チェックの毛布
「ところで恵美は何で急に来たんだ?何かあったのか?」
「あ!そうでした!……赤ちゃんたちは元気ですよ!でも、毛布、『チェック毛布』がやっぱり必要で、それを取りに来たんです。赤ちゃんたち、アレが無いと落ち着かないらしくて……。あまりにもピーピーと鳴くんで、悠里とリカルドが、可哀想だから取って来てやれって。」
『チェック毛布』は宍戸先輩が長年愛用していたらしき、チェックのひざ掛けだ。かなり年季が入っており、先輩も捨てようかなと思っていたらしい。
なので、赤ちゃんが寝ていた箱に、汚れてもいいからと敷いてやったら……今や、その毛布が無いと落ち着かなくなってしまったそうだ。
「……えーっと……。これをを持って行くのか?」
赤ちゃんたち二匹の毛だらけになった、端っこは吸われていて、ボロボロになっている毛布を宍戸先輩が持って来た。
「はい。ぼろっちいですけど、赤ちゃんたちの宝物ですし。これがあると落ち着くみたいなんですよね?……来週は先輩の出張もあるし、お我が家でのお泊まりに慣れて貰わないと。」
そっか、そう言えば先輩、来週は出張があるって言ってたな……。
「二人はどうしてる???」
「……寂しがってますよ。先輩を鳴いて探しています。」
「……!!!!」
恵美ちゃんは、ぼろっちいチェックの毛布をバッグにしまうと帰り支度を始めた。
「じゃぁ、私は帰りますね?……理人さん、ちゃんと壬生さんと仲直りして下さいよ?でないと、壬生さんてば、またヤンデレちゃいますからね?」
……あのねぇ。
ライオンカットなんてされて、許せる訳が無いだろ?!
エリオスがヤンデレる前に、僕が病むってーの!
「恵美?……送って行こうか……?」
宍戸先輩は赤ちゃんたちに会いたいのだろう。親切を装って、ソワソワと言った。
「ダメですって!今日はお泊りの練習させるって、話しじゃないですか?赤ちゃんたちは、朝には帰ってくるんですよ?そんなじゃ、練習になりません!……来週は、三日も我が家にお泊りするんです。慣れて貰わなきゃ……。なので、私は電車で帰ります。もー!先輩……そんな顔しないで下さい。」
今にも泣きそうな顔の先輩を見つめて、恵美ちゃんが笑った。
「……そうだよな。俺は出張が多いし、お互いに慣れなきゃなんだよな?」
「そうですよ!……今夜は理人さんも来てますし、理人さんで我慢して下さい。明日、早めに来ますから、ね?」
……僕で我慢するって……。
なんだよ、その言い方!!!酷くないか?!
「ああ。なら理人で我慢しとく。……恵美は気をつけて帰れよ。」
「はーい!」
恵美ちゃんはそう言うと、笑いながら手をヒラヒラと振って帰っていった。
◇◇◇
恵美ちゃんが帰ってしばらくして、僕と先輩がそろそろ寝ようかと話ている時に、悠里くんからの電話が来た。
「え?恵美が帰らない???……毛布を持って、8時過ぎには帰ったぞ???どこかに寄るとも言って無かったが……。あいつの事だ。赤ちゃん達が毛布を恋しがっているのは知っていたし、寄り道するとも思えないが……。あ、ああ。分かった、少し調べて見る。」
先輩が青ざめた顔で電話を切った。
「先輩、どうしたんだい?」
「恵美が帰らないそうだ。……何かあったのかも知れない……。」
「え……?帰ったのはだいぶ前、だよね?」
今は深夜1時近い。……恵美ちゃんが帰ってから、5時間近く過ぎている。
「……やっぱり、送るべきだった。一体、何が……。」
「先輩落ち着こう?……お得意のGPSは?」
「あ!そうだな。キッズ携帯をバッグに入れてたかも知れないな。調べてみよう。」
先輩が慌てて調べると、恵美ちゃんの携帯は、先輩のマンションと駅の真ん中くらいにあるらしかった。
「……どういう事だい、これ?」
「駅までの道すがら、落としたとか……。ここで何かがあったのか……?」
先輩のマンションから駅までは、歩くと7〜8分くらいかかる。だが、それはそう暗い夜道ではなく、夜でも割と明るく、飲食店などもある場所を抜けていくだけだ。
だから、8時だって危ない感じではない。犬を散歩させたり、ジョギングをしている人だっている。
そもそもが、高級タワマンの立ち並ぶ洗練されたエリアだ。治安が悪い場所じゃない。
だけど……。
この場所は……確か……。
やっぱりだ……。
僕は地図を見つめて固まる。
「暗いが、行ってみるか……。落としただけなら良いが、事件や事故に巻き込まれているかも知れない。悠里くん達には、調べてから連絡しよう。……もう終電も終わっているし、赤ちゃん達がいる。無駄に心配させても良くないだろう。」
「うん……。」
だけど、僕にはもう……嫌な予感しかしなかった。
◇◇◇
「恵美の携帯が落ちているのは……ここか。」
先輩とGPSを頼りにやってきた僕は……暗い鳥居を見上げ、溜息を吐いた。
……やっぱり、神社か……。
先輩のマンションと駅の真ん中くらいには、わりと大きな神社があった。……そこを横切ると、駅までちょっとだけ近道ができた。
だけど……。
黒上さんたちに、神社にも近づくなと忠告されていた僕たちだが、実はこの近道を使った事はあまりなかった。……黒上さんたちの話も怖かったけど、それよりも、昼間でも鬱蒼と暗いこの神社は、通るのが少し怖かったからだ。
でもきっと、今夜……恵美ちゃんはこの近道を使ってしまったんだ。……赤ちゃんたちに、数分でも早く毛布を届けてやりたくて……。
「……先輩。黒上さん達から、僕らの体質について聞いてるかい?」
「……ああ。だから、理人は念のため神社には入らずに待っていろ。俺だけで見てくる。それに、これだけの暗さだ。事件や事故に遭ったのかも知れない。……最近、ひったくりが出ると回覧板が来ていた。」
先輩は青ざめた顔で言う。
ひったくり……。
神隠しに遭ったのではと考えていたが、確かにそっちもあるかも知れない。……恵美ちゃんは小柄な女性だし、恰好のターゲットだと思われたのかも……。いつもなら、恵美ちゃんは馬鹿じゃない。そんな事になれば、自分の身を危険に晒さない為に、簡単にバッグを手放すだろう。
だけど、今日はバッグに『毛布』をしまっていた。
あれは世界にひとつしか無い、赤ちゃんたちの宝物だ。……思わず抵抗して……犯人を逆上させて、ここに連れ込まれ、殺され……ダメだ!!!
「先輩、やっぱり僕も行くよ!……体質的な問題じゃなく、やっぱり恵美ちゃんは、悪い奴らのせいで、トラブルに巻き込まれたのかも?……先輩は、恵美ちゃんに何かあって、冷静でいれるかい?ふ、二人で行こう。もしそう言った場合、二人の方が心強い。
「だ、だが……。」
「念のため、黒上さんには連絡しよう。だけど、犯罪に巻き込まれている可能性がある以上、やっぱり二人で見に行こう?」
もし、恵美ちゃんに何かあったら、先輩は冷静ではいられない。……もちろん、僕もだ。だからこそ、二人で居た方がマシだと思うんだ。
「……ああ。そうたな。黒上さん達にも連絡しよう。」
宍戸先輩も暗い鳥居の先を眺めながら、そう言った。
……電話で黒上さん達には止められた。
どうしても入るなら、せめて自分達が行くまで待って欲しいと。
だけど僕も先輩もこれ以上、待つなんて出来なかった。
だって、もしかしたら恵美ちゃんはこの中で怪我をして倒れている可能性もある訳で……。
「……黒上さんに、場所は伝えた。何かあれば、悠里くんや警察にも連絡してくれるだろう。……行こう、理人。」
「……うん。」
僕も一応、エリオスにメールをしておく事にした。
恵美ちゃんが消えた事、恵美ちゃんの携帯が落ちてるあやしい神社に行く事、サマーカットはマジ許さんって事をサクッと書いて、送信した。
……そうして僕は、宍戸先輩のデカい手を取り、神社の境内に踏み込んで行った。
◇◇◇
チリン……。
微かに鈴の音が聞こえる……。僕が辺りを見回すと、先輩は不思議そうな顔をした。
「あ!!!先輩!あれ!」
「恵美のバッグだ!!!」
恵美ちゃんのバッグは参道の真ん中に、ポツンと落ちていた。恵美ちゃんがお気に入りだと自慢していた、クローバーマークをモチーフにしているファッションブランドの、やや大きめのトートバッグだ。
……恵美ちゃんはいない。
宍戸先輩がハンカチで手を覆ってバッグの中を確認する。もし犯罪に巻き込まれていたら、このバッグは証拠品になる。迂闊に触らない方が良いだろう。
「……財布と定期も中身が入ったままだ。スマホも無事だ。あ、あれ……でも、毛布がない。」
……え?
財布や定期、スマホが無事ならひったくりではないよね?恵美ちゃんは事件に巻き込まれてない?……でも、あの汚い毛布だけが無いって……???
「どう言う事だろう?……やっぱり犯罪じゃなくて、神隠しの方なのかな?でも、あのボロ毛布が何で無いんだろ???」
「分からない。……と、とにかく辺りをもう少し探索しよう。財布も定期もここにあるなら、恵美は電車には乗って居ないんだ。」
「うん……。」
僕と先輩は辺りを見回し、神社の本殿の方へ向かう事にした。
「神隠し……なのかな。だとしたら逃げら無いって、黒上さん達は言ってたんだ。」
「……。……恵美が連れていかれた……と?」
分からない。……だけど、お財布も定期も全部落ちてた。
全部投げ捨てて、恵美ちゃんがどこへ行くというのだろう?
……別れた時の恵美ちゃんは、毛布を早く持って帰りたそうだった。家では赤ちゃんたちも、将来結婚する約束をしているっぽいリカルド(あいつはヘタレだから、ちゃんとプロポーズしたかは不明)も、仲の良い弟の悠里くをも待っていた。
失踪する理由なんか、どこにも無い。
先輩と会社に保育園を作るんだって話もしてて、それには精力的に取り組んでいた。
僕と先輩は手を繋いだまま、奥へと進む。
境内には沢山の木が植えられており、本殿のあたりは月明かりすら届かない程だ。
チリン……。
やっぱり鈴の音がする……。何なのだろう、これ?
「恵美ちゃーん……いるかい……?」
おそるおそる小さな声で呼びかけると、本殿の奥の茂みがガサリと揺れ……ボロ毛布をかぶった恵美ちゃんが、ひょっこッと顔を出した。
え……いた?恵美ちゃん……いた?
「……理人さん?先輩?……え、本物???」
怯えた顔で僕たちを見つめる恵美ちゃんに、僕たちは咄嗟に声が出ない。僕たちは恵美ちゃんが犯罪に巻き込まれたり、神隠しに遭ったと思っていたのだ。こんな簡単に出会えると思っていなかった。
「恵美?!何があったんだ?!悠里くんから心配で電話が来たんだぞ?俺たち心配で、キッズ携帯のGPSを頼りに探しに来たんだ!」
ハッとして先輩がそう言うと、恵美ちゃんがホッとしたように笑う。
「先輩、理人さん!!!よ、良かった、本物なんだね?……二人は、会わなかったんだ?じゃあ、もういないのかな???……私ね、ここに隠れてたの。この毛布をかぶっていると見えないみたいだから……。朝まで隠れていようと思ったけど、いないなら、今のうちに帰ろう。」
……先輩と僕は顔を見合わせた。
でも。
よく分からないけど、とりあえずここから出た方が良いだろう。僕たちは恵美ちゃんを連れて、参道まで戻った。
「あ、バッグ!焦って落としたけど、無事だったんだ……。」
恵美ちゃんかバッグを拾っていると、鳥居のある入り口の方から黒上さんたちが、慌てて走ってくる。かけつけてくれたのだろう。
「良かった、恵美ちゃんも理人さんもまだ無事だ!!!……早く、戻りましょう!!!ここから出ないと、非常にマズいです!!!」
「気配がおかしいです……。出られるうちに、早くここから出ましょう!」
そう言って、僕たちの腕を掴み走り始める。
不意に、背後からまたしても、チリン……と鈴の音が聞こえた。
恵美ちゃんが青ざめて立ち止まる。
「……ごめん。理人さん、宍戸先輩、黒上さん……私、やっぱり行けない。……迎えが来たから……。」
「おい、恵美?!何を言ってるんだ?」
「……ごめんなさい。黒上の言いつけを守らなかった私が悪いの。聞こえてる?鈴の音が近づいて来てる……。」
黒上さんの手を振り払うようにして、恵美ちゃんが踵を返す。
「まて、恵美!俺には鈴の音なんて聞こえないぞ!」
宍戸先輩がそう言って、恵美ちゃん手を掴む。黒上さんたちも、首を横に振る。
チリン……。
さっきよりも、少し近くに鈴の音を感じた。
これ……。恵美ちゃんと僕にしか聞こえていないんだ……。
恵美ちゃんは悲し気な顔をすると、僕たちに言った。
「私が行けば、先輩と理人さんに黒上さんたちは無事に帰れると思う……。この音……ずっと私を探して呼んでいるの……。さっき隠れていた所から伺ったの。あれは本当に神様だと思う。……お願い。無視したら、赤ちゃんやリカルドや悠里にだって障るかも知れない……。だから、私……行くね。」
僕は恵美ちゃんの手を握る。
「駄目だ。……恵美ちゃんを行かせない。」
「理人さん……?」
「……ねぇ、恵美ちゃん。本当に恵美ちゃんじゃなきゃ駄目なのかな?……僕でも良いんじゃないかな……?僕にも聞こえるんだ、鈴の音……。」
悪霊は禮さんと蓮さんの区別がつかないと言っていた。……神様も、もしかしたら、僕と恵美ちゃんの区別がつかないのかも……?だから、僕にも鈴の音が聞こえるんじゃないだろうか……?
僕は、恵美ちゃんを宍戸先輩に押し付ける。
「先輩、黒上さん、恵美ちゃんをお願い。……代わりに僕が行く。僕が鈴の音の方へ走るから、急いで鳥居から出て。」
「理人?!」
「エリオスに、『サマーカットの事はやっぱり許してあげる。それなりに愛してたよ。』って伝えて?……じゃあね。先輩、黒上さん……!恵美ちゃん、幸せになるんだよ。……サヨナラ!!!」
僕はそう言って、鈴の音のする方へ、走り始めた。




