リカルドはリカルド
結論から言おう。
リカルドはリカルドだった。
……あ、意味が分からないよね。
えーっと。
前世で恵美ちゃん……その頃はエミリアちゃんだったんだけど、彼女には、とっても仲の良いリカルドってお名前の旦那さんがいたんだ。
まあ、そのリカルドは、僕の息子でもあったんだけどさ。
尚且つ、悠里くんの前世だったと思われる、恵美ちゃんの兄……ユリウス君の右腕って言うか、相棒っていうか、そんな感じでもあったんだよね。
ちなみに宍戸先輩の前世、ロイドを僕たちの護衛だと連れてきたのもリカルドだ。
つまりね、僕たちは、悠里くんからのメッセージを見てワクワクしたんだよ。だってさ、悠里くんの親友で、『リカルド』って名前なんだよ?こりゃー、リカルドが転生してリカルドになってんじゃないの?!ってね。
……あ、ちょっと意味不明だね。
で、ワクワクしなが週末に空港までお迎えに行くと……居たんだよ、リカルドが!!!
見た目もほとんど変わってない、金髪に青い目……猫獣人だから、茶トラの耳が付いてたけど……ちょうど15、16歳くらいの頃のリカルドにソックリな青年が、大きな荷物を抱えてキョロキョロとしていた。
恵美ちゃんは、リカルドを見るなり、口に手を当てて固まってしまった。……あまりにもリカルドで、驚いたんだと思う。
それと同時に少し怖くなってしまったのかも知れない。
だって、こんなにソックリでも、他人の空似かも知れないし……前世の記憶が無いかも知れないんだもの。
『リカルド!!!』
僕が声をかけると、リカルドは驚いた顔で振り返る。
そんな小さな仕草さえ、前世のリカルドにソックリだ。
『……え、えっと???』
声をかけられて、リカルドは不思議そうに僕を見つめた。
……ははは。僕だとは気付かないかー……。
でも、聞いちゃう。
『こんにちは。悠里の代わりに君を迎えに来た理人だよ?……ところで、突然だけどリカルドって、前世の記憶とか持ってたりしない?……僕はね、あるんだよね。……前世でリチャードって名前で、君のパパだったって言ったら、笑わずに聞いてくれるかい?』
僕がそう言うと、リカルドは大きな目を更に見開き、僕を見つめた。
まあさ、前世の記憶が無くて、リカルドに変なヤツって思われても、別に気にならないからさ。僕って、もともと変なやつだし。
でも、僕の勘は間違えてなかったみたい。
『……え……!……ち、父上?父上なんですか?!お、お会いしたかったです!……父上、父上!!!』
そう言うと、感極まって、リカルドは僕にギュッと抱きついてきた。……やっぱり、リカルドはリカルドだ。
どうでも良いけど、前世で僕とリカルドはソックリ親子で、顔もだけど、身長も同じくらいだった。
だけど、今はリカルドの方がだいぶデカくなってた。……猫獣人で160センチ越えはズルいって僕は思う!おかげで顔は子供っぽいものの、リカルドは高校生位に見えなくもない。
……アレだ、もし本物の猫ならメインクーンとか言う、めっちゃデカくなる種類の、めっちゃデカくなったヤツ!!!
ちなみに顔の系統は、リカルドも僕も今でも同じだ思う。
だけど、かたや外国人、僕はあくまでバタ臭い顔なんで、似ているかって言うと……うーん???って感じ???
『リカルドあのね、喜ぶのはまだ早いんだ!……なんとね、エミリアちゃんとロイドもいるんだよ?……その、後ろでポカンとしてる二人組みがそう!……今は恵美ちゃんと、宍戸先輩……類って名前なんだ。しかも、恵美ちゃんはね、悠里くんのお姉さんなんだよ?』
僕がそう言い終やいなや、リカルドは顔を上げて恵美ちゃんを見つめる。
『エミリア!!!』
「リ、リカルド……なの?本当に?……顔が似てるだけ、名前が同じってだけじゃ無く、記憶があるの?……う、嘘……。」
恵美ちゃんは感極まってしまい、もう言葉が続かないのか、そう言うとポロポロと涙をこぼし、動けずにいる。
……リカルドは走って行って、恵美ちゃんをギュッと抱きしめた。
『エミリア……恵美。会いたかった……!!!会いたかったよ!!!……悠里は、ずっとユリウス様の生まれ変わりなんじゃないかって思っていた。だけど、前世の俺を思い出してはくれなくて……。悠里から姉の話を聞いた時に、もしかしてって思ったんだ。そう考えはじめたら、いてもたってもいられなくて……。ああ、やっぱり、やっぱりエミリアだ。……会いたかったよ……ずっと探していたんだ!!!』
「リカルド……。リカルド……会いたかったよ!!!」
二人はヒシッと抱き合き、感動のご対面だ。
リカルドはフサフサの長いシッポまで、恵美ちゃんの体にぐるっと巻きつけて、絶対にもう離すもんかって言う、強い意志を感じずにはいられない。
「あ、あの……?俺もいまーす……???リカルド殿……?」
宍戸先輩が横からそう声をかけたが、お互いに頭をすり寄せ合い、二人の世界に入ってしまい……どうやらその声は届かなかったらしい。
まあ、恵美ちゃんを見つけた瞬間、僕の事もポイっとしたしね。
……リカルドによると、エミリアちゃん……恵美ちゃんを探すためにSNSサイトを立ち上げようとしていて、知り合ったのが、そういうのに詳しかった悠里くんだそうだ。
二人は知り合ってすぐに意気投合したんだって。
そう言えば、悠里くんも友達とSNSの会社を作ったと言っていたから、リカルドがそのお友達って事なんだろうね。
◇◇◇
「あのさ!!!もうやめたいんだけど!!!」
僕は蕎麦猪口を机に叩き付けるように、ガンッと置いた。
お腹が空いていると言うリカルドの為に、僕たちは空港にあったお蕎麦さんで、お蕎麦を食べているの……だが。
「もー、理人さん意地悪言わないで下さいよ!」
『父上、俺の恵美は何と言っていますか?』
……そう。この二人、大問題なのだ。
二人はさ、いわゆる、運命のお相手ってヤツなんだとは思うよ。それが、こうしてやっと再会できて、嬉しくて仕方ないってのも分かるよ、分かるんだけどね……。
こいつらさ、お互いに言葉が通じないのだ!!!
で、さっきから僕は、ずーーーーーーーーーーーーっと、お蕎麦屋さんに行くまでも、案内を待つ間も、お蕎麦を食べながらも、二人の甘い愛の囁き合いを、延々と通訳させ続けられているって訳!!!
……『』はC国語、「」はこの国の言葉でお話ししてるんだよねぇ。
つまりさ、僕はね、激甘ロマンス小説を音読させられる以上の、羞恥プレイをさせられてるって事。
当てられ過ぎて、もうすでに苦痛でたまらないんだよ!
……ちなみに宍戸先輩は空気に徹してる。
さっきチラッと、「俺は窒素……。」って呟いてたから、空気と言っても、酸素や二酸化炭素みたいな人と関わったり、反応したりする空気では無いらしい。いわば不活性ガス……。
「理人さんが通訳してくれなきゃ、リカルドとお話出来ないじゃないですか!」
「だからさ、その『リカルド大好き〜!』っての、何回伝えたか分かる?もうね、100回以上は通訳いたしました!……獣型になって、『ニャゴー、ニャゴー!』って発情期の猫みたいに鳴いたんでいいんじゃないかい?!そっちでも充分に伝わるよ?!」
ちなみに獣型になって鳴くと、嬉しいとか楽しい、嫌だとか……そんな気持ちが雰囲気でしか伝わらない。獣人同士でも、普通に話すには人型にならなきゃダメだ。
僕が嫌気が差してそう言うと、恵美ちゃんは俯いてグスグス泣きはじめてしまった。
「り、理人さんの……バカ……。」
な、なんだよ。
泣くとか卑怯だからな!……僕だって泣くぞ!
「おい!理人、言い過ぎだぞ?!『発情期の猫』は流石に酷いぞ?!……あのな、本当の事を言われると、人はムカついたり悲しくなるもんだ……。恵美、泣くな。な?」
……先輩、遠回しに同意するなよ。
恵美ちゃんが泣いてしまったので、僕たちの会話の分からないリカルドはオロオロと、恵美ちゃんの背中を優しく撫でている。
「エ……エミ。スキ。」
「リ、リカルド?!」
恵美ちゃんが顔を上げる。
さっきから何度も通訳を入れてたからだろう、バカじゃないリカルドは『好き』を暗記したらしく、片言で恵美ちゃんに伝える。
「エミ。スキ。……オレ、ダイスキ。」
「リカルド!!!私も、大好き!!!」
二人は見つめ合っていたが、すぐきガシッと抱き合った。
……。
……。
極めて馬鹿馬鹿しい。
……これのどこに発情期の猫との違いがあるんだよ!『ニャゴー、ニャゴー!』と鳴いているのと、何も変わらないじゃないか。
だから僕も宍戸先輩と同じ様に空気……いや窒素になりきって、残りのお蕎麦を堪能する事にした。
だって、このお店は、空港にあるお蕎麦屋さんなのに、非常にクオリティの高い蕎麦を出してくれている。僕は、お蕎麦の味と香りを堪能しながら、広い畑に蕎麦の白い花が風で揺れている風景を思い浮かべ、蕎麦に感謝を送った。
……ありがとう……蕎麦。
そんな僕の目の前で、リカルドは少し何かを考え込んだ顔をしていたが、不意に恵美ちゃんの目を覗き込み、こう言った。
「エミ。……『愛してる。』」
「ん?……リカルド???『アイシテル』?……えっと……???『リカルド、アイシテル。』」
『恵美!!!すごい上手だ!俺も!!!俺も愛してるよ!!!』
『リカルド、アイシテル。……エミ、リカルド、スキ。』
……。
……。
途中からC国語に愛の囁きは変更になった様だが、僕からしたら『ニャゴー、ニャゴー!』が、『ウンニャー、ウンニャー!』に変更になった位にしか思えない。
非常にやってられねーよ!!!
何なんだよ、コレっ!!!
……宍戸先輩も、ウンザリしすぎたのだろう。
帰りは、車内のレイアウトを変えて、僕を助手席に座らせてくれた。……いつもなら、危ないからって絶対に後部座席にしか乗せてくれなかったのに……。
僕と宍戸先輩は、後部座席で延々と続く、たいして内容の無いイチャイチャに胸焼け状態で、リカルドが予約していると言ったホテルに向かった。
◇◇◇
「リカルドはホテルに泊まるのか?なんなら、俺のマンションに来れば良いだろ?」
車の中で宍戸先輩がそう言う。
恵美ちゃんとのイチャイチャはウンザリだが、僕らだってリカルドと再会できたのは嬉しくてたまらないのだ。
『ありがとう、類さん。だけど、仕事もしたいからホテルが便利なんだ。観光がメインだけど、この国の法人の上役と、会議やら面会も入れてるだよ。……まさか、恵美たちに会えるなんて思っていなかったし。』
あ、そうだったんだ……。
悠里くんもだけど、リカルドも巨大企業の顧問をやってるんだ。この国にもその企業はあるし、せっかく来訪してるなら、会って打ち合わせしたいって話にもなるだろう。
「そんなぁ。リカルドと居たいよ!!!私もこのホテルに泊まりたい!!!」
ホテルに着くと、ロビーで恵美ちゃんがゴネ出した。
リカルドが予約していたのは、都心のターミナル駅付近にあり利便性の高く、打ち合わせや商談向きの、それなりに格式のあるホテルだ。リカルドは打ち合わせの為に、広めの部屋を押さえていると言う。
「エミ。ダメ。悠里シンパイ、ダメ。」
でも、リカルドは恵美ちゃんに向き合い、首を横に振りながら言った。
……リカルドはやっぱりリカルドだ。
相変わらずクソ真面目で、いくら発情期(?)だからって、恵美ちゃんを連れ込んだりせず、ちゃんと家に帰す気らしい。
まあ、いくら前世の奥さんでも、今は親友の姉だし、会ってその日にってのはマズイっちゃー、マズイのかな。
僕なら気にしないけどさ。……多分、宍戸先輩も。
だって、先輩も驚いた顔をしてリカルドをを見ているてる。
「でも!離れたくないよ!」
「エミ。順番、タイセツ。悠里、タイセツ。エミ、タイセツ。ね?」
「だ、だけど……!」
「怒ったら、ダメ、ね?……『ああ、もう!父上、恵美に通訳して説明下さい!……俺は恵美との今後を考えてる。だからこそ、悠里や家族から、反対される様な事は出来ないんだ。悠里には前世の記憶が無い。きちんと順序を踏んで、お付き合いしないと、理解してもらえない。俺は今世も恵美と結婚したいと思っている。愛しているし、必ず幸せにしたいんだ……だから、分かって欲しい。……ねえ、そう伝えて?』」
……うわぁあああ。
説明も何も、ほぼプロポーズじゃんかよ、それっ!!!
『あのさ……さすがに、それを僕が全部通訳するのはどうかと思うよ?……今後を考えてるから、まだ早いくらいにしとこうよ?さすがに、プロポーズは自分でしろって。』
……そいだよ。そういう言葉は、恵美ちゃんだってリカルドから直接聞きたいはず!そこはやっぱり、この国の言葉を覚えるとか、恵美ちゃんにC国語教えるとか……とにかく、二人で頑張れよって話だし。
だが、僕の返事を聞いたリカルドは、急にしどろもどろになり言った……。
『……。え……っと……さ、さすがに、出会った日にプロポーズは……恥ずかしいかな……。だ、だけど、あんまりグズグスしてて、他の奴に恵美を取られたくないし……。だ、だから、父上に代わりで言ってもらおう……かなって……。』
……。
確か……前世もこんなでしたね、君……。
誠実だし、真面目だし、態度は甘々なくせに、肝心な事は言えずに、下手すると余計な事を言って、鈍い恵美ちゃんとドンドン拗れていく、安定のヘタレ。
今世も、リカルドはやっぱりリカルドだな……うん。




