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混ぜるな危険コンビの危ない理論

 悠里くんが『自分探しの旅』とやらに出てしまって、たった2日目……恵美ちゃんは深刻な顔で、僕に相談にやってきた。


「理人さん、あの……お仕事が終わったら、ちょっと話せませんか?……親や宍戸先輩には相談しにくくって。」


「……いいけど?どこかで、ご飯でも食べながら話す?」


 僕は極めてクールにそう言ったが、心の中はカーニバルでフェスティバルだった。……だってさ、悠里くんから頼りない人認定されちゃってた僕だが、イザって時に、恵美ちゃんが一番に相談を持ちかけてくれたのは、僕だった訳で……。

 さすが、恵美ちゃんは分かってる!人を見る目があるな!ってそう思ったのだ。


 僕たちが、二人でご飯に行く気配を察した宍戸先輩は、ソワソワして、何故自分が誘われないのかと言わんばかりに、僕たちの周りをウロウロとしていたが……まあ、無視するよね。


 恵美ちゃんに頼られているのは僕だし!!!


 ◇◇◇


 頼れる男である僕は、恵美ちゃんの相談に乗るために、個室のある居酒屋さんを予約しておいた。……ついでにお刺身の盛り合わせも。この居酒屋さんは、中々良いお刺身を出すんだよねぇ。


「理人さん、気を遣ってくれて、すいません。」


 個室に入るなり、恵美ちゃんはペコリと頭を下げた。


「いいよ。大丈夫!……で、どうしたの?何か困っているのかい?」


「はい。……実は、悠里に部屋を散らかすなって言われたじゃないですか。……でも、散らかるです。二日目にして、もはやココロが折れそうです。」


 ……。


 えっと……?


 恵美ちゃんは、とても真剣な顔で僕を見つめているが……相談って、コレ???


「……親や宍戸先輩に言っても『片付けなさい!』って言われるだけだと思うんですね。……確かにその通りです。でもサクサク片付けられたら、散らからないのでは?って思うんです。」


「なるほど……?」


「昨日の夜にですね、天ぷらを揚げたんです。」


「えーっと、会社から帰って、自分でやったの???凄いね?」


 恵美ちゃんの家は、通勤に1時間半はかかるのに、なかなか家事を頑張ってるよな……。


「どうしても、気分が天ぷらだったんで……。いえ、それは良いんです。私、食べるのも作るのも嫌いじゃ無いし、悠里と住んでましたが、ご飯はほとんど私が作ってましたから。」


「ふーん、そうだったんだ。」


 そういえば、お鍋におよばれした時も、恵美ちゃんがサッとお鍋を準備してくれたし、この間も、簡単なおつまみを、作って出してくれてたなぁ。


「で、天ぷらを満足するまで食べたて、幸せな気持ちで、お風呂に入って寝ました。……で、朝起きてみると、恐ろしい事に、天ぷらの油でギトギトになって、かつ粉まみれのキッチンも、お湯が張ったままで、汚れたお風呂も、そのまんまだったんです!!!」


 ?!?!


「そ、そりゃ、恵美ちゃんしか居ないんだから、恵美ちゃんがお掃除しなきゃ、キッチンもお風呂も汚れたまんま……だよね?」


「ええ。そうなんです。……なので、半休してキッチンを掃除し、お風呂を洗いました。」


 あー……。


 そういえば、突然「半休します。」って連絡来てたなぁ。腹でも壊したか、寝坊したんだろって、課長は言ってたけど……お掃除していたのか。


「理人さん、悠里レベルの綺麗さを求めると、私はお掃除に半日かかるんです。こんなんじゃ、まともに仕事に来れません。片付けようとして、天ぷら粉はぶち撒けちゃうし、油の捨て方は良く分からなかったので、石鹸に加工しました。お風呂は獣型で入ったので、毛だらけで泣きそうな気持ちでお掃除して、なんとか出社してきたんですっ!!!」


「えっと……良くもまあ、家に水酸化ナトリウムがあったね?そっちの方が僕は驚きだよ。」


「天ぷら油って言ったら石鹸ですよね?……急いで薬局に行って水酸化ナトリウムを買ってきたんですよ?……劇物になるそうで、身分証の提示が必要でした。」


 ……前世でも、恵美ちゃんてそうだっんたけど……なんかさ、変な風に知識が偏ってんだよね、この子。

 薬局まで行ったらさ、油を固めて捨てる薬剤なんか売ってたんじゃないかなぁ???


「うーん。でも、毎日それじゃ疲れちゃうよね。」


「そうなんです。……何かすると散らかるし、お片付けには時間がかかるし……。仕事も行かなきゃだし……。」


 僕たちはそう言って、しばらく見つめあったが、解決策など浮かぶはずもなく、とりあえず運ばれてきた、お刺身の盛り合わせを食べ始める事にした。


 はぁ、やっぱりここのお刺身、美味しいなぁ。

 僕は、お刺身では一番ブリが好きなんだよねぇ……。


 脂ののったブリを一切れ食べ、その脂の甘味とプリプリとした食感……そして旨味を味わうのに目を閉じる。


 うーん……幸せだぁ。


 こういう時、僕はいつもブリが大洋を力強く泳いでいく姿を思い浮かべ、ブリに感謝する。


 生まれきてくれてありがとう、ブリ……。


 よし、もう一切れ!!!


 僕が目を開けて、ブリを取ろうとお箸を伸ばすと、お刺身の盛り合わせは……ほぼ空になっていた。


 ……え?


 正面の恵美ちゃんを見ると、ツマを口に詰め込んでいる。


「恵美ちゃん。お刺身はどこに行ったんだい?」


「理人さんが、ポーっとしてるから、いらないのかと思って食べちゃいましたよ???メッチャ美味しかったんで、思わずまとめ食いしちゃいました。あー……ツマも美味えや。」


 ……。


 意地汚い野良猫!!!野良猫がいまぁす!!!


「あのさぁ、恵美ちゃん。君はブリやマグロに感謝しながら、味わう気は無いのかい?!これじゃ野良猫みたいだよ?!」


「感謝してますってよ?早いだけで。……仕方ないんです。私ってば、元・捨て猫の野良猫ですから。パパとママが拾ってくれたら良かったものの、もしかしたら、飢えて死んでいたかも知れないんです……。だから、家でガッついても誰も何も言いません。『恵美は辛い時期があったから、仕方ないよね』って、パパもママも悠里だって、ウルウルして私に『沢山お食べ』って大好物を譲ってくれます。」


 恵美ちゃんはそう言うと、伏し目がちに俯いた。


 ……。


 そ、そういえば、この間、そんな事を言ってたよね……。


 飢えて暮らした時期があったんなら、それは仕方ないのかも……。獣人が安定して人型になれるまでには、生まれて数年はかかる……。こんな恵美ちゃんだけど、そっか……辛い時期があったんだ……。


 僕は、お刺身ごときにガミガミ言ってしまった自分を恥じた。


 ……恵美ちゃんのパパさんとママさんはヒトだし、そこそこ裕福っぽい。実家が超資産家の宍戸先輩ほどのお金持ち感は無いが、恵美ちゃんの事も私立のお金がそれなりにかかる学校に入れているし、悠里くんを早くから留学させてる。話を聞く限りだと、パパさんもママさんも恵美ちゃんを本当の娘の様に可愛がっているみたいだし、それは甘くもなっちゃうよね……。


「恵美ちゃんは、小さな頃、野良猫だったのかい?」


「……ええ。私は、段ボールに入って、パパとママのお家の前に置かれていたんですって。……私の実家は、歯医者さんなのですけど、ママもパパも猫好きで、ネコが歯磨きをしてる絵を看板にしてたので、獣医さんと間違えて、我が家に捨てたのかなって言ってました。……私は産まれて直ぐに捨てられたらしく、ママはスポイトで私にミルクを飲ませて育ててくれたんです……。パパもティッシュで、おトイレを手伝ってくれたんですって。……だから、私にとっては、ヒトでもパパもママも本当の両親です。」


 ……。


 え、えっと……。


 それ野良だった時期……ほぼゼロじゃないかな?


 恵美ちゃんが本当の親に捨てられたのは、悲しい事だと思うし、酷い親だって思う。でも、そんな親なりには心配で、裕福そうで猫好きなお家の玄関に、人が出てきそうな時間に段ボールを置いたんじゃないだろうか?


 ……でなきゃ、産まれたばかりの仔猫が、長く生きてられる訳がない。恵美ちゃんが捨てられて段ボールでミイミイ鳴いていたのは、長くても数十分。下手したら数分で拾われた可能性が非常に高い……。


 つまり、これはだ……。


 ガッつく理由にはならない!!!


 恵美ちゃんの本当の親は酷い奴だったかも知れないけど、育ての親は、どう考えっても、すごく大切に恵美ちゃんを育ててきてる。……小賢しい恵美ちゃんの事だ。ガッつけば甘やかしてもらえる、もしくは大好物が沢山もらえるのを知っていて、わざとやっている可能性が非常に高い……。


「恵美ちゃん。それさ……君は、立派に甘やかされて育っただけの、食い意地の汚いだけの奴じゃないかい……?!」


「あっ!……やっぱり、理人さんには通じないかー……。」


 普通に誰にも通じないと思うよ……?!

 恵美パパ、恵美ママ、悠里くんが、恵美バカすぎなんだって、それっ!!!


「あっ!!!」


「どうしたんですか、理人さん?」


「僕、捨て猫で良いこと思い付いちゃったよ!」


「……良い事???」


「ほら、お掃除の件、悩んでいただろう???」


 ああ、なんて僕って賢いんだ!!!

 あまりにも素晴らしい妙案を思いついてしまった。


「……恵美ちゃん。恵美ちゃんが居なければ部屋は散らからないんだ!つまり掃除しなくて良い。……僕はこれをマリーアントワネット理論と名付ける!!!」


「マリーアントワネット理論???……何ですか、それ?」


「マリーアントワネットは『パンが無ければお菓子を食べれば良いじゃない?』とパンを買えない飢えた民衆に言ったとされている。まあ、本当は言ってないらしいけど、そんな事はどうでも良くって……僕が言いたいのはね?『掃除が嫌なら、散らかさない為に、部屋に帰らなければ良いじゃない?』って言う事なんだよ!!!」


 僕はこのマリーアントワネットの言葉を聞いた時に思った……『天才!』ってね。


 だってさ、素晴らしい発想の転換じゃないかい?!これはある意味格言だよ。見事なまでの斜め上具合だ。……こういう誰も思いつかない視点で物事を見るって、とっても大切だって僕は思うんだよね。


「理人さん……!!!天才っ!!!」


「恵美ちゃん、君なら理解してくれると思ったよ!!!さすが我が同士!!!……って訳で、話は捨て猫にまで戻るんだけど、つまりね、恵美ちゃんは捨て猫のフリをして、お金持ちの猫好きな人に拾ってもらうんだ!そうしたら、アパートに帰ってアパートを汚さずに済むだろ?朝、そーっと人に戻って会社に来て、夜は猫になって、拾ってくれたお宅でお世話になるんだ。」


「……アパートに帰らないは、すごい良いアイデアですけど、知らない人に拾われるのは、ちょっと怖いです。……獣人なのバレたら危ないかも……?」


「だからさ、僕も一緒に箱に入るよ!……いざって時は、僕が恵美ちゃんを守るよ!どうだい?頼もしいだろ?」


「頼もしいですっ!!!理人さんが一緒なら心強いかも!……じゃあとりあえず、ご飯を食べたら段ボールを探しましょうか!!!」


 僕たちは、他に届いたお料理を食べながら、作戦会議にうつった。


 ◇◇◇


「そしたら、なるべく高級住宅街を選ぼうか。高級タワマンの入り口ってのもありだね?」


「あっ、あの。理人さん。やっぱり、お世話になるなら、宍戸先輩の家で良いのでは?!……知らない人に拾われるの、やっぱり怖いです。」


 恵美ちゃんは、僕がグールグルMAPで高級住宅街に狙いを定めていると、顔を顰めてそう言った。……うーん……日和ったかぁ。


「あのさ、宍戸先輩はさ、悠里くんから保護者認定されてるだろ?……あの二人、連絡先も交換してるからね?もし恵美ちゃんがお掃除が嫌で、先輩の家に入り浸ってるってバレたら、直ぐに悠里くんに連絡が入っちゃうよ?……恵美ちゃんは、悠里くんにの自分探しとやらを邪魔するのかい?きっとシスコン悠里くんの事だ、そんなの知ったら『恵美には俺が居てやらないと。』とか言って戻ってきちゃうよ?……恵美ちゃんはさ、そんな情けないお姉ちゃんで良いの?」


「あわわ。そうだ!そうなっちゃう……。やっぱり宍戸先輩は頼っちゃダメなんだ!!!自立しなきゃ!!!」


「だろ?……僕を頼って正解なんだよ。……あっ、この辺りはどう?航空写真でみると、広い敷地のお家ばかりだよ。」


 僕が、高級住宅街の写真を恵美ちゃんに見せると、恵美ちゃんは覚悟を決めたように頷いた。




設定:恵美を育てたパパ&ママは、子供がなかなか授からずに悩んでいました。そんな中、生まれたばかりの子猫を拾い、自分たちの子供のように手間をかけて育ていたら……「あれ?この子、人になれるの?!」「じゃあ、俺たちの子供だな!!!」って感じで溺愛気味に育っています。……悠里がその数年に生まれ、「幸運を呼ぶカギシッポ持ちの三毛!」と両親から、さらに大切にされています。

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