迷宮の旧校舎
「えっと、どうしましょうか?先に入ってます?」
恵美ちゃんは、少しイラついた様に言った。
……さっきから黒上さんたちは、少し前にやって来た利音くんのお父様である、室井さんと話し込んでいるのだ。
かれこれ40分近くになるだろうか……。息子さんが心配なのは分かるが……ちょっとクドイ。
「ええ?なんで???こういうのって、別れたりしちゃダメなやつじゃない?!」
ホラー映画とかだと、やっぱり単独行動ってまずいと思うんだけど?僕は焦って止める。
「……しかし、今はもう4時近いんだぞ?いくら夏で日が長いとは言え……暗くなったら探索は大変だろう?この校舎は割と大きいし、早く中を見て回った方が良いのではないか?……どうやら、室井さんも一緒に来たいみたいだし……6人で回るのはさすがに大所帯すぎるだろう?」
先輩も飽きてしまっているのだろう。ウンザリした顔で、話し込む三人を見つめる。
「ま……まぁ。そう……だけどさ。」
「じゃぁ、先に入って中を見てましょうよ?それに、もし私達が消えても、黒上さんたちが外に居れば、すぐに見つけてくれるかも知れません。それに、ここが本当に迷宮化する危険な所って証明できますよね?」
……恵美ちゃんさ、物騒な事を言うのはやめて???
だけど、無駄に行動力のある恵美ちゃんは、その旨を黒上ブラザーズに伝えに行ってしまい……結局は、僕たち三人で先に旧校舎に入る事になったのだ。
◇◇◇
旧校舎は、思ったより明るくて、埃っぽさは無かった。
定期的にメンテナンスしているってのは本当な様で、古い凝った作りの、歴史ある建物って感じがするが、不気味ではない。
「……別に悪霊なんていなそうですよね?」
恵美ちゃんは、キュロキョロと周りを見渡して言う。
「うーん。……だが、悪霊は夜に出てくるんじゃないのか?俺たちの会社に、五体もいたらしいが、恵美も理人も見た事は無かったんだろ?」
「あー、確かにそうですね。でも、今ぐらいの時間に利音君は消えたんですよね?……そうすると、やっぱり悪霊とは関係無いのかなぁ……?」
「とりあえずさ、キッズ携帯が落ちてたって言う、鏡の所に行ってみようよ?」
僕と恵美ちゃんは、宍戸先輩にしがみついたまま、鏡かあるホールへと向かった。
ホール……と言うのは、まさにホールで、校舎の端にガランとした大きな八角形の部屋があった。八角堂と呼ばれる部分で、この建物の目玉の一つらしい。
……ここは、『講堂』として使われていたみたいだ。今は机や椅子は片付けられていて、だだっ広い空間が広がっているが、窓からは西日が差し込んでいて、とても明るい。窓の上部は、ちょっとだけステンドグラスになっており、キラキラと輝いていて、なかなか素敵だ。
うーん。……やっぱり、不気味さとは無縁だなぁ。
鏡は、入り口を入った正面の奥にあった。
僕の身長より大きくて、楕円形で鏡の周りには蔦をモチーフにした金色の飾りがついている、とても豪華な鏡だ。
「これが、その鏡……。」
僕は鏡に近寄り、コツコツと鏡面を叩く。……特に変わった所は無いみたいだけど???
恵美ちゃんは鏡の前に立つと、宍戸先輩がくれたキッズ携帯を見つめた。
「普通に電波がありますね?……先輩、私を探せますか?」
恵美ちゃんに言われ、先輩は自分の携帯で恵美ちゃんの位置を確認する。
「確認できるぞ?……別に、特殊な場所って訳でもなさそうだ。」
「じゃあ、なんで先生たちが見つけるまで、利音くんのキッズ携帯は反応しなかったんだろう?」
僕たちは、うーんと考え込んだ。
僕たち三人は、この鏡の付近に磁場の乱れみたいなのがあって、キッズ携帯が反応しなかったとか、もしくは、この鏡が迷宮の入り口なんじゃないかって、昨日スキヤキを食べながら話していたのだ。
だけど、鏡はただの鏡だし、携帯も使える。
あれぇ???……どう言う事だ???
僕たちが考え込んでいると、黒上ブラザーズと室井さんがホールに入って来た。
「三人とも消えてませんね?」
「禮さん、やめて下さいよ。」
冗談めかして言った黒上ブラザーズのどちらかに、宍戸先輩は顔を顰めて答えた。
……あ、今の禮さんだったんだ?
今日は、悪霊狩りに備えて、黒上ブラザーズはソックリにキメてきている。……それでも先輩には見分けがついちゃうんだ。さすが前世の嫁ってコト???
「ねえ。蓮さん?……悪霊の気配って感じますか?」
恵美ちゃんは、禮さんじゃない方にそう声をかけた。
禮さんじゃないから、蓮さん。つまりそういう事だ。
「うーん。……実はさ、全然感じ無いんだ。恵美ちゃん達は、何か見えてる?」
「いえ……。明るいからでしょうか?」
「……そうか!……恵美ちゃんと理人くんは、明るいと悪霊が見えないんだよね?あの会社で、平気でお仕事してたくらいだもんね。」
「蓮さん達は、昼間でも気配を感じるのかい?」
僕は思わず尋ねた。
「うん。まあね。悪霊が実体化して、人を襲ったり、僕たちが掃除機で吸えるようになるのは、夜なんだけど、それでも、昼でも気配は感じるね。ただ、気配を消す奴もいるから、僕たちの感じない=悪霊が居ないとは言い切れないんだけど。」
……うーん???
そうすると、蓮さんたちが今は何も感じて無いからって、悪霊は居なくて、安全な所って訳でも無いのかぁ。
「じゃあ、私たちが見えるようになる夜まで待ちますか?」
「そうだね……。でも、室井さんはね、こう言う夕暮れ時に、何かの拍子で旧校舎が迷宮になるって言うんだよ。」
「え?……どう言うことなんですか?」
僕たちが話していると、室井さんが話しかけて来た。
「……ここは、昔から夕方に時々迷宮になるらしいんです。私が在校していた頃の噂ではそうでした。……きっと利音は、迷宮から抜け出せなくなっているんです。どうか、早く探して下さい!お願いします。でないと……化け物に見つかってしまいます!」
「……室井さん。ですが、ここは普通の古い校舎で、迷宮になんてなっていませんし、普通に探す限りは見つかりませんでした。……どうしたら迷宮になるんですか?それが分からなきゃ、利音君を探せませんよ……。」
禮さんは困った様にそう言って会話に加わった。
「そうなんですよね。……だから、私も困っているんんです。ただ、迷宮になるのは本当なんです!学校側は黙っていますが、私が在学中にも何人か子供が消えているんですよ。それは決まって夕方でした。誘拐や失踪扱いになっていますが……利音と同じように、旧校舎で消えたんです。……そして、この迷宮の奥には、化け物が住んでいるんです!」
……迷宮に住む化け物ねぇ?
僕が考え込んでいると、恵美ちゃんはゴソゴソとリュックから毛糸玉を取り出した。
……うーん。だよねぇ。
悪霊とは違うけど、迷宮って言ったら……ミノタウルスだよねぇ……。
伝説に、ミノタウルスという化け物が迷宮に封じられていて、それを倒しに来た奴に、ちゃんと帰れるようにと、アドリアネって女の人が糸を渡し、そいつはミノタウルスを倒して戻ってきたと言う話があるんだよね。
だけどあれ……海外の話だよなぁ???
旧校舎にミノタウルスは封印されてないと思うけど???
「理人さん、毛糸玉、出口に結んできます?」
「アドリアネ方式かぁ。……一応、やっとこーか?」
僕と恵美ちゃんは、入り口に戻り、外の木に毛糸を結んだ。
「……でも、迷宮になる条件ってなんですかね?」
僕たちたちは話しながらホールへと戻る。
うーん?
……携帯は鏡の前に落ちてた。
つまりは、やっぱり鏡があやしいんだけど……でも、鏡は普通だった。鏡が入り口って訳では無いんだよなぁ???
僕たちがホールに戻ると、宍戸先輩と黒上ブラザーズがボンヤリと床に座って、日が暮れるのを待っていた。
「あれ?室井さんは?」
「え?……トイレに行ったよ?すれ違わなかったかい?」
……は?
「私たち、誰にも会ってませんよ?」
恵美ちゃんの言葉に、三人が立ち上がる。
トイレは玄関の側だ。僕たちとすれ違わない訳が無い。……なのに、僕たちは室井さんには会っていない……。
「トイレへ急ごう!室井さんが消えていないか確認しなきゃ!」
黒上ブラザーズと僕たち三人は、バタバタとトイレへ向かった。
……慌てて男子トイレに踏み込む。
……。
……誰もいない。
黒上ブラザーズと、僕と先輩は個室のドア、ひとつひとつを開けて確認していく。
……居ない……。
……室井さんが消えた?
もしかして……室井さんは迷宮に入っちゃったって事???
僕たち四人は顔を合わせる。
「あ!もしかして……迷宮に入る条件って、夕暮れ時に一人になるって事なのかな?!」
僕がそう言うと、宍戸先輩が青ざめる。
「お……おい……恵美は……どうした?」
あ!!!
そうだ、僕たちが男子トイレに踏み込んだ時……恵美ちゃんは廊下に残っていた。女の子だから、入りにくかったんだ……!
慌てて僕たちが廊下に戻ると……廊下には毛糸玉が転がっており……。
……恵美ちゃんは、もう居なかった……。
◇◇◇
「嘘だろ……恵美……!」
宍戸先輩はスマホを取り出して、恵美ちゃんの場所を探る。恵美ちゃんの首には、先輩の渡したキッズ携帯がかかっているからだ……。
「……ダメだ。恵美が見つけられない!」
……。
黒上ブラザーズは顔を見合わせている。
ど、どうしよう……。
恵美ちゃんまで消えてしまった。
僕が欲に目が眩んだから、こんな事に……!
僕は首から下げている、自分のキッズ携帯をギュッと握る。これは先輩から貰った、恵美ちゃんと揃いの携帯だ……。
恵美ちゃん……。
……。
泣きそうになるけど、泣いている場合なんかじゃない。恵美ちゃんをなんとか助けなきゃ……!考えろ、考えるんだ僕……!
……。
……。
……ん???
「ねえ、なんで利音君の携帯だけが戻って来たんだろう?……だって、一時は不通だったんだろ?それってつまり、利音君と携帯は一緒に迷宮に入ってたって事だよね?なのに携帯だけ戻って来た。……どうしてだろう?」
「そうだな?……なんでだろう?」
黒上さんも考え込む。
「理人、そんな事はどうでも良い。一人になれば迷宮に入れるんだろ?……俺は恵美を探しに行く。」
「先輩、待って!ダメだよ。よく考えるんだ。……利音君の携帯は戻って来た。つまり、戻る方法はあるんだ。やみくもに迷宮に入っても、戻って来れなきゃダメだろ?……僕は、恵美ちゃんが帰って来ても、先輩が帰ってこれなくなるなんて、絶対に嫌だからね?」
先輩が一人にならないように、僕は先輩の手を握った。
「理人……。」
「先輩。恵美ちゃんは馬鹿じゃない。多分、こんな目に遭えば、いつもは出し惜しんで使わない頭だって、ちゃんと使う筈だよ。だから、きっと大丈夫だ。……僕たちは、もう少し四人で考えよう。」
僕がそう言うと、黒上ブラザーズも先輩も頷いた。
◇◇◇
僕たちは、またホールへ戻ってきた。
キッズ携帯は、この鏡の前に落ちていた。
……つまり、この鏡が出口なんだ。
だけど、出口付近まで来たのに、利音君は出てこなかった。
出てきたのは、携帯だけ……。
ここは、単純には出られない出口なのだろうか?
だから利音君は、迷宮から出られなかった???
いや……?
もしかしたら、利音君は出口の側には来なかったのかも。……まだ、ここが出口なのを知らないのでは???だから出てこれないんじゃ……?
室井さんは迷宮の中には、何か化け物がいると言っていた。
……そいつが利音くんから携帯を奪って……外に捨てたのでは?
化け物はここが出口なのを知っている筈だ。
だから邪魔な携帯を……。
でも、何故、わざわざ携帯を捨てる必要があったんだ???
迷宮の中は、電波が届かない。化け物が嫌がるほど、携帯は邪魔になるだろうか?だって、電話もかけられないし、GPSだって使えなくて、そうなるとコレはただの……あ!!!
そ、そうだ!!!
キッズ携帯には、けたたましい音の防犯ブザーが付いている!!!
利音君はもしかして、その化け物に会って、防犯ブザーを鳴らしたのではないだろうか?
防犯ブザーの正しい使い方は、襲われそうになったら投げるんだ。……そうすると、犯人は怯んだり、ブザーを止めようとしたりして、隙ができる。そうして、その隙に逃げるのだ。
利音君は防犯ブザーを、その化け物に会って鳴らし、投げたのでは無いだろうか?……化け物は、防犯ブザーに驚いて、なんとか止めたが、また鳴るのが怖くなって……そして、外に捨てたんじゃないだろうか……?
……。
なんだか、合ってる気がする。
……僕は、自分の推理を三人に聞かせた。
「な、なるほど……。それはあるかも知れないね。それならキッズ携帯が、鏡の前に落ちてたのも納得だ。……こちらからは鏡だけど、あちらからはここが出口になるのか……。うん、可能性は高そうだ!……よし、なら行ってみよう!」
黒上ブラザーズの片方がそう言って立ち上がったその時……。
鏡がパァッと光って……。
恵美ちゃんが出てきた。
「あはははは!!!やっぱ、ここが出口だ!!!楽っ勝っ!!!」
……。
……。
……。
……。
恵美ちゃん……出口、分かってたんだ。
さ、さすが……。
……で、でもさ、どうせなら、室井さんと利音くんを連れて帰ってきてよ……?!せっかく迷宮に入ったんだしさ、探して導いてやっら良かったじゃん?……化け物もいるらしいし、二人は出口を知らないんだから、可哀想じゃん?!
僕はそう思っちゃったけど、宍戸先輩が泣きながら「恵美っ!!!」と叫んで抱きついて、再会を喜び始めてしまったので、その気持ちはグッと飲みこんだ……。
不意に黒上さんと目が合うと、「出口も分かったし、僕と蓮で、室井さんと利音くんを助けに行ってくるよ。三人は念のため、ここにいてね?」そう言って、二人は別々に出て行ってしまった。
◇◇◇
程なくして、黒上ブラザーズは室井さんと、ちょっと衰弱気味だったが、元気な利音君を連れて鏡から戻ってきた。……ちなみに、迷宮の化け物は、先輩の聖なるブリーフケースで殴っておいたらしい。化け物が、しばらく動けない位には弱らせてきたそうだ。
ただ、完全に倒して、迷宮が消えたら戻れないかも知れないから、トドメはさせなかったそう。……この旧校舎を取り壊す事で、あの化け物は、永遠に封じる事が出来るんじゃないかって黒上さん達は言ってた。室井さんからも、学校側にそう進言してくれるそうだ……。
こうして、割と簡単に僕らの迷宮探索?は終わった。
これで……さんびゃくまん、だよ?!……やったネ!!!




