宍戸先輩の秘密
「もしかして、宍戸先輩は理人さんに触れるんですか?」
恵美ちゃんには、僕が突っ込みを入れたのが見えていたのだろう。宍戸先輩と僕を交互に見つめて、驚いた顔をする。
「え???……今のは……?」
「理人さんです。理人さんが、ツッコミを入れたんです。……どうして???壬生さんや私は通り抜けてしまって触れないのに……。」
恵美ちゃんはそう言うと、僕に触れようと手を伸ばし、空を掴む。
「そこに理人がいるのか?」
宍戸先輩が手を伸ばすと、僕の顔の前にある膜にボヨンとぶつかる。
「?!?!……なんか、目に見えないブヨブヨの生暖かいのに触れるぞ???……き、気持ち悪いんだが???」
「宍戸さん、お願いします。それを強く引っ張って破って下さい!!!理人が、理人が入ってるのが、そのブヨブヨだと思います。……俺の理人を助けて下さい……。」
エリオスが縋るように宍戸先輩に頼んだ。
……『俺の』ってとこは気に入らないが、本気で僕を助けたいと思ってくれてるのは、エリオスだけだ。
ちょっとだけ、ウルッときてしまう。
「……祟られるのが、ちょっとな……。」
おいっ!!!
永遠の忠誠を誓った筈の、僕らの騎士だよね?!
「確かに……分かります。理人さんのせいで祟られるってのが、ちょっと不本意ですよね?」
え、恵美ちゃんまで?!
酷くない?!僕ら仲良し同期コンビだろ?!
「……でも。理人さんって、どうしようもない奴ですけど、そこが癖になるっていうか、味っていうか……。やっぱり私、理人さんが居ないと、寂しいんです。……リカルドとは、いずれ結婚するつもりでしたけど、急にプロポーズしちゃったのは、寂しかったってのもあります……。……だから、私……祟られても良いかな……。」
え……!恵美ちゃん……ありがとう!!!
でも、『どうしようもない』とか余計だから……!!!
てか、今世じゃリカルドが、恵美ちゃんからプロポーズされちゃったのか……。ヘタレに磨きがかかってるよな、アイツ……。
「……俺だって、前世から理人の潔いクズさは癖になってる。あそかまで行くと、むしろ清々しいよな……。俺だって寂しいと思ってはいた。だが、理人は喜んで神様の所に行ったろ……。あいつは幸せになったんだ、俺も自分の幸せを見つけなきゃって、自分に言い聞かせて……。理人の分まで雪乃と雪菜を愛そうって思ったんだ……。うん、そうだな……俺も、理人の為なら祟られても良いかもな……。」
う……!宍戸先輩も……ありがとう!!!
『潔いクズさ』ってのが気になるけど……!!!
僕は二人が、僕なんてどーでも良くなってしまったんじゃなかったと知って、嬉しくなった。
覚悟を決めた二人を見ていたエリオスが、真剣な顔つきで言った。
「二人に迷惑がかかる事はないと思う。……俺が祟りだろうが、呪いだろうが理人ごと全て受け止めるつもりだ。だから宍戸さん、頼む……。」
エリオス……!!!
マジで……?!
なんたる包容力!!!
スパダリ中のスパダリだよ、君ってヤツはさぁ!!!
僕は感動に震えた。
でも、出来たら祟りと呪いだけ受け止めて下さい!!!僕は受け止めてくれなくても大丈夫なんでっ!!!
宍戸先輩は真剣な顔で頷くと、思いっきり膜を引っ張った。
◇◇◇
「……理人さん、もう乾いたよ?」
悠里君に洗って貰い、僕はドライヤーで乾かして貰っていた。シッポにハゲを作った恨みは深い。僕はエリオスに触らせてなどやらないのだ。
……。
ここは宍戸先輩のマンションだ。
先輩が膜を引きちぎった事により、僕は中に入っていた液体と一緒に、ジャバーっと出現したのだ。
もちろん僕はビッシャビシャで……こうして、先輩のマンションでお風呂に入れて貰った訳だ。もちろん「悠里君に洗ってもらいたい!」って悠里君を指名した。エリオスがこっちを見てたが知るかよ!!!
ちなみに、前世の父親に会にも来なかった、薄情者の前世の息子リカルドだが……。リカルドには理由があったので、許してやる事にした。
……リカルドは、恵美ちゃんと毛布がいつまでも帰ってこなくて、寂しがって鳴く赤ちゃんたちに耐え切れず……獣型になって慰めてやろうと思ったらしい。リカルドは猫にしては随分デカいので、お母さん代わりになるかも……思ったそうなのだ。
で、その結果……リカルドは何か大切なものを失うことになる。
……赤ちゃんたちは、母恋しさのあまり、出もしないリカルドのお乳を吸った。それはもう、チュパチュパと……。僕が先輩のマンションに戻った時には授乳タイムだったらしく、目から光を消した猫型リカルドが、ユキヒョウの赤ちゃん二匹にののすごい勢いで吸われていた。
そんな訳で、今や赤ちゃん達は、毛布よりリカルド派になっているらしい。
……あんなに吸われちゃったら、きっとしばらく戻らない……。オス猫なら被毛に隠れていて、ほぼ見えない筈の控えめオッパイが、掻き分けられてコンニチハしちゃってる……。
……ね、オスとして、何か大切なものを失ってしまっただろ?
まぁね、恵美ちゃんはそんな細かいこと気にするタイプじゃないし、むしろ『イザって時はリカルドを吸わせられて便利!』位の事を言ってくれるだろう……。だから気にする事は何もない。
僕だったら、絶対に嫌だけどさっ!!!
「理人、ひと段落したんなら、少し話せるか?」
宍戸先輩と黒上さんが様子を見にやってきて、僕にそう言った。
「うん、分かった……。」
僕は悠里くんにお礼を言うと、みんながいるリビングへと向かった。
◇◇◇
僕は神社であったことを黒上さんたち、エリオス、宍戸先輩、恵美ちゃんに話した。
悠里君とリカルドは、客間で赤ちゃんの面倒を見てくれているので、ここには居ない。
「……なるほど。……なんとなく、宍戸さんが理人さんに触れた理由が分かった気がします。」
……え???
「どういう事なんだ、禮さん?」
話を静かに聞いていた赤系ネクタイの黒上さん……禮さんがそう答える。宍戸先輩が禮さんと呼んだので、今日は赤系が禮さんで正解らしい。
「理人さんの話では、神社のものにしか触れないみたいでしたよね?」
「ああ。だが、俺はあの神社のものでも氏子でもないぞ?」
「……狛犬たちの話だと、あの神社の神様と友好的な神様の神社には遊びに行けるようになるらしいですよね。……僕たちは、随分前から宍戸さんは、力のある神に愛されているのでは……と思っていました。いわゆる、神の愛し子ってヤツです。」
……愛し子???
愛し子って、もっとラッキーなイメージだけど???
「お、俺も連れていかれるのか???」
「いえ……その神は、宍戸さんを危険から守ったり、危なくなるとサポートしてくれているイメージの方が近いかと。」
隣に黙って座っていた蓮さんも口を挟む。
「……宍戸さんにいただいた、聖なるブリーフケースは、徐々に力を失いました。貴方が持っていたから、加護があったんです。……以前、ペンションで怨霊を燃やせたのも、その身に宿る力あっての事だと思いますし、恵美ちゃんを神様から隠してくれていたボロ毛布も、宍戸さんが長年愛用していたから故の力でしょう。」
「……さすが、生きたサンクチュアリ……。」
思わず感心してそう呟くと、宍戸先輩に思いっきり睨まれてしまった。
「……じゃぁ、宍戸先輩といれば、理人さんが逃げても祟られたりはしないって事ですか?」
恵美ちゃんが黒上さんたちに、すかさず聞いた。
「……確かに、宍戸さんを祟る事は不可能でしょう。宍戸さんを守護する神がどんなものなのかは分かりません。ですが、かなり力のある神様なのは確かです。あの神社の神様だって、そう簡単にその神を敵に回したくは無いはずです。……でも、それは宍戸さんを護るだけです。理人さんを護ってくれる訳じゃありません。」
「えーっと……つまり……?」
「……恵美ちゃんたちも、宍戸さんにとって大切な人なので、祟られたりはしないんじゃないかと、僕たちは思っています。愛し子が悲しみに暮れる事になれば、宍戸さんの神が黙って居ないでしょうから。……だだ、相手もそれなりに力のある神様です。宍戸さんを護る神だって、敵には回したくないはずなんです。つまり……落とし所は理人さんなんじゃないかと思います。……簡単に言います。理人さん以外は宍戸さんの加護で祟らないと思います。しかし、理人さんを護る事は、今後は一切しないのではないかと思います。」
……え……。
「つ、つまりは……僕だけ祟られるって事???」
「祟られると言うか……狛犬たちの話によると、あの神社の神様は三年は帰ってこないんですよね?……たぶん、三年後に神社に現れた時に、理人さんが消えたのを知ったら、連れ戻しに来るでしょう。そして確実に連れて行かれてしまいます。……次はもう、宍戸さんにも助ける事は出来ないでしょう。」
……。
「……理人の人としての余命が三年……みたいな事か……。」
宍戸先輩が困惑気味に黒上さんたちに聞くと、二人はコクリと頷いた。
「……。」
人生三回目だし、そう長生きとかは望んでいなかったけど……。三年後にまた連れ戻されちゃうのか……。
「……神に連れ去られると、どうなるんだ?」
「そうですね……。多分、不老不死となり、いわゆる輪廻転生の輪から外れる事になるでしょうね……。神様に飽きられれば、また戻れるかも知れませんが、いつになる事か……。」
えええ……。
記憶ありの転生とか飽き飽きしてるけど、不老不死はもっと嫌だなぁ……。終わりがあるから頑張るっての、あるじゃない?
せめてさ、相方や神様がずっと居てくれれば違うよ?でも、あの神社の神様ってば、お忙しいんでしょ?
楽しみのまるでない神社に放置されて不老不死ってさぁ……。神格を得たって、神社くらいしか行けないらしいし……。
僕は隣に座るエリオスの腕を、ギュッと掴んだ。
……エリオスもだけど、恵美ちゃんや宍戸先輩、リカルドに悠里くん、黒上さんたちに赤ちゃん、会社の人たち……。みんなとお別れして、楽しい事のまるでない、あの陰気な神社で口をきいてもくれない駄コマと長いこと暮らしていくって……。
勤労と納税の義務から、開放はされるけど……。
気持ちがドーンと沈む。
「……とりあえず、何か対策が無いか調べます。今日のところは理人さんも疲れてますし、そろそろ休みましょう?考え方しだいです。まだ3年もあるんです。何か良い方法が見つかるかも知れません。」
禮さんが、無駄に明るくそう言ってくれたが……僕には神様に対抗する手段なんて、いくら調べて考えても見つかるとは思えなかった。
◇◇◇
……エリオスがずっと考え込んでいる。
そう言えば、宍戸先輩のマンションで黒上さんから話を聞いている間も、無言だった。……怒ってるのかな。僕が迂闊な事をしたから。
僕は今、エリオスの運転する車に乗って、エリオスのお家に向かっている。……3年後とはいえ、いつ神様が迎えにくるか分からないから、できるだけ一緒に居たいと懇願されたので、エリオスの所に泊めてもらう事になったのだ。
まあね、1人でボロアパートに戻っても、落ち込むだけだし。
宍戸先輩が、エリオスの車の後部座席にジュニアシートを付けてくれた。……赤ちゃん用のチャイルドシートを後ろに2個付けて、恵美ちゃん用のジュニアシートは助手席に付ける事にするから、僕のジュニアシートは不要だから壬生さんにあげるって言い出したのだ。
……不要ってさぁ、いちいち傷つくんだけど!?
エリオスはそれを素直に受け取って、少し先のコンビニで助手席に移動してくれた。……助手席に座れるのは嬉しいけれど、ジュニアシートは使うんだねって、微妙な気持ちになったのは言うまでもない。
「……エリオス、何か怒っているのかい?」
「……いや……。」
運転しながら、僕の方に顔を向ける事なく、そう答える。
「……えっと、きっと大丈夫だよ、黒上さんたちは有能だし、何か良い方法を見つけてくれるかも?!」
まるで期待してはいないけど、エリオスに機嫌を直して欲しくて、無理に明るく話す。
「理人、無理するな。……別に怒ってはいないんだ。……俺の身辺整理について考えていただけだ。3年とはいうが、タイミングか分からない限り、実質は2年でやらなきゃなって考えていたんだ……。」
「え?身辺整理……?」
???
……何でエリオスが身辺整理する必要があるんだろうか???
神様が迎えにくるのは僕、だよね……???
……何となく……いや、思いっきり嫌な予感が頭をよぎる。
まさか……。
まさかなんだけど……。
「エ、エリオス?……まさかだけど、僕が神様に捕まらないようにって、僕と心中してくれたりする気だったりは……しない……ですよ……ねぇ???」
おそるおそる、そう尋ねると、エリオスはピクリと反応して、こちらを振り向いた。
「……さすが理人、お前は賢いな。……むしろそれ以外に、どんな方法があるんだ???」
まるで光の無い目で、笑いながら言われて、僕のシッポは(今は先っぽしにしか毛がないけど。)ボファっと逆立つ。
ひょ、ひょえぇ……。
やっぱ悪霊なんかより、ヤンデレの方が怖いんですけどーーー!!!
「えーっと、そういうの良くないと思うよ?エリオスには将来がある訳で、僕に付き合ってくれる必要なをかないんだからね?!……死んで逃げるしかないなら、自分ひとりで僕は頑張るからさ……。」
「……理人のいない将来など、意味など無い。それにお前は、臆病だしビビリだから、イザとなったら自分じゃ出来ないだろ?だから、俺が責任もって、理人を死なせてやるから、心配するな……。俺もすぐに逝く。」
そういうの、余計なお世話と言うのでは?!
「い、いやあ……。そんなの悪いよ。エリオスは棋士として成功してるんだし、もったいないって。」
「悪くなんかないさ、俺はすごく楽しみだと思っている!」
エリオスにキラキラした顔で答えられ、僕はウッと言葉に詰まった。
……まるで、ディノニクスランドに行くみたいに『楽しみだ』とか言われても……そんなん、楽しみな訳あるかーい!!!
最終回に向けて書き溜めていたので、更新が空いてしまいました。このあと3話でエピローグになります。最後まで毎日更新する予定です。




