赤ちゃんは何処から来るの?
「……あの、この赤ちゃんって、一体……?」
恵美ちゃんが、マッハで雑にミルクを作ると、二匹はそれをゴクゴクと飲んで、満腹になったのか、宍戸先輩が胡座をかいた股ぐらで、コテッと寝てしまった。
「……。」
先輩は、眠った二匹をゆっくりと撫でながら、見つめているだけで、答えない。
「もしかして……この子たちは、先輩の……。」
恵美ちゃんが伺うように聞くと、先輩は観念したかのように答えた。
「……。そうだ……俺の子供だ。」
……。
……。
あ!!!
「先輩、昨日産んだのかい?……頑張ったね?」
僕は先輩の労をねぎらった。
昨日は昼間は重要な会議があって、そのあと懇親会に出て、家に帰って出産……なんてハードな一日だ。獣人は丈夫な奴が多いから、自宅で出産する事もあると聞くが、頑張りすぎだろう……。
「理人……。俺が産むわけ無いだろう?!」
「えっ?!……じゃあ、赤ちゃんはどこから来るの?!先輩が産んだんじゃなきゃ、コウノトリが来たのかい?キャベツ畑にいたのかい?」
「俺の、彼女!彼女が産んだんだ!!!」
!!!
あまりの衝撃にヨロめいてしまう。
「り、理人さん?大丈夫?」
恵美ちゃんが僕を支えてくれたが、この衝撃をどう受け止めて良いのか、僕には良くわからない。
「……先輩に彼女がいたなんて……!!!コウノトリとかキャベツ畑の方が、よっぽど現実味があるよ……。」
「理人さん……。確かに、それは同感ですが、男性に子供は産めませんからね……お相手がいるのは確かでしょう。」
「お前らな……。」
……はっ。まさか!!!
「先輩、いくらモテないからって、同意が無いのは犯罪だからね?!……あと、同意があっても金銭を伴う場合、厳密には彼女では無いと僕は思うよ。」
大好きな先輩が犯罪を犯すなどとは思いたくない。……そこは信じてやろう。確実にムッツリスケベではあるが、性犯罪を犯すほど、病的では無い……と信じたい。
たが、金銭の絡むやりとりは十分にあり得ると、僕は思う。合法的なお店だって沢山ある。先輩の事だ、きっと行きつけのお店があり、そこで手違いをおこして、ウッカリ子供が出来てしまい……。「貴方の子供よ?!」的な???
うん。ある。……ありそうだ。
「……うわぁ。だとしたら最低。」
恵美ちゃんがボソリと呟く。
「恵美ちゃん、そういう男も少なからずいるんだよ。……だけど、すべての男性がそうではないと、僕は言いたいけどね?」
宍戸先輩のムッツリスケベで、恵美ちゃんが世の中の全ての男性に偏見を持っては大変だ。僕は男性を擁護する言葉を、恵美ちゃんにかけた。
「おいっ?!……理人、恵美、いいかげんにしろ!……この子たちは、俺の幼馴染みで元カノだった女性が産んだんだ。元、ではあるが、彼女だ、彼女っ!!!」
……ま、まじで???
僕だけでなく、恵美ちゃんまでが驚いた顔で先輩を見つめる。
「昨日、久々に会いたいと彼女から連絡が来たんだ。俺は重要な会議や懇親会があるから、別の日にして欲しいと言ったのだが、彼女から、どうしても会って話したいと言われて、懇親会の後に会いに行く事になったんだ。」
……だから、恵美ちゃんの相談に上の空だったのか。
てか、やっぱり女の子絡みじゃん???……スケベ心で永遠の忠誠を誓ったはずの主君たる恵美ちゃんの護衛を放棄。……やっぱり宍戸先輩は、ご立派なムッツリスケベ騎士だ。
「この子たちは、その、元カノさんとの子供……。」
「ああ。そうだ。……彼女は、ライオン獣人なのだが、長の子供でない、俺の子供を産んでしまい、困っていたんだ。なら、父親である俺が育てる他無いだろう。」
……ライオン獣人は、一夫多妻だ。
とは言え、長……夫以外の子供を持つのはマズいに決まっている。
で、でも……???
「あのさ、先輩。……彼女さんとは、いつお付き合いしていたんだい???」
宍戸先輩に彼女がいた気配なんか、あったかな???
こうして、いつも一緒に過ごすようになったのは、前世を思い出してからだけど、前世を思い出す前も、割と飲みに行ったり、ご飯に連れてってくれたり、頻繁してたんだよね?
あ、この人って暇なんだ。こりゃ、彼女いねーな……って、恵美ちゃんとヒソヒソしてたし……。
「付き合っていたのは、高校生の頃だ。」
「へ、へえ……。」
すると、アレですか。
もう付き合っては居ないけど、たまに会って、そういう事はしていたと。
……爛れてるっ!!!
羨ましいけど、爛れてますからね?!
そういうのって!!!僕は大反対だよ?!
……なんか少し、羨ましいけどっ!!!
「お互い……忘れられなかった、とかですか。」
意外にも恵美ちゃんが、綺麗にまとめた。
まあ、言い方だよね……。なんか大人だなぁ。でも、僕は汚い大人になんかならいからっ!キリッ!!!転生3回目で、とっくに人生経験3桁いってますが、心はピュアでいたいのさ……。
「あ、いや。彼女の事は忘れてた。」
は???
「いきなり10年ぶりに連絡が来て、ビックリしたんだよ!……彼女、綺麗になってて、ドキドキしてしまったな。やり直したいとか言われるのかと思って、ワクワクして会いに行ったら、子供が出来たと言われ、驚いてしまったが……。可愛いよな、この子たち。」
……。
……。
え???
恵美ちゃんとバッチリ目が合う。
……リョーカイです。
僕はスマホを取り出して、『ライオン獣人 妊娠期間』で検索した。ついでに『ライオン獣人 子供』でも検索する。
獣人と獣の妊娠期間は、同じでは無い。だいたいだが、倍ぐらいの長さになる。……半分は人だからかも知れない。
ふむふむ……。なるほどねぇ。
ライオン獣人の妊娠期間は200日ちょっとですか。
……10年前に何があっても、この子供は確実に先輩の子供じゃないよね?!だってどう見ても産まれたてだよ?!画像で見た感じだと、この子たち、生後、1ヶ月くらいかなぁ。
「……えっと、この子供たち、本当に先輩の子供かい?」
「俺にソックだろ?」
え……どこがっ?!
先輩の凶悪な顔と、すやすやと眠る、フワフワの赤ちゃんたちの顔を見比べてみる。
うん。……1ミリも似ていない。
……いや、目と鼻と口の数は同じか。
「先輩……私も先輩の子供じゃないと思いますよ?10年前にお付き合いしていた方との子供なら、10歳前後でなければおかしいのでは?」
「……。あ。確かに!!!あまりの可愛さに、どうでも良くなっていたが……そうすると、この子たちは、俺の子供じゃないのか?!」
……えーと。
先輩は驚いた顔をしているが、むしろ驚きたいのはこっちだよ。分かるだろ?!普通?!
……可愛いからって、そこはどうでも良くなっちゃダメだと思うからね?!
「あ、あのさ……。僕ね、この子たち、ライオンですらないって思うんだけど。」
僕は眠る赤ちゃんそっと撫でる。
驚きのフワフワ感だ。
ライオンの赤ちゃんって、最初は白っぽかったりもするし、斑点もあるらしいが、スマホで検索した画像だと、どれもこんなに真っ白で斑点が濃い赤ちゃんはいなかった。
そして何より、立派で図太いこのシッポ。
……。
「あのさ、先輩。考えてみると、一夫多妻だろうが、そうでなかろうが……言ったり調べてみなきゃ、誰の子供かなんて分からないんじゃないかな?誠意はまるで無いけどさ、たとえ宍戸先輩との子供だって、正直に申告しなきゃ、長……旦那さんにバレたりしないんじゃないかい?」
「え???」
そもそも、ライオン獣人は女性同士の結束が極めて堅い。
「……別に父親が誰でもさ、確実に産んだ母親の子供ではあるだろ?それが女系のいいとこだって、先輩も言ってただろ?……なのに、彼女たちが、赤ちゃんを簡単に見捨てたりするかな???普通なら、女だけで話し合って、長を騙しながら育いくんじゃない???」
「そ、それは……。言われてみるとそうだな。じゃ、じゃあ……。」
……。
「そうだよ。この子供がライオンじゃないからだよ。だから、隠しきれないから、手放したかったんだ。」
獣人は科がおなじなら、たまに子供を授かる事がある。
その場合、ミックスされて生まれてくる訳ではなく、どちらか獣性になる。
……。
つまり、この子たちは……。
僕はスマホの画像を先輩と恵美ちゃんに見せる。
「この子たちは、ライオン獣人と、ユキヒョウ獣人の子供なんじゃないだろうか???ほら、この画像、ソックリだろう???」
赤ちゃんを産んだ女性は、先輩の幼馴染みでもあったと言う。……なら、先輩がチョロいだけじゃなく、無駄に責任感が強くて、無類の子供好きだと知っていたはずだ。たとえ自分の子供でなくとも、先輩なら赤ちゃんを見捨てたりはしないと踏んだのではないだろうか。
「ヤバいな……ユキヒョウ……。可愛いすぎる。」
「で、ですね。このシッポをハムって咥えてる写真とか尊すぎです。」
……え?
「はあ……。育ってもモフモフで可愛いって、凄いな、ユキヒョウ。」
「ですね……いいモン貰いましたね……。」
「ああ。得した。」
はぁぁあ?
「先輩!恵美ちゃんも、頭、大丈夫かい?!……この子たちは先輩の子供じゃないし、ライオンですらないんだよ?!メッチャ騙されてんの?!得なんてしてないよ!……返して来なきゃ駄目だって!!!」
僕がそう怒鳴ると、眠っていた赤ちゃんが一斉に目を覚まして、ピーピーと鳴き始めた。
「おい、理人!起きちゃったろ?……あー、ヨシヨシ、いい子だ。……彼女はこの子たちを捨てたんだ。返して来たとこれで、他に捨てるだけだろ?そしたらこの子たちはどうなるんだ……?」
「そ、それは……そうだけど。」
「あー、ビックリしちゃったね?大丈夫、大丈夫よー?……理人さん、なんか酷いよ。……赤ちゃんたちがどうなっても良いの?」
……。
こうなるって……先輩は赤ちゃんを見捨てないって分かってたから、押し付けたんじゃんか!!!
しかも、前世で6人のママだった、恵美ちゃんまでいる。……二人は、きっと赤ちゃんファーストな方法しか選ばない。
ピーピー鳴く二匹を懸命にあやしていて、赤ちゃんに夢中だ。
……。
た、確かに、返した後で赤ちゃんたちにどんな運命が待ち受けているかは、分からない。もしかしたら、あまり幸せな運命は待っていないかも知れない。
だ、だけど……!
……。
だけど……このままじゃ、あの正体不明な赤ちゃんを、先輩は養子にしてしまう。
そうなったら……。
……。
……!!!
そうなったら、僕の恵美ちゃんと宍戸先輩が……赤ちゃんたちに取られちゃうじゃんか!!!
そんなの、僕は嫌なんだよっ!!!
僕は自分のシッポをハムっと咥えて、二人に可愛いアピールをした。さっきのユキヒョウの真似だが、二人は盛んに可愛いと騒いでいた。
見て!!!
僕だって可愛い!!
「先輩、ベビーシッターさんとか手配しなきゃですよね?」
「ああ、当面はそうだな。……あと、会社に保育所を作る提案をしようと思っているんだ。……獣人は多胎だろ?……子供を産んでも、マリカみたいに活躍したい女性もいるし、男性だって子育てに協力したいだろう。会社に保育所があれば、奥さんが体調が悪かったり、リフレッシュしたい時も預かってやれるし、家庭円満だと仕事へのモチベーションも上がるよな?!……恵美、協力してくれないか?」
「いいですね、それ!……もちろん、協力します!」
……もしもーし。
ここで可愛い僕が、シッポを咥えてますよー?!
仕方ないので、そのままクルクル回ってみる事にする。
「先輩、この子たちって、女の子ですか?それとも男の子?」
「まだ分からないらしい。獣型だと分かりにくいからなぁ。……だから、名前もまだ決めてないんだ。」
「えー、先輩的にはどっちが良いですか?」
「どっちでも可愛いよな。……でも、前世の子供は男の子だったから、女の子に憧れるんだが……。『大きくなったら、パパのお嫁さんになる!』的な、な?」
あのぉ……。
僕がいまーす……。可愛い男の子でーす。
「あー。分かります、それ……。前世でリカルドも娘に言われて、メロメロになってました。可愛いですよねぇ。パパさんドリームです。」
不意にシッポを咥えてクルクル回る僕に二人が気付く。
!!!
気付いてしまいました?!
可愛すぎる僕にっ!!!
「……理人、何やっているんだ?」
「……変な踊り、やめて下さい。」
え……。
「違うよ!違う!!!可愛い僕をアピールしているんだ!シッポもハムってしてたろ?そんな赤ちゃんより、僕の方が可愛いだろ?!」
……。
……。
「えーっと……理人。壬生さん、壬生さんのトコへ行け。きっと赤ちゃん並みに可愛がってくれるぞ。」
「あ、私、電話して呼び出しますよ。理人さんを引き取ってって。……あ、そうだ!先輩!ついでに、悠里とリカルドにも赤ちゃんを見せてあげませんか?!」
「おお!いいな!リカルドも子供好きだったものな!モフモフ好きの悠里くんにも、これは堪らないんじゃないか?!……賢い二人には、この子たちのこれからについても、相談にのって貰いたいしな。」
……。
またしても僕を無視して盛り上がる二人に、僕はじんわりと涙が滲んでしまった。




