騎士は主君を守るんだってさ
「は?……え……。断っちゃった???」
僕はあまりの事にポカンと口を開け……そのまま口が塞がらなくなってしまった。
「……だってそうだろ?『迷宮の旧校舎』で、俺たちは何もしてないだろ?……恵美は全力疾走で迷宮を走り抜けただけだし、俺たちは迷宮にすら入っていないんだ。300万もの大金、貰える訳が無いだろう?」
宍戸先輩は、『当たり前だろ』って雰囲気でそう言うが……。
「えーっと……僕の華麗なる推理で、迷宮の出口が分かったんだよね?」
「違うだろ、恵美が鏡から飛び出して来たから、出口が分かったんだろ???」
……。
……。
僕たちは無言で睨み合う。
だってさ、僕らは危険を承知で『迷宮の旧校舎』に行ってやった訳で……これはあんまりだと思うんだ。僕の貴重なお休みも潰した訳ですし???
「それ、恵美ちゃんは納得してるの?……恵美ちゃんはさぁ、迷宮にも入ったし、出口も見つけたろ?なら恵美ちゃんの分は……?」
「恵美も最初は文句は言っていたが……どうも、今回助けた室井さんが、恵美が大ファンの将棋の棋士『壬生 英良』さんと知り合いらしく、サインを貰って来てくれるという話になって、納得していたぞ?俺たちの分まで貰ってくれるらしい。……今回のお礼としては、それくらいで十分じゃないか???」
はぁ……???え、恵美ちゃん?!
なんで、そんなのにアッサリ絆されてんの?
「ええ……棋士のサインとかさぁ、渋すぎない?」
「ほら、恵美は前世でも将棋が大好きだったろ?……まあ下手のよこ好きって奴で、たいして上手くも無かったが……。まぁ、俺も壬生先生のファンだから、サインは正直嬉しい……。」
壬生先生かぁ……。
ものすごく強くて、イケメンな有名棋士だよねぇ?
……ぶっちゃけ僕は興味ないなぁ……。サインよりお金の方が嬉しいし、そこはせめて人気アイドルじゃない?!
……前世で、僕らはよく将棋を指していた。本来は、あの世界にには無いゲームだったが、僕も恵美ちゃんも転生者で、その存在を知っていたから、暇つぶしに始めのだ。それで護衛?お守り?だった宍戸先輩にも教えて、三人で交代しながらよく対局していたっけ……。
……その中でダントツ下手くそだったのは恵美ちゃんだ。
宍戸先輩はどんどん上達して、なかなか面白い対局が出来るまでになっていったのに……恵美ちゃんは、ずーっとへたっぴのまんまだった。
なのに、今世でも、いまだに将棋が大好きらしく、昼休みなんかに詰将棋のアプリなんかもやってる。
僕が一番強かったけど……僕はもう、将棋はしない。
「あーあ。なんかガッカリだよ。……あ、コゲてきた!そこ、いただきっ!!!」
僕はそう言うと、ヘラでカリカリになったチーズを剥がした。
そう、今日は金曜日だ……例によって例の如く、宍戸先輩のマンションに来ており、本日は『もんじゃ焼き』パーティーを絶賛開催中なのだ!!!
カリカリになって、ちょっとコゲたチーズをビールで流し込む。
ぷはーーー!!!……最っ高!!!やっと来ました金曜日って感じだよ!
「おい、そういえば恵美は?……ずいぶん遅れてるな?」
宍戸先輩が、僕におかわりのビールを冷蔵庫から持って来てくれ、手渡しながら聞いた。
やっぱビールは『プレミアムモルト』だよね!?……先輩の家って、デフォルトでコレが出て来るから大好き!
ん……?あれ???
先輩は、恵美ちゃんから聞いて無いのか……?
「いや?今日は来ないんじゃない?……なんか急に合コン行く事になったって、言ってたし?」
受け取ったビールをプシュッと開けて二本目を飲み干そうとしたその時。……宍戸先輩は思いっきり僕の腕を掴んだ。
「い、痛いよ、痛い?え?……いきなり何さ???」
「……恵美が合コンって、どういう事だ?」
「言葉のままだよ!!!……受付の白井さんっていう、可愛い犬獣人の女の子と、総務の黒崎さんとかいう可憐な犬獣人の女の子が誘いに来たんだよ?別の子が行くハズだったんだけど、体調が悪くなったとかで、ピンチヒッターでお願いって。」
「……何で、理人は許可したんだ?」
「ええ???それ、僕の許可、いるぅ???……別に、合コンくらい行くんじゃない?恵美ちゃんて明るいから、会社に女の子のお友達も多いし、誘われたら断れないだろ?」
宍戸先輩の腕にグググっと力が入る。
ちょっと、ほんと痛いんだって、馬鹿力で繊細な僕を掴まないでくれよ……!あまりの痛さに耳がヘニョっとなってしまう。
「……理人、行くぞ。」
「へ?……行くってどこにさ?!」
「恵美の合コンの場所だ。お前、会社の女子のアイドルだろ?白井の携帯番号くらい知ってるよな?……どこで合コンしてるか聞き出せ。……いいか、これは主君の危機だ。今、守らなくていつ守る?」
「……えええ???合コンは……そんな危なくないと思うよ???別に先輩が守らなくても、恵美ちゃんが悲しい思いをする事はないと思うけど?」
……恵美ちゃんは、可愛い訳でもないが、ブスでもない。極めて平凡な顔立ちだ。だけど、愛想が良いし良く笑う子だから、それなりには、チヤホヤしてもらえると思う。
確かに白井さんと黒崎さんは可愛いけど、ちょっとお高く止まってる感じだし、恵美ちゃんだけがポツンになって、誰からも相手にされず、悲しい思いをする事は無いと思うけどなぁ……。
「あのな!!!貞操の危機があるかも知れないだろ?!」
「はあぁ???……そんなの、知らないよ!それこそ自己責任だろ?!……恵美ちゃんはバカじゃないんだ。嫌な奴になんか、付いてったりしないよ!気に入った奴には付いてくかもだけどさぁ……。それに、来るのは白井さんの友達って言ってたし、お相手だって、そんな変な奴らじゃないって!」
「……。……変じゃないって、どうして分かるんだ?普通に見えて、実はド変態なんて、いくらでもいるだろ?!……恵美は馬鹿じゃないが、ちょっとチョロイとこがあるし……。それに、とても小さいだろ?……持って帰ろうと思えば、鞄にだって入るサイズだ。お持ち帰りされたらどうするんだ?……極めて危険だろ?!」
あ、……あのさ、僕や恵美ちゃんが猫獣人で小さいからって、さすがに鞄に入るサイズじゃないと思うよ?……それに、先輩の考えるお持ち帰りってさ、物理的すぎて怖いんだけど?!……普通、お持ち帰りって、そういう事じゃないからね?!
僕が呆れた顔で宍戸先輩を見つめると、先輩は……いきなり僕に襲いかかってきた。
「う、うわああああぁ!」
いきなり押し倒されて、床に頭をゴチンとぶつける。物凄い音がしたし、滅茶苦茶痛いんだけど!!!驚いて、僕のシッポがボフッと広がってる。
先輩は、そんなのお構いなしに僕の体をまさぐると、ポケットからスマホを取り出し、僕の顔を掴むとスマホに向けて承認させ、ロックを解除した。
おい!!!……全部、チカラ業なんだけど?!
「よし。白井に電話すれば良いんだな?」
「やめてよ!僕のスマホ勝手に使うなよ!……お得意のキッズ携帯のGPSで探せば良いだろ!」
「……あ!」
先輩は僕のスマホを投げ捨てた。
ええ???酷くない???
……これ、最新の『My-phon12』だよ?!先月、発売して買ったばっかなんだぞ?!僕は、先輩が投げ捨てたスマホを拾って、ヤレヤレって気持ちでテーブルに置いた。
「……ここか。」
しばらく自分のスマホを操作していた先輩が、呟く様に言った。
……えええ???特定できちゃったの?!
恵美ちゃん……。合コンにキッズ携帯持ってっちゃダメだろ……?!……せめて電源は切ろうよ。
これ、行っちゃうよ?僕らの護衛騎士がさぁ……。
「行くぞ、理人。」
「えええ???僕も行くの???」
「当たり前だろ?俺たちの恵美だろ?!もし、恵美に何かあったらどうするんだ?」
う……うーん。分かるけどさ……。
でも、合コンって、そんな危険なもんじゃ無いよね?
友達の友達の異性と飲む、ちょっとドキドキな飲み会、それだけじゃない?!たまーにカップル成立!なんて事もあるけど、大概は楽しくお喋りして、仲良くお酒を楽しむだけだよね?……お持ち帰りとかもさぁ、無いとは言わないけど……普通は、また会いたいね?って連絡先を交換するくらいなモンじゃない?!
……むしろさ、先輩が今まで行ってた合コンって、どんなだよ?!何だかイメージ悪すぎて怖いよ?だってなんかさ、想像が肉食系すぎだよね?……僕からしたらさ、ある意味、そっちが気になるよ?!……まぁ、ライオンって肉食だけどさぁ。
僕がそんな事を考えながら、ビールを飲んでいる横で、宍戸先輩は、そそくさと出かける準備を始めた。
ご丁寧に僕の鞄も持ってきて、散らばっている僕の財布やらスマホまで詰め込んでくれている。……えええ……本当に恵美ちゃんの合コンの邪魔しに行くのぉ?
……嫌だよ、僕。……もうビール飲んじゃったし、このままゴロゴロしたいんだって……。
だけど、先輩は僕を問答無用で小脇に抱えると、そのまま戸締りをして、部屋を後にした。
……なるほど!こうやって小脇に抱えられたら、簡単にお持ち帰りされてしまうな……って、違うよ!!!
「離せっ!離せよ!!!」
「理人、暴れるな!……落とすだろ?ゴチンと頭から落ちたら痛いんだぞ?」
……いや、すでにさっき襲われて、床に頭をゴチンしてますが。
先輩は僕を抱えたまま、黙ってエレベーターに乗り込むと、地下のボタンを押した。
ん???……地下???
到着した地下フロアは、どうやらこの高級・超高層マンションの駐車場だった様だ。お高そうな外車やら高級車がズラリと並んでいる。
先輩は悠々と歩いて行き、高級国産車の前で足を止めた。
……え……これ……『エクサス』だよね……。
これ、先輩の車なのかい?!……どんだけ金あるんだよ???
しかし、何故か先輩はドアを開けずにトランクを開けた。
……おい?!
まさか、僕をトランクに入れる気なのか?!
確かに、この車は高級だ。もしかすると、僕のモフモフシッポの抜け毛が嫌なのかも知れない。
猫の毛って……付くと取れにくいから、とっても嫌われるんだよな……。満員電車で、知らないサラリーマンのおじさんから、スーツに付いただろって、怒られた事が何度もある。
……ちゃんとブラッシングしても、生え変わりの時期じゃなくても、これはさ……簡単に抜けちゃうんだよ……。
先輩も……実は、僕のシッポの毛……嫌いだったんだ?
なんだか悲しくなってきた。
本当は、部屋でゴロゴロされるのも、もしかして嫌だったのかも……。先輩の部屋っていつもピカピカだし……。
「……う、うう……。」
「理人?」
「先輩……僕をトランクに積まないで……。シッポの抜け毛が嫌なら、ビニール袋に入れとくし、なるべく動かないようにするから……!僕……トランクは嫌だよ……!」
先輩は僕を下ろすと、優しく頭を撫でた。
「理人をトランクになかんか積まないぞ。……理人はそのシッポがご自慢なんだろ?ビニール袋に入れたりもしない。抜け毛なんて、猫獣人なんだから仕方ないだろ?」
「……本当かい?」
「ああ、これから車で恵美を迎えに行くだろう?だから、後部座席に、これを二つ取り付けないといけないと思って、出そうとしてただけだ……。」
……先輩は、ジュニアシートを二台、トランクから引き出した。
◇◇◇
「身長が140センチ以下の場合、年齢に関わらず、ジュニアシートを着用するよう勧められている。」
先輩は嫌がる僕を押さえつけ、後部座席に装着したブルーのジュニアシートに僕を固定した。肘掛には何故か『rihito』とローマ字で刺繍まで入っていて、どうやら僕専用らしい。
隣には回収した恵美ちゃんを乗せる様に、ピンクのジュニアシートが取り付けられている。もちろん『emi』って刺繍入りだ。
……なんだよ、これ?!
こんなの、絶対に恵美ちゃんも暴れるって!!!
楽しく過ごしている合コンに、凶悪なライオン獣人が乱入して、取り押さえられ、ジュニアシートで強制送還だろ?!
……確実にキレるよね?!
やっぱり、なんとか阻止しなきゃ!!!
「ねえ、先輩!!!さっきビール飲んだんじゃないの?!飲酒運転はダメだよ?!」
「……理人がずっと俺に『もんじゃ焼き係』をさせてただろ?……俺はまだ一口も飲んでない。」
……あ。
そう言えば、そんな係に任命して、宍戸先輩を働かせていたっけ……。そっかー……飲んでなかったのかー……。僕、二本目に突入してたのに……。
「えっと、僕は飲んでたよ?」
「別に俺が運転するんだ、理人が飲んでても構わないだろ?……さあ、行こう。一次会が終わったら、持ち帰られてしまうかも知れない。……少し急ぐぞ。」
!!!
先輩はそう言うと、割に荒い運転で車を出発させたが、さすが高級車、揺れはあまり感じない。
って、違う!!!
……恵美ちゃん……止められなくて、ごめんよ?!