囚われの僕
……。
どうして、こうなっちゃったんだろう。
僕はカリカリとプラスチックのドアを引っ掻くが、まるで開く様子がない。
……どうしよう。やっぱり、獣型じゃここからは出られない……!
そうして、ここでは人型にも戻れない。……ああ、もう……これは、大ピンチ、なのだっ!!!
◇◇◇
……こんな事になった経緯を説明しよう。
『グールグルMap』で狙いを定めた僕たちは、居酒屋の裏手で、手ごろな段ボール箱をゲットすると、それを持って高級住宅街にやってきた。そして箱を組み立てると、油性ペンで『可哀想な捨て猫です。拾って下さい。』と書いた。
恵美ちゃんはいつもの如く、スルッと獣型になって、やっぱりお洋服を脱ぎ散らかしたから、まだ人型の僕がそれを拾って、僕の鍵付き鞄にしまってあげた。またしても恵美ちゃんは、くそダサいフリフリのかぼちゃパンツを穿いていた。どうしてこのくそダサいパンツが勝負下着で、なんでこんなんでテンションが上がるのかは、まるで謎だが、何か言うと引っ掻かれそうなので、無言でそれを鞄に仕舞った。……沈黙は金だからね!
恵美ちゃんは自分の貴重品をコインロッカーに預けたので、その鍵も僕の鞄にしまう。……鍵付きの鞄って、本当に便利だよね?
「恵美ちゃん、僕も猫になるから、公園の茂みにこのバッグを隠そうか?」
僕は高級住宅地の明るい場所に『捨て猫BOX』をセットすると、恵美ちゃんに声をかけた。
猫の恵美ちゃんはコクンと頷き、トテトテと僕について公園までやって来た。
「バッグはここでよしっと。そうしたら僕はお洋服を脱ぐけど……裸見たい?」
恵美ちゃんはフーッと唸って、茂みの反対側に行ってしまった。
……見ても良いんだけどなぁ?僕の美ボディ。
薄っすらした筋肉が大変に誇らしいんだぞ?前世の僕はかなりのガリガリだったから、今世は大進歩なんだけどな???
お洋服を脱ぎ、丁寧に畳んでしまう。
お洋服さんにお礼を言う気持ちで畳むのよって、僕のお母さんは生前よく言っていた。だから僕はいつだって、お洋服は正座して畳むんだよ。……たとえ全裸でも。
よーし、後は鍵をかけて……。
「ウニャーーーー!!!」
鍵をかけて、獣型になったと同時に、恵美ちゃんの鋭い鳴き声が聞こえる。
えっ、な、何???何があったんだ?!
慌てて僕が駆けつけると……。
「……二人でコソコソと何をしているかと思えば……コレは何だ?」
宍戸先輩が、先程僕たちがセットした『捨て猫ボックス』を片手に、恵美ちゃんの首根っこを掴んで仁王立ちで僕を睨んでいた。
……あっ!!!
キッズ携帯の存在……忘れてた……。僕の鍵付き鞄に、電源が入った状態で入ってますがな……。
きっと除け者にされたから、イライラしてGPSで僕たちをストーキングしてきたのか。
そして、僕たちが何をしようとしているか、あの箱を見て悟り……僕らを怒って捕まえに来たとか、そんな感じ???
こ、怖い!!!
あまりの先輩の形相に、僕は思わず後ずさりをし……タタタっと逃げ出してしまった。
ごめん、恵美ちゃん……!!!
守るとか言ったけど……やっぱり僕には無理ぃ……。宍戸先輩のあの顔……怖すぎるよぉ!!!
「おい!理人!!!待てっ!!!」
宍戸先輩が僕の鞄を拾い、僕を追って来る。
……ひえええ……!!!ま、マジで怖い!!!待てって言われて待つ馬鹿はいないって!!!
だってあの顔、絶対に朝まで怒る系!!!
下手したら、恵美ちゃんを危険に晒したって、全部僕のせいにされ、悠里君にもバラされて、社会的に抹殺されちゃうかもっ!!!……僕だけ悪く無いからね!恵美ちゃんも同意の上だよ。自己責任だしっ!!!
僕は猫の身軽さで、公園の高台からヒラリと飛び降りる。
下は芝生だ、このまま車道に出よう。
「理人!!!」
先輩が高台から降りる場所を探してウロウロしている隙に、僕は車道にに飛び出した。
このまま先輩を撒いてやる!!!
そう思って走り出した僕の目前に、眩しい車のヘッドライトがあると気付いたその時には、ドンという嫌な音と共に、意識が段々と遠ざかっていった。
……嘘。
3回目の人生は……これでお終い???
ま……いっか……。
◇◇◇
そんな訳で、絶対に死んだっぽい状況だったにも関わらず、僕は運良くも生きていた。
そうして、冒頭のシーンに戻るのである。
どうやらここは、動物病院の狭いケージの中らしい。
意識を取り戻した僕は、さっきからカリカリとドアを引っ掻いていたのだが、出られる訳も無く。……そして、こんな丈夫そうで狭いケージの中では、人型に戻れる訳もなく。
ああ、どうしよう???
獣型になってしまうと、獣医さんでも獣人と本物の獣の区別がつく人は少ない。……このまま、野良猫に間違えられて去勢されたらどうしよう?下手したら保健所行きかも?!
ま、まずは人型に戻って、説明しなきゃ。
その為にはこの狭いケージから出なきゃ!!!
不意に、ガチャリと音がして、白衣を着た細見の男……多分獣医さんが僕をケージ取り出すと、和服姿の大きな男性に僕を差し出した。……凄いイケメンさん、だなぁ?
……え???
その高そうな和服、猫の毛だらけになっちゃうよ???
僕が驚いて見上げると、どこかで見た事のある顔のイケメンが嬉しそうに微笑み、僕を抱き上げる。
「壬生さん。猫ちゃんは無事みたいです。脳震盪でも起こしていたのでしょう。気が付いてからは、ずっとドアをカリカリして、出たそうにしていましたから。レントゲンも問題ありませんし、少し足を引きずっていますが、強く打っただけでしょう……。」
獣医はそう言って、壬生さんと言った男に微笑む。
……あっ!!!
こ、この人……恵美ちゃんと宍戸先輩がサインを貰って喜んでた、将棋の壬生英良だ!!!
「ああ、なら、良かったです。……ごめんな。お前が見えなくて、轢いてまった。……可愛い猫だな。あの近くで飼われていたのか?……首輪はしてないのか……困ったな……。」
そう言って、壬生さんは僕を優しく撫でた。
だけど、首輪と聞いた僕は、ビクッとなる。
……獣人は首輪やネックレスは絶対にしない。
なぜなら万が一、獣型になってしまうとサイズが変わった時に、首が締まって死ぬからだ。
僕や恵美ちゃんみたいに、人型になると大きくなるタイプは獣型で首輪をされてしまうと、人型には絶対に戻れなくなる。猫だから自分じゃ絶対に外せないし、首輪なんてされたら大変な事なのだ……。
宍戸先輩みたいなタイプは逆で、人型でネックレスをすると、人型より大きくなってしまう獣型になれなくなる。……まぁ、人型の場合はネックレスを外すだけだから、あまり問題にはならないけど、それでも大きくなる獣人はネックレスを絶対にしない。
首輪と言われ、怖くなった僕は壬生さんにガブっと噛みつくと、その腕から逃れようとした。でも、けっこう痛く噛んだはずなのに、壬生さんは手を緩めてはくれなかった。
「こ、こら。痛いぞ?……先生。今夜は遅いので、この子は俺が家に連れて帰ります。明日に轢いてしまった辺りに、この病院へ運んだという貼り紙を貼っても宜しいですか……?その、俺は有名人ですので、住所や連絡先は簡単に明かせないんです……。それで、申し訳ないのですが、飼い主さんが現れたら、先生から、ここに連絡を下さいませんか?」
どうやら壬生さんは、獣医さんにプライベートな連絡先を渡しているみたいだ。
「ええ!!!も、もちろんです!……じ、実は私、貴方のファンなんですよ。そ、その……良かったら、サインをいただけませんか?!」
「もちろんです。では、どうかよろしくお願いします。……さあ、猫ちゃん、疲れてるだろ?私の家で休もうか?……飼い主さんが現れるまで、面倒見てあげるからね?」
壬生さんはそう言うと、僕をキャリーに入れて病院を後にした。
乗り込む前に、チラリと壬生さんの車を見ると、とてつもなく高そうな外車のボンネットが、ベッコリと凹んでいた。
!!!
……こ、これ……。
もしかして……ね、猫だから許されてるヤツ???
ぼ、僕が獣人ってバレたら……弁償しろとか言われちゃう?!?!
一応、社会人やってるもんね、僕?!
……僕は人型になって無理矢理脱走するのは諦め、キャリーの中で大人しく蹲った。
◇◇◇
気がつくと、僕はキャリーの中で眠ってしまっていたのか、どうやら壬生さんのお家に着いていたみたいだった。
……うーん。しまったなぁ。
ここが何処かも分からなくては、逃げ出した所で家まで戻れるかも不明だ。
そんな事を考えていると、壬生さんが僕の入っているキャリーを開けて覗き込む。
「出ておいで、猫ちゃん。怖くないよ。ここは俺の家なんだ。この家にはね、俺とばあやしか住んで無いんだ。……誰も君を傷つけないよ?……はあや!猫ちゃんを連れてきたぞ?」
「まあ、英良様。おかえりなさいませ。……良かったですわね。ずっと猫でも飼おうかなって仰ってましたわよね。……あら、可愛らしい!」
僕のキャリーを、初老の柔和な顔の女性が覗き込んでニッコリと笑う。……優しそうなお婆さんだ。
僕はゆっくりとキャリーから出て、辺りを見回す。
な、なにここ……す、すごいお屋敷だ。
和風で、広々としたコの字型の上りがある土間の様になった玄関で、正面には衝立が置かれており、奥には広い和室がチラリと見えた。天井も高くて立派な梁がある。
なんだろう……お寺とか、老舗の旅館みたいな雰囲気のお家だ。
「猫ちゃん、気に入ったかい?気に入ったなら、うちの猫になっても良いぞ。……でも、お前の飼い主は悲しむよな。」
僕をひと撫でして抱き上げると、壬生さんはちょっと悲しげに言った。
「まあ、お預かりした子なのですか?」
「違うんだ。車で轢いてしまったんだよ。無事で本当に良かった。……慌てて病院に運んだが、すごい音がしたのに、ピンピンしているんだ。運の良い子だよ。……連れてきてしまったが、飼い主がいるのだろう。毛並みも良いし、人馴れしている。明日にでも、飼い主を探してやろう……。」
「それは残念です。……ばあやは、この子が飼いとうごさいました。……この広いお屋敷は、英良様と二人きりで、寂しいですので。」
ばあやさんは、そう言って優しく僕を撫でてくれた。
……あ。喉がゴロゴロ鳴っちゃってる。
「……可愛いよな。」
「はい。とても。……でも、これだけ可愛いらしい子です。飼い主様もとても心配されているでしょう。……ですが、もし飼い主様が現れねば……英良様の猫にしてもよろしいのではありませんか?」
「ああ!……ばあや、それは良い考えだな!……飼い主が現れな無いと良いな……。」
僕はゴロゴロと喉を鳴らしながら、壬生さんの胸に頭を押し付けると、ウトウトと微睡はじめる。……なんだか、懐かしい感じがするんだよね、壬生さんて……。
僕はそのままストンと眠りに落ちてしまった。
……。
……。
……。
夢の中で僕は薔薇の花の夢を見た。
沢山の薔薇が咲き誇る庭を、猫の僕がお散歩する夢だ。誰かが僕を呼んでいる。
えっと……あれは。
あれは……。
……。
ハッと目を覚ますと、僕は和室のお布団の中にいた。
……ちなみに、僕のボロアパートも和室だけど、こことはだいぶ違う。
ここのお布団はフカフカだし、畳からはイグサの良い香りが漂っている。
ふと見ると、床の間にはちょっと不似合いな薔薇が生けられていた。
……そうか、だから薔薇の花の夢を見たのかぁ。
「……猫ちゃんは早起きだな。」
布団から出てキョロキョロする僕を、ヌッと出てきた手が抱き寄せる。
!!!
あっ!!!これ、壬生さんのお布団だったのか!!!
……帰ったら、恵美ちゃんと宍戸先輩に自慢しよう。きっと羨ましがるに違いない。
抱き寄せられて、マジマジと壬生さんの顔を見つめる。……確かに、人気が出るのが頷けるイケメンさんだ。寝起きなのに、抜かりない。
……寝起きの宍戸先輩なんか、酷いもんだよ。ジョリジョリーナクマゴローに改名したらって思うくらい、なんかヤバイ。臭くないけど。
確か、壬生さんは、もうすぐ30歳くらいにはなるはず。なのに起き抜けにジョリジョリーナにならないって、イケメンさんとは凄いもんだ。
……万年中学生の僕もならないけどさぁ。
「猫ちゃん、お前は本当に可愛いなぁ。飼い主なんか見つからなきゃいいのに。……そうしたら、俺の猫にできるのさになぁ。……実は、もう名前も決めているんだ。」
壬生さんはそう言って目を細めた。
「……なあ、猫ちゃん?……リチャードって名前はどうだい?……前世では俺の親友だったが、今世では結婚する約束をしているヤツの名前なんだ?……良い名前だろ?……なんか、猫ちゃんって、リチャードっぽいんだよな。この青い目なんかが特に……。」
!!!
は???……は、い???
え……。
み、壬生さんて……ま、まさか……僕の前世の親友のエリオス?!?!エリオスなの?!
そうだったんだ!!!だから懐かしい感じがしたのか?!よし……なら、人型に戻って感動の再会といこう!!!
い、いや……?
ちょ、ちょっと待て。
さっき衝撃的な事を言って無かったか???
……そうだ。
僕と結婚する約束をしてるって???
……ええっと。
してないよ!!!そんな約束は絶対にしていない!!!
てか、僕たち普通のお友達だしっ?!
そんな話、した事、無いよね?!
僕、今も昔も、男はまるで興味無いからね?!
エリオスだって、そうだったよね???
驚いて壬生さんを見つめると、甘い笑顔で僕に微笑みかける……。なのに、なんだかその瞳は暗い影を落としていた。
あ……。これ……なんか……ヤバやつ。
前世のエリオスは……ちょっとヤンデレ気味だったんだよなぁ……。
「アイツは女に生まれ変わってる。だから、絶対に見つけなければ……。早く探して、今世は俺のものにしなければ……。なんとしても、どんな手を使っても……。」
……。
どうしよう。
こ、これ、絶対に見つかったらダメなヤツ?!
……てか、何で僕が女に生まれ変わるって思ってるんだーーーい!!!




