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キャンプへGO!

 週末にたっぷりと悠里くんに癒してもらった先輩は……いや僕もかな……?今週はスッキリした顔で、仕事に取り組んでいる。無茶な全力投球も止めてくれた様で、ひとまずホッと一息って感じなのだが……。


 はぁ……。


 僕は悲しい気持ちで、さっき宍戸先輩から手渡されたサイン色紙を眺めている。


 そう、三百万がコレになってしまったからだ。


 迷宮の旧校舎事件を解決したお礼に、本当ならお金が貰える筈だったのに、恵美ちゃんのせいで、棋士なんかのサインになってしまったのだ。……ちなみに恵美ちゃんはホクホクとビニール袋に大切そうにしまっていた。「悠里もファンなんだー。自慢しよーっと。」なんて言いながら。


 宍戸先輩はデスクの目立つとこに飾ったみたい。さっきから、チラチラと目をサインに向けては、嬉しそうにニヤニヤしている。


 ……はーあ。……これって、売れるのかなぁ……?


「……あれ?それって、将棋の壬生さんのサインじゃないか?宍戸くんも机に飾ってるよね?」


 僕に書類の束を持って来た、トラ獣人の課長が羨ましそうに僕が眺めていたサインを覗き込む。


「課長、これ要ります?」


「え?!……いいのかい?!壬生さんて、マスコミ嫌いで、滅多にサインもくれないって聞くよ?すごい強いし、イケメンだろー?私も妻も大ファンなんだよ。」


「えっとぉ、その書類、僕じゃなくって、恵美ちゃんと宍戸先輩に振り分けてくらたら、僕のサイン付きで差し上げちゃいますー!」


「お前のサインは要らないが……よし、これは宍戸くんと仁科さんにやらせるか!」


 交渉成立!!!


 僕は課長にニコニコでサイン色紙を手渡した。


 ……役に立たんと思ってたけど、あんなサインでもなかなか役に立ちましたな。


 ちなみに課長の持ってきた書類……あれね、監査の入る超メンドイやつ……!!!


 ◇◇◇


「はぁ、ついてない。課長に面倒な仕事、頼まれちゃった。」


 ランチタイムになり、恵美ちゃんが溜息混じりに僕に言う。


「恵美、それだけ期待されてるって事だ。俺も頼まれたし、一緒に頑張ろう!」


 宍戸先輩が無駄に前向きに、恵美ちゃんを励ます。

 ……いやいや、多分課長は誰でも良かったと思うよ。サインひとつであっさり、振り分け先を変えたし。


「でも……何かご褒美が無いと頑張れないよ。……あっ!!!そうだ、次のお休みに、バーベキューでもしに行きませんか?」


「えー。僕、バーベキューみたいなアウトドアって、あんまり興味無い。だってさ、浮浪猫になったら、エブリデイ・エブリタイム・アウトドアだもん。」


「あのなぁ、何で理人は浮浪猫になる前提なんだ?……バーベキューかぁ。俺は嫌じゃないが、いきなりどうしたんだ?」


 宍戸先輩が不思議そうに恵美ちゃんに尋ねると、恵美ちゃんはちょっと不満そうな顔で話し始めた。


「実は、この前の合コンで仲良くなった方とたちと、白井さんたちが、バーベキューに行ってきたそうなんです。グランピングって言う、手ぶらで行けるリッチなキャンプらしいんですけど、メッチャお洒落なバーベキューを楽しんだ写真を見せてもらったんですよ。……私は誘われ無かったんですけどね……。」


 ……。


 えーっと……。


 思わず、宍戸先輩と顔を見合わせる。


「ほ、ほら?歩クンと帰ったからカップル成立的な感じで声がかからなかったんじゃない?」


「……歩クンはカレンさんと参加したみたいです。白井さんの見せてくれた写真の端に、二人も笑顔で写ってましたから……。」


 ……。

 ……。


 恵美ちゃんの耳がヘニャヘニャになってる。


 会社で他の女の子達と上手くやってるのかと思ってたけど……まさか、恵美ちゃんイジメられてたりする?

 写真見せてくれたって事は、無視まではされてないけど、マウント取られてたりするのかも……?はたまた、避けられちゃってるとか???


 ちょっと心配になって、恵美ちゃんを見つめると、恵美ちゃんはウルウルと涙ながらに語った。


「恵美は、お肉にガッツクから誘わなかったの!って言われちゃいました……。お肉……食べたかったのに。」


 ……そ、そっち。


 確かに、お洒落バーベキューにガッツク子は……映えない。


「……恵美はキャンプがしたいのか?俺は、連れてってやっても構わないが……。」


「はい!!!行きたいです!!!ねえ、理人さんも行きまょーよ。」


 う、うーん。……グランピングかぁ。


 それなら行ってもいーかなぁ???

 テレビとか雑誌で見ると、快適そうだよね。ガチなアウトドアって感じじゃないしなぁ。


「じゃあ、行こっか?……でも、今から予約なんて取れるかなぁ?」


「……た、確かに。」


「予約?そんなの大丈夫だろ。俺が手配しておく。……なんか、大学以来だから、ちょっとワクワクしてきた!よし、午後からも仕事頑張るぞ!」


 そう言って、宍戸先輩は頼もしげに笑った。


 ……そうだ。


 我らがスパダリ、宍戸先輩にお任せしとけば間違い無いんだ!!!カネとかコネとかで、素敵なグランピングを用意してくれるに違いない!!!


 僕と恵美ちゃんは、フォトジェニックな素敵空間でのお洒落バーベキューに思いを馳せた。


 ◇◇◇


 ……。

 ……。


 嘘だろ……何だい、これ。


 ……金曜日に仕事が終わると、僕らは宍戸先輩のマンションで仮眠を取り、早朝に車で目的地へ向かった。……まあ、先輩が車を運転してくれたから、僕と恵美ちゃんは後部座席のジュニアシートでグーグー寝てたけど。


 そんな訳で、「着いたぞ」と言われ、目が覚めた僕と恵美ちゃんは……恐ろしい光景を目にする事になる。


 ……。

 ……。


「ほら、ザックだ。中身はもう入れてあるぞ。」


 ……。

 ……。


「いやぁ、お前らの登山道具一式を揃えるのは大変だったぞ。恵美と理人は子供サイズだからな。……ほら、靴はこれだ。本当は慣らすべきだが、今回は仕方ないな。」



 ……。

 ……。


「せ、先輩?グランピング、だよね?」


「ん?つまり、キャンプだろ?……俺は山小屋よりテント派なんだ。大学では登山部でな。……高い山で見る夜空は気持ち良いぞ!」


 ……。

 ……。


 おい、恵美ちゃんも何か言ってよ!……僕がチラリと恵美ちゃんを見つめると、恵美ちゃんは決心したかの様に先輩に言った。


「先輩。お肉はありますか。」


「干し肉がある。あと塩豚もあるぞ。」


「塩豚……?」


「塩漬けにした豚肉だ。これを夜に焼いて食べよう。明日の朝のスープにも入れてやる。……熟成させたから、美味いぞ?」


 恵美ちゃんはゴクリと唾を飲むと、大人しくザックを背負った。


「先輩、お供します!!!」


 ……結局は肉か!!!肉なのか!!!

 桃太郎のサル・キジ・イヌくらいチョロいんじゃね?アイツらも、お団子如きで鬼退治に同伴しちゃってたし。


「ほら、理人も行くぞ!」


「いや僕、鬼退治とかしないタイプだし?」


「???……いいから行くぞ。」


 僕は無理やりにザックを背負わされると、先輩と恵美ちゃんに引きずられる様にして、登山道へと向かった。


 ◇◇◇


 しかしながら、僕たちの登山は呆気なく終了した。


 先輩が買ってくれた登山靴が、恵美ちゃんにも僕にもまるで合わず、たった30分程度を歩いただけで、カカトがズル剥けになってしまったのだ。


「……いたた。もう歩けない……。」


 少し前に絆創膏を貼ったにも関わらず、恵美ちゃんの靴下には、もう血が滲んでいた。


「僕も……痛くて無理だよ……。」


 僕も靴と靴下を脱いで、ほんのり赤くなったカカトを見せる。ヒリヒリしてて、とても痛い。


「……理人のソレは分からんが、恵美のは酷いな。……慣れない靴はやはり良くなかったな。うーん……。キャンプは諦めよう。その足では、これ以上歩いても辛いだけだ。」


「そ、そんな……。お、お肉は?!」


「戻ったら焼いてやる。……恵美、どうする?歩くのが無理なら獣型になるか?抱っこしてやるぞ?」


「で、でも……。」


 恵美ちゃんは自分のザックを見つめる。


「大丈夫だ。それは理人に持たせたら良い。その足じゃ辛いだろ?」


「えーっ?!僕が持つの?!」


「仕方ないだろ?俺は恵美を抱っこしなきゃだし……理人がザックを持つしか無いだろ。ほら、恵美、獣型になれ。」


 ええっ?!

 僕だってカカト、ヒリヒリしてるんだってば!

 もー!!!


 ……恵美ちゃんは、スルリと獣型になった。


 あ!!!


 またお洋服畳まないんだから!!!悠里くんも脱ぎ散らかすって怒ってたよね?!


 僕は恵美ちゃんの脱ぎ散らかしたお洋服をザックに詰め込もうとして、ふと手を止めた。


「……恵美ちゃん、これって……。これがまさか、勝負下着のレースのフリフリ?何か、思ってたのと違うんだど?メッチャださい。」


 カボチャパンツみたいな、フリフリパンツを見つけて、思わずそう言うと、シャッと恵美ちゃんに引っ掻かれてしまった。


「理人、やめろ。……そ、それはそれでニッチな需要がある。え、恵美、悪くないからな。」


 う……うわ。


 それ、頬を染めて言うなよ?!

 フォローになってないからね?!……ライオン獣人の美人三姉妹の目は、あながち間違いでは無いようです。やっぱり先輩、ド変態……。


「……あ、雨だ。」


 不意に、ポツンと雨粒が顔に当たった。

 さっきまで晴れてたのに……山の天気って変わりやすいって聞くけど本当なんだなぁ。


「急いで戻ろう。たいした距離じゃないが、獣型の恵美を濡らすと、すぐに冷えてしまう。」


 宍戸先輩は慌てて恵美ちゃんを懐に入れる。


「うん。」


 僕たちは、早足で先輩が車を止めてある、ビジターセンターまで引き返した。


 ビジターセンターに戻る頃には、僕たちはびしょ濡れになっていた。雨がどんどん酷くなってしまったからだ。先輩の懐の中にいた恵美ちゃんはそれ程でも無かったが、僕はかなりグッシャリになってしまい、着替えたけれど、さっきから震えが止まらない……。


「……どこか、宿でも探そう。理人は風呂で暖まらないと、辛そうだ。」


 先輩はそう言うと、素早くネットで近くの宿を検索し、車を向かわせた。


 ◇◇◇


 ……。

 ……。

 ……。


 マジか。

 先輩が予約してくれたと言う宿を見上げ、僕たち三人は固まる。


「……近くで空いてたのがココしか無くて……。」


 ……。

 ……。


 先輩も言い訳しながら、顔を引きつらせてる。


 う、うん……仕方ない……の、か???


 ……。

 ……。


「ほ、ほら、寒いし入ろう?理人は風呂に入らなきゃだろ?」


 ……。

 ……。


 で、でもさ……こ、ここ。

 

 ここさぁ!!!


 ……どう見ても、ホラー映画『O-リング』に出てきた、サダコが這い出してくる井戸がある……ペンション、そっくりなんですけど?!


「え、恵美ちゃん……。こ、これ。」


 人型に戻った恵美ちゃんも、青ざめた顔でペンションを眺めている。


「え、ええ……。ホラー映画のペンションにソックリです……ね。」


「……で、でもな!ここ、コテージになってて、テラスでバーベキューも出来るそうなんだ!ほ、ほら塩豚も持ってきたし、車で少し行くとスーパーもあるらしいから、キャンプはダメになっちゃったけど、バーベキューだけでもしようかと……。な、なあ?!悪くないだろ?」


「塩豚……。……バーベキュー。いいですね、それっ!悪くありません!!!」


 いやいや、ちょっと待って?!

 僕たち最近、怖いの遭遇体験が増えてますからね?!


 意味は違うけど、先週の悠里くんもなかなか怖かったですからね……?SNSの炎上とか、ネットタトゥーとか……現代社会の闇に引き摺り込まれるかと思いましたよ。……僕は保身の為に、ほとんどのSNSを解約したからね???


 ……なんて僕が思っている間に、先輩と恵美ちゃんはペンションにスタスタと入って行ってしまった。


 え、ええっ?!

 マジでさ、嫌な予感がするの……僕だけ???


「ほらー、理人さん入ろう?まさかサダコのペンションな訳無いってー!」


 恵美ちゃんはカラカラと笑いながら、そう言うが……ほ、本当に?


 だってさ、さっきチラッと見えた中庭に……井戸があった気がするんだけど?!?!





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