猫に転生してました?
「……次に生まれ変わるなら、猫が良いって言ったけど、これは違くないかー?!」
僕は深夜のオフィスで叫んだ。
……腹の底から。
……そう、僕はたった今、階段から落ちて前世を思い出したのだ。あ!僕……前はリチャードって名前で、次に生まれ変わるなら猫がいい!猫でお願い!って唱えながら死んだよな……。って。
な、なのに……このザマ。
マジで神様、恨んじゃいますよ、僕?!
「理人さん、大丈夫ですか?……お、落ち着いてください!……私も、これは違うと思いますよ?……た、確かに、次に生まれ変わるなら、猫が良いって、リチャード様と、ずーっと言ってましたけど、これはあんまりだって思います。……って、あ、あれ?……リチャード様って誰?ん?……???」
僕こと、一ノ瀬 理人と一緒に階段から転げ落ちた、同期の仁科 恵美ちゃんが起き上りながら、困惑気味に言った。
「ん……?リチャード???……恵美ちゃん、なんでその名前知ってるの……?リチャードは前世の僕、だよ???」
不意に恵美ちゃんから、僕の前世の名前が飛び出し、驚いて恵美ちゃんを見つめる。
「え?……前世?!……えっーと。……私は……恵美だよね?……いや?あれ?私はエミリア???エミリアは前世?えっ?……あ、あれ???」
「も、もしかしてさ、今ので恵美ちゃんも前世とか思い出しちゃった系?……エミリアって名前だったの?ま、まさかだけどさ、それって僕の……いや、リチャードて奴の義理の娘だったりする???」
恵美ちゃんは、暫く考え込むとハッとなり、僕を見つめる。
「どうも、そうみたいです。私、思い出しちゃった系みたいです。……前世で私、エミリアって名前だったと思います。そして、リチャード様ってのは、私の義父でした。……まさか、理人さんは……その、リチャード様なの?」
……。
……。
「う、うん。そうみたい。今さ、バババって頭にね、前世の記憶っての?……リチャードの時の思い出が蘇ってきたんだよ。……もしかして、恵美ちゃんもなのかい?」
恵美ちゃんは、コクコクと頷く。
僕たちは向かい合って座り、しばし、お互いにお互いを見つめ合う。
……。
……。
や、やっぱり僕たち……転生しちゃってるんだ?!
し、しかも……こ、こんな姿に?!
◇◇◇
えー……解説いたしますと、僕こと一ノ瀬 理人は、生前、他の世界でリチャードって名前で、侯爵様をやっていました。しかも、その前の人生の記憶がある、いわゆる転生者の侯爵でした……。
リチャードは転生者で、それはそれは立派な侯爵でした……。……なーんて話だったら良かったんですけど、どうやら僕はあまり侯爵業に向いていなかったらしく、気がついたら、歴史ある侯爵家を、ガタガタに傾けてしまってた訳なんですよね……。
結局は、親友の伯爵で、とっても賢いエリオスって男に助けられ、僕の優秀すぎる息子、リカルドに早々と爵位を渡す事で、なんとかお家を潰さず済んだのだけど……。
もうね、こういうの嫌だなって、その時にしみじみ思ったんだよね……。人生ってさ、一回やれば、充分だよ。
あ、ちなみにエミリアちゃんて言うのは、息子のお嫁さんで、親友の娘でもありました。
……息子とエミリアちゃんは幼馴染で、すごーく仲の良い夫婦だったんですが、エミリアちゃんにはね、ちょっとした秘密がありまして……それはね……なんとエミリアちゃんも、僕と同じく、転生者だったんです。それも、僕と同様に、二回目とかダルいよなー……ってタイプの。
……それで、僕たちは、意気投合しちゃいまして、義理の親子ながら、いわゆる、マブダチ?って奴でした。
それでですね、そんな僕たちは、ある時決めたんですよ。
次に生まれ変わるなら、猫にしようと!
まあ、決めたとこでそうなれるかは、不明だったけど。
でも、猫って良いなぁーって……。
特に責任も無いし、飼い主さんに甘えまくって、ゆっくりのんびり気ままに暮らして生を終える……最高じゃないですか。もし、またやるなら、そのくらいな感じでお願いしたいなーって。
……だ、だけど。
前世を思い出してしまった、人生三度目の僕たちが生まれ変わっていたのは……猫……ではなくて、猫獣人。
猫だけど、猫なんだけど、これじゃないっ!!!
◇◇◇
あらためて、恵美ちゃんを見つめる。
……恵美ちゃんは、僕の会社の同期である、三毛猫の猫獣人だ。前世とちょっと顔は違う気がするけど、なんだかよく思い出せない。やや丸顔に、ちょっとつり気味の、そこそこ可愛い顔立ちの女の子だ。こげ茶色のボブカットの髪の上には、茶色と黒の、毛並みの良いネコ耳が付いている。……和猫でシッポが短いのか、服を着ているとシッポは見えない。
そう。この世界の獣人は、人型のときは耳とシッポ以外は、ヒトとそう変わらない。
一方、僕はベージュのフサフサした猫の獣人で、洋猫なんだと思う。顔はなんかバタくさい感じ。やっぱり良く思い出せないけど、リチャードの時とそう変わらない顔なのかも知れない……。薄い茶色の髪からは、モハッとしたベージュの耳が出ている。めっちゃカッコいいイヤータフト付きだ。そして、スーツのズボンからは、モフモフのシッポが出ている。
ちなみに猫獣人は、家猫から進化してるので小さめだ。
僕は身長が137センチしか無いし、恵美ちゃんも130センチちょい程度しかない。・・・猫獣人は、大きい奴でも150センチはいかないと思う。
「……どうやら、階段から落ちて、私……前世を思い出しちゃったみたいです。……リチャード様?理人さん?……確かに希望通りに猫ですけど、これはあんまりですね……。」
恵美ちゃんはガックリした顔で僕を見つめる。
「えっと、今更リチャード様とかやめてよね?……もう僕、理人だしさ。……そうだね、これは酷いよね。僕も今の衝撃で思い出しました。……はぁ……なんだよ、これぇ……。」
そう。
僕たちは獣人。
だけどさ、この世界。
いわゆる現代社会とほぼ変わらない。
ヒトもいるし、獣人もいるけど、みんな同じように普通に働いてる、そんな世界。
そして、ここは深夜のオフィス。
……分かります?
僕と恵美ちゃんは、猫獣人ですが、いわゆるブラック企業の社畜として転生していたのです……!!!
まあ、僕たちが仕事が出来なすぎて、こんな時間まで居残って、資料を作ってたとも言えるのですが……。
確かに猫……なんですけど……。
僕たちは、獣人な訳で……。猫って言うより、どっちかってーと、人扱いといいますか……勤労と納税の義務とかもありまして、ですね……。こうして、深夜残業までしちゃってる訳、なんですよ。
つまり、僕らが前世で夢見ていた、飼い主さんに甘えて、悠々自適な生活ってのとは程遠い訳で……。
神様、これはさ……あんまりだと思うの。
……人生三回もやってんだよ?
そろそろさ、楽させてくれないかな……?
◇◇◇
そう。
僕たちは、残業中に、たまたまコピー機のトナーが切れて、下のフロアの倉庫に行くのに、『夜中で怖いから一緒に行ってー!』って、同じく残業してた恵美ちゃんに、僕が泣きついて、階段を降りてたら、さっきまでいた階から大きな物音がして、ビックリして二人で転げ落ちて、前世を思い出したんだよ、ね。
「あ!物音!……そう言えばすごい音がしたよね?」
「そ、そうでした!……か、確認します???」
階段から上のフロアを見上げる。
さっきまで僕たちが会議の資料を作っていた階だ。
……だけど……もう、あのフロアには僕たちしか居なかった、はず。
「えっと。……なんか怖いし、このまま帰らない?」
「リチャード様……いや、理人さん。相変わらずクズい。頑張って作った資料はどうするんです?バッグもお財布も家の鍵も私、机にあるんですよ?」
「……僕もです。……とりあえず、トナーを取ってこようか。」
僕がそう言うと、恵美ちゃんはコクンと頷き、手を出す。
……え?
「怖いなら、手を繋いであげますよ?」
「……男前だね。」
お言葉に甘えて、その手を握り、倉庫へ向かう。
「男前って……、褒めてます?」
「……褒めてるよ。多分?……えっと、確かこのあたりの棚にあるはず……。」
僕たちは手を繋いだまま、階段脇にある倉庫の棚を漁った。
「あ、あった!ありましたよ、理人さん!……って、どれだろ?」
棚には沢山の種類のトナーがズラリと並んでおり、どれが目的のトナーなのか分からない。
えー……???
この状況で、皆さんには察していただけるだろう……。僕と恵美ちゃんの無能ぶりが。そう、トナーが必要なのは分かったが、型番がいるなど考えもしなかったのだ!
まあさ、なにせ……僕と恵美ちゃんは、この会社始まって以来の無能新人らしいからね。指導員をしてる宍戸先輩からも良く言われているし……。
「トナーの型番、確認……しに行かなきゃね。」
「……はあ……。やっぱり帰りましょうか?」
「ねえ!恵美ちゃんもクズいよ。鍵もお財布も無くてどーすんの?」
「だって、本当は私だって、怖いし!」
トナーの棚の前で、僕たちが話していると、いきなり背後から声がかかる。
「お前ら、何やってんだ?!」
「「!!!」」
僕のシッポはかつてない程にブワッと広がり、耳がピーンと立つ。恵美ちゃんは粗末なシッポだからどーなってるか知らないけど、多分粗末なりにブワッとなってはいるはず。耳はピーンとなってるし。
二人でソロソロと振り返ると、そこには……宍戸先輩がいた。
「見に来てやったのに、倉庫なんかで仲良く手を取りあって、イチャついてたのか?」
呆れた顔で言われるが、僕たちは明らかにホッとする。
「「先輩ーーー!!!なんか、上の階にいるんですっ!!!」」
僕たちは、宍戸先輩に一斉に飛びついた。
……宍戸先輩こと、宍戸 類さんは、ライオンの獣人だ。
ガッチリしててたくましいし、多分強い。身長だって180センチ超えだ。顔だって厳つい。きっと、ドロボーさんなら倒してくれるだろう。オバケなら……知らない。先輩をイケニエにして、その隙に、僕と恵美ちゃんで逃げよう。……猫は身軽だし。
「お前ら、離せ!」
僕たちに抱きつかれて、先輩は顔を顰める。
なんだよ、守って下さいよ。無駄にデカいんですから?!
ベリっと恵美ちゃん、続いて僕を引き剥がし、宍戸先輩はお説教モードだ。
「あのな、簡単に抱きついてはダメだ。」
「簡単じゃないです!」
「先輩だからだよ?!」
僕たちが反論すると、先輩はハァーっと溜息を吐いた。
「……まあ、良い。何があった?」
「上の階で物音がしたです!突然です!誰もいないのに!」
「そう、僕と恵美ちゃんが階段に来たらすごい音がして!」
引き剥がされたが、僕も恵美ちゃんも宍戸先輩のスーツの端は離さない。……怖いんだもん。
「……オフィスには貴重品もある。確認しに行こう。」
「「……え、ヤダ。先輩だけで行って?」」
僕たちがそうハモると、先輩は僕と恵美ちゃんの襟首を掴んで、ズンズンと階段に向かっていく。『にゃーん』って感じだ。……ライオン獣人、半端ない。
諦めて、僕たちは歩く事にした。
「……理人さん。あの。」
大人しく先輩の後ろから、階段を上っていると、ふいに恵美ちゃんが僕に尋ねてくる。
「なーに?恵美ちゃん?」
「……宍戸先輩って、……ロイド様の匂いがしませんでした?」
え?……ロイド???
ロイドとは、前世で、あまりにもショボい僕とエミリアちゃんの為に、息子のリカルドが雇ってくれていた、護衛兼、僕らのお守り役?お目付役?の騎士の名前だ。
ライオンみたいに厳つい顔で、めっちゃ真面目で……何故かデオドラントに気を使ってて、すごく良い匂いがする奴だったんだったよな……。
そう、ちょうど……宍戸先輩みたいな匂いで。
……あ!!!
……した!……したよね?!
ロイドの匂い、した!!!
僕は宍戸先輩に背後から飛びつき、首の匂いを確認する。
首の後は昔、やたらと濃いロイド臭がした場所だ。……確かに、さっき抱きついた時に、なんか懐かしい感じがしたんだよね?!……これはちゃーんと、確認しなきゃ!!!
「うわっ!おいっ!やめろ?!か、階段でふざけるな!?あっ……う、うわ!!!」
僕が飛びついたせいか、宍戸先輩はグラリと傾き……そうして僕たちは、恵美ちゃんまでも巻き込み、またしても階段から落ちたのでした……。




