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みんな違って、みんな良い

「何故……お前がここにいるんだ?」


 目が合うと宍戸先輩は、不愉快そうに顔を顰めた。


 僕は拾ってきた段ボールに、マジックで『捨て猫・可愛がってあげて下さい(ハート)』と書いて、すかさず段ボールに入り宍戸先輩を哀れっぽく見上げる。


 お願い!拾って!!!と念を込めるのも忘れない。


 ……宍戸先輩は、盛大な溜息を吐いた。


「……理人。お前は壬生さんの所に行く事にしたんだろ?……『先輩のトコは赤ちゃんたちが煩いから、僕は出て行く!』って捨て台詞を吐いて、二日前に出ていったばかりだよな?……なぜ、俺のマンションの前で段ボールを持って待ち構えていたんだ???……壬生さんさんとケンカでもしたのか?」


 ……。


「……壬生さんて、誰でしょう?」


 僕は惚けた。

 てか、壬生さん……エリオスの名前なんか聞きたくない!


「おい!……壬生さんさんに、心配かけるな!お忙しい方なんだ、ご迷惑をおかけするな。……怒らせたのなら、一緒に謝ってやるから!……ほら、行くぞ?!」


「違うよ!エリオスが僕を怒らせたんだよ!……謝ってきたけどさ、僕は絶対に許さないんだ。宍戸先輩は知らないんだよ!エリオスってさ、酷い奴なんだ!僕、油断したよ。考えてみたら、僕はアイツの事、良く知らなかったんだ。……あいつ……僕に……ひっ、酷い事を……。」


 僕はそこで言うと、涙がボロボロと溢れ始め、もう止まらなくなってしまった。


 宍戸先輩は、そんな僕を驚いた顔で見ている。


 エリオスは、先輩と恵美ちゃんが赤ちゃんに夢中になって、寂しがる僕に「一緒に暮らそう」って優しく言ってくれた。馬鹿な僕はそれに、ノコノコついて行ってしまった。


 こんな事になるなんて、知らずに……。


「な、何があったんだ???何かされたのか???……壬生さんが、お前に危害を加えたりはしなそうだが……???まあ、そのヘンテコで高価そうなピアス付けられたが……。」


 ……。


 う。


 う……。


 うわぁーーーん!!!


 僕は無駄にデカい宍戸先輩に飛びついて泣いた。


「……加えたんだ!!!エリオスは、僕に酷い事をしたんだよ!!!ううっ……ヒクッ……。エリオスは僕から、一番大切なものを奪ったんだよっ……!!!」


「え?……大切なもの???いつも持ってる、その鞄か???ちゃんとあるだろ???」


 僕を抱きかかえたまま、段ボールの横に置いてある僕の鞄……全財産が入った鍵付き鞄を宍戸先輩が拾い上げた。


「鞄より大切なモンだよ!?……僕の……尊厳みたいなモンだよぉ……。」


 本当なら……言いたくなはい。

 だけど、話さなきゃ、宍戸先輩はきっと壬生さんに連絡を入れてしまうだろう。


「……理人、そんなに泣くな。どうしたんだ?……壬生さんの中身はエリオス様だからな……。しつこくされたり、束縛されたりはしそうだと思っていたが……それが、嫌になってしまったのか???」


「……先輩。あ、……あのっ。……みっ、壬生さんに襲われたんだ……。」


「……え。」


「……僕が寝てる間に……。し、しかも、ばあやさんまで、ほう助してたんだ!……あんな家……もう、帰りたくないよ……。」


 そこまで言うと、宍戸先輩の肩に顔を埋め、またしても声を上げて泣いた。


「とうとう……襲われたのか……。」


「……とうとうって、どういう意味だよ?!」


「あ、いや……。まあ、お前らならあるかなぁと。まあ、と、とにかく部屋に上がれ。今日は休日出勤したから赤ちゃんたちは、恵美たちが預かってくれている。」


 宍戸先輩は、僕を抱いたままエントランスを抜けてエレベーターを呼ぶ。先輩が優しく背中を撫でてくれているから、更に涙が止まらない……。


 何か誤解されてる気がするが、とりあえず先輩の部屋に入り込むのが先決だ。オートロックでセキュリティばっちしの高級マンションだ。エリオスだって先輩の許可がなきゃ辿り着けない。……もう二度とエリオスの甘い言葉なんかには騙されないから!!!


 先輩は、エレベーターに乗り込むと、最上階のボタンを押した。


 ◇◇◇


 先輩の部屋に入るなり、僕は獣型をとった。


 獣型になった僕を、宍戸先輩が驚きの目で見つめる。


「えっ?はぁ?……な、なんだ、それ?」


 ……。


 驚きだろ……?


 僕は獣型を見せつけた後で、ボフンと人型に戻る。


 宍戸先輩は、堂々と全裸を晒す僕に溜息を吐いて、「早く服を着ろ」と呆れて言った。


 ……えー。男同士だし別に良いじゃん、そんな嫌そうに言わなくても……。風呂だと思えばさぁ。


 僕は仕方なしに、散らばった服を、拾って身に付けはじめる。


「ひ、ひどいな、なんだあの獣型は?」


「……壬生さんとばあやさんにやられたんだ。毛玉を切ろうとして失敗したらしく、それを隠すのに、サマーカットだとか言って、ニセのライオンにされたんだよ……。もうすぐ冬だってのに。」


 ……そう。


 壬生さんとばあやさんにされた酷い事……それは、ライオンカットだ。


 今朝、目が覚めると僕は顔の周りと、シッポ先端のみにしか毛の無い、哀れなボディにされていた。二人は僕を見つめ焦った顔で『どうだ?理人。サッパリしたろ?涼しいよな?』とか『理人くん、可愛いですよ。ライオンさんみたいです。』とか必死に取り繕って言ったが……。


 そんな訳あるかーーーいっ!!!


 もう、秋っ!!!秋も深まってきてますからっ!!!


 まあ、毛玉も抜け毛も酷かったし、百歩譲って体の毛をカットした事は許そう。人型になれば、別にどうでも良い事だし……。


 だけど、僕の大切なモフモフシッポまでカットするなんて!!!それってさ、髪が命だと言われている女性を、丸坊主やモヒカンにするのと同じだからね?!


 宍戸先輩は盛大に顔を顰めた。


「……ニセのライオン……。ライオンの獣人の俺の前で……その貧相な姿でそれを言うのか……。」


 ……あ。


 どうやら、宍戸先輩の変なプライドのスイッチを押してしまったようだ。


 いきなり宍戸先輩はスーツを脱ぎはじめる。


「……え?何してんの先輩???」


「本物のライオンを見せてやる。……俺はな、猫獣人と違って、獣型になるとデカくなるから、脱ぐしなないだろ!」


 YシャツやTシャツまで手早く脱いでいく宍戸先輩。


 ……さすが宍戸先輩。デオドラント対策はバッチリなようだ。Tシャツは速乾性にすぐれた話題の『サラりずむ』だし、Yシャツもタグに『防臭快適』って書いてある。


 僕がそんな事に気を取られている間に、宍戸先輩はパンツ一枚になっていた。


 ……パンツも防臭加工とか、されてるんだろうか……?


 先輩の事だ、きっとパンツまで抜かりはないはず!……極めて変態ぽいが、アレを脱いだらタグを確認しよう……。いや、したい!!!

 僕が、そんなバカみたいな事を考えていると、部屋のチャイムが『ピンポーン!』と音を上げた。


 先輩がインターホン越しに確認する。

 ……画面には、げっそりした恵美ちゃんが映し出されていた……。


 え???何で恵美ちゃんが???


 僕と先輩は顔を見合わせた。



 ◇◇◇



「えっと……何故二人とも、そんな格好なんですか?」


 宍戸先輩の部屋に入ってくるなり、恵美ちゃんはひきつった顔で僕たちを見回し、そう言った。


 ……何でって……。


 宍戸先輩は、恵美ちゃんが来るので、慌てて『サラりずむ』のTシャツは着たが……。速乾でサラサラがウリの機能性インナーだ。絶妙な透け具合とフィット感で、うん……その……先輩……胸んとことか、透けてる。……見ちゃ悪いなあって思うけどさ、見ちゃうよね。鼻をかんだティッシュとか、僕って見ちゃう派だし。


 ちなみに、下はスーツのズボンだ。恵美ちゃんは、思いのほか早く部屋まで着いちゃったので、慌てて脱ぎ捨てたズボンを履いたのだ。


 ちなみに僕は、パンツしか履いてない。


 めっちゃカッコいい柄のパンツだからね!これは最近買ったばかりのらアメコミのスーパーヒーロー柄のボクサーブリーフだ。全面に散らばったヒーローの柄が、カッコよすぎる!!!


「す、すまない。こんな格好で。そ、その。獣型になろうとしてて……。」


「そ……そうですか。……理人さん連れ込んで、半裸とか……なんか来ちゃダメなタイミングだったのかと思いましたよ……。お取込み中で無かったなら良かったです……。」


 どんなタイミングよ、それ。お取込み中ってさぁ……。


「そのな、理人がサマーカットされて、ニセのライオンにされたんだが、酷い出来で……。つい、ライオン姿を見せてやるって……。」


「は?ええっ?サマーカット?!ライオン?!なんですか、それ!見たい!!!見たいです、理人さん、獣型になって下さい!!!」


 恵美ちゃんが、目を輝かし僕に詰め寄る。


 ええっ?見せるのぉ?……仕方ないなぁ。


 僕は大人しくボフンと獣型になった。



 ◇◇◇



「あはははは。ヤバい、なにそれ!理人さんヤバい!あはははは!!!」


 恵美ちゃんが、よじ切れるんじゃないかって程に笑っている。


「……ライオンカットだそうだ。」


 獣型となって、話せない僕の代わりに、宍戸先輩が苦笑いで解説する。


「ライオン?!この、貧相な猫がライオン?!……あはははは!!!ライオンじゃないですよ、これ。ダメ、全然ライオンじゃない!貧相すぎる!……あはははは!そのシッポも傑作。あんなにモフモフ、モフモフって煩い程にご自慢だったのに……!最高に笑える!あははははは!」


 恵美ちゃんのあんまりの態度に、僕は耳がヘニャっとなってしまう。


 恵美ちゃんてさ……何故か僕に対して、地味に残酷ってかさ、デリカシーが無いとこあるんだよね……。


 貧相、貧相ってさ、そんな連発しなくても……。


「そろろ恵美、やめろ……理人が……。」


 宍戸先輩が、僕の様子に気付いて恵美ちゃんを止めた。


「宍戸先輩、凹ませとけば良いんですよ?……理人さんは、散々、私のカギシッポを『粗末なシッポ』って馬鹿にしてましたから。庇う事なんて無いんです!」


「……猫のシッポは色々だからな。長くても短くても、どちらも素晴らしい個性だと、俺は思うが……。柄や毛の長さも色々だが、それぞれ素晴らしと俺は思うぞ?」


 宍戸先輩は、きわめて優等生な回答をした。

『みんな違って、みんな良い』的な模範回答だ。


 ……だけどさぁ、恵美ちゃんのシッポはマジで粗末だと僕は思うんだよ。いくら幸運のシンボルだって、短すぎだろ?

 あんなん、僕のモフモフシッポに勝てる訳無いって思わないかい?


 ……あ。

 僕は……もう……モフモフじゃないんだっけ……。


 そこで僕はまたしてもドンと落ち込んだ。

 哀れなシッポは、モフモフ感がだいぶ消えて、モフシッポとでも言うべきか。先端の毛の残った部分を、そっと毛繕いする。


 ……ニャ。

 ニャーーーン!!!


 こんな、こんなの、やっぱ嫌だぁ!!!絶対に許さないからな、馬鹿エリオス!!!


 獣型になってて、声の出ない僕は、ニャーニャーと鳴いた。


「あ、恵美!そう言えばどうしたんだ?赤ちゃんたちは?」


「……あ!そうでした!」


「まさか、赤ちゃん達に何か大変な事でもあったのか?!」


 え……。大変な事……?

 まさか、病気……とか???


 僕はボフンと人型に戻った。


「恵美ちゃん、赤ちゃんたちは大丈夫なのかい?!」


 僕は真っ青になって、恵美ちゃんに聞いた。


 恵美ちゃんの家から先輩の家は1時間半はかかる。それを電話でなく、訪ねてきたのだ。……ま、まさか入院しちゃった……とか???すごく具合が悪いとか???


 ……。

 ……。


 ……ん?


 何故か二人が無言で僕を見つめてる。


 ……僕が赤ちゃんを心配したらおかしいかい?!?!


 確かに、恵美ちゃんと先輩を独占されてムカついたし、煩いって二匹を邪魔にもした。……でも、病気になってなんか欲しくなんかないし、何かあればさすがに心配だって!


 恵美ちゃんが、真っ赤になって震えている。


 え???


「お、おい。……理人。その、恵美は女性だ。全裸は……マズいだろ。……そ、その。……粗末なもんを晒すのは……ど、どうかと。いや、立派なら晒して良い訳でも無いがな……。」


 そう言って、先輩が僕の下半身にサッとシャツを巻きつけた。


 ……あ!!!


 し、しまった。慌てて人型に戻ったから、裸だった!!!


 ……。


 ん……???


 んんん???……粗末???


「あのさ、恵美ちゃん、僕って粗末なのかい?」


「しっ、知りません!!!……そんなの、私じゃなく、宍戸先輩にでも聞いて下さい!!!」


 恵美ちゃんが、真っ赤になって僕を睨んだ。


 ものすごーく怖い。


「……先輩、僕って……。」


「さっきも言ったろ?……理人。……みんな違って、みんな良い。……それだけだ。」


 先輩は皆まで言わせず、僕にそう言って、慰めるような笑顔を向け、ポンポンと優しく肩を叩いた。







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