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先輩はどうやら僕らの騎士らしい

「お前たち、リチャードとエミリアなのか?!」


 階段から落ちた宍戸先輩は、やっぱりロイドだったようだ。

 僕たちは、チョッピリ気絶していたらしく、宍戸先輩に揺り起こされると、目を開けるなりそう聞かれた。


「……ロイド?」

「ロイド様?!」


「あ、ああ。どうもそうらしい。」


 宍戸先輩ことロイドは混乱しているらしく、長いシッポをタシタシと床に打ち付けている。

 ……まあね、いきなり前世とか思い出しちゃったら混乱するよね……。


「久しぶりだね!」

「元気でしたか?」


「……。久しぶりじゃないし、元気に決まってんだろ。毎日、お前らの尻拭いをしてやってんだからな。」


 ……。


 ふむ。ロイドの記憶が戻っても、宍戸先輩は宍戸先輩か……。


 まあ、ロイドもこんな奴だったな。

 ……元侯爵である僕の事も、侯爵夫人だったエミリアちゃんの事も呼び捨てだった。……紳士でも淑女でも無い僕たちは、『様』なんて必要無いとか言いやがって……。息子のリカルドには敬称を付けてたってのに……。


「おい。これは、どういう事だ?」


「転生です!」

「転生だよ?」


「……お前ら、相変わらず息がピッタリだな。……とにかく、物音の正体を探ろう。会社に泥棒が入ったら、困るだろう。」


 恵美ちゃんと僕は顔を見合わせる。


「別に困らないよね?」

「うん、困らないわ。」


 宍戸先輩はまたしても大きな溜息を吐いた。


「俺は行く。お前らは好きにしろ!」


「や、やだ!置いてかないで?あっ!机にバッグがあるんです!」

「そ、そうだった!うわ!僕のお財布なんかも取られちゃうや!」


 宍戸先輩のスーツの端をまたしても握る。


「なら、行くぞ。……もう抱きつくなよな?」


「はい……。」

「うん……。」


 僕たちは、三人で階段を上って行った。


 ◇◇◇


 オフィスはガランとしていた。

 もう、物音もしない。


「おい、何もないぞ?」


 ……。

 あ、あれ?

 すごく大きな音がした、よね???


 恵美ちゃんと僕は、宍戸先輩のスーツを握ったまま、自分たちの机まで引っ張って行く。


「あ、バッグ、無事だぁ……。」


 恵美ちゃんは机からバッグを取り出して、ホッとする。

 僕も急いで机を開けて鞄を取り出す。僕の鞄もお財布も無事だ。……はあ、良かった。これ、僕の全財産だからね。


「人騒がせだな。……たまたま、何か倒れたか落ちたんだろう。……どれ、恵美、資料を見てやる。」


 そう言うと、宍戸先輩は恵美ちゃんの席に座り、パソコンを開いて、スライドを確認しはじめた。


「何だったんだろーね、あの音。」


「さあ?……先輩が言う様に、何か落ちたんじゃないですか???」


 恵美ちゃんはそう言うが、納得はしていないのだろう。

 バッグを抱えたまま、耳を立てっぱなしにして警戒している。


「……おい。恵美。ひどいスライドだな。」


 恵美ちゃんのスライドをザザッと確認すると、宍戸先輩は顔を顰めて言った。だけど、恵美ちゃんは、先輩の唸る様な声をものともせず、飄々として答える。


「えーと。……そこが良いんですよ?」


「はぁ?どこが良いんだ?!コレの?!」


「私が考え抜いた、究極の眠くて堪らなくなるスライドです!!!」


 ……。

 恵美ちゃんは、ドヤ顔で宍戸先輩を見つめる。その目にはまるで迷いが無い。


「……どう言う事だ……。」


 先輩は軽くプルプルと震えはじめてしまった。……えー。これ先輩、怒ってんじゃない??!


「えーと、まず、私、定例会議って眠くて堪らないんデスよ。特に鈴木課長の資料とか、新谷さんの進捗とか、矢野さんの報告なんか、常に寝ちゃってますね……。」


「ほう……。」


 先輩は恵美ちゃんをギロリと睨む。


 た、確かにあの三人の発表は凶悪な眠気を誘うんだよね?で、でもさ……一応、僕はさ、寝ないように頑張ってるケド。……へえ。恵美ちゃんは寝てたのか。


 よし!そしたら、僕も次からは、寝よっと……!


「ですが、宍戸先輩とか宮城部長なんかの発表は、眠くならずに聞けるですね?……不思議です。」


 恵美ちゃんはそう言うと、可愛らしく小首を傾げた。


 宍戸先輩は、チョッピリ赤くなって嬉しそうな顔をする……。どうやら、今世でもチョロイドは健在の様だ。


 そう。……宍戸先輩の前世である、ロイドと言う騎士は、とっても真面目で堅物……に見えるのだが、その実はムッツリスケベで、エロいのとか可愛いのに、とーっても弱い奴でもあった。その上、こいつは悪食で、男でも女でもエロかったり可愛いければ、全てウェルカムって言う、どーしよーも無い奴でもあった。


 ……まあ、根が真面目ちゃんだから、「おい、やめろ!」とか「こんなのダメだ!」とか口では抵抗するが……結局流されちゃうって言うね。


「で、気付いたんデス。先輩や部長のスライドは、話を聞きながら、見やすいグラフや表、図や写真を表示させてるだけなんですね?……スライドだけでは分からないけど、話を聞きながらなば分かりやすい、そんな感じなんですよ!先が分からないから、どうなるんだろうって話を聞きたくて、つい集中しちゃうし、話だけで分かりにくい所は、ちゃーんとスライドで図や表になってて、目でも確認もできるから、眠くなりにくいんですよ!」


「……なる程。そこまで分かってて、なんでお前はこのスライドを作成したんだ?」


 先輩が表示させた恵美ちゃんのスライドは、ぎっしりと細かい文字で数字が書かれており……目が霞みそうだ。


「だって、分かりやすい説明をしたら、色々とツッコミやら質問やらされちゃうじゃないですか?……そこで、課長、荒谷さん、矢野さんの悪い所を凝縮した、究極の眠くなるスライドを作成しました!細かい字!やたらと羅列しただけの数字!何枚進んでも変化のないレイアウト!かつ、黒単色。……これをボソボソと発表する事で、私以外は全員ウトウトです!!!ツッコミも質問も無し!!!……凄くないですか?!」


 ……。

 ……。


 恵美ちゃん、マジで前世から中身は変わってないや……。


 この子もこんなんだったわ……。本来なら頭良いのに、進む方向がまるでダメ……。楽したり怠ける方向にのみ、全力と全知能を尽くせるんだよね……。


 人の事は言えないケド、マジでクズい……。


 チラリと宍戸先輩を見ると、あんぐりと口を開いている。

 ……まあね、分かってあれをやってるって、悪質だよね。


「恵美、今すぐなおせ!!!」


 宍戸先輩の怒号がフロアに響き渡った。


 ……その時だ。


 ガッターーーン!!!


 大きな音が、下の階から響いてきた。


 ……や、やっぱり、何かいる???


 僕はまたシッポをブワッっとさせて、宍戸先輩にしがみついた。


 ◇◇◇


 物音を聞いた宍戸先輩は急いで下の階に走って向かった。

 僕と恵美ちゃんは顔を見合わせて……とりあえず、先輩と一緒の方がマシだと判断し、先輩を追いかける。


 この建物は4階建てになっており、僕とエミリアちゃんが資料を作っていたのが3階だ。倉庫は階段の側で2階にあった。建物には階段の他にエレベーターもあるが、フロアに着くと『チン』と音を立てて到着を知らせるし、エレベーターと階段は近い。


 ……どうやって、3階に居たナニカは2階に移動したんだろう???階段やエレベーターを使ったなら、僕たちが気付いた筈なのに……?


 ……やっぱり、コレ、ドロボーさんじゃなくて、オバケなんじゃないだろうか?


 僕は先輩の後ろを走りながら、ボンヤリとそう考えた。


 バン!!!


 大きな音を立てて、先輩がこのフロアの、メインの居室に踏み込むと……そこには、スティック型の掃除機を持った見慣れないスーツ姿のスラリとした青年が立っていた。中々のイケメンさんだ。


 ひ、人?!

 オバケじゃなくて、ドロボーさん?!?!


 ……もちろん、この会社の人じゃない。


「何をしてる?!」


 青年は僕たちを見つめると、フッと笑って答える。


「悪霊を吸い取ってました。」


「あ、悪霊???」


 僕も先輩も恵美ちゃんまでも、ポカンとする。


 この世界に獣人は居るが、悪霊なんて見た事無かったし、そんなオカルト、本当にある???


 ……てか、この人は悪霊バスターズ的な人なの???


「ふ、ふざけるな!勝手に夜中に会社に侵入するなんて、お前、泥棒だろ?!」


 宍戸先輩は僕と恵美ちゃんを庇う様に前に立って、青年を威嚇する。シッポの毛が逆だってる。


 青年は肩を竦めると、僕たちに『入館証』を見せる。見慣れた本物の『入館証』だ。


「……この会社の社長に、悪霊を退治してって頼まれて来たんてす。悪霊なんて、ピンと来ないかも知れませんが、実在するんですよ。」


 そう言うと優雅な身のこなしで、僕たちに近づき先輩に名刺を渡す。僕と恵美ちゃんはそれを覗き込んだ。


『〜悪霊駆除はお任せください!長年の実績と良心的な価格でお客様の快適な暮らしをサポートします〜 黒上商会 会長 黒上 禮(クロカミ レイ)』と書かれている。


 僕たちは黒上さんを見つめる。


 暗くて良く分からなかったが、よく見ると黒上さんは黒豹の獣人のようだ。身長も高めで178センチはありそう。艶やかな耳が黒い髪の上から覗いており、長くてツヤツヤのシッポがゆったりと動いている。


 ……。

 ……。

 ……。


「……えーっと、黒上さんは、社長に頼まれてオバケを吸いに来たんですか?」


 物怖じしない恵美ちゃんがそう聞くと、黒上さんは爽やかに笑った。……おい、なかなかじゃなくて、かなりのイケメンだな。


「そう。このフロアのはみんな吸った。……あとは上の階にいる弟の(れん)が、上の悪霊を吸い終われば、完了だよ?」


 ……あ、二人いたんだ???そう言う事かー!!!


 僕たちが、ふーんと思っていると、カタリと音がして、黒上さんに瓜二つの青年が部屋に入って来る。


 ……え???

 似てるってレベルじゃなく、ソックリなんですけど……双子???


 もう一人の青年は、僕たちに気づくとペコリと頭を下げる。


「……兄さん、この人たちは……?」


「んー?この会社の人らしいよ?……それより蓮、終わったのか?」


「それがさ、一匹すごく厄介で。兄さんに手伝ってもらおうかと……。」


 話していると、段々と、どっちがどっちか分からなくなってくるくらい、二人はソックリだ。わざとなのか、同じスーツを着ており、ネクタイまで一緒だ。


「あ、あの?お二人は双子、なんですか???」


 恵美ちゃんは、興味深々と言う感じで二人に尋ねる。


「そうだよ。似ているだろ?」

「誰も見分けられないんだ。」


 二人は振り返ると、同じ顔で俺たちに笑いかける。

 うわ。会話の内容から、禮さんと蓮さんが分かってたけど、こうして話さないで笑ってると、まるで分からない!!!


 僕と恵美ちゃんは二人をマジマジと眺めた。……まるで写し鏡の様だ……。


「え?……そんな似てるか?」


 不意に宍戸先輩が二人に言う。


 ……は???


 禮さん、蓮さんも、宍戸先輩を驚いた顔で見つめた。


「え?……君、僕たちの区別がつくのか?」


「え???だ、だって???全く違う顔をしてるだろ???あんまり似てない双子だなって、俺は思ってたのだが???……禮さんはこうキリッとしてるし、蓮さんは優しげな顔立ちで、まるで違うよ……な???」


 ……。

 ……。


 僕は、パッと恵美ちゃんを引き寄せ、内緒話をする。


『恵美ちゃん。あの双子、レイラとレーンなんじゃない?あれだけ似てて、区別つくなんて、ロイドだからなんじゃない?!』


 そう。レイラとレーンは、前世でロイドに惚れこんで、付き纏ってた双子の美形姉弟だ。双子は三人で結婚しようって(しかも、片方は男。)しつこく迫ってて……。でもまあ、満更でも無かったみたいだけど……。そこはまあ、安定のチョロイド仕様だ。


『あ、ありますね!なんだか名前も似てますし……。えー……いーなぁ。私も旦那様のリカルドに会いたいよ!……理人さん、今度、リカルド探すの手伝って下さいよ!』


『えー……?まあイイヨ。……僕も息子のリカルドに会いたいし。でも……どこにいるカナ?』


 そうやってコソついていると、またしても宍戸先輩が僕たちを引き剥がす。


「おい!イチャつくな!」


「イチャついてませんよ!」

「話してただけですよ?!」


 昔からロイドは、何かと僕とエミリアちゃんがイチャついてるって決めつけるフシがあったのを思い出す。内緒話するだけでイチャついてるとかさ……ムッツリさんて、頭の中はドピンクなんでしょうか……?何でもエロ方面へ考えちゃうって言うね……。


「えっと、お取り込み中のトコ悪いんだけど、最後の悪霊はちょっと厄介みたいなんだ。申し訳ないけど、退避してもらっても大丈夫かな?」


 僕たちが騒いでいると、もはや禮さんか、蓮さんか分からない黒上ブラザーズのどっちかが、そう声をかける。


 ……危ない目に遭うのなんか嫌だ。

 僕たちは素直に頷こうとした。でも……。


「先輩、理人さん!ど、どうしよう?!わ、私……バッグ置いてきちゃったよ?!」


 不意に恵美ちゃんが声を上げた。

 そして僕も気付く。……僕も鞄、上に置いてきちゃった!


「あ……。ぼ、僕もだ……。」


 黒上ブラザーズは顔を顰める。


「だけどね、取りに戻るのは危険だよ?とりあえず今夜中には片付けるから、明日の朝に取りに行きなよ。」


「で、でも!お財布も鍵もバッグなんです!」

「ぼ、僕も!全財産が鞄に入ってるんだよ!」


 そ、そうかもだけど!でも、財布が無きゃ困るだろ?僕ら夕飯すらまだなんだ。


「……理人、恵美。……俺が泊めてやるから、黒上さんたちにお任せしよう?悪霊なんて、よく分からないが、危ないんだろ?」


 僕たちがギャーギャー騒いでいると、宍戸先輩が諫める様に言う。


 ……え。夕飯、もしかして奢ってくれたりします???

 恵美ちゃんも同じ事を思ったのだろう、ピタリと大人しくなる。


「……先輩!お肉、食べたい、な?」

「僕も!僕ねカルビ食べたい、な?」


 先輩はぐぬぬって顔をしているが、だいたいこの後、溜息を吐いたら『仕方ないな……。』ってなるのが、先輩だ。


「ああっ、もう!仕方ないな!……行くぞ!……じゃあ、黒上さん、後はよろしくお願いします。」


 先輩は溜息混じりにそう言うと、目論み通りに、僕たちを引き連れて階段に向かった。



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