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46話 終わる日であり始まりの日

 朝が来て目を覚ます。そんな当たり前な習慣を、あたしは今日も何事もなく行う。

 けど、その目覚めがいつも通り問題ないかと聞かれると、答えはノーだ。

 もちろん、昨日の墓参りや茅野くんとの一件が尾を引いているせいで。


「肉体的な病のあとは精神的にとか……。あたしってホント弱いなぁ」


 ベッドから起き上がったあたしの口からは、自然と愚痴がこぼれ落ちていた。


 とはいえ、このまま引きずるわけにもいかない。

 今日から学校に行く。それすなわち、大好きなユーヤに会えるということなのだから。


 弱っているところを逆に利用して、ユーヤに癒してもらうという手もある。けど、ガンガン攻めるというのが、ギャルを演じている今のあたしの方針なのだ。

 世の中にはギャップ萌えもあるけど、ユーヤの好みに当てはまらなければ、それも意味がない。


「少なくとも今のギャル状態ならユーヤと悪くない関係でいられる。デートまで出来たんだ。このまま押し通せればきっと」


 きっとユーヤと付き合えるはず。

 そう願って、あたしは自分の心を奮い立たせる。深呼吸を一つし、床へと足を下ろした。


「……ん、よっし! さーて、今日もがんばろう!」


 あたしは立ち上がり、気合を入れながら着替え始めることにした。最近は早朝にも関わらず暖かくなってきたのでありがたい。

 服を脱ぎ、下着だけの状態になってタンスを漁る。そうして服を取り出したとき、スマホの通知音が鳴った。


「ん? 誰かからメッセでも来た?」


 服を着るのを取り止め、あたしは胸元を服で隠したまま、枕元にあるスマホを手に取る。

 画面を見るとそこには――。


『よう、おはようさん。身体はもう大丈夫か?』


 ユーヤの名前でラインが届いていたのだ。


「っ!? ゆ、ゆゆゆユーヤからだあああっ!?」

「ちょっと! うるさいわよ綾!」

「ひうっ!? ご、ごめんお姉ちゃん!」


 隣の部屋からお姉ちゃんの怒鳴り声がした。

 ネット用語的な壁ドンまではないものの、寝ているところを邪魔されたことへのイラつきが、ひしひしと伝わってくる。お姉ちゃん怖い。


 とりあえず、これ以上騒ぐのはなしにしよう。例えユーヤからのラインが嬉しかったとしても。

 そう肝に銘じながらラインを起動する。


「えっと……」


 あたしはどう返せばいいのか一瞬迷いつつも、自分の状態をユーヤに伝えることにした。


『バッチリだし! もう今日から学校行けるよ!』

『お? それならよかった。けど無理とかはするんじゃないぞ。まあ、お前なら大丈夫だろうけど』

『もう! わかってるってば!』


 何気ないやり取り。けど、そんなことでも心の底から嬉しさが込み上げてくる。

 二日会えないだけでこれだ。もしも、もしもユーヤと付き合えていたとしたら……会えないだけで、こんなものの比じゃないくらい、胸焦がす思いに苛まれてしまうかもしれない。


「ははっ、恋ってマジやばいね……」


 さっきまでの憂鬱さはさてどこへ。今はすぐにでもユーヤに会いたくて仕方ないほどになっていた。

 となればあたしの行動も早いもので、持っていた制服へと早速着替え始めている。


「うーん……よっし! こうなったら、メイクもしっかりやらないと! ユーヤと会えるんだから、バッチリ決めてかないとダメだよねっ」


 あたしは朝にやる支度や食事を早々に済ませ、勇んで学校へと向かうのだった。




 歩くこと約三十分。気分もアゲアゲで学校に到着。


 ユーヤはもう教室かな? それともまだ学校に向かっている途中だろうか?

 そんなことを考えながら下駄箱に辿り着くと、上履きに履き替えたユーヤが廊下で(たたず)んでいた。


 どうしたのかと疑問に思うも、今は「やっとユーヤに会えたっ!」という歓喜の衝動が、自分の背中を後押ししてきた。

 そして衝動のおもむくままに、静かに上履きに変えて、ユーヤ目がけて一気に走り出す。


「ユーヤ!」

「おっと!? お前、いきなり飛びかかってくんなよな」


 ユーヤの背中へとダイブ!

 相変わらず漂ってくるいい匂いと、彼の身体の感触を感じて胸がキュンキュンとしてくる。


 えへへ♪ やっぱりユーヤが好き好き大好きっ♡


「にゃははー! 綾音ちゃん復活だし! てかてか、抱きついてもユーヤの反応が薄いんですけどー? もう倦怠期(けんたいき)にとつにゅーかにゃー?」


 あたしはいつも通りに茶化した感じで言う。

 胸の内を悟られないよう、抱きつくことで興奮していることを隠すために。


「バカ言え。夫婦でもなければ恋人でもないだろ。朝はテンションが低いんだよ」


 相変わらずつれないことをおっしゃるユーヤ。

 確かにその通りだけど、たまには乗ってくれたってバチは当たらないではないか。


 しかし、このまま抱きつき続けるのもいいけど、それだとまたチョップを食らわされるかもしれない。今回は早い内にユーヤから離れることにしよう。


 あたしはスッと背中から離れる。すると、振り返ったユーヤが面倒そうな顔をして頭をかき始めた。


 一見すると煙たがってそうな態度に見えるけど、今のあたしの頭には、そんなマイナスの思考が浮かんでこない。

 朝から体調を気にしてラインを送ってくる優しい人だもん。きっと、あれは照れ隠しとかでしているに違いない。


 言いようのない確信があったからこそ、あたしは気後れせずに次の言葉を言えた。


「一昨日はあんな、人には言えないようなことをした仲なのに……!」


 あたしは「よよよ……」と、目元を制服の袖で隠すようにして嘘泣きをする。


「おい! 一回マジで口閉じろ!」


 チラッと盗み見、ユーヤの顔が変わるのを確認。まだいけそうだ。


「んー? 口閉じるのー? あーん、ってしてから閉じ――あいたっ!?」


 調子に乗っていたら案の定チョップされた。

 教訓をまったく活かせいてないあたし。「まるで成長していない」とバスケット部の顧問の先生に言われそうである。


「むぅー! これはDVだし! 家庭裁判所に出ちゃうかんね!?」

「出れるもんなら出てみろ。家庭とか関係ないんだから裁いてすらもらえねえよ」


 それでもめげないあたしと言い返してくるユーヤ。

 毎度ながら、側から見たら夫婦漫才に思われそうなやり取りになってしまう。

 そんなことが……ううん、そんなことだから嬉しくなってきた。いつもの日常に戻れたのだと思えてくるから。


「はあ、とりあえず教室行くぞ。騒いでると先生来そうだしな」

「ほいほい。おけまる水産ー」


 ユーヤの提案に賛成し、二人揃って教室へ向かう。


「あ。もしかしなくてもだけどさ」

「ん? なんだよ?」

「あーしら、廊下でメッチャ目立ってた?」

「今更言うのかよ……」


 隣を歩くユーヤが呆れた顔をしてこっちを見る。

 まるで気づいていなかったあたしが変みたいな反応だ。……あれ? その通り?


「ならならー、これはこーぜん的に認められる流れになるんじゃない?」

「公然的? 一応聞くけど何についてだ?」

「あーしら二人の仲――じょ、冗談だし!」


 ユーヤがまたチョップしようと手を上げたので、急いで取り消す。


「ったく……こっちの気も知らないで……」


 ん? ユーヤ今なにか言った?


 あたしは頭を守ろうとしていた手を退ける。

 微かに聞こえた声だけでは、ユーヤがなにを言ったのかまでは聞き取れなかった。

 しかし、ユーヤは何事もないように前を向いて歩き出す。それを追って駆け足で横に並ぶあたし。


「ねえユーヤ」

「ん?」

「…………ううん。なんでもない」

「……そうか」


 あたしは誤魔化しながら歩き続ける。

 直感なんだけど、どうしてか、ここで聞いてはいけない気がしてしまったからだ。


 そして、しばらく歩いた末に教室へと着く。

 ユーヤと別れて自分の席に辿り着くと、すでにイスに座っているミャーコが手を上げた。


「ういっす! おはよーさんあやや!」

「おっはーミャーコ!」


 あいさつを交わしながらイスに座る。


「もう元気そーやな」

「うん。おかげさまで完全復活だし」

「んならよかったわ。で?」

「へ?」


 前の席に座るミャーコが顔を寄せてきた。


「せやから、シンドーとはどないなったんや? 多少の進展くらいはしたんやろ?」

「あ……え、えっと……」


 あ、やばい。一昨日のことを思い出した瞬間、顔が一気に熱くなってきいた。

 それを感じ取ったようで、ミャーコの口がニヤッと吊り上がる。


「ほほう? あったんやな? 何かが」

「さ、さあ……?」

「吐いときーや。ゲロったら楽になんでぇ〜♪」

「……ノーコメントで」

「ああん? ウチが気ぃ遣った結果、言うの躊躇うイベントが起きたんとちゃうかー? あややさんには話す義務あるんとちゃいまっかー?」

「うっ……」


 そういう言い方はズルいと思うんですが……。

 でも確かに。ユーヤが一人でお見舞い来られたのはミャーコのおかげだ。

 ここで話さないのも悪い気がしてくる。


「うぅ……わかってるし」

「そんでどーなったんや?」

「……実は」

「――ほらお前たち! 朝のHR(ホームルーム)始めるから、早く席に着けえ!」


 あたしが話そうとした瞬間、担任の獅童(しどう)先生が教室に入ってきた。


「ちっ! 先生来よったか……! まあええ。そのことはゆっくりじっくり聞きたいとこやし、今日は一緒に昼飯や。ええなあやや?」

「あ、うん」


 言うだけ言うと、ミャーコはそそくさと前を向いてしまった。

 あたしも怒られたくはないので姿勢を正して座り直す。


「よし。じゃあHR始めるぞ。まず、茅野が体調不良ということで今日は休むことになった」


 先生の言葉で教室中がざわざわと騒がしくなる。

 茅野くんが休むことが珍しいらしく、その騒然とした中で、一年生の頃から一緒のクラスだと言う、後ろの席の子が教えてくれた。


「ほら静かにしろー! もうすぐゴールデンウィークだが、休みになるからと気を緩めて、ケガや病気にならないようにな。お前たちも気を付けるんだぞ」


 そのあと、先生は連絡事項などを述べていく。


 それにしても……茅野くんが休み、か。体調不良ってもしかして、昨日あたしと話したことで気分を害したせいで?

 でも、練習の疲れやあたしと会ったあとに会った人とのやり取りが原因の可能性も……。うーん……なんかモヤモヤしてくる。


 あたしは悩ましくなり、なんとなしに前髪をいじっていた。

 そんな教室内が終始落ち着かない様子のまま、朝のHRは終わりを告げる。




 で何回目かになる休み時間。

 ミャーコがユーヤとちーちゃんを呼び寄せて、二人を交えての話し合いを始める。


「にしても、あのかやのんが休むんとはな」

「だねー。さっき連絡入れてみたけど、まだ返信来なくって。つらいから寝てるのかな?」

「んん? なんやちとやん。かやのんの番号知っとんのか?」

「うん。前に交換したから。進藤くんとも交換してるよ。園田さんも番号交換する?」

「おお、ええで。しよか」


 茅野くんに関する話題で始まり、連絡先の交換にまで及んでいる。

 あたしはそのやり取りを眺めながら、ユーヤの顔を盗み見た。

 どうにも少し沈んでいるように見える顔。数少ない話し相手である茅野くんが休みだから、どこかナーバスな状態なのかもしれない。


「ユーヤはミャーコと番号交換するん?」

「え? あ……そう、だなぁ」

「なんやその反応? ウチと連絡取りたないんか?」

「そうは言ってないだろ。するなら構わないぞ」

「せなら、一緒にふりふりやな」


 二人はスマホを振ることで番号の交換をする。

 特に羞恥心もなしに番号を手に入れられるとか、正直うらやましい。あたしのときもあれだけ簡単だったらよかったのに。


「んで? 番号の交換するためにオレたちを呼んだのか園田?」

「あ、せやったせやった。かやのんがおらへん埋め合わせやないけど、今日の昼飯のときにウチも一緒してもええか?」

「園田さんも一緒にご飯を? 私は大歓迎だよ! 綾ちゃんは?」


 ちーちゃんがこっちを見て聞いてくるので、あたしは首を縦に振ることで返事をした。


「じゃあ進藤くん?」

「オレは……今日はパスするよ」

「分かった! ……って、ええ!?」


 一旦納得したはずのちーちゃんが驚いた顔になる。


「な、なんでなの進藤くん!?」

「いや、女の子ばっかのとこで混ざって食うのが恥ずかしくて」

「あー……むむぅ、そういうことかぁ」

「なんや殊勝やん。かやのんおらへんのが寂しいんかシンドー?」

「まあな」

「ホモやん」

「ちげーよ」


 席に座るあたしは、三人の話し合う姿を無言で眺めていた。

 疎外感はない。けどどこかで、一歩引いてその光景を見続けている自分がいた。

 達観しているつもりはないけど、どうしてかそうなってしまう。


 好きな人が自分の知り合いの女の子と話すということに、前のような嫉妬心が湧かないのだ。

 成長しているのだろうか? それとも慣れ程度の感覚なのだろうか?

 どちらにしろ、あたしの中でなにかが変わってきているのかもしれない。


「――やや。あやや」

「え?」

「え? やないて。ほうけよってからに」


 ミャーコに呼ばれて我に返る。


「今日はウチら三人だけでお昼食べる話になったで」

「そっか。まっ、しゃーないね」

「すまんな」


 ユーヤが申し訳なさそうな顔をする。

 彼にも都合があるだろうし仕方ない。あたしはその旨をユーヤに伝えておいた。


「それで進藤くんはどこで食べるの?」

「そうだな……。まあ、適当な場所で食うさ」


 ユーヤがそう話したところで、授業を告げるチャイムが鳴り出した。

 各々が先へと戻ると、少しして教科担当の先生が入ってきて、次の授業が始まる。


 それにしても、ちーちゃんとミャーコを合わせての三人で食事かぁ。

 みんな弁当だから、おかずの交換とかしそうな感じがする。まあ、楽しみではあるかな。


 初めて集うメンバーに対する期待と共に、どんな会話をするのかどうかの不安感にも襲われる。あたしの午前を過ごす心境は終始そんな状態だった。

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