今世の幸せ
宍戸先輩は、お金をカウンターテーブルに叩きつける様に置くと、僕を抱えてお店から飛び出した。
外に出ると、恵美ちゃんと狼獣人さんが寄り添って歩く後ろ姿が見える。二人は何か話しているみたいで、楽しそうに笑う恵美ちゃんの、横顔が見えた。
……二人はゆっくり歩きながら、駅に向かうみたいだった。狼獣人さんのフサフサのシッポが、機嫌良さげに揺れている。
……。
「行くぞ、理人!」
有無を言わさず、僕を抱えて走り出そうとする宍戸先輩の手に、思わずガブリと噛り付いた。
「い、痛い!!!……何をするんだ?理人???」
先輩は、驚いて僕を手放した。
猫獣人は、ちゃーんとキバがあるんだぞ。……爪はヒトと変わらないケドさ。
「先輩、車はどうするんだよ?」
「置いていく。二人は駅に向かってるんだ。車なんかどうでもいいだろ?!」
「良くないよ。高い車だろ?」
「……高い車だから何だって言うんだ?車なんて、幾らでも代えがあるだろ?恵美は、この世にたった一人しか居ないんだぞ?一番大切なんだ……。ほら、行くぞ。」
先輩が僕に手を伸ばそうとするが、僕はそれをペイッと振り払う。
「僕は行かない。……もう帰る。」
「理人……。何を拗ねているんだ?……恵美だけじゃないぞ?お前の事も、俺は大切だ。一番大切って言ったけたけど、それは恵美と理人、二人ともだぞ?……恵美、恵美って、恵美ばかり優先させてしまったけど……今、危ないのは恵美なんだ。だから……な、理人?ご機嫌を直せ。……ほら、急がないと、恵美を見失ってしまうだろ?」
宍戸先輩は、僕を宥める様に、視線を合わせて言い聞かせる。まるで「妹ばっかり心配してズルい!」って拗ねるお兄ちゃんに言い聞かせるみたいに……。
……確かにさ、そう言う気持ちが全く無いとは言えないよ。だって、さっきから宍戸先輩は、恵美ちゃんばかりだ。僕の扱が酷い。……僕だって、君の主君ってヤツなんじゃないの?ってちょっとムカついてはいた。
……だけど……。
……違うんだ。
僕は、正面にある宍戸先輩の目をジッと見据える。
「……宍戸先輩……。いや、類。もう止めろ。……君の主君として、これは命令だ。」
類は目を見開く。
「り、理人……?」
「類。……恵美ちゃんは、嫌そうにしていたか?……あの、狼獣人さんに無理矢理連れ去られたのか?……恵美ちゃんは、好きでもない奴に、付いていくような子か?……君は、主君たる恵美ちゃんの幸せを願えないような、そんな騎士なのか?……僕の命令を……聞けないのか?」
「……。」
「帰るぞ、類。……車を出せ。」
類……宍戸先輩は、僕の言葉に黙って頷いた。
そして僕を車に乗せ、やっぱりジュニアシートに、しっかり固定するのは忘れずに……静かに車を家へと向かわせた。
……車の中には、沈黙しか無かった。
◇◇◇
先輩は、マンションに戻っても、黙ったまんまだった。
気持ちはよく分かる。
……恵美ちゃんの事は、僕だってショックだ。
だって、恵美ちゃんのお相手は、僕の前世の息子……リカルドなんだって、なんとなくだけど……ずっと思っていたから。
……だけど、それは前世の話だ。
この世界で、僕に息子は居ない。
いや、もしかしたら、アイツも転生しているかも知れない。……誰かの子供として。
だけど……いまだに出会えてはいないし……それに、出会ったところで、年が近いとは限らない。そして……思い出してくれるかも、分からないのだ。
現に、恵美ちゃんと僕は前世では親子ほど歳の差がったのに、今や同期であまり歳はかわらない。僕より10歳くらい年下だったはずの宍戸先輩は、今は年上だ。
転生してたって、ものすごいお爺さんや、赤ちゃんかも知れない。
……それに、思い出してくれなきゃ、前とは違う人物だ。
きっと魂とか、根っこの部分は変わらないかも知れないけど……。でも、同じ関係になれるとは限らないんだ……。
だって、あんなにロイドを慕っていたレイラとレーンは、禮さんと蓮さんになって現れたけれど、今や宍戸先輩に、何の気持ちも抱いて無いみたいだ。
宍戸先輩だって、二人を見分けられるけど……レイラやレーンを可愛がってたみた時みたいに、親しげにはしていない。
きっと転生って、そう言うもんなんだ。
僕たちは運良く三人とも思い出したから、こうして一緒にいて、前世みたいな関係でいられるけど……それは、ただ単に運が良かっただけなんだ。
だから……前世に拘りすぎちゃ、きっとダメなんだって、僕は思う。
今世で、恵美ちゃんが新しい幸せを見つけたなら、それを応援してやらなきゃならない。いくら心が痛んでも……前世なんかで、今を縛ってはダメなんだ。
「宍戸先輩、ごめんよ。……僕ね……。」
「いや、良いんだ。……俺が悪かった。理人が言いたい事は分かってる。俺だって、本当は分かっていたんだ。……恵美、あいつと楽しそうに笑ってたよな……。だから……。……そうだ!もんじゃ焼き、まだやらずに沢山残ってるんだ?……食うか。腹、減ってるだろ?」
「うん、そうだね!……先輩も飲もう?まだ今日は、一滴も飲んでないんだろ?金曜日のビールは最高だよ!……よーし、今度は僕がもんじゃ焼き係やるよ!夜はまだこれからだよ?!飲んで食べよう!」
明るくそうは言ったけど……なんだか僕は、娘を嫁に出した様な、悲しいけど、嬉しくもある、そんな複雑な気分で……。それはきっと、宍戸先輩も同じで……。
あ……。
宍戸先輩は恵美ちゃんを狙ってたっぽいフシもあるから、もしかしたら悲しみの方が大きいかもだけど……。
でも、僕たちは、出来たヤツらだから、ちゃんと恵美ちゃんの幸せを祈ってやれるんだ。大好きだからこそ……自分がいくら悲しくても、幸せになれる道に進む恵美ちゃんを、笑って見送ってやるんだ。
でもさ、それでも切ない……こんな時は……やっぱ飲むに限る!!!……そう思わない?
僕と先輩が、イソイソともんじゃ焼きの準備を始めたその時……宍戸先輩の部屋のインターフォンが、来客を告げた。
◇◇◇
「こんばんは。恵美です。宍戸先輩?理人さんも来てますか?……ちょっと遅くなったけど、もんじゃ焼きパーティーに来ましたよ?」
インターフォンの小さなモニターの中には、恵美ちゃんが映し出されている。
……え?
宍戸先輩と思わず顔を見合わせる。
えっと……あ、あれ???
お持ち帰りされた?した?のでは???
あの狼獣人さんと……ラブい一夜に突入したのでは???
……僕らが恵美ちゃんを見送ってから、まだ1時間も経っていない。……どう言う事だ???
狼獣人さん、めっちゃ仕事が早いのか???……いやいや、まさか。……じゃあ、すでに破局???
そ、……それはあるかも。
狼獣人さん……イケメンだったし、冷静になって明るい所で恵美ちゃんを見て、コリャーないなって思ったのかも……。もしくは、二人で話してて、あまりの残念ぶりに、ガックリきたのかも知れない。はたまた、キスしようとして、生ハム臭くて止めたって説もある!……あれは生ハム独占禁止法違反に引っかかるくらいの食べっぷりだった。イヌ科のヤツらって鼻が良いから、うわっ、無理!!!ってなっちゃったのかも……。
「あのさ……先輩。もしや、恵美ちゃんは速攻で振られたんじゃないかい?……慰めてやろうよ。」
「あ!ああ、そうだな。……恵美はその……残念なとこがあるからな……。やっぱり俺たちが居てやるしか無いよな……。」
先輩は、インターフォンの恵美ちゃんに、「ロックを開けるから、上がっておいで。」と優しく言った。
……この時、僕たちは気付いていなかった。
恵美ちゃんの背後に……大きな人影があった事に。
僕もだけど、先輩も恵美ちゃんが戻って来てくれたのが……やっぱり嬉しくて……少し浮かれていたんだと思う。……恵美ちゃんなら、フラれたに違いないって、根拠のない自信……いや、確信があったしね。
でもね、良く考えたら分かる事だ……。
この街の電車は環状になってて、真ん中に行くには地下鉄に乗ったり、環状の真ん中を突っ切る電車に乗り換えられる駅に向かわなければならない。車なら、道が空いてれば10分か20分で行けるのに、電車だとその倍……20分や30分かかる場所もある。
つまりね、何が言いたいのかって言うとね……。
あの合コンした駅から、恵美ちゃんは真っ直ぐに……先輩のマンションに来たんだ。電車で、時間をかけて。
……あの、狼獣人さんと、一緒に。
◇◇◇
ドアチャイムが鳴ると、僕と先輩は急いで、恵美ちゃんを迎えに玄関に迎えに行った。だって、あんなに良い雰囲気でいたのに、速攻フラれてしまったんだ。
……泣いてるかも知れない!
宍戸先輩が慌てて玄関のドアを開けると……。
巨大な黒い塊が……僕に向かって突進してきた。
は?
え?
ええっ???
「リチャードーーー!!!あ、今はリヒトだねーーー!会いたかったよーーー!!!」
黒い塊……に見えたけど、それは恵美ちゃんといた狼獣人さんだ。……何故か、そいつはイキナリ抱きついてきて、その勢いで、僕は床に押し倒されてしまった。またしても僕は頭を床にゴチンとぶつけた。……なのに狼獣人さんは、そんなのお構いなしに僕に覆い被さり、僕の顔をベロベロ舐めてきた。
……え。
ひ、ひぇ……。
な、舐められてる……!!!な、なんで???
獣型じゃないよ、人型だよ?つまり、僕は人にベロベロされちゃってるの。しかもデッカい男に!!!
……なにこれ……怖いよ。
「お、おいっ!!!お前!理人に何するんだ!」
我に返った先輩が慌てて狼獣人さんを引き剥がす。
「あっ!!!ロイド!!!あ、今はルイだよね!……ルイにも会いたかったよ!!!」
今度は、何故か宍戸先輩が襲われている。力がある宍戸先輩はそれなり?に抵抗しているが、防いでいる腕をベロベロされてる。
……はぁ?
こ、こいつ……だ、誰???
僕たちの前世の名前を知ってるって事は、前世の知り合い……だよね?
でも、こんなキャラ……いた???
玄関でクスクスと笑う、恵美ちゃんと目が合う。
「……恵美ちゃん……こいつって?!」
「はい。私たちの前世の知り合いです。……合コンでエミリアだよね?探してたんだ!って言われて……。リチャード様とロイド様も転生しているのよって話したら、会いたいって強請られちゃって……。彼……リチャード様とロイド様を、とても愛してましたから……。嬉しくて、狼の本能が剥き出しになって、ベロベロ舐めちゃってるんでしょうね……。」
……は……い???
てか、誰???
こんなキャラ……前世にいた???
「ねえ、そろそろ落ち着こうよ、歩クン?……宍戸先輩と理人さんにちゃんと自己紹介しよ?二人ともビックリしちゃってるよ?」
恵美ちゃんが、必死に抵抗する宍戸先輩から狼獣人さんを引き剥がして、優しく言い聞かせる。
「あ!そうだよね!オレの今の名前も覚えて貰わなきゃねっ!えっとー……今の名前は、七瀬 歩デス!売り出し中のアイドル兼ミュージシャン、やっちゃってマス!……よろしく、ネッ!」
そう言って、バチーンとウインクをキメた……。
ねぇ……マジで君……誰なんだい?!
「なんだ……こいつ。理人の上位互換みたいなの……来たな……。」
は、はぁ???
先輩、何言ってんの???……僕、こんなチャラいキャラじゃないよね?
「あはは。仕方ないですよ。……ペットって、飼い主に似ちゃうらしいですからね?」
……ぺ……ペット???
こいつ……僕のペット???
前世で僕……犬?狼?なんて飼ってないよ???……ペットなんて……???
……。
……。
……。
あ……いた。
僕……可愛いポニー……馬を飼ってました!!!
思わず宍戸先輩と顔を見合わせる。
宍戸先輩も、前世では騎士だっただけあってか、馬が好きで、良く一緒にポニーの世話をしてくれていた。恵美ちゃんは可愛がるだけで、厩のお掃除なんかノータッチで……ズルくって……。それを知ってか、ポニーは僕と宍戸先輩にとっても懐いてた……!!!
「まさか、君……歩クンは……僕のポニーの……アルベルト?!」
「うん!!!そうだよ!!!会いたかったよ、ご主人様!!!……オレ、こんなになっちゃったケド、こんな小さなご主人様なら、また乗せてあげられるよね?いや、今度の方がもーっとイッパイ乗せてあげられそうだ……ネッ?!」
……。
は???
……乗る???
確かに、ポニーには何度か乗せて貰ったけど……。負担ならないようにお遊びで、ちょっぴりね。
だけど……君は今、人……獣人だよね???
乗れないよね……???
狼獣人さんはニコニコとそう言うと、僕の目の前で、嬉しそうに四つん這いの、お馬さんになった。……フサフサのシッポが激しく振られていて、ものすごく喜んでるのは分かる……。
えっ……こ、これ……どうしよう。
僕の可愛いポニー……。
犬……いや、狼???……獣人???だけど、お馬さん???……と、とにかく、変なのになっちゃった……。
「リヒト!早く乗ってぇーーーん?」
甘えた様に言う、歩クンの声に……僕は目眩を覚えた。




