バイオリンの呪いを解け!
次の週の土曜日に、僕たちはカレンちゃんが練習していると言うスタジオに会いに行く事になった。
で……カレンちゃんに会ってみると……。
思わず、僕と恵美ちゃんは顔を見合わせる。
「リヒト、エミ……この子が僕の彼女の羽田 カレンさんだよ!カレン、あちらに居るのが、ルイパイセン……オレの大学の先輩で、こっちの双子が黒上 禮さんと、蓮さんだ。皆んな、オレの昔の知り合いってカンジかな?」
歩クンは僕たちにカレンさんを紹介する。
「はじめまして。羽田 カレンです。」
「はじめまして、宍戸です。歩から話は聞かせていただいてます。名前に違わず可憐な方だ。」
「黒上 禮です。あちらの青いネクタイの方が蓮です。歩さんからCDいただいて、聴かせていただきました。お会いできて光栄です。」
……。
……。
僕はやはり僕と同じようにキョトンとする恵美ちゃんを引き寄せて、耳打ちする。
『ねえ!アレ、誰?!』
『で、ですよね?CDの写真の子と……まるで違いますよね???』
『や、やっぱり恵美ちゃんもそう見える?』
『え、ええ。……CDの写真はカレンさんのお名前通りに可憐な方でした。で、でも……い、今はお色気美女、ですよね???』
……そう、なんだよね???
僕たちから見ると、カレンちゃんは、あのCDのジャケットの写真とは別人にしか見えない。同じ犬獣人だけど、なんだか妖艶な美女だし、そもそも黒い三角の耳なのだ。
先輩たちは、またしても気付いて無い……みたいだよな?
つまりは、カレンちゃんが悪霊???に乗り移られているって事???
でも、悪霊とは違って、見えてはいるんだよね?
現に、先輩たちはご挨拶してるし……???
うーん……。
『これって、今は言わない方が良いよねぇ。』
恵美ちゃんに耳打ちする。
『そうですね……。別人にしか見えませんが、凶悪そうには見えないし、少し様子を見て、後でカレンさんが外した時にでも黒上さんたちに言ってみますか……。』
『だよねぇ。……あのCDの写真が補正かかってるのかなぁ???』
『う、うーん???……補正しても、こんな別人になります???それに宍戸先輩たちがまるで気にして無いって、変ですよね?……まさか、先輩たちには、CDジャケットの子に見えてるんでしょうか???』
うーん……。
だとしたら、呪われた事で、僕たちだけに見た目が変わって見えてるの???それで、先輩達は気付かない???
僕たちがコソコソと話を続けていると、いきなり宍戸先輩に首根っこを掴んで引き剥がされた。
「おい。油断も隙もないな!ナチュラルにイチャつくな。」
「イチャついてなんかないよ!!!」
「そうです!内緒話しただけです!」
「……それをイチャつくって言うんだ。ほら、二人ともちゃんとカレンさんにご挨拶するんだ。」
……なんだよー。
コッソリお話するだけで、イチャつく認定するなよー!!!ほんと、ムッツリスケベって始末に悪いわぁ……。
そんな事を考える僕を他所に、僕と恵美ちゃんは、宍戸先輩によって、強制的?いや力尽くで、カレンちゃん(仮)にご挨拶させられた。
ん……???
あれ???
そうすると……呪われたバイオリンは、今はどうなっているんだ???
あ!!!……ま……まさか……。
「あっ、あの!!!カレンちゃんのバイオリンを見せてくれませんか?!……僕も昔バイオリンとか良く演奏してて見てみたいなーって……。」
僕は不意に思い当たり、バイオリンが見たい旨を、咄嗟に口に出す。
「そーなんだよ!カレン!オレさ、リヒトに憧れてバイオリン始めたんだ。リヒトはモーツァルトが得意だったヨね〜?オレ、すごく好きでさぁ〜、いつも楽しみにしてたンだぁ。……モーツァルトは、いまだにリヒトの演奏が一番好きだよ。」
……そうだった。
前世で僕は、ポニーだった歩クンに、バイオリンでモーツァルトを聴かせてやっていた。モーツァルトを聞くとα派が出るらしいから、リラックスしてもらおうと思って……。
歩クンは、いつもなんだか機嫌良さげに聴いてくれていたから、かなり調子に乗って、毎日のように聴かせていたっけ……。
そっかぁ。気に入ってくれてたんかぁ……。
妙に嬉しい。
歩クンが、嬉しそうにそう語ると、何故かカレンちゃん(仮)は僕をギロリと睨んだ。
ひっ、ひえっ!!!
……怖いんだけど???
「……へえ。プロでもないのに、こんな人の演奏が良いなんて、歩、貴方の耳を疑うわ……。」
急に低いトーンで、嫌そうに僕を見つめながら、カレンちゃん(仮)は言い捨てる。
「カ、カレン?!……リヒトの演奏はオレにとっては特別なんだヨ?上手い下手だけじゃないだろ?母親の子守唄が、プロの歌手にだって敵わないように、オレにとってはリヒトのモーツァルトは凄く大切な思い出なんだよ!……どうしたんだよカレン……君はそんな事言う子じゃなかったジャンか……。」
歩クンのシッポがダラリと下がる。
さっきまで機嫌良く揺らしていたのに、今は耳もなんだか萎れて見えた……。やっぱり、今までのカレンちゃんは、こんな態度を取る子じゃ無かったんだ……。
「……カレンさん、私たちもカレンさんのバイオリンを見せていただきたいです。あの素晴らしい演奏をするのはどの様なものなのか……プロの楽器とやらを、間近で拝見させて頂きたくて……。私たち素人には、高価でしょうし、とても縁がありませんから。」
蓮さんが、媚びるようにそう言うと、カレンちゃん(仮)は満足気に笑った。
「ええ。お待ち下さい。……今持ってきますわ。」
◇◇◇
……。
やっぱり……。
カレンちゃん(仮)が持ってきたバイオリンは……やはり、普通のモノじゃ無かった。
バイオリンなのに……クルクルした白い被毛の耳が、バイオリンのボディから生えている……。
『え、恵美ちゃん……耳があるよね、あのバイオリン。』
『……はい。CDのジャケットの写真のカレンさんの耳と、同じ感じの耳……ですね。』
『……つまりさ、あのバイオリン入ってた魂に、カレンちゃんは体を乗っ取られて、今はバイオリンにカレンちゃんの魂が入ってるって事……かなぁ?』
『確かに……ありえますね。』
……丹精込めて作られたモノの中には、人ような魂さえ宿らせる事ができるって、禮さんは言っていた。つまり……あの中に本物のカレンちゃんの魂を閉じ込めて、もともとバイオリンに入っていた邪悪な魂とやらが、カレンちゃんの体に入っているんじゃ無いだろうか。
そして、僕たちにはそれが見える……。
『恵美ちゃん。どうやって魂を入れ替えたんだろう?』
『そ、そうですね。バイオリンですから演奏してって事でしょうか???……あ、でもそれから何度もカレンさんはあのバイオリンで演奏してるのに、戻らないんですよね?何ででしょう?』
……うーん。
入れ替わっているだろう事は分かったけど……やり方……戻し方がイマイチ不明だなぁ。
でも……。
『とりあえず、あのバイオリンに今入っている魂は、カレンちゃんのモノっぽいよね?……つまり、今あのバイオリンは、あんまり危なくは無いって事なんじゃないかな?……僕、ちょっと演奏してみようかな?……カレンちゃんと入れ替われるカモ?』
『え???……本気ですか?理人さん?!バイオリンになっちゃうカモなんですよ?!』
『うん。本気だよ?……てさか、バイオリンって、アリかなって思うんだよね?……だってさ、働かなくて良いんだよ?!』
『た、確かに……。弾かれはしますが、それだって奏者がやる事ですしね……。言われてみると、ちょっと良いかも……。』
『だろ?!……これは、またとないチャンスだよ!!!なので、僕は行く!!!グッバイ、恵美ちゃん!一足お先に楽にならせて頂きます!!!」
僕はそう言うと、パッとカレンちゃん(仮)の持つバイオリンを奪い、爆音で演奏を始めた。
猫獣人はとーっても身軽だから、ワンちゃんから何か奪うなんて、余裕なんですよ?
せっかくだから、僕はエルビスの『好きにならずにいられない』を演奏してやった。やっぱさ、プロの前でモーツァルトは敷居が高すぎですからネ!
それに、この曲は、前世で僕と恵美ちゃんと宍戸先輩で演奏した曲でもあって……僕らはこの練習で、だんだんと打ち解けていったんだよね……。
つまり、二人への餞別には相応しい曲だろ?!
サヨナラ、恵美ちゃん。
サヨナラ、宍戸先輩。
サヨナラ、勤労と納税の義務!!!
バイオリンに、僕はなるっ!!!
……演奏を終えると、不意にグラリと、視界が歪み、囁く様な声が聞こえてきた。
『……た、助けて下さい……。お願いします……。ここに……閉じ込められて……。』
『君は本物のカレンちゃん……?……いいよ、僕と入れ替わらない???』
『え……。で、でも……。』
『カレンちゃんに、僕の体をあげるよ……。ほら、バトンタッチ、ね?』
そう言って意識を手離すと……。
僕は……やっぱりバイオリンになっていた。
ヤッタネ!!!
◇◇◇
バイオリンにはなったケド……呪いのバイオリンだからか、目が無いのにちゃんと周りが見えている。
ほえー。フッシギ〜!
音は……もちろん当たり前に聞こえる。……バイオリンのボディからは、カレンちゃんの耳が生えてた。つまり現在は、僕のカッコ良すぎる耳毛……イヤータフト付きのお耳が生えているんだろう。
うむ。かなりキュートなバイオリンだな。
……恵美ちゃんにしか見えて無いんだろうけど。
僕の体はって言うと……あ、あれ???
カレンちゃんと替わったハズなのに、どうやら僕の体にはカレンちゃん(仮)が入っている。
……どーゆー事だ???
バイオリンに閉じ込められてたけど、僕の体を使って抜け出したカレンちゃんの魂は、正当な体に強制的に戻ったって事なのかな?そして弾かれた邪悪な魂とやらが、僕の体に入った……。
うん。なんか有りそう……。
突然、自分の体に戻れたせいか、カレンちゃんはキョトンとしている。
恵美ちゃんはオロオロと泣きそうな顔で、元に戻ったカレンちゃんや、邪悪な魂が入っちゃった僕の体やら、バイオリンになっちゃった僕を見てる。
恵美ちゃんには、本当の姿が見えるからね。
……悲しませてごめんね、恵美ちゃん。
……でも僕、疲れたんだよ。勤労も、納税も。だれも養ってくれないし。宍戸先輩は惜しいとこまではいってる気はするけど……。でもさ、手っ取り早くバイオリンに引きこもって、ぐーたら生活……これもありだよね……。
ふあああ……。
……なんだかとても眠くなってきたぁ。
閉じ込めらるって、こういう事かぁ……。きっと、とても眠くなって、ウトウトしちゃうのかも……。
演奏した場合は、入れ替わるチャンスがくる。
だけど、入れ替われるのは強い気持ちを持った魂の方なんだろう、ウトウトしてると、多分勝てない……。さっきは僕がカレンちゃんに体を譲っちゃったから、簡単に入れ替わったけど、抵抗されると難しいのかも知れない……。……カレンちゃんは起きていたけど、あのお色気美人の方が、気が強そうだったし、押し負けて戻れなかったのかも……。
ああ、ダメ……本当にもう寝ちゃう……。
それでは……。
みなさん、おやすみなさい。
◇◇◇
「いやーっっっ!!!理人さんズルいぃぃぃーーー!!!」
けたたましい恵美ちゃんの叫び声に、僕はハッと目を覚ます。
恵美ちゃんは半狂乱で、お色気美人に成り代わった僕から、バイオリン……今の僕を奪い去ると、僕を抱えてダッシュする。
「お、おい!!!恵美、何やってんだ?!」
先輩が焦って僕らを追って来るが、逃げるときの恵美ちゃんダッシュったら、早すぎなのだ。
「ズルい、ズルい!理人さん……自分だけバイオリンになっちゃうなんて!!!……私も働きたくないっ!!!」
恵美ちゃんはそう言うと……空き部屋に滑り込み、深呼吸して……僕をかき鳴らした。
「あ?あれ???……何も起こらない???」
あ。そうでした。恵美ちゃんは、バイオリンが弾けないんだ。プププ……残念、それじゃ入れ替われる訳が無い。多分、これ、結構な腕前で一曲演奏しないとダメなやつ……!
「あーもうっ!!!とにかく鳴らす!」
恵美ちゃんが僕を使って、酷い音を鳴らしていると、そこに宍戸先輩とお色気美人が青ざめた顔で入ってくる。
「やめて!バイオリンが壊れちゃうわ!」
お色気美人はそう言って恵美ちゃんを突き飛ばし、バイオリン……僕を取り上げる。恵美ちゃんはよろけて転んで……床に頭を打ったのか、ピクリとも動かなくなってしまった。
……え?
「理人!何するんだ!確かに今の恵美は酷かったが……。おい、恵美、恵美……しっかりしろ?」
うそ……だろ。……え……恵美……ちゃん???
宍戸先輩が、動かない恵美ちゃんをそっと抱き上げる。
ダラリと恵美ちゃんの手が、先輩の腕の中から落ちた。
「理人……恵美になんて事を……。恵美……。は、早く……びょ、病院に……。」
先輩は慌ててスマホを取り出すが、震えていて電話がなかなか掛けられずにいる……。
「そいつが、大切なバイオリンを雑に扱うから悪いのよ。……壊れていないか確かめなきゃ……。」
そう言うとお色気美人は、僕を取り上げて演奏をし始めた。
◇◇◇
まあさ、そしたらさ……入れ替わっちゃうよね?
だってさ、大事な恵美ちゃんを傷つけたヤツだよ?さすがに許せる訳無いだろ?……恵美ちゃんの様子も気になるし……。だってさ、バイオリンのままじゃ、顔を見に行く事もできないんだ。
だから、演奏を終え、交換モードに入った時に、お色気美人をさ、完全覚醒状態で、ぶん殴ってやりましたよ。
……まあ魂なんで殴れませんから、その位の気持ちを持ってバイオリンに引き摺り込んで、僕が体に戻ったってのが正解かも。
「……え、恵美ちゃん……!!!」
僕は自分の体に戻るなり、慌てて宍戸先輩に抱かれた恵美ちゃんに駆け寄り、除き込む。
「……恵美ちゃん……ごめん……僕……。」
眠ったように動かない恵美ちゃんの顔に、そっと手を伸ばすと……恵美ちゃんが片目を開けて、クスリと笑った。
……!!!
「ドッキリ大成功。……理人さんだけ、勤労と納税の義務から逃げるなんて許しませんよ?……理人さん、おかえりなさい。」
……あ……ああ……。
やられた……。
僕はいとも簡単に、恵美ちゃんにハメられ……バイオリンと言う名の引きこもり生活を……解かれてしまったのだ……。
く、くっそーーーー!!!




