『僕たちの戦いはこれからだ』エンド
「エリオス、待って、待ってよ!……魔界にも行くし、君の半身とかってのになっても良い!だけど、それなら宍戸先輩と恵美ちゃんに、ちゃんとお別れしたいよっ!!!」
僕は、言うだけいうと獣型になって、簀巻きからツルンと抜け出した。
「理人?!」
いきなり猫になって逃げると思ってなかったのか、エリオスがたじろぐ。……やる気になったネコは凶悪ですからね?!
聞いた話によると、イヌと違ってネコは殺傷能力が高いから、実験動物にされないんだって。
イヌは体が硬いから、固定されると抜け出せないし、噛む力は強いけど、口を塞がられると、もう攻撃出来ないだろ?……だけどネコは体がグニャグニャで、固定もすぐに抜け出しちゃうし、噛むだけじゃなく引っ掻くし、手首や足首も動くから、スナップ効かせたパンチにキック、多彩な攻撃方法で抵抗してきて、危険すぎて割に合わないらしいよ?
僕はエリオスから数歩離れて、毛を逆立ててフーっと唸ってから、洞窟の明るい方へと走った。
……どうせ、ここはエリオスの家の地下作られた、洞窟か何かなんだろ?
悪魔になって、エリオスと魔界で楽しく暮らすから心配しないでね?って宍戸先輩と恵美ちゃんに言いたい。
僕とエリオスが消えたら、きっと心中しちゃったって心底悲しむもん!
「理人、待て!こ、こら!おいっ!!!そっちは危ないんだ!!!」
エリオスが叫びながら追いかけてくるが、バーカ、ネコのダッシュに勝てるものか。……薄暗い洞窟だって夜目がきくんだぞ?!
そうして、光の中にポーンと飛び込むと……。
そこは崖だった。
◇◇◇
「何で話をちゃんと聞かないんだ?……俺は別に宍戸さんや恵美に会わせないなんて、言ってないよな?いきなり何で逃亡したんだ?……今世で初めて会った時も、お前は車道に飛び出して来たんだよな?!前方不注意も良いとこじゃないか?……すでに、悪魔になってたし、ネコだから身軽で体重も軽くて助かったが、普通ならウッカリ死ぬところだったんだぞ?」
エリオスに呆れたようにお小言をいただき、僕は毛布に隠れた。あちこちが打身でとても痛い。
……そう、あの洞窟は辺鄙な場所にあり、崖に出来た洞窟だったのだ。
魔界の入り口は住宅街の地下にあるもんでは無いらしい。
もちろん、飛び出した僕は崖から真っ逆さま……。ネコの身体能力で、なんとか高い木に引っかかるように体を捻ったが、そこで気を失って、木の枝にぶつかりながらガサササっと地面に落ちていったのだ。
地べたに落ちて、ぐったりと動かなくなってしまった僕を見つけたエリオスは、慌てて病院に連れ込んでくれた。……打撲で全治二週間と診断され、今は病院のベッドの中だ。頭も打ってたから、今日は泊まってけってさ。
「前代未聞だからな?半身に即日でウッカリ死なれたなんて、魔界で笑い者になるレベルだぞ?!」
「……ごめん。」
「正直、寿命が縮むかと思ったぞ?」
「死なないくせに……。」
ムッとしたのか、エリオスが毛布を引き剥がした。
「理人!!!……悪魔にとって、半身はとても大切な存在なんだぞ?!……お前は、自分の左手をウッカリで失いそうになった、俺の気持ちを考えろよ?!」
「いやいや。僕の右手は勝手に居なくなりませんし?むしろ失くしてみたい???しつこく付いてきますからねぇ、君は。……そもそもエリオスは、そういうハラハラ、ドキドキがしたくて、僕を半身にしたんだろ?……お望み通りに刺激があって、良かったじゃんか。怒る事ないだろ???……もー!寒いんだから毛布返せよな!!!」
奪われた毛布を掴み、ゲシゲシと足でエリオスを蹴る。
「本当にお前は最悪な奴だな。……宍戸さんと恵美に、見舞いに来てくれるよう連絡した。……お別れ、言いたいんだろ。」
「……。」
お別れ……。
その言葉に、急に胸がいっぱいになって、苦しくなる。
「……本当は宍戸先輩と恵美ちゃんと、お別れなんかしたくないよ。二人に、もう二度と会えないなんて……。神様に捕まっても同じなんだけどさ……。」
不意に涙がこみ上げてくる。
つまらなく平凡な毎日が、今ではとても懐かしい。……僕にとっては、宍戸先輩も恵美ちゃんも、きっと親友だ。
「あのな……。宍戸さんや恵美に二度と会えないって、俺は言ったか?」
「へ???」
「転生してたから、俺は人の体があって戸籍があって、普通に暮らしていたし、棋士にもなったが……。だけどな、そんなの無くても、悪魔は人になりすまして暮らせるぞ?ちゃんとした戸籍がないから、真っ当な会社に入社して働くとか、人と結婚するのは、それなりに厳しいが出来ない訳じゃないんだ。ばあやなんて、悪魔の馬なのに普通に暮らしてたし、買い物や習い事までしてたろ?」
確かに、ばあやさん……普通にお買い物に行ってたな。
大正琴サークルにも入ってるって言ってて、よく食後に「新曲を習ったんですよ。」って演奏してくれてた。
「悪魔は普通に暮らせるって事なのかい?……神様につれていかれたら、神社にしか居られないのに???」
「ああ、それはな、簡単に言うとアサリの砂抜きみたいなモンだな。綺麗な場所で、この世の穢れを落としてから、連れて行くつもりだったのだろう。……神格を得ても、他の神社くらいにしか行けないのは、人が穢れやすいからだろうな。」
「悪魔はそう言うの要らないのかい?」
「まあ、悪魔の方が穢れてるからな。……で、だ。恵美や宍戸さんには、たまになら会えるぞ。……いくら悪魔の半身になったからって、あの神が諦めてくれるかは分からない。もし、諦めてくれなくて、連れて行かれたら神社に幽閉エンドだ。さすがの俺でも神からお前を取り戻せる保証は無い。……つまりだ。理人がこの世界に気軽に来られるのは、10月の1ヶ月間だけって事になるかな?」
……???
10月???なんで、10月???
悪魔が好きそうなハロウィンだから???でも、ハロウィンは1日だけだよね???
「えっと、何で?」
「10月は神無月だろ?この国の神が、ほとんど留守になる月だ。神が留守なら捕まる事もないからな。……魔界と繋がりやすくなるハロウィンもあるし……。とにかく、年に1か月間は、こちらの世界に来れるし、宍戸さんにも恵美にも会える。織姫と彦星なんかよりよっぽど長いだろ?」
……。
えーと……つまり、なんだ。
エリオスはちゃんと話せば、宍戸先輩と恵美ちゃんにお別れをさせてくれる気だったし、しかも今生の別れって訳でも無いと。
「ねえ。それさ、早く言ってよ?!そしたら、僕は怪我なんかしないで済んだろ?!エリオスのせいで、僕はこんな怪我をしてしまったじゃないか?!……痛い、本当ーに痛い!!!痛いんだよ!!!エリオスのせいだ!!!」
「だから、話を聞けと言ってるんだろ?!」
僕たちが言い争いをしていると、青ざめた宍戸先輩と恵美ちゃんが病室に飛び込んで来た。
◇◇◇
「えーっと、つまりお父様……壬生さんが悪魔で、理人さんを連れて魔界に行くって事なんですか?」
「ああ、そうだ。」
恵美ちゃんが、眉間にシワを寄せてエリオスに聞いた。
慌てて僕のお見舞いに来てくれた恵美ちゃんと宍戸先輩に、エリオスが悪魔だって事や、神様から逃げるのに魔界に行くって事を、僕たちは二人に話した。……病院は個室にしてもらってたから、気兼ねなく話が出来た。
「えーっと……つまり、前世で我が家が、悪魔の家系って言われていたのは、本当だったと?」
「ああ、そうなるな。」
「伝承では、悪魔には特徴的な痣があると言われていました。でも、お父様にそんか痣は無かったですよ???」
「いや……あったんだ。髪の中にな。……俺は髪の色も濃い茶色だったし、最後までハゲなかっらたから、気付れなかなかったが……今もあるぞ?」
エリオスは屈んで恵美ちゃんに頭を見せる。宍戸先輩も気になるのか、覗き込んで見ている。
「あっ!……本当だ。掻き分けて見ると中に紋章?みたいな変な濃い色の痣がある……。え……。そうしたら、私やお兄様も悪魔だったって事ですか???……悪魔の子は悪魔ですよね?」
恵美ちゃんが、怯えたように壬生さんに尋ねた。
「……いや、恵美は違う。そもそもが、古い前世では理人の双子の妹だったんだ。波長が似てるから、転生した時に引っ張られて側に来たんじゃないか?……ただな、お前の兄、ユリウスは、よく分からん。」
「……え???」
「あの家に生まれた悪魔は、全部俺な筈だ。だからユリウスも悪魔ではないと、俺は思うんだが……。あいつ、痣があったんだよな?」
ユリウス君の痣……???
ああ、言われみると、確か腕に茶色の薄い痣があったような?
……ユリウス君は性格が悪すぎて、敵が多かったから(ま、宰相様なんてやってたくらいだから、性格が良くて敵が少ないってのは、あんまないよね。)、あんな誰にでもありそうな痣ですら『悪魔の家系の痣持ちはやっぱり悪魔』ってコソコソされてて、それを気にしてか、いつも長袖を着てたな……。
「俺はユリウス殿に見せてもらった事があるんだが、小さい薄い茶色の痣で、壬生さんのみたいな、いかにもって痣には見えなかったぞ……?」
宍戸先輩が、首を傾げながらそう言うと、エリオスが答えた。
「いや、……あれな、体が熱くなると浮かび上がってくるんだ。普段はあれしか見えていないが、激しく運動したり熱を出すと、紋章みたいになる。妻のユリアが酷く心配していたんだ。あの子は悪魔なのかしらって。当時は、俺もまさか自分が原因の悪魔だとは知らなかったから、悩んだなあ……。俺にも髪の中に痣があるし、俺が悪魔だから、ユリウスも悪魔なのか?って……。」
「つ、つまり……お兄様も悪魔だったんですか?」
「うーん?……どうなんだろうな。それが分からないんだ。ヘンテコな痣があった事は確かだが、伝承の悪魔は俺だけの筈だ。そもそも痣持ちの悪魔は、名のある悪魔なんだよ。俺と人間のユリアの間に生まれてくる訳が無いんだ。だから、ユリウスは違うと思うんだが……。でも、あの痣はなぁ……。」
エリオスがうーんと唸って考え込む。
「なら、痣があっても、ユリウス殿が悪魔とは限らないのではないか?たまたまって事もあるだろ?」
「でも……こんな刺青みたいな痣、そうそう出ます?」
宍戸先輩と恵美ちゃんも、考え込んだ。
……。
ね、ねえ?!
あのさぁ……!!!
「……ねえ、この話、いる?!ユリウス君が悪魔だったかどーかなんて、今はどーでも良くない?!」
ユリウス君の話で持ちきりになってしまい、僕は不服げに三人に言った。
「……どうでも良くないだろ、恵美の兄の話だぞ?」
「そうですよ、悠里はお兄様かも知れないんですよ?」
「いやいやいや、今さ感心を持つべきは僕とエリオスの事じゃない?……エリオスは悪魔だったし、僕を無理やり悪魔の半身とかってーのにして、魔界に連れ去るとか言ってるの!今更さ、ユリウス君が悪魔だったかどうかなんて、どーでも良いでしょ?そもそも悠里くんはユリウス君としての前世を思い出してないし、エリオスだって前世は自分が悪魔なのを知らなかったんだ。なら、全然気にする事ないでしょ?!思い出さなきゃ、悠里くんはユリウス君でも悪魔でもないよ?!……一方、僕はさぁ、この打撲が治ったら魔界に行っちゃうんだよ?不老なんだよ?滅多に帰ってこれなくなるし、もう宍戸先輩とも恵美ちゃんとも違う時間を生きるんだよ?!そこについて語るべきじゃない?!年に1か月しか会えなくなっちゃうんだよ?……別れを惜しんで泣くとこでしょーがっ!!!」
思わず、ノンブレスで叫んでしまった。
そんな僕を見つめて、宍戸先輩と恵美ちゃんは顔を見合わせる。
「いや……その。壬生さん……エリオス殿が悪魔だったってのは……まあ、あるかな、と。」
「ええ。長年の疑問が解けてスッキリした気持ちです。」
「は?スッキリ???」
宍戸先輩と恵美ちゃんは何を言ってるのだろうか……?
「だって、あれだ。……さっき壬生さんが言ったように、悪魔だからお前に執着してたってのが、ストンと落ちたって言うのか……な、恵美?」
「はい、先輩。……前世の理人さんは、良かったのは見た目くらいでした。中身は、あまりにもクズいし残念で……それは今もなんですけど……。とにかくお父様が、何であんなに理人さんに執着してるのか、私たちには謎でした。恋愛感情もないって言うし……。じゃあ、何処が良いんだろ?って。……でも、あー!悪魔で魂狙いだったのかー!なるほどねー!スッキリ!!!って感じです。」
なにそれ、酷すぎない、僕の評価?!
……そのクズくて残念なのが癖になるんじゃないの?!臭いし独特なのに、なぜか癖になる、パクチー系男子が僕だろ?むしろ、それが僕の良いとこじゃないか……。
「それにな、魔界に行くって言っても、年に1か月も帰ってくるんだろ?……まあ、充分じゃないか?」
「そうですよ?悠里とだって留学中は、年に数日しか会えませんでしたし、年に1か月も会いに来るなんて、結構お腹イッパイな感じです。……海外に引っ越してしまうくらいの寂しさは感じますけど、まあ……『まったねー☆』って感じです。」
な、なんてドライなんだい、君たちは?!
僕がショックでよろめくと、エリオスが受け止めてくれた……。あってよかったエリオス印のエアバッグ。
「それに、不老って言われてもな……猫獣人は見た目がそもそも老けにくいんだ。……今と何か変わるか???」
「そうですよ。私と違って、内臓が老けないのかも知れませんが、私もおばあちゃんになっても、あんまり変わりませんからねぇ……。違う時間を生きるとか言われても、イマイチピンときませんよ。この世界、そういう獣人わりと居ますし。……それにですね、私も宍戸先輩も家族が出来ました。だから前みたいに、いつも一緒には居られませんし、理人さんにも壬生さんっていう家族が出来たって思えば、素敵じゃありませんか?!……悪魔ですけど。」
「そうだ。良かったじゃないか。……お前は、何だかんだ言ったって、本当のところは家族が欲しかったんだろ?だから雪乃と雪菜に、つまらないヤキモチ妬いたりしてたんだ。これからは、壬生さんがお前の家族だ……。永遠とか若干重いがな。……ま、エリオス殿の頃から壬生さんは重かったし、仕方ないな!……なんだか、収まるところに収まった、そんな気がするな。これこそ、まさに完璧なハッピーエンドじゃないか?……俺も恵美も、どんなに離れていても、お前が悪魔になっても『ズッ友』だぞ?」
……宍戸先輩の『ズッ友』発言、なんかキモい。
チラリと恵美ちゃんを見つめると、目が合って、お互いに肩を竦めて苦笑してしまう。
でも……そ、そう言われると、そうなのかも???
エリオスを見上げると、笑顔を返してくれた。
「もちろんだ。理人を永遠に愛すると誓おう……。」
なんだろ、なんで結婚式の愛の誓いの言葉みたいなの……?えーと、僕ら家族設定のはずですよね?いや、右半身と左半身???とにかく、結婚じゃありませんよ?
さすが安定のエリオスクオリティ……。そんな気持ちでエリオスを見つめると、宍戸先輩と恵美ちゃんが、無表情のまま「キース、キース、キース!」と棒読みに囃し立てたので、僕はエリオスに飛びつき、よじ登って頬にキスをしてやった。
まあ、僕って期待には応えちゃうタイプですし?!これが僕ら三人の『ズッ友』ノリですからね?
それに、エリオスが嬉しそうに僕を優しく抱きしめてくれたのは……やっぱり悪くない。……そうだよね、家族って悪くない……。
……悪魔だけどね。
こうして僕は、勤労と納税の義務からは解放されたんだ。あと、神様からもね?!
あ、まさか君たち?……勤労と納税の義務からは逃げられたけど、ヤンデレには捕まってしまったじゃん?!とか思ってないかい?
……それは、半分正解で半分は間違いだよ。
だって、僕はいずれエリオスから逃げようとするだろーし、そんな気が起こらなくても、ウッカリで死ぬかも知れない。……そしたらエリオスは、ブチ切れて追いかけてくるだろう。……つまり僕らの追いかけっこは、まだ終わってないって事だ。
だって、僕らには長い、長ーい時間が出来ちゃったからね?
でもまあ、このお話は、これでおしまいって事になるんだけど、そうするとコレは『僕たちの戦いはこれからだ!』エンドって事になるのかもね?
だから僕は、優しく微笑むエリオスに言った。
「じゃあ、僕もエリオスに誓うね?……僕もエリオスを永遠に退屈させないよって……さ。」
終
これにて、『怠惰な猫獣人にも納税と勤労の義務はある』は完結になります。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
また、レビュー・感想・誤字報告・ブックマークなどで、応援いただいた方には重ねてお礼申し上げます。本当にありがとうございました!……とても苦労した作品になりましたが、なんとか書き切る事が出来たのは、ひとえに応援して下さった皆さんのおかげです。
また、どこかで皆さんにお会いできることを願って。
2020.10.19 渉 こな




