呪いのアイテムとは?
次の金曜日に、僕たちは歩クンと合流し、黒上さんと待ち合わせている、個室のある割烹料理店に向かった。
「こんばんは。黒上さん、素敵なお店をご存知ですね!」
既に到着していた黒上ブラザーズに、恵美ちゃんが挨拶をする。
「ええ。……僕たちの仕事は悪霊とか霊とか、非現実的でしょう?だから、あまり人に聞かれたく無いって依頼人も多いんですよ。なので良く、こういったレストランを利用させて頂いているんです。事務所にお呼びしても良いのですが、霊感商法って言うんですか?霊が見えますとか言って、ツボとか売るヤツ……ああいうのを恐れてるお客様も多いんで、初めての場合は外でお会いしてますね。……今回は、迷宮の旧校舎でのお礼も兼ねて、こちらのお店にしてみたんです。ここの懐石料理はなかなか美味しいんですよ。」
黒上ブラザーズの赤系ネクタイの方……多分、禮さんが答える。黒上さん曰く、普段は禮さんが赤系、蓮さんが青系をイメージカラーにして着用してるとの事だが……入れ替わっている可能性だってある訳で……僕はイマイチその話は信用していない。
だって、前世がイタズラ双子だもん。今は落ち着いた大人な雰囲気だけど、やっぱりイタズラ心があるんじゃ無いかなって思うんだ。
「確かに、デリケートな話だよな。……俺も目の当たりにするまでは、信じていないクチだったから、分かる気がするよ。……えっと、彼が七瀬 歩君だ。……歩、こちらの赤系のネクタイの方が蓮さん、青系のネクタイの方が禮さんだ。今日はいつもとは逆ですね。」
宍戸先輩はそう言って、二人に歩クンを紹介する。
……ほらね、やっぱり。
いつかやるって思ってた。……さすが宍戸先輩。
「やっぱり、宍戸さんには見破られてしまいますか……。」
今日は赤系ネクタイを身につけている蓮さんが、苦笑する。
「ええ。……だってお二人は、まるで違う顔ですから、ネクタイを取り替えても見間違える事なんてありませんよ……。」
宍戸先輩はそう言って静かに笑う。
……。
宍戸先輩に以前聞いてみた事がある。
禮さんと蓮さんは、レイラとレーンなんじゃ無いのって。だから、もっと仲良くしてみない?って。
……だけど先輩は笑って……「記憶がなきゃ、レイラとレーンでは無いと俺は思う。……仲良くなって、禮さんにレイラさしさや、蓮さんにレーンらしさを求めてしまうのが怖いんだ。今は禮さんは禮さん、蓮さんは蓮さんだ……。」そう言って、それ以上は話を止めてしまった。
だけど僕は、そんな先輩のシッポがダランとしてるのも、耳がヘニャっとしてたのも、ちゃんと見てた。……本当は、禮さんも蓮さんにも、思い出してもらえないのが寂しいんだろう……。
……でも、思い出せるか否かは……運だ。
どう言われようが、どう請われようが、思い出させない時は、思い出せないものなんだ……。
……。
だからね、僕と恵美ちゃんは、レイラとレーンの代わりも兼ねて、宍戸先輩の側にいてあげる事にしようって話し合って決めたんだ……。
先輩が寂しくならないように……。
なーんて言うとさ、僕らって、思いやりに溢れた優しい奴らって感じだろ?……それはさ、もちろんだよ?!でもねぇ……つまりは、これを大義名分にして、僕らは養ってもらいたい!!!そういう下心もあったりして……。
……まぁ、僕たちだから。
「はっ、はじめまして!……七瀬 歩って言います。い、今は売り出し中のアイドルって言うか、ミュージシャンやってまして……。の、呪われてしまったのは……オ、オレの……彼女でっ……。そ……そのっ……。」
僕が考え込んでいると、歩クンはガチガチに緊張した様子で、黒上さん達に事の起こりを話し始めた。
……そう言えば、前世の歩クンは怖がりだった。
人懐っこいのに臆病で、大きな音なんかすると、怖くなって僕や宍戸先輩に擦り寄って来てたっけ……。
きっと、今回の『呪い』とやらも、歩クンは怖かったんだろうな……。そしてやっと見つかった解決の糸口を前に、しくじれないっていう緊張が出てるのかも知れない。彼女をなんとか助けたいって気持ちも大きいのだろう……。
その様子に気付いた宍戸先輩が、歩クンの手をそっと握ってあげる。先輩は、こんな凶悪な顔でバカデカい図体で、繊細さの欠片の無さそうにしか見えないが、細かく気が配れるのだ。まぁ、デキる男なんで、細かなトコにも気が付くんだよね……彼女居ないけど。
……歩クンは、少しだけ安堵した様な顔にになり、話を続けた。
「オレの彼女は、羽田 カレンと言う名で、結構、有名なバイオリニストやってんですヨ……。」
「羽田 カレンさん?……聞いた事あるな……?」
禮さんが首を傾げると、歩クンはバッグからCDを取り出した。可愛らしい顔立ちの犬獣人で、クルクルした白い被毛のタレ耳の女の子が、バイオリンを抱えて笑っている。タイトルは『羽田 カレン 癒しのバイオリンセレクション』と書かれている。
個人名でCDまで出してるって事は、本当に有名なんだろう。
へえ……。この子が歩クンの彼女……。
くそっ、とっても可愛い子だなぁ……。
「……何で俺なんかと知り合いかってーと、子供の頃に同じバイオリン教室に通ってて……。カレンは凄く上達して、コンクールなんかでも優勝しまくって、音大に行ったし、留学なんかもして……プロになりました。……だけど、オレらはずっと仲良しで、離れても文通してたんです……。」
……ん???
ちょっと待て???
文通???
「……歩クン、彼女と今どき文通してたのかい?」
「リヒト……。変なとこに食いつかないでくれる?……カレンとは小学生の頃からの付き合いなんだヨ!家も遠かったし、レッスンでもいつも会える訳じゃないから、最初が文通だったんだ!……今じゃ、電話したりメールやメッセージアプリなんかも使うけど……い、今でも、たまに手紙は書いてんだ。カレン……手紙好きだし、リ、リサイタルとかで、海外にも行くから……!は、恥ずかしいトコで、話を止めないでよネ……。」
へえーーー……チャラいのに文通……。
恵美ちゃんも同じように思ったのだろう、ニヤニヤしている。
「おい、理人は歩を茶化すな。……歩、話を続けよう。」
「う、うん。……それで、あるとき、彼女のファンを名乗る奴から、匿名でバイオリンが届いたんだヨ。ファンから物が贈られる事は良くあるけど……とても高価な物なのに匿名で、オレはちょっと怪しいんじゃない?って思ったんだ……。そのバイオリンは、みんなが良く知っている名器と名高い有名なもの……って程でも無いんだけど、バイオリニストの中では愛用者も多くて、割に知られてる製作者の作で……。彼女はそれを、とても気に入ってしまった……。スランプ気味の時に届いたってのも、大きかったんだと思う。」
「そのバイオリンが呪われいた、と?」
蓮さんが尋ねると、歩クンはこくりと頷いた。
「……そう思う。あのバイオリンを手に入れてから、カレンは変わってしまった。……このCD……『癒しのバイオリン』って書いてあるだろ?……カレンの演奏する曲は、カレンの人柄の如く優しくて……本当に癒されるような演奏をしていたんだ。なのに、今は情熱的と言うか、激情溢れると言うか……全然違うんだ。」
「……えっと、それだけ???」
恵美ちゃんが、キョトンとした感じで歩クンに聞く。
……確かに演奏が変わったのは気になるが、スランプから抜け出すのに、スタイルを変えただけかも知れない。……それだけじゃ、呪いとは言い切れないよな?
「……いや、性格も変わったんだよ。それまでのカレンはあまり勝気なタイプじゃなかった。コンクールなんかの時も弱気で、先生にも不利な性格だって言われてきた。……なのに今はもう違う。……確かに、あのバイオリンを手に入れてから、カレンのリサイタルは大盛況だ。だけど、色々な人とトラブルを起こしたり、ちょっとしたミスで伴奏者に怒鳴ったりしているんだ……。まるでカレンじゃないみたいなんだよ……。手紙も書いてくれなくなっちゃって、なのにやたらと積極的でオレに迫ったりさ……何か、おかしいんだ。」
……。
「……。確かに少し気になりますね。……ところで、皆さんは、世の中に『呪いのアイテム』が、割と普通にあるってご存知ですか?」
目を閉じて、静かに聞いていた禮さんが口を開いた。
「え……そんなにあるもんなのかい?」
思わず驚いて、声に出してしまう。
「ええ。皆さんが思ってるより……沢山ありますね。……『呪い』なんて言うと、おどろおどろしいですが、実際はラッキーアイテムなんかも『呪いのアイテム』の仲間です。これを持ってると、何だかいい事あるなってモノ、ひとつやふたつ、ありませんでしたか?」
「……確かに、私はプレゼンが上手くいくネクタイがあるな。……ジンクス的な意味合いが強いかと思っているが、イザって時はそれを身につけてしまう……。」
宍戸先輩は考え込みながら、そう答える。
「あ!勝負下着みたいなモンですか?!」
「……恵美。ちょっと意味が違うと思うぞ?それは可愛い下着の事だろ?俺のネクタイは、プレゼンが上手くいく自信をくれるもんだぞ?」
「私の可愛い下着も自信をくれますよ???すんごいフリフリレースのやつで、付けてるだけでハッピーな気持ちになっちゃうんです!浮かない気持ちの時は、それを付けてテンション上げてるんですよ、私?」
「……な、なるほど。……そ、それは確かに、ラッキーアイテムかも知れんな。フ、フリフリレースか……。よし、じゃあ恵美、今度、俺のネクタイを見せてやるから、お互いに見せっこし……イタッ。」
僕は、宍戸先輩に皆まで言わせずに、ポカっと頭を叩いてやった。……ダメです。恵美ちゃんはアホなところがあるんで、騙されるかも知れないから、言わせません。
「先輩のムッツリ発言は良いよ。禮さん、そのラッキーアイテムも呪いって、どう言う事なんだい?」
「……呪いのアイテムとは、普通は宿らないはずの、モノに魂が宿った状態なんです。宍戸さんのネクタイや、恵美ちゃんの下着にも何らかの魂が宿っている可能があります。」
「……下着に宿る魂か……。なんか、けしからんな。」
何となく嬉しそうに語る宍戸先輩に、恵美ちゃんはドン引き気味だ。
「先輩!やめて下さいよ!!!なんか、あの下着、付けにくくなりますから!」
「あははは。……そんなエッチな意味で、魂たちは宿ってないと思いますよ?モノに宿る魂は単純なのばかりだからね。ただ単に持ち主を幸せにしたいってヤツばかりなんですよ……それに、大抵のモノには長く宿れないんです。ラッキーアイテムだと思ってたのが、いつの間にかそうでも無くなってたり、するでしょ?」
あー……それは何となく分かる。
僕らは禮さんの話に頷いた。
「だから、そういった呪いのアイテムは、大抵は問題にならないんですよ。確かに、たまに持ち主の不幸を願う魂もある。だけど、長くは宿れないから、ここんとこツイてないなってのがあっても、長くは続かないし、他に持ち主の幸せを願う魂が宿ったアイテムがあると打ち消し合ったりするからね。……お守りなんてのは、この幸せを願う魂を入れたものですね。」
「へぇー……。」
なるほどなぁ。お守りってイマイチ効いてないと思ってたけど、実は地味に僕を不幸にするモノと戦ってくれてたのかもなぁ。
「普通のモノはそう長く魂を留めて置けないし、留められる魂も単純なモノだけだ。……持ち主の不幸をを願う魂だって、恨みがあってやってる訳じゃなくて、単に気に入らないからイジワルしてるだけなんですよ。……だけど例外がある。美術品なんかの……作者が自分の魂を捧げて作ったモノには、人に宿るような自我のある魂が宿る事があるんですよ。」
「魂を捧げる???」
恵美ちゃんが不思議そうに聞く。
「……。上手くても、特に何も思わない絵なんて、いくらでもあるでしょう?へぇ、綺麗な絵だな……くらいで。……なのに、一方であまり上手い絵でなくとも、見る人の気持ちを揺さぶる作品もありますよね?……そういう上手い下手関係なく惹かれてしまう作品は、大抵が魂を捧げて作られているんです。作り手に自覚は無いですが……。美術品だけじゃなく、楽器や人形、刀や貴金属類……いわゆる一点モノってのの中には、そういうのが出来てしまう事があるんです。……そして、そういモノは複雑な魂を宿す事が出来る。……それに宿ったのが、善良な魂なら問題は無い。だけど邪悪な魂が宿ると……いわゆる、一般的によく言われる、呪いのアイテムになるんですよ……。」
歩クンが悲痛に顔を歪めながら言う。
「……じゃ、じゃあ……やっぱりあのバイオリンは、邪悪な魂が入った、呪われたアイテムってコト……?それでカレンは変わっちゃったの???」
「……うーん。まだ分かりませんが、可能性は高いかと。そうですね……カレンさんに会いに行きましょう。理人さんと恵美ちゃんが居れば、何か分かるかも知れません。」
禮さんはそう言うと、ゆったりと笑った。
……え?
い、嫌だよ、僕???
呪いのバイオリンとか、怖いしさ。
邪悪な魂とか言ってるし!
……そりゃ、歩クンの事は心配だよ。でも、ぶっちゃけ彼女さんとか、良く知らない人だし……。性格がちょっと変わったのは気になるけど、でも、病気になったとか衰弱したとかじゃないだろ?積極的になっただけだよね?
なら、別に良くない???生死に関わらないんだし!
だってさ、僕に言わせるとさ、彼女が積極的になっちゃって困ってますとかって……知るかよ?!ふざけんな!!!羨ましいんだけど?!って気持ちしか無いよ。……いや、むしろ、それしか無いかも?!
「そうだな、理人と恵美なら何か分かるかも知れないな!よし、三人で協力してやろう!」
宍戸先輩が笑顔で頷く。
ええっ?……マジで、僕らも行くの???
……先輩が行くって言ったら、行くしかないよな。嫌って言っても力づくで連れてかれるだけだし……。
僕はコッソリと溜息を吐いた。




