騎士の誓いは永遠に
「あのー。……私たちが、黒上商会さんで働きたいって言ったら、お給料って……どんなモンですか?」
恵美ちゃんが上目遣いで、隣に座る禮さんに遠慮がちに聞いた。
「ん……?興味ある?……そうだな……。あのさ、悪霊狩りってね、毎日できるってモンじゃないんだよ。命がけだし、僕も蓮も死にたくないしね?だから、入念な準備も必要だし、コンディションだって整えなくちゃいけない。だから、うちで働くとしても、来てもらうのは『たまに』って事になるかな。……だけど、君たちの『目』はさ、正直、とても欲しい。……だから、一回につき依頼料の10%でどうだろうか???」
!!!
僕も恵美ちゃんも、目が輝く。
つまりは……こんな感じ???
依頼料1000万の悪霊狩りなら、100万。
依頼料 500万の悪霊狩りなら、50万。
依頼料 100万の悪霊狩りなら、10万。
もし、月にこの三つの依頼をお手伝いしたら、合計……160万?!
僕は頭の中でソロバンをはじいた。ちなみに、僕はソロバンがお得意だ。……理系だからね!
……え。
こ、これ、最高じゃない?!
「恵美ちゃん。……こんなにお給料もらえるならさ……。」
「理人さん……。私、やっても良いかなって思ってます。」
「おい、待て!」
僕と恵美ちゃんが、完全に悪霊狩りに気持ちを傾けていると、電話から戻ってきた宍戸先輩が渋い顔で僕たちの間に入る。
「あ……。先輩。」
「先輩おかえり。」
「こんばんは。禮さん、蓮さん。こんな所で会うなんて、奇遇ですね。……ですが、このアホ共を唆さないでいただきたい。こいつらは深く考えもせずに、金に釣られてるんです。確かに、悪霊が見えるのは黒上さん達には便利かも知れません。ただ、想像以上にこいつらには手間がかかります。……むしろそのせいで、お二人が危険な目に遭うかも知れません。」
先輩はそう言いつつ、僕、そして恵美ちゃんを椅子から抱き降ろすと、自分の後ろに隠し、二人をジッと見据える。警戒しているのか、シッポと耳の毛が逆立っている。
……えー……?黒上さん達は……別に悪い人じゃないと思うけど……???悪霊退治してるなんてさ、むしろ正義のミカタでは???でも、先輩が危ないって言うなら、危ないのかも?……悪霊、歯がいっぱいあったしな……噛まれたら痛いよね、アレ。でもなー。160万欲しいなぁ……。
「貴方は二人の会社の先輩なんですよね?……他人じゃないですか?貴方がとやかく言う事でも無いと思いますがね……。」
禮さんは苦笑まじりにそう言って、肩を竦めた。
「こいつらにはね……ずいぶん前に、騎士として忠誠の誓いを捧げてるんで、みすみす危ない目には合わせられないんです。こう見えても、こいつらは私の主君ですからね。」
宍戸先輩は言い捨てた。
あ……!!!
そう言えば、そんな事もありましたね?!
前世で!
隣の恵美ちゃんと顔を見合わせる。
そう……前世で、宍戸先輩……いや、ロイドはある時、「私は騎士として、永遠の忠誠をお前たちに誓う。」って言い出したんだった!
……何でだっけ???……えー……っと???
あ!そうそう。
そう、あれは確か……僕が病気でしばらく寝込んでしまった時に、今生の別れだと思ったロイドが『騎士の誓い』とやらをしてきたんだよな?
別に、死ななかったけど……。
今考えると、あれはインフルエンザだったんじゃないかと思う。高熱が続いて、うなされて、全身が痛くて苦しくって……。見舞いに来たロイドとエミリアちゃんに「僕はもう死ぬんだ……。今までありがとう……。二人が大好きだったよ……。」って泣きながら言ったら、そうなったんだ。
一週間くらいで、スッキリ全快したけど……。
でもさ、復活したら「あれは無しだ!」って言ってたじゃん?!「ご主人様の命令だー!下僕の騎士は言う事をきけー!」ってのを、二人でやりまくったら、簡単にキレて反故にしたんだよね?……騎士の誓いって軽ぅー?!って僕らは思ったんだっけ……。
「騎士の誓い?主君???……あなた方って、なんだか面白いですね。……でもまあ、お気持ちはわかります。確かに、悪霊狩りは危険ですしね……。」
禮さんは諦めた様に言って笑った。
「あ!ねぇ……宍戸先輩、その誓いって、まだ有効なのかい?」
思わず、先輩に尋ねる。あれは無しって言ってたよね?
「当たり前だろ……。俺は、お前にも恵美にも騎士としての忠誠を『永遠』に誓ったんだ。……つまり『永遠』に有効なんだ。……だから、お前らを守る騎士として、主君たるお前たちに危ない事はさせられん。」
ええっ?そーなの?!……なんかウザいな。これからこうして、宍戸先輩から、あれダメ、これダメって言われんのかい?
うへぇ。正直……要らない。
だけど、恵美ちゃんは何故かニヤリと笑った。
……ん???
「えっとぉ……先輩。じゃあ、今のお仕事は???……私、怒られてばっかで、とっても辛いです……。私は、まだ先輩の主君なんでしょ?……なら、助けて欲しいです。守って欲しいんですよ……先輩……。」
あ!!!な、なる程……。
さ、さすが、恵美ちゃん……良い事言うね?!
感心して、僕が恵美ちゃんを見ると、恵美ちゃんは雰囲気タップリに、悲しげに宍戸先輩を見上げている。先輩は、ウッと詰まって赤くなった。……うむ。今日も安定のチョロイドだ。あ、今は類って名前だからチョルイか……。
……恵美ちゃんもさ、こういう時の演技力ったらすごいんだよねー。前世でもそうでした。……そこそこ可愛い程度の容姿なのに、こういう時には、思わず抱きしめたくなる様な雰囲気を出してくるんだよねぇ……。ほんと、上手いとしか言えないわ……。
……しかし。
そうだよね、その通りだよ。
僕もさ、「アホすぎる」「使えない」って毎日、暴言吐かれまくりなんだよ?……主に先輩からだけど。……でもさ、僕らの騎士ならさー、文句を言うよりさ、守ってくれたら良いよね?この現代社会の荒波からさ、主君たる僕たちを!!!
つまり……養ってくれ!!!
そう言う事だよ!!!
「先輩、僕もだよ……!僕もすごい苦しいんだ!……先輩はさ、主君が罵倒されてて、悲しくならないの?……僕らを守ってはくれないのかい?守りきれないならさ、養うんで良いよ。そうしたらさ、結果的に守れるだろ?……そうだ、そうしよう。そうしようよ、ね?」
僕は宍戸先輩の背後からしがみ付いて、哀れっぽく懇願する。恵美ちゃん同じ様に、すかさずしがみ付いた。……うむ。さすが僕の相棒。以心伝心なのだ。
お願い!焼肉に連れてくれる軽いノリで、僕らを一生養って?……いつもみたく、「しゃーないなぁ、じゃあ一生養うか!」って言って?!
……宍戸先輩は溜息を吐いた。
「……恵美。理人。いいか?……悪霊狩りは危険だから許可できない。だが会社に危険は無いんだ。だから、別に俺が養ってやらなくても大丈夫なんだ。お前らは各自、勤労と納税の義務を果たせ。もちろん俺は、お前らが叱られているのを見ると、とても胸が痛む。……何でこんなのに忠誠を誓っちゃったんだろ……俺……ってな。だが、騎士に二言は無い。危険が無いように、今世も見守ろう……。」
へ?……見守る……?
宍戸先輩はそう言うと、何かを思い出したような顔になり、新しく購入したらしき新品のブリーリフケースから、防犯ブザー付きのキッズ携帯『みまもり〜の』を二台取り出して、ピンクを恵美ちゃん、ブルーを僕に手渡した。
「費用は俺もちだ。……使ってくれ。」
……。
……。
恵美ちゃんは、舌打ちすると、床にキッズ携帯を投げつけた。相変わらず、ガラが悪すぎる。……しかし、子供の雑な扱いにも耐えられるように設計されている『みまもり〜の』は、びくともしない。
「ほら。恵美、イヤイヤしない!……首からかけておくんだ。GPSも付いてるから、迷子になっても安心なんだぞ?この『パパ』ってアイコンを押したら、俺に電話が繋がる様になってるんだ。……そしたら、迎えに行ってやるからな?」
宍戸先輩は携帯を拾って、恵美ちゃんの首にかける。ついでに僕にも。
くそっ、すごく屈辱的だが、方向音痴で迷子になりがちな僕らには、ちょっと嬉しいアイテムだ。先週も出張先で先輩からはぐれ、二人そろって迷子になり、心細い思いをしたばかりだ。……恵美ちゃんも、それを思い出したのだろう、複雑な顔のまま、素直に首からぶら下げている。
黒上ブラザーズは、呆れたような笑顔で僕たちを見ていたが、不意に蓮さんが宍戸先輩に言った。
「あっ、あの!お取り込み中のとこ、すいません!……あのですね、先日いただいたあのブリーリフケース、大変高価な物だったんですね?申し訳ないので、お金をお支払いしたいのですが。……ついでに、誰が作ったのか知りたいのです。悪霊を倒せるブリーリフケースです。それを作った方なら、対悪霊の武器も作ってもらえるかも知れません。……それで、ギャランティーカードをお持ちでしたら、それも譲っていただきたいんです。……図々しいお願いだとは思うのですが……。」
「ああ、あれは本当に金などいい。気持ち悪すぎて、どう処分すべきか考えてたんだ。むしろ、こちらが処分料を払うべきだったかと考えていたくらいだ。……ところで、ギャランティーカードとは、何だ?」
宍戸先輩はキョトンとして、蓮さんを見つめる。蓮さんはまさか先輩がギャランティーカードを知らないとは思わなかったのだろう。ポカンとした顔で見つめ返す。
……先輩は、僕たちに振り返って、「なあ、何だ、それ?」と聞いた。
「先輩……?あのさ、ギャランティーカードってのは、ブランド品の保証書みたいなモンだよ。あのバッグ、ハイブランドのもんだろ?……普通は付いてくるんだ。」
「理人、詳しいんだな。ダテにチャラい格好ばかりして無いな。……あのブリーリフケースはな、以前、誕生日に親からもらった物んだ。なんか箱や袋に入ってたが、そんなの……普通、捨てるだろ?……家電ならともかく、バッグに保証書があるとは知らなかったからな……。」
……え?
つまりはカードは捨てちゃったって、事???
蓮さんはそれを聞くとガッカリした顔になって考え込んでしまった。
……。
もしかして……先輩って、実家がお金持ち?
普通、500万近くするブリーフケースなんて、プレゼントされないよね?……もう死んじゃったけど、僕の両親が、お誕生日にプレゼントしてくれるのは、必ずその年の『覆面ライダーの変身ベルト』だった。それだって、お友達からは「お前んち、金持ちだな〜!」って羨ましがられたんだぞ?
……そっか、宍戸先輩ってば、いーとこのボンボンだったのか……。言われてみると先輩は、食べ方とか綺麗だし、物腰も優雅で品がある。ゴツくてデカいから、なんだか分かりにくいけど。
僕がそんな事を考えていると、蓮さんは困った顔で禮さんを見つめて言った。
「兄さん。……あのブリーリフケースの作り手が分からないと、武器は作れないよ。今回の依頼は特殊なんだ。……やっぱり、断ろうよ。」
「蓮……。それはそうだけど……困ってる人たちを見捨てられないよ。だって、本当に消えた子供がいるんだろ?……このままにはしておけないよ。」
子供が消えた……そのフレーズに、宍戸先輩はピクリと反応する。そう、先輩……いや、前世のロイドは子供好きだったのだ。子供達を戦争から守りたくて、騎士になったと言っていた。
「それはそう……だけど。『迷宮の旧校舎』なんて……僕らだけじゃ荷が重いよ。だって迷宮化するかもなんだろ?そしたら、僕たちだって、戻れる保証は無いんだ。武器とか、何か特別なアイテムが無きゃ、無理だって……。」
「だ、だけど……僕らが断ったら……消えた子供はどうなるんだ?」
……。
……。
……。
先輩は忙しなくシッポを揺らしている。やっぱり子供が心配なんだ。
……あれ?そしたらさ、これお手伝いしても良い感じ?……恵美ちゃんと目が合うと、恵美ちゃんも頷いた。
「先輩、黒上さん達を助けてあげようよ。子供が消えたんでしょ?……可哀想だよ。私と理人さんは悪霊が見えるんだよ?迷宮になるとか言う場所だって、迷わずに出れるかもよ?」
「し、しかし……お前らは方向音痴だろ?……た、確かに、子供は心配だが……。」
「だからさ、先輩も一緒に来たら良いじゃん?……黒上さん、僕た三人がソレ、お手伝いしたら、おいくらくれますか?」
僕がそう禮さんに尋ねると、禮さんと蓮さんは、ちょっと目を輝かせた。
「そ、そうだね。君たちが来てくれるなら……今回は三人で300万払うよ。一人100万って感じかな?……ど、どう……かな?助けてくれない?居なくなった子供は、まだ小学生なんだ……。」
さんびゃくまん!!!ひとり、ひゃくまん!!!