47話 ガールズタイム
昼休みを迎え、あたしたちは人気がない体育館裏へとやってきた。
いつもの中庭でないことに疑問はあったものの、特に気にする必要もないので言及しないでおいた。
「さーて、楽しい女子会と洒落込もうやないか」
「えへへ。園田さんと一緒にご飯食べるの初めてだもんね。私楽しみ♪」
「そんじゃ、まずはシートを敷こっか」
ちーちゃんが鞄の中から遠足で使われるシートを取り出す。それを地面に敷かれたことで、靴を脱ぎ、三人が向き合う形で座った。
そして、それぞれが手に持つ弁当箱の包みが紐解かれ、箱の中身があらわになる。
「おおっ! 相変わらず手の込んだおかずやんけ!」
「綾ちゃんのお弁当すごいよねっ。しかも手作りなのがすごいよ!」
「そ、そんな褒められてもなにも出ないし……」
他に人がいないとはいえ、素直に褒められると恥ずかしくなってくる。
あたしは頬をかきながら視線をそらし、二人の弁当を見た。ちーちゃんのおかずは和風なもので、ミャーコの方は洋風だ。
稲荷寿司に煮物、肉団子。対してエビフライやスパゲティにハンバーグというラインナップ。
両極端な内容だけど、どちらも愛情がたくさん詰まっているものに違いない。
「ちとやんも手作りなんか?」
「ううん。私のお弁当はお兄ちゃんが作ってくれたものだよ」
「兄ちゃんが作っとるんか!? あんたの兄ちゃんすごいやんけ! ウチのはおかんの手作りやわ。しかしまあ、こうあややの弁当を見とると、やっぱ料理出来る女子の方がモテるんやろかー?」
ミャーコは目を閉じ、あごに手を置いて首を捻る。
正直な話、料理が出来るのとモテることに、正確な繋がりがあるとは限らないと思う。
「大丈夫だよ園田さん! 料理が出来る=女子力じゃないから!」
「お? せやな! ウチもたこ焼き作るくらいしか出来へんけど、なんの問題もあらへんか!」
「え? ……園田さんたこ焼き作れるの?」
「当たり前やん。関西人なめとったらあかんで」
その言葉にちーちゃんが「へー……そうなんだぁ」と落胆している様子が伺えた。
このちーちゃん、料理はからきしなのである。
「と、とりあえず食べようしっ」
「せやせや。腹が減っては戦は出来ぬ、やからな。午後の授業を乗り切る為にも食わへんと」
「そ、そうだよね。よおーし、女子会開演っ!」
ふう、なんとかまとまった。
せっかくの昼食なのに、始まる前からいきなり不協和音になりそうとか、さすがに勘弁して欲しい。
そんなこんなで、あたしたちのランチタイムが始まった。
ご飯を食べながら、昨日のテレビの話や服のことなど、何気ない会話をしていく。
そして、三人でやってるソシャゲのイベントの話が終わったところで。
「そういえば、どうしてこの場所で食べようと思ったの園田さん?」
ちーちゃんがそう尋ねた。
なにを隠そう、この場所を指定してきたのはミャーコなのである。
だから、ちーちゃんが今の問いを口にしたのも必然的なことだった。
「まあ元はと言えば、あややと二人で食うつもりやったんけどな」
あ、そうだった。確か、一昨日のお見舞いについて聞きたいから昼食を――うっ!? この話題には触れたくなかった……。
いや待てあたし! ちーちゃんが加わった今、その話題に触れる可能性はなくなったのでは!?
「当事者のシンドーが一緒にこーへんしな。そんならと、ちとやんを引き連れて、誰もおらんとこをわざわざ選んだんや」
あれれー? この流れはよくない展開ではー?
「園田さん、それってどういう意味なの?」
察することの出来ないちーちゃんは、口元に手を添えて怪訝な顔をする。
対するミャーコは不敵な笑みを浮かべた。
「シンドーがあややのお見舞いに行ったとき、何が起きたんか聞きとーてな」
「何が起きたか?」
「ちょっ!?」
「というんは冗談で」
すごくあたしがおちょくられてる気がする。
まあ、約束だから話すつもりではあったけど。
「女三人だけなんやし、今回はマジなガールズトークしよか」
「ガールズトークって?」
「ふっ、ずばりや。あんたはシンドーのことをどう思っとるんや?」
「み、ミャーコ!?」
いきなりなにを言い出すのこの子!?
あたしは箸で掴んでいたからあげを、あわや落としそうになってしまった。
聞かれたちーちゃんに至っては、ポカンとした顔をしている。
「えっと、進藤くんのこと?」
「せや」
「ええっと……」
言いながら、ちーちゃんはあたしをチラッと見る。どう返事をすればいいのか困っているようだ。
黙秘を貫くのも難しそうなので、あたしは照れを感じつつも口を開く。
「その……ミャーコは、あたしがユーヤを好きなこと知ってるから……」
「そ、そうなのっ?」
「しかもや。ウチがあややの恋愛のいろはを伝授したったんやで」
「す、すごいっ……!」
誇張されていませんでしょうか? まあ、色々と相談には乗ってもらったけどさ。
「で、や。ちとやんはシンドーのことをどう思っとるんや? もちろん恋愛的な意味で」
「あー、なるほどね。実は私ね……」
ちーちゃんの言葉にミャーコが息を飲む。
「進藤くんのこと好きなんだ」
「……は? なんやてちとやん!? ホンマか!?」
「……ふふっ♪ もちろん、お友達としてね♪」
「そっちの意味でかいっ!」
一昨日の夕方、あたしとちーちゃんがやったやり取りと似ている件。
「じゃあなんや? ちとやんはシンドーのこと、なんとも思っとらんっちゅーことでええんかっ?」
「ええんよ♪」
「マジかー……でも、あややよかったやんけ! これで障害が一個消し飛んだで! 朗報や!」
ミャーコがお祝いと称して、エビフライを一尾わけてくれた。
それに対してあたしが「ありがとう。でも一昨日の時点で知ってたんだ」と言うと、ミャーコは驚愕をあらわにする顔をしてから肩を落とした。
「なんやねん。せっかくウチがお膳立てして、あややじゃ聞けへんであろう、メスを入れるレベルの話を聞き出したっちゅーんに」
「ごめんねミャーコ」
別に騙すとか嘲笑う気は全然なかったんだけど、話が急過ぎたせいで、止めるヒマがなかったというのが本音だ。
「まあええわ。んじゃ、もぐもぐ。もう一個の本題やなー」
ミャーコがお弁当を食べながらそう愚痴った。
「もう一個のって?」
で、聞いていたちーちゃんが小首を傾げる。
「さっき言った、あややがお見舞いしたときの話や」
「……へ? ちょっ!? 冗談だって言ってたじゃんか!」
「確かに言うてたで。でもな、主目的の一つが速攻で終わってしもうてん。なら、もう一個の話題を出さなあかんやろ!? 芸人的に!」
「芸人じゃないでしょーがっ!」
「綾ちゃんは進藤くんが好き。そんな進藤くんがお見舞いに来ていた。うん。やっぱり私も気になるかも」
「気にならなくてもいいってば!!」
四面もとい二面楚歌。今回の場合は前門の虎後門の狼とも言えそうだ。
とにかくよろしくない状況なのは間違いない。
「ほーらあやや。約束やろ?」
「約束した覚えはないんですが」
「綾ちゃん、私も聞きたい」
「ちーちゃん!?」
「ちとやんは恋のライバルやなくなった。そしてウチは恋愛の師匠。ウチらには聞く権利があると思うんやがなー。んんー?」
「うっ……」
最早語る以外の道はないらしい。二人の目が、話すまでお昼がのどを通らないと言わんばかりに、あたしのことを見てくる。
もしかして、この場所を選んだ理由ってそういうことなの?
……仕方がない。全部を語らず、要所要所だけ話すことにしよう。
「ユーヤが来たときは、そのぉ……」
「うんうんっ」
「来たときはなんやっ?」
ちーちゃんとミャーコの目が、続きが気になるとばかりにキラキラ輝く。
うぅ……ものすごく恥ずかしい。自分でも顔が熱くなっているのが感じられるほどに。
二人が納得してくれる話し方をしないと。なんて思っていても、頭の中は煮えたぎっていて、どう話せばいいかもわからないでいた。
「えっと、だからね……卵雑炊……」
「卵雑炊がどうしたの?」
「うぅ…………た、食べさせて……」
「ん? 食べさせてって、どういうことや?」
「だ、だからっ! ユーヤがあたしの体を抱き起こしてくれて! 猫舌なあたしのために、ふーふーしながら食べさせてくれたの!!」
あたしは勢いに任せて話した。
いや待って。勢いに任せ過ぎて、とんでもない話し方をしたような気が……。
言ってからうつむいていたあたしは、目だけを動かして二人の反応を伺う。すると……。
「えっ? ええっ!? 進藤くんから、あーんをしてもらったの!?」
「う、ウソやん!? 体を触られながら、ふーふーで食わせてくれるとか……! は、ハレンチや!」
聞いていた二人までもが顔を真っ赤にしていた。
しかし、ハレンチは聞き捨てならない。ユーヤは親切心でやってくれたというのに。
「ハレンチじゃないし! てか、ユーヤは動けないあたしのためにしてくれて――」
「ならなら! 汗をかいた体を進藤くんが拭いてくれたりとかした!? 上のパジャマを脱がせ、綾ちゃんに手で胸を隠させて、進藤くんが顔を赤くしながら背中を拭いてくれたりとか!? きゃあー♪ それは学生の私たちにはまだ早いよー!」
興奮した様子のちーちゃんは、真っ赤な頬を両手で押さえている。その声は黄色い声そのものだった。
きっと彼女の妄想の中では、あたしとユーヤはとんでもないことをしているのかもしれない。
「なんや!? せやったら、そのまま服脱がせよったシンドーが、あややを無理矢理ベッドに押し倒してからキスしたりとかも!?」
「ありえる! 雰囲気に流された二人だったら、それ絶対にありえるよ園田さん!」
ちーちゃんがミャーコに向かって指を差す。そのせいでお弁当の中身がこぼれてしまわないかと、こっちは気が気でない。
しかしこれは、もう一人の方も頭がピンクなお花畑でいやがる。
ダメだこいつら……早くなんとかしないと……。
「ち、違うし! ユーヤはそんなことしない! 彼は紳士的な人なんだってば!」
「惚れた弱みなんかー? えろうシンドーのこと庇うやんけ! 違うんやったらくわしゅー言いーなっ!」
「そうだよ綾ちゃん! 詳しく教えて!」
「いやだから……! それだけなの! 食べさせてもらっただけ!」
年頃の女の子がこういうものだと、イメチェンしてから知るに至った身としては、まだこのノリというやつについて行けてない。
女の子らしい恋愛談義にどう対処すべきか、元ボッチのあたしには、未だに難しい問題なのだ。
「なら、どう食べさせてもろうたのか聞こかー!」
「うんうん! どんな風に食べさせてもらって、どんな気持ちになったの!?」
「うえっ!?」
そのあとはご飯どころではなくなり、二人から質問攻めにあうことになった。
あたしはしどろもどろになりながら話し、答える度に二人が黄色い声を上げる。その繰り返し。
結局お弁当箱の中身が空になったのは、お昼休みが残り十分を過ぎてからだった。
「あはは、ごめん綾ちゃん」
「いやー、気になってしもうてついな。すまんかったわ」
「まったくもう……」
あたしはお弁当の包みを元に戻してため息を吐く。
未だに身体中が熱くてしょうがない。
「また今度詫び入れるさかい」
「……じゃあおわびとして、今から二人の恋愛についても話してよ」
あたしの恋愛についてだけいじられるなんて不公平だ。だから二人にも問う。
「へ?」
「今からかいな!?」
「まだ時間あるし。ほら早く」
相手の申し訳なさに漬け込むのもあれだけど、ここでやらなければ、後々はぐらかされる可能性が大だ。
「ウチは…………正直リアルな話なんやけど、まだ恋とかしたことないねん。少女マンガみたいな恋とか憧れてんねんけど、そういう相手がおらんのや」
「そうなの?」
なんか意外。何度も恋愛していて、経験豊富かと勝手に思ってた。
「ちーちゃんの方は? 実は彼氏とかいたり?」
「えっ!? そ、そんなのいないよ! こんなちんちくりんな女の子好きになる人なんていないって!」
いやいるでしょ。あたしが好きなユーヤがさ。
というか、自分でちんちくりんなんて言うんじゃありません。
「あ、予鈴! 予鈴鳴ったよ! そろそろ戻らないと午後の授業に間に合わなくなっちゃう!」
予鈴となるチャイムを聞き、ちーちゃんが慌てた様子で告げる。
「せやな。シート畳んで戻らへんと」
「ちーちゃん誤魔化してない?」
「ないよ! じゃあ代わりに……そう! もしかしたらあと数日以内に、進藤くんが綾ちゃんにアクション起こすかもしれない! そんな予感がする!」
「なんやそれ? ちとやん、シンドーから何か聞いたりしたんか?」
「えっと……それは秘密。きっと綾ちゃんにとって良いことなはずだから!」
ちーちゃんの言葉で、あたしの頭の中には疑問符が浮かんできてしまった。
ユーヤからのアクションで良いこと? そういえばちーちゃん、お見舞いに来たときになにか思いついていたような……。
今のってそれ関係の話だったりして?
あたしは納得しないながらもシートを畳む手伝いをした。
それにしても、ちーちゃんの話がどんな比喩なのかがわからない。なんかモヤモヤしてくる。
あたしがその意味を知るのは、授業が全て終わったあとの放課後になってからだった――。