呪われた家
「聞いて下さいよ!悠里が呪われた家を買ってきちゃったんですー!!!返してきなさいって言ったのに、呪われてないの一点張りでっ!!!言う事を聞かないんですよー!!!」
あまりにもツッコミどこしかない恵美ちゃんの言葉に、僕と宍戸先輩は、すぐには反応できず、ポカンと社食のお箸を咥えて、プンスカと怒る恵美ちゃんを見つめる事しか出来なかった。
えーっと……???
「すまない。色々と意味不明なのだが、悠里くんは、やはり家を買ったのか?」
宍戸先輩が会話を立て直そうと、つとめて冷静に答えた。
「そうなんです!この国に住む事になったリカルドとお仕事をはじめるんですって。で、その拠点とする為に家を買って、住居にもするらしいですよね?……引きこもり癖に、何でそんなお金あるの?って聞いたら、『秘密。』って言うんですよ?!」
あー……。
悠里くん、本当はお金持ちだもんねぇ。
恵美ちゃんが怠けないようにって、秘密にしてるけど。
それにしても悠里くん、リカルドと恵美ちゃんにはそう言ってるんだ。実際はそれ、『猫獣人繁殖センター』たからね?
先輩は悠里くんに配慮したのか、「実は、悠里くんはデイトレーダーでもしてたのかもな……。」って言った。
「なら、お家賃!お家賃助けて欲しかったです!!!毎日1時間半もかけて通うの、大変だったんですよ!」
恵美ちゃんが、荒れている。
「そ、そうだな。……それはさて置き、呪われた家を買ったって、どういう事だ???」
「あ!そうでした、その話がしたかったんです……!!!先週から悠里とリカルドは、拠点にするっていう、お家を見て回ってたらしいんですね?そうしたら一昨日、『素敵な家が見つかった!』って二人が喜んでいて……。私も住まわせてくれるとかで、昨日それを三人で見に行って来たんですけど……その家、すっごく呪われてるんです!」
「……えっと、何で呪われてるって分かったんだい?」
僕は社食のラーメンを食べ終えてから、そう聞いた。
……話が長くなって、ラーメンのびたら嫌じゃん???
「すごいんですよ、悪霊?あの、会社に居た、気持ち悪い歯がいっぱいの奴が、ウジャウジャいるんです!行ったのは夕方なのに、すごい数がいて……私は怖くて入れませんでした。」
ん???
んー???
「あ、あれ?でもそれ、悠里くんとリカルドで探した家なんだよね?……リカルドは猫獣人なのに、アレが見えないの???」
「……みたいなんですよね。悠里はヒトだから、もちろん見えないし、リカルドに『悪霊がいっぱいるよね?』って言っても、『悪霊???』って言ってて、全然分かってないみたいで……。二人は平気で中にも入ってしまうし……。」
「???……リカルド殿に見えないなら、恵美の見間違いなんじゃないのか?それに、悪霊は襲ってきてたよな?二人がその家に入って、何ともなかったなら……やっぱり違うんじゃないか?」
そうだよねぇ……。
前に会社で遭遇した時は、蓮さんが襲われそうになってた。しかも、そんなにウジャウジャいるなら、悠里くんやリカルドが襲われててもおかしくないよね?
なのに、全然平気?……なんでだろ???
「えーっ?見間違えるってレベルじゃなく、ハッキリと見えましたよ!?……なんでリカルドには見えないのかは謎ですが……。あ!もしかすると、デカい猫だからかも知れません!巨大化したから、繊細さを失ったのかも?」
えええ???そんな事、あるかーい!
「えっと、確かにリカルドは猫にしてはデカいけど……僕は恵美ちゃんの方が、繊細じゃないと思う。」
「うん。そうだな。リカルド殿の方がよっぽど繊細だ。」
「はえ?」
ショックそうな顔をしているが、これ10人中10人が同じように言うと思うよ。
「……。俺たちは、恵美と理人に悪霊が見えてたから、猫獣人なは、みんな見えるのだと思っていたが、そうではないのかも知れないな……?お前たちが、そういうのか見える『霊感体質』なのかも知れないなぁ。」
あー……確かに!
そう言われると、そうかも知れない……!
「うーん。そうなのかなぁ?じゃあ、なんで襲ってこないんですか?会社に居たヤツにソックリなんですよ?……襲ってこないって事は、あんな見た目でも危なくないんですかね???」
「どうなんだろうな。あ!……ほら、キノコも毒キノコと食べられるキノコがソックリだったりするだろ?一見、毒々しい感じでも毒がないキノコもあるらしいし……そんな感じなのかもな???」
宍戸先輩は少し考えて、そう言った。
まあ、確かに襲ってこないなら、気持ちは悪いが、気にしなきゃ良いだけかも知れない。
「ええー?!じゃあアレは、悪霊じゃないって事ですか?!……なら、何なのでしょう???」
「さあな。妖精、とかじゃないか?危なくないなら、気にするな。」
……はぁ???妖精?!
なんか今日の宍戸先輩は、雑だなぁ……。
面倒だからサッサと話を終わらせたい感が凄いんだけど。
あ!先輩は午後から大事な会議があるからか!!!
本社や支店から、午後の会議に向けて、沢山人が来てるって課長が言ってたな!
『なら僕、お茶出しとかしますか?』って意欲を見せたのに、『理人くんのお仕事は、邪魔しない事、Death!!!』って言わたっけ。
今日の先輩は、危険が無いなら『猫獣人繁殖センター』なんて、どーでもいいのかも。
そういえば、本社にいる先輩の同期の可愛いサーバルの獣人さんが『類くーん、久しぶりー?午後からの会議、お手柔らかにね?』って、お昼に入る直前に会いに来てた。先輩が、すごーくデレデレしてて気持ち悪かったっけ……。
「いやいやいや、あんな禍々しい妖精、おかしいですって!!!ねぇ、先輩、理人さん……仕事が終わったら、悠里が買ったお家、一緒に見に行って下さいよ!!!それで、ヤバそうなら黒上さん達に相談したいんです!ね、お願いしますよ!」
恵美ちゃんが必死で先輩に縋るが、先輩は素気なく答えた。
「あー……。今日の会議は、終わってから懇親会があるんだよな。だから理人と二人で行って来い。俺には悪霊は見えないし、二人で構わないだろ?俺は、今夜は遅くなるかも知れないからな。……いや、朝帰りかも?」
……。
先輩。サーバルさんと、どうにかなる気か。……いや、どうにかする気か。
「ええっ、先輩、冷たいですよ!!!」
「そろそろ、会議の準備をしないとな……。すまないな、恵美!」
先輩はそう言うと、サッサと席に戻ってしまった。
う、うわぁ……。
カッコ良くいってますが、会議で良いところを見せて、サーバルさんにアピールしたいだけじゃないの?……まぁ、ムッツリスケベさんの考えそうな事だよね。
……お気に入りで密かに狙ってた恵美ちゃんは、リカルド登場で、あっさりと奪われちゃったもんね……。
とは言え……騎士としての永遠の忠誠ってなんなの?って気もするけど。忠誠心とやらはスケベ心に左右されるべきじゃないと、僕は思うんだよね???恵美ちゃんがゲットできなくても、やっぱり守ってやるべきじゃないの?って僕は思うよ……。
ま、いっか。
僕ってば、器の大きな主君だし、許してやるか。
宍戸先輩の幸せも、応援してやらなきゃだしね。
「よーし、恵美ちゃん。じゃあ、僕と二人で見に行こう?先輩は忙しいみたいだからね?」
「理人さん!!!やっぱり最後に頼れるのは理人さんだ!!!」
恵美ちゃんの言葉に、僕はかなり気を良くした。
◇◇◇
「……。えーと、これはどう見ても悪霊だね……。」
「……ですよね。」
仕事が終わってから、僕は恵美ちゃんと悠里くんか買ったという家を見に来た。……家の場所は都心から少し離れてはいるけど、便利な路線上にある閑静な住宅街だった。
『悪霊がウジャウジャ』なんて恵美ちゃんが言うから、勝手に古いお屋敷を想像してたのに、それはガラスをふんだんに使った、お洒落でモダンな邸宅だった。……悠里くんが欲しいと言ってた、プールまで付いている。
でも……。
「ねぇ、これ、すごくない?!住むとか無理だよね?!」
思わずキレ気味で恵美ちゃんに言う。
だって、外から見てるだけなのに、邸宅のガラス一面に悪霊がビッシリと張り付いているのだ。
ソレは不揃いの黄ばんだ歯をカチカチと鳴らし、気味の悪い目で一斉に僕らを見つめている。
ひっ……!!!
あ、悪霊、怖っ!!!
ヤンデレより、やっぱ怖っ!!!
「……で、ですよね?」
恵美ちゃんも顔を引きつらせる。
「ある意味、ここに入って無事な悠里くんとリカルドが特異体質なんじゃない?!……てか、襲ってこないとしても、これと暮らすのは無理だよ!!!」
「り、理人さんもそう思いますよね……。黒上さん達に見てもらいますか?」
「うん!……僕はその方が良いと思う。こんなの、勘違いでも見間違いでも無いし、絶対に『妖精』なんかじゃないよ?!そもそも、迂闊に入るべきじゃないって!!!」
僕らは急いで黒上さん達に連絡した。
◇◇◇
黒上さんたちは、どうやら、この近くで打ち合わせをしていたらしく、直ぐに来てくれた。
「こ、これは凄いね。」
「空気が重くて、気分が悪いな……。」
二人は、この物件に近付くだけで、顔色を変えて怯んだ。
「恵美ちゃん、すまないけど、掃除機で吸い取れるレベルじゃないよ。……これ、悪霊が湧いてきてる……。」
赤いネクタイの推定・禮さんが申し訳なさそうにそう言った。
「や、やっぱり、これって悪霊なんですよね?!」
「もちろんだよ。……こんな凄いの、久々だよ……。」
青いネクタイの推定・蓮さんも青ざめた顔で言う。
「あ、あの。私の弟と友人は平然と入っていったんですけど、実は襲われたりしたのでしょうか?今のところ、特に変わった様子はないんですけど……?」
「……会ってないから何とも言えないんだけど、たまに悪霊に耐性がある人がいるんだ。守護が強いって言うか、強運って言うか……。有名な政治家とさんとか、社長さんなんかに多いんだけど、オーラが強いって言うの?もしかすると二人はそういうタイプなのかも知れない。……だけど、大概の人はこの家に入るべきじゃないよ。恵美ちゃんたちの会社にいたヤツほど好戦的じゃないけど、ジワジワと蝕まれてくと、僕は思う。」
……そう言えば、前世の二人は政治家みたいなモンだったし、今は社長ってか、起業家だよなぁ。……だからヘッチャラなのかい?
「あのー……私、ここに住めますかね……?」
恵美ちゃんは心配そうに二人に尋ねた。
「……恵美ちゃんは無理だと思う。……話を聞いて思ったのだけど、恵美ちゃんと理人さんは、『霊媒体質』なのかも知れない。」
「霊媒体質???」
僕と恵美ちゃんは顔を見合わせる。
禮さんと蓮さんは頷き合うと、僕たちに言った。
「僕らは二人が猫獣人だから、悪霊が見えるのだと思っていたけど、どうやら違うみたいだよね。……だから『霊媒体質』なんじゃないかって思ったんだ。」
「あー……それは、昼に僕たちもそうなんじゃないかって、先輩と話してました。もしかして僕らが『霊感体質』ってヤツなのかなーって。」
「……いやいや、そんなもんじゃないよ。『霊感体質』って言うのは僕らみたいな、悪霊の気配を感じたり、ボンヤリと見えるくらいを言うんだ。話を聞くと、君たちはすごくハッキリと見えてるだろ?……もしさ『霊媒体質』ってやつなら、すっごくマズいんだ。あのね……そうすると、二人は良いものも悪いものも、どちらも引き寄せやすい体質って事になるんだよ。」
禮さんはそう言うと、僕らの肩をグッと掴んで心配そうな顔をする。蓮さんが、渋い顔をしなから話を引き継ぐ。
「二人は、なるべくなら神聖な場所にも行かない方が良いと思う。」
……???
「えっと、悪霊や不気味な場所に気をつけろってのは分かるんですけど、神聖な場所とかは、むしろ行った方が良いくらいなんじゃないんですか???」
恵美ちゃんがキョトンとして言う。
全くもって同感だけど……???
「……『霊媒体質』って言うのは、シャーマンって言えば分かるかな?……霊や神を降ろす事ができる体質の人を言うんだ。子供の頃から訓練を積んでる人はいい。でも何も知らないと、それって、すごく危険なんだよ。人ならざるモノに好かれ易いって事だからね。……悪霊の比じゃなく、神様に好かれたら厄介だ。……この国の神様は呑気で鷹揚なモノが多いから、そこまで怖がる必要も無いんだけど、でも、万が一気に入られてしまうと、生きたまま連れて行かれてしまう事があるからね?……いわゆる『神隠し』ってヤツがそれだよ。」
禮さんの言葉に僕たちはゴクリと唾を飲んだ。
「相手は神様だから、お守りも護符も効かない。もちろん掃除機で吸うことも、お祓いだって無駄だ。……悪霊なら遠ざけられるけど、神様には、何も対処する方法が無いんだよ。……もしそうなったら、連れて行かれるのを、黙って見ているしかない。……だから二人は、念のために神聖な場所に行くのも止めておいた方がいい。」
言い聞かせるように二人に言われて、僕らは言葉が出てこなくなる。
「あ、あの!でも私、学生の頃、修学旅行で古都に行ったけど、大丈夫でしたよ?」
「……神様はいつも神社にいるわけじゃないからね。むしろ、いる事の方が稀なんだ。……だけど、それでも二人は行かないに越した事は無いと思う。……気に入られたら最後だと思って。」
二人に神妙な顔でそう言われて、僕たちはコクコクと頷いた。
「この家の事は僕らからも、恵美ちゃんの弟さんに話してあげるよ。恵美ちゃんの体に障るからやめた方が良いよって。……ついでに、その体質の事も言っておく。……恵美ちゃんは、弟さんとその友人が悪霊にも耐性がある強そうな人だから、二人といると安心かもね。……でも、弟さんは、こんなオカルト話、信じてくれるかな?」
うーん……。オカルトを信じるかは微妙だけど、あのシスコン悠里くんと過保護なリカルドだ、第三者から恵美ちゃんに障りがあるって言われたら、この家も神社も絶対に避けるだろう。
「……大丈夫じゃないかな?」
「分かった。連絡して話をしてみよう。……ともかく二人とも十分に気を付けてね?……特に、理人さんは恵美ちゃんみたいに、強い人が側にいないんだから、あまりフラフラしない方がいいよ?」
黒上ブラザーズの言葉に、僕はブルっと震えた。
……これって、『フラグ』じゃないよね?!




