しそうだなぁ。切りたてってすごく美味しいらしいよね?……僕さぁ、生ハムって大好きなんだよねぇ。スーパーに売ってるパックのヤツしか食べた事無いけどさ……。
だからこそ、コレ、食べてみたいな!!!
先輩は怒りそうだけど……頼んじゃおうかなぁ……?
僕の気持ちが完全に生ハムに傾いていると、不意に宍戸先輩が舌打ちする。
「えっ???……何?どうしたんだい?」
先輩は育ちが良いので、こんなだけど基本はとてもお上品なのだ。僕や恵美ちゃんみたいに、舌打ちなんかしない。それなのに……どうしたってのさ?!
「おい、理人。見てみろ。……みんなイヌ科の奴らばかりだ。」
……。
へ???
先輩に指摘され、恵美ちゃんたちのグループを見つめる。
犬獣人の白井さんに黒崎さん、それに、白井さんの友人と思しき犬獣人の青年と、狼獣人と狐獣人の青年、そして我らが恵美ちゃんが、仲良く楽しそうに話し込んでいる。
さすが受付嬢の白井さんセレクトなのだろうか、みんな顔面偏差値が異様に高い。
……恵美ちゃんを除いては。
恵美ちゃんの顔面偏差値は、どう見ても50くらいだもの。高いとは言えません……。低いとも言えませんが……。
……まあ、それが恵美ちゃんってモンだ。
言われてみると、確かにみんなイヌ科だけど、楽しそうしているし、ネコ科で偏差値低めな恵美ちゃんを、仲間外れにされてる様子も無い……。
ならさ、問題なんか無いよね???
「楽しそうにしてるよ?何かマズイのかい?」
「……いや、イヌ科はないだろ……!!!」
宍戸先輩が苦々しげに唸る。
え……?
ナイって……何だよ???
先輩は、イヌ科の奴らに、何か恨みでもあるのかい???……会社では狼獣人の部長と上手くやってるよね?むしろ、虎獣人の課長との方が、気が合わないみたいに見えてるけど???
「……あのさ、楽しそうにしるみたいだし、何科だって構わないだろ?同じネコ科同士でも気の合わない奴はいるし、イヌ科にだって仲良くできる奴はいるだ。そんなの、気にする事なのかい?」
「り、理人?!何を言っているんだ?!……イヌ科の奴らなんて、問題しか無いだろ?……結婚するなら、せめて同じネコ科がイイに決まっているよな?……できれば同じ種が望ましいが、獣人は獣と違って、科が同じってだけでも、確率は低いが、子供が持てる事があるんだぞ?……そんなの、ネコ科一択だろ???」
……えええ???……結婚?!こ、子供ぉ?!
あ、あのさ、恵美ちゃんはさ、結婚を視野に入れて、将来の子供の事まで考えて、この合コンに来てないと思うよ?!
婚活やお見合いパーティーならいざ知らず、会社のお友達に誘われて、人数合わせで来ただけじゃん……。今夜楽しく一緒に飲めたらいい……そのくらいしか考えてないって!
もーさぁ……。先輩、落ち着こうよ……。
「あのさ、先輩。恵美ちゃんもだけど、お相手の奴らだって、そう深く考えては無いと思うよ?今夜、楽しく過ごせたらいい、それだけだって……。」
「どう言う意味だ、理人。」
先輩はそう言うと。カウンターテーブルにグラスをガンッと置いて、凶悪な顔で僕を睨んだ。
あまりの怖さに、耳がペタンコになってしまう。
え……?なんで先輩、怒ってんの???
「お前は、恵美が、一夜のお相手を探しに来たとでも言いたいのか?!恵美がそんなヤツだと思っているのか?」
先輩はそう言って、グラスを握り込む。グラスからは、ピキピキと嫌な音が聞こえてくる……。
「……は?……ち、違うよ!!!違うって!!!そう言う意味じゃないよ!!!……恵美ちゃんは、今夜はみんなと、楽しくお酒を飲んで過ごしたいだけなんじゃないかなーって言いたかっただけだよ!!!……恵美ちゃんが、そんな事する訳ないだろ?!」
慌てて、否定する。
そんなつもりで言ってないし、恵美ちゃんはそんな一夜のお相手探しなんてするタイプじゃない。前世だって、僕の息子一筋だった、極めて一途なタイプだ。
「そ……そうか。そう、だよな。睨んですまなかったな。」
「もう睨まないでよね?!……恵美ちゃんは遊びでそんな事しないよ。本当に好きなら別だろうけどさ……。だからさ、宍戸先輩も、もう少し恵美ちゃんを信じてあげなよ。合コンなんて、見てても分かるように、ああしてお話して、飲んでるだけだろ?」
「ああ……それはそうだが……。でも、あいつらが恵美を無理やりに……って事もあるだろ?とにかく、隙をついて回収しよう、な?」
……もうさ、さっきからなんなんだよー。
ムッツリだから???だから考えが、みんなそっち方面に行っちゃうの???……それとも先輩って、考え方が、ものすっごい肉食系男子なの???
いや……両方かも知れないな……。
先輩、悪食だし。エロいのと可愛いのは全てウェルカムだし。据え膳には飛びかかりそうだし。……あるね、それはある。
あーーーもう、僕、帰りたい!!!
このままトイレ行くフリして帰っちゃおーかなぁ……。でもバレたらすんごく怒られるよね……。
僕は、届いたばかりのサングリアを飲み干した。
あ……!
美味しいな、コレ!!!
……はぁー、このサングリアって、自家製なのかねぇ?フルーティで、スルッと飲めちゃったよ。なにコレ、幸せに味があったらこんなじゃない?……思わずうっとりと目を閉じると、横から、からまたしてもガン!!!と物凄い音がした。
ビクッとなって、耳とシッポの毛が逆立つ。
ええっ、今度は……何よ???
「なあ、……あの狼の奴……恵美に耳打ちしたぞ……?なんだか、親密過ぎないか?さっき会ったばかりだろ?」
「……いやさ、このお店、けっこうザワザワしてるし、聞き取りにくいから寄って話してるだけじゃない?」
向こうのテーブルを見つめると、恵美ちゃんは、隣に座っている狼獣人さんと話していた。だけど、ずっと二人で話している訳じゃなくて、まんべんなく、みんなと楽しげに話している。隣りに座る狼獣人さんは、極めて紳士的に見えるし、恵美ちゃんが嫌そうにしている素振りは無い。……まあ、ここはちょっと煩いから、話すときは顔は寄せてるけど。……それだけだ。
狼獣人さんは、グループの中心人物って感じなのか、場を盛り上げているらしく、みんな、彼に向かって笑顔を向けている。……白井さんと黒崎さんは、なんだか熱のこもった目で見ているみたい。
イヌ科の奴らには、リーダータイプがモテるからねー……。
さて、ネコ科代表の、僕らが恵美ちゃんはと言うと……。
あ!!!
よ……よく見たさ、恵美ちゃん……。
さっきから……生ハムばっか食ってんじゃん!?
……恵美ちゃんは、体が大きめな狼獣人さんの陰で、たまに話に加わりつつも、ずっと生ハムをガッついている……。みんな、話すのに夢中で気づいてないけど、狐獣人さんの前にある冷菜の盛り合わせみたいな皿からも、黒崎さんの前にある生ハム盛り合わせからも、ゴッソリと自分の取り皿に取り分けて、ひたすら食べてる……!!!
……え。
い、卑しすぎない?
い、いや……???
も、もしや……そうなっちゃうくらい、ここの生ハムって美味しいの?!
……だとしたら、僕も食べなきゃ!!!
「先輩、僕も生ハム食べた……!!!」
僕がそう言いかけると、宍戸先輩はいきなり僕の口と頭を手で押さえて、無理矢理に伏せさせる。またしても、僕の頭はカウンターテーブルにゴチンとなった。
……な、なに……?
今度はなんなの???
「……恵美が立った。トイレにでも行くつもりだろう。回収するぞ……!」
「う……うん。」
僕たちが立ち上がり、恵美ちゃん回収に向かおうとすると、狼獣人さんが立ち上がって、恵美ちゃんに駆け寄った。
え……?
二人は、暫く四人が座る席から少し離れた所で、笑顔のまま立ち話していた。
……すると、狼獣人さんが四人に何か……『またね』?とか『先に帰るね』?みたいな雰囲気の事を言ったみたいに見えて……。そして……恵美ちゃんの手を取ると……四人に冷やかされながら、二人は……店から出て行ってしまった。
は……?
う、そ……。
恵美ちゃん、お持ち帰り、されちゃった?!
あ、いや、一夜のお相手を持ち帰ってしまった?!
え???
ま、マジで???
そう思った横で、とうとう先輩の握力に耐えきれなくなったグラスが、バリンと音を立て割れた……みたいだったけど……僕はもう、怖すぎてそっちを見る事なんて出来なかった。