エリオスの正体
『神様が来ない場所』と聞いて思いついたのは、地獄だ。
あまり気にした事は無かったけど、これはもしや確定案件なのかも知れない。
実は前世でエリオスの家系は、悪魔の生まれる家だと噂されていた。だけど、貴族社会はちょっと意地悪だから、伯爵家なのに、とても成功していて力があったエリオスの家を悪く言ってるだけだって僕は思っていた。
で、でも……もしかして。
僕は自分がされたピアスを思い出す。
宍戸先輩が何か模様が掘られているって言ってた……。
「エリオス……君は何者なんだい?ま、まさかだけど、このピアスってもしかして……何かの魔法陣的なものだったり、しちゃう???」
「……理人は馬鹿で賢くて、本当に可愛いな。……それには俺の紋章が刻まれている。いわば、契約書だ。……お前が死んだら、連れて行こうと思っていたから、いつか許可をもらおうと思って付けといたんだ。まあ、お前はアッサリ許可してくれたがな。……俺になんでもくれるんだろ?契約はすでに成立してるぞ?」
……!!!
け、契約ってさ……。
もう、真っ黒じゃないDeathかっ?!
「……エリオス。もしかして、君が僕から貰いたいって言った大切なモノってのは……た、魂……?!……ま、まさかだけど、君は、本当は悪魔……だったって……事……だったり……しちゃう???」
エリオスは満足そうに微笑むと、簀巻きの僕を小脇にかかえた。
「いいか、理人。……恋愛対象でもなく、たいして尊敬も出来ない奴に、ここまで執着して入れ込んでいる時点で、何かおかしいと気付かなきゃダメだ。」
「言い方!!!僕はグズくてどーしようもないけど、何だか癖になるって、宍戸先輩も恵美ちゃんも言ってたぞ?!……ふ、普通に好かれるタイプだし!!!」
なんかムカつく感じに、エリオスが肩を竦める。
おいっ!!!
「ま、何でもいいさ。……前世の俺の家系に生まれる悪魔は、執着心のカタマリだと言われていたよな?悪魔ってのは、人とは違うからな……面白いもの、興味深いもの、変わった魂を持った者が大好きなんだよ。」
「つ、つまり君は悪魔で、僕がヘンテコだから、大好きって事なのかい?」
エリオスは嬉しそうに笑った。
いや、僕的にはまるで嬉しくありませんよ!!!
で、でも……本当に悪魔なんているのかな???
あ、いや、いるわ。いる。
神様もいたし、悪霊に怨霊によく分からない怪物までいました……。悪魔がいても不思議はないや。
「えーと、悪魔って事は、エリオスは僕を食べちゃうの?!僕って割に細いから、そんなに美味しくありませんよ?きっと骨っぽくて筋っぽくて、マズイと思う。どーせ食べるなら、宍戸先輩みたいに適度に筋肉がある赤身ボディとか、柔らかそうな脂身が付いてそうな、白身ボディの恵美ちゃんがおすすめだよ?……そ、それに、何で僕なんだい?!君はさ、前世で奥さんにも執着してたろ?!」
「あのなぁ……。俺が理人を食べる訳無いだろ?それに、簡単に宍戸さんや恵美を悪魔に売るなよ。ほんと、理人は理人だな。……そういうしょうもなさが、俺に好かれるって分かっててやってるのか?……前世の妻ユリアは諦めたんだ。ユリアに惹かれたのは人間の俺だからな。」
「え?!」
「……前世の俺に悪魔としての記憶は無かったんだ。だから、ただの男として、ユリアに惹かれたんだ。……内に秘めた悪魔の俺が欲しかったのが、お前だよ。だからユリアは逃がしてやる事にしたんだ。人だった俺の良心が、彼女を諦めてやれと言ってるからな。……それに、お前は特別だしな。」
えええ……。
僕もその良心とやらで、見逃しておくれよ!!!
でも、特別???特別って???
「あのさ。特別って……どういう意味だい?」
「前世でなぜ俺の家系が、悪魔が生まれる家だと言われる様になったと思う?……己の一族の繁栄の為に悪魔を呼び出したからだよ。その生贄に選ばれたのが、随分前の前世の恵美だ。……あいつの魂も特別だからな。」
「へ……???……恵美、ちゃん???」
「ああ。……だが、双子の兄だったお前が志願して、入れ替わったんだ。恵美を救いたかったのか、今世みたいに楽できると思ってかは知らないが、お前が俺を呼び出す為の生贄となったんだ。……だが、まあ、お前だ。召喚に必要だったのは、清らかな乙女だ。清らかでも、まして乙女でも無かったお前のせいで、術式は失敗し、不完全な状態で召喚された俺は、仕方なしにあの家の奥方の腹の中に入るしか無かったたんだ。そして力を取り戻すまで、何度もあの一族に転生を繰り返していたんだ。あまりにその期間が長かったからか、悪魔としての記憶や前世を思い出せない事もあったんだ……。」
え???
……えっ???
「エリオス、僕は人生3回目だよ?!恵美ちゃんと双子だって前世なんかないよ?!……それはさ、人違いじゃないでしょうか?!」
「あのなあ、理人。全ての転生で必ず前世を思い出せるとは限らないんだぞ?記憶にない転生だってたくさんあるんだ。……恵美と理人の魂は、かなり変わってるから、普通の人より前世を思い出す頻度も多いし、どうやら周りの奴らも覚醒させるらしいな。……神も気にいるはずだ。本当に面白い魂なんだよ。」
つ、つまり記憶には無いけど、すごく昔の前世で僕と恵美ちゃんは双子だったって事?!
あー!!!……だから僕たち何となく似てたのかー!!!って、関心してる場合じゃないですよ、僕?!
「エリオス、僕をどこに連れてくの?!食べないなら、どうする気?!」
僕はシャクトリムシみたいにウネウネしてみた。……せめてもの抵抗だ。
「神に連れていかれないように、魔界に連れて行こうかと……。さすがに俺も、神を相手にはしたくないからな。」
つ、つまり、神様に連れ行かれるか、悪魔に連れて行かれるかの二択って事?!あ、自殺エンドもあるから三択?
うわぁ……選べるって素敵!……な訳あるかよ!!!
どれも嫌なんですけどっ?!
「魔界?!それって怖いトコだよね?……絶対に嫌だ!嫌だよ!!!離せ、離せってば!!!」
半ばパニックになりつつ、激しくウネウネする。
す、簀巻きって、マジで手も足も出ませんね?!
「暴れるな。……あのな、魔界は確かに治安は悪いかも知れないが、そんなに酷い所でもないぞ?お前は俺のものだから、お前に手出しする奴なんか、そういないと思うし、俺は魔界では割と偉いから、いい暮らしをさせてやる……。それに理人、悪魔は享楽的だから魔界は娯楽が多いんだぞ?悪い大人が大好きな『飲む・打つ・買う』なんて、悪魔が人間に教えたようなモンだしな。」
「え……。娯楽がイッパイなの?!」
思わずウネウネ動くのをピタリとやめる。
あれ???良く考えたら獣型になったら、逃げられたのでは???
いやいや、娯楽、娯楽とやらを聞こうではないか!
「知らないのか?悪魔は俗に言う七つの大罪『暴食・色欲・強欲・憤怒・怠惰・嫉妬・傲慢』が大好きなんだ。ま、神様にも女好きな奴や酒好きな奴とかいるけどな。……お前を気に入った神様は、かなりストイックなタイプみたいだが。」
「それが何なの?!大罪って言うんだから、悪い事が大好きな悪い奴らって事だろ?!悪い事が娯楽って、マジで怖いよ。マジ悪魔じゃん!!!」
娯楽がイッパイと聞いて流されかけたが、悪い事を娯楽にするなんて、マジで悪魔。……僕はね、暴力や残虐行為を笑って見る趣味なんて、ありませんよ?!
「あのなあ……。お前さ、悪魔に偏見を持ちすぎだ。確かに人の世界よりは残酷さもあるが……。大罪ってな、理人が大好きな楽しい事ばっかりなんだぞ?……暴食はグルメだし、色欲はお色気だろ?強欲だから賭け事が楽しいし、憤怒は暴力だよな。……暴力って聞くと、やっぱり悪魔って残酷……とか思われそうだが、理人が大好きなバトル漫画や格闘技なんかは暴力だし、ヒーローは敵を残酷な目に合わせてるよな?それを、お前は見てスカッとしてるだろ?……怠惰は言うまでもなく、理人が大好きなノンビリまったり、働きたくない!ってやつだし、恋愛は嫉妬がスパイスになったりもするだろ?お前が大好きで録画して見てる昼間のメロドラマなんか、嫉妬が無きゃ面白さが半減するだろ。……SNSでの素敵自慢は傲慢だよな?……みーんな楽しい事に必要な罪だ。だから、それが大好きな悪魔の住む魔界は、娯楽が充実してるんだよ。人の世界なんかよりもな。」
……え。
い、いいかも、魔界。
少なくとも、神様に連れてかれて、あのクソつまらない神社に駄コマと監禁されるより、よっぽど良さそうかも……?!
いや、待て、僕。
これが悪魔の誘惑って奴では?!
「魅力的すぎてうん臭いよ!ホイホイと魔界なんかに付いて行ったら、僕、酷い目に合うんだろ?騙されないからな?!」
「あのなぁ……理人、長年の親友に、それは無くないか?俺がお前に酷い事なんかした事があったか?」
……た、確かに、そ、それは無いけどさ。
だ、だけど、悪魔なの黙ってたし……。いや、前世では自分が悪魔だって知らなかったんだっけ……?
「え、えっと、僕に危害を加えない、すごーく大切にするって契約して!あと嘘も吐かないって!!!……悪魔は契約を守るんだよね?!」
「ああ、そうだ。なら、是非そうしよう。それで、理人が良いならな。……俺は理人を自分の半身とし、大切に扱う事を誓うし、理人に決して嘘は吐かない。」
エリオスはそう言うと、僕のピアスに触れた。
ピアスが熱を持つ。……これが、契約なのか……?
ピアスの熱が治ると、エリオスは簀巻きの僕を縦抱きにして、僕の顔中にキスを落とした。
え……?
恍惚とした笑みを浮かべるエリオスに、僕はなんだか、やっちまった感が拭えない。
「えっと……エリオス???」
「ありがとう理人。まさかこんなに簡単に俺の半身になってくれるなんて。あはははは!!!最高の気分だ!!!」
……は、半身???
「あのー……僕は……?どうなっちゃったの???」
「理人は俺の半身になった。これで言わば理人も悪魔だ。」
「はぁ?!……う、嘘は吐かないって言っといて、いきなりコレかい?!僕を悪魔にするなんて聞いてない!!!」
思わず声がデカくなる。
「嘘なんて言って無いだろ?肝心な事を言わなかっただけだ。ちゃんと聞かないお前が悪い。……悪魔も不老不死だから、一人で生きていくのは、いくら娯楽があっても、やっぱり飽きるんだ。だから一緒に生きるパートナーを作る事ができて、それが半身って事なんだ。あー、ずっと欲しかった半身が、やっと出来た!!!」
「……よ、嫁って事なのかい?!」
とうとう僕、エリオスの嫁になっちゃったのかい?!もしやこれが、悪魔の花嫁ってやつなのでしょうか……。
「嫁なんて薄い関係じゃないぞ。嫁なんでどこまで行っても他人だろ?半身とは言葉そのまま、俺とお前は右手と左手みたいなもんになったって事だ。……お前は俺の半身だから、俺の悪魔としての力を簡単に使わせてやれるし、それにな、不老にもしてやったぞ。……俺は優しいから、特別に不死は与えないでやった。お前が嫌になったら、死んで俺から逃げられるようにな。……ま、逃げても追いかけるけど。」
……。
えーと。それを『逃げられるようにしてある』とは言えないのでは?!
「……。あのさ。僕のメリット?は分かったんだけど、これってエリオスには何の得がある訳?……非力な人の子の僕の力なんか使えても意味ないし、僕がエリオスにしてやれる事なんか、きっと特に無いよ?」
ま、暗算は得意だから、割り勘計算ならお任せあれ!だけどさぁ。……それ、魔界で役に立つかい???
「面白くて珍しく魂を持ったお前を独占できるだろ?!それで充分じゃないか。……それに言ったろ、俺も寂しかったって。やたらと長い生を生きるには、お前くらい最悪で最高の相棒が必要なんだ。……さあ、ばあやが準備を整えて待っている。そろそろ行こう。彼女は俺の愛馬なんだよ。」
う、馬なの?!ばあやさん?!
馬は歩クンだけでお腹イッパイだよぅ……!
ん???
馬???
……。
「ばあやさんは、もしかして黒い馬なのかい?」
僕はふと、前世でエリオスに貰ったダサイ馬のブローチを思い出す。……エリオスはいつも馬が好きだった。特に黒い馬が。
「……理人。本当にお前と居ると飽きないな。そうだ。やっと力を取り戻した俺が呼び出した黒馬、それが『ばあや』だ。……お前は、どこまで気付いたんだ?」
……。
黒い馬……。黒い馬に乗った悪魔……。なんだか引っかかる。
ばあやさんは、エリオスを閣下と呼んでいた。つまり、エリオスは魔界では公爵って事だ……。悪魔の公爵……。
……そう言えば、英良という名は馴染まないって言っていたな?
いや……違う。
……エリオスという名が……本名に似ているから使いたいんだ。……だって、そんな名前の悪魔がいる。
「……エリオス……僕さ、君が何か分かっちゃったぞ。君の本当の名前もね。……君は……エリゴス。又の名をエリゴール……。悪魔の騎士の名前だ。……違うかい?」
エリオスの顔に喜色が広がる。
「ああ、本当に理人は楽しい奴だな。……大正解だ!……だがな、まだ今は壬生 英良だから……正確には『悪魔の棋士』だな!」
……えーっと……上手いこと言った風だけど、全然面白くないからね、それ?!
明日で最終回です!




