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44話 家族

「ふう……やっと着いたわね」


 エンジンを止めると、お姉ちゃんは運転席のドアを開け、車を降りて背伸びをし始めた。


 家を出て一時間半ほど。あたしたちは、車で両親の実家の近くにある墓地へとやってきた。

 山々に囲まれた、いわゆる田舎にあたる土地。その一角にお父さんのお墓はある。


 お父さんとお母さんは幼馴染で、お姉ちゃんを身籠った末に駆け落ちをし、今の街に住み着いた。

 なので、両家の親からは結婚を反対され、勘当を言い渡された身なのだ。


 しかし、お父さんが死んだことを皮切りに、あたしたち一家が地元に顔を出し、墓参りをすることが許されることになった。

 実家そのものに立ち寄ったことはまだないけれど、お父さんの浮気が原因での離婚ということもあり、あちらのおじいちゃんやおばあちゃんは、苦言などを言ってはこないらしい。


 というわけで、二周忌目となる今日も、こうしてお父さんのお墓参りにきちんと来られたというわけだ。


「ここはいいよね。空気が澄んでておいしいし」

「昔は近隣の山々を駆け回ったものよ……。この山だけは何一つ変わってないわ……」


 お姉ちゃんに続く形で、あたしとお母さんも車から出た。

 声に釣られて見ると、緑一色の山を見つめるお母さんの横顔がなんとなく目に入る。

 その遠くを眺める顔が、どうしても悲しげなものに見えてしょうがなかった。


「しっかし、本当に出迎えの一つすらないものなのかしら? 孫がこうして墓参りに来てるってのに」

「二年目だから大々的な親族の集まりはないはずだけど、今日はここに来てはいないみたいね。やっぱり、私たちとは顔を合わせにくいのよ。司、特にあなたとは……ね」

「言いたいことは分かる。けどね母さん。私がお腹の中にいたことの話をされても困るのよ。両家のわだかまりがどうとか、こっちは知ったことじゃない。なのに気を遣われ、未だに会話すらしたこともないとか、正直気分が悪いのよ。綾もそう思ってるんでしょ?」

「……ノーコメントで」


 その問いにあたしはそっぽを向いて答える。


「あんたねぇ。昨日からそればっかじゃない」


 あたしは悪くない。返事が差し支える問いで、あたしに同意を求めてくるお姉ちゃんが悪い。


「ほらほらケンカしないの。司はお水を用意して。綾音は積んでおいた花をお願い」


 言いながら、お母さんはダッシュボードに入れてあった線香やロウソクを取り出しドアを閉めた。

 あたしもお母さんの言葉に従い、後部座席に置いておいた束になった花を手に取る。


「持ったよ」

「じゃあ向かいましょうか。先に行くわね司。お父さんの墓の場所は覚えてる?」

「大丈夫よ。すぐに追いつくから」


 車の鍵をロックされる音を聞いてから、あたしたちは歩き出す。

 途中まで三人で進み、入り口近くにある水場で、水を汲むお姉ちゃんとは一旦別れることに。


 墓地は山の中にあるとはいえ、歩道には砂利(じゃり)が敷き詰められており、足場もしっかりとした状態だ。正直な感想、下手な墓地よりも立派な佇まいに見える。

 屋根まで完備された水場も、木や石できちんとした造りとなっており、一年前は、頭の中のイメージとのギャップでなんとも言えなくなったものだ。


 そんな道をしばらく進むと、開けたところで段々となった場所へと辿り着く。

 いわゆる棚田のような見た目で、脇の階段を上ることで目的の墓石の場所へと向かえる。


 あたしとお母さんは会話を挟むこともなく階段を上がり、目的の場所に到着した。

 目の前にある墓石。太陽の光のせいなのか、掘られた文字が、どうしてか霞んで見えてしまう。


 未だに実感は湧かないけど、お父さんが……お父さんだったものがこの墓石の下にはある。

 死んだ当初は身体の損傷が激しく、あたしはお父さんの遺体と対面することが出来なかった。

 次に見たときにはすでに骨。ホントに実感が湧かないまま、あたしは今日という日を迎えていた。


「綾音」

「っん? なにお母さん?」

「司が来たわ。花の束をばらしておいてちょうだい」

「あ、うん」


 急に話しかけられて少し動転してしまった。

 それでもあたしは、言われた通り紙に包まれていた花束を解いていく。


 茎を束ねていた輪ゴムを外し、紙を開いて花を種類ごとにわける。

 そんな作業をしている間にお姉ちゃんが側まで寄って来て、あたしの足元に水が入った桶を置いた。


「綺麗な墓地だけど、移動の面とかで不便よね。今日は他の人もいないみたいだし、年寄りなんて簡単には来られないでしょうに」

「そう? 階段には手すりもあるし、結構お年を召された方のことも考えていると思うのだけど」

「そうじゃないんだってば母さん」


 あたしは手を止めて腰を上げる。

 すると、お姉ちゃんはため息を吐き、頭が痛いと言わんばかりに額に手を触れていた。


「ん? てか、もう花が添えてあるじゃない。いったい誰のよ?」

「おばあちゃんやおじいちゃんたちじゃないの?」

「それならいいけど。……もし『あの女』が持ってきたとかだったら、今すぐ捨ててやりたいところね」


 あの女。お姉ちゃんが口にしたのは、お父さんを奪った女性のことだ。

 今はどこにいるのか。お父さんが亡くなった今なにをしているのか。わからないけど……いやむしろ、わかりたいとすら思えてこないけど、あたしたち一家を滅茶苦茶にした女には変わりない。


「二人とも。それは墓前で話すことじゃないわ。早く墓を磨いてあげて、供えるものを供えて、お父さんにあいさつして帰りましょう……」

「お母さん……」

「ごめん母さん」


 なるべくなら口にしたくない会話なのだろう。

 お母さんからしてみれば、故郷を捨ててまで添い遂げたはずの相手が、どこの馬の骨とも知らない女に奪われてしまった。


 子供なあたしでは、まだきちんとわかってあげられないけれど、女性としてのプライドをズタボロにされことだけは、どうしようもなく理解出来た。

 きっと犬飼にユーヤを奪われていたら、お母さんのその気持ちも、もっとわかってあげられたのかもしれない……。


 そこからは特に会話もなくお墓を綺麗にし、花やお供物を供えた。

 目を閉じ、手を合わせ、あたしは心の中でお父さんの面影と向き合う。


 なんだか変な気分だ。あれだけ嫌悪し、自分の心まで閉ざす原因になった相手なのに。

 いざ死んだとなった今では、なんの嫌悪感も残らないだなんて。一昨年より、去年より更に、そう思えるようになってきてしまった。


「さあ、いきましょう」


 あたしはお母さんの声で我に返り目を開ける。

 すでにお母さんは踵を返して階段に向かっており、あたしはお姉ちゃんと顔を合わせ、互いになんとも言えない気分になりながらあとを追う。


 それから墓地を出て、お母さんの実家に立ち寄ることもなく、あたしたちは両親の故郷を離れる。

 どうしてこうなったのだろう? というあたしの疑問に対し、結局、納得のいくような答えが見つかることはなかった。




「本当に一緒に帰らないわけ?」

「うん。ちょっとブラブラして、気分転換でもしながら帰りたいから」


 お昼ご飯を済ませたあたしは、レストランの駐車場で二人とは別行動を取る旨を伝えた。


 ここは市内にあるレストラン。先日ユーヤと一緒に回った街にある建物だ。

 あたしはお昼を食べ終えた今でも、晴れやかな気分とは程遠い状態だった。

 なので、言葉通り気分転換がしたくてそう伝えたのである。


「まあ電車で帰れる距離だし、あんたがそれでいいなら構わないけど」

「うん。ダイジョブ」

「あまり遅くなってはだめよ。暗くなる前に必ず帰ってきなさい綾音」

「わかってるってば」


 ゲームセンターとかウインドウショッピングで時間を潰すつもりだけど、そこまで長居をするつもりはない。

 実のところ「あわよくばユーヤに会えたりしたら、こんな憂鬱な気持ちなんか吹き飛ぶんだけどなぁ」とか考えていたりもした。


「それじゃあ私と母さんは家に帰るから、何かあったら連絡しなさいよ」

「うん」


 二人が車に乗って去るのを確認し、あたしは歩き始める。


 祝日ということもあり、街中はどこもかしこと賑わっていた。

 家族連れやカップルらしき人たちもいて、そういう人たちのやり取りを盗み見しているだけでも、少しだけ億劫な気分が晴れてくる。


「あ、そうだ。今日って新刊の発売日だった」


 集めている少女マンガのコミックスの発売日なのを思い出す。

 ちょうどおあつらえ向きに、目と鼻の先にはスーパーマーケットがあった。確か、この店の一角には本屋もあったはずだ。


 マンガは恋愛物の作品で、クールな読書家である主人公の女の子が、クラスメイトのツンデレ気味な眼鏡男子との紆余曲折な恋愛模様を描いた内容だ。

 その主人公が昔の自分に、男の子が今のユーヤに似ているのもあり、個人的なマイフェイバリット作品になっていたりする。


「ユーヤ……か」


 彼は家にいるのだろうか? はたまた、あたしみたいに街に出歩いたりしているのだろうか?

 そんな疑問が頭の中に浮かんできた。


「……うーん……よし。ちょっとユーヤに連絡でもしてみようかな」


 あたしは足を止め、スマホを上着のポケットから取り出す。

 指紋認証でロックを外し、画面に触れてスマホの操作を――。


「お・も・いいいぃぃ! けど、お姉ちゃんパワーがあればこれくらいいけるよ! 優ちゃんのためなら、えーんやこーら! だよっ!」


 している最中に、そんな女性の声が聞こえてきた。

 見ると、駐車場に大きなビニール袋を何個も手に持つ女性が、大変そうに歩いている。


「うわっ……重そう……」


 自分の口から思わず声が漏れていた。

 それだけの量を女性が手に持っているのだから、漏れ出ても仕方がない。


 あたしは周りを見るも、誰も手を貸す様子がなさそうなことに気づく。

 そうなると放っておけないのがあたしの性分で。


「本買うつもりだし、袖振り合うも多生の縁って言うもんね」


 あたしはスマホをしまって女性へと近づく。


「あの、よかったら少し待ちましょうか?」

「……ふぇ?」


 あたしが話しかけると、力んだ顔をした女性が振り向く。

 しかし、急に声をかけられたことに驚いたようで、そんな女性からは間の抜けたような声が返ってきた。


「えっと……いいの?」

「はい。相当重そうですし。……それは、車まで運ぶものでいいんですよね?」

「うん。今日はすごく車が多くてね、離れた場所に駐車してるの。でも本当にいいの?」

「ええ。これもなにかの縁なので」


 あたしは警戒心を与えないように微笑む。

 すると、女性は顔を明るくして答えた。


「じゃ、じゃあお願いしちゃってもいいかなっ?」


 その言葉にあたしはもちろんと頷いた。


「……それにしても結構な量の食材ですね? 大家族だったりするんですか?」


 いくつかの袋を受け取ったあたしは、歩きながら尋ねる。


「ううん、大家族ではないよ。今は弟と二人暮らしなんだ。でも毎日お弁当作ったりしてて、弟が育ち盛りなのもあっていっぱい食べてくれるの。それが嬉しくって、色んなメニューを作るために買い溜めしてるんだよ」


 答える女性は、本当に嬉しそうな顔をして楽しそうに話してくれた。


「そうなんですね。じゃあ、ご両親とは別々に暮らしているんですか?」

「えっと……そのね。うちは父子家庭で」

「……あ、ごめんなさい! 知らなかったとはいえ、初対面で失礼なことを聞いてしまって!」

「ううん。いいよいいよ。別に気にしてないから。実はお母さんはね、少し前に病気で亡くなっちゃって、お父さんは海外赴任の仕事中なの。だから、今は姉弟で二人暮らし」


 女性は、ホントに気にしてないといった様子で答えてくれた。

 それでも、自分が繊細な話題に触れてしまったことへの申し訳なさが消えてはくれない。


「最近は忙しいから会えないけど、お父さんも数日に一度は連絡くれるから、寂しいとは思わないよ。それに……わたしはお姉ちゃんだから。優ちゃんのことをお母さんに任されたから。弱音なんて吐いていられないんだよ」


 語る横顔は決意に満ちた顔をしていた。どういった事情があるのかはわからないけど、きっとあたしの想像出来ないような過去があるのかもしれない。


「弟さんのこと、とても大事に想っているんですね」

「うん! ……でもね、昔は大嫌いだったんだ」

「え?」

「物心がついたころから一緒にいて、でも親の愛情のほとんどは弟へと向けられていた。姉だからって理由で、色々我慢させられたのが辛かったんだろうね。思春期になった頃には目の敵にしてたの。弟のことを」


 うちのお姉ちゃんは意地悪とかをしてこなかったけれど、普通はそうなってしまうのだろう。

 少なくともこの女性にとっては、実の弟が目の敵にしてしまうほどの相手だった……。


「大学受験のときは、風邪を引いた弟に素っ気ない態度を取ったりもしちゃってね。今のわたしが過去に行けるのなら、自分の顔を引っ叩いてやりたいくらいだよ!」


 ビニール袋を持つ握り拳を、顔の前まで持ってきて憤っている。

 そんな言動に、あたしの顔には思わず笑みが浮かんでいた。


「お母さんが死んだ今は、今まで姉として出来てなかったことや、お母さんの代わりとして出来ることをしてきたの。でもお弁当作りがね、一種の罪滅ぼしみたいになってるんじゃ? って最近は思えてきて」

「…………料理を作るとき、どんなことを思って作っていますか?」

「え? えっと……」


 女性は困惑した顔をして考え込む。


「あたしは食べてもらう人のことを考えています。どんな感想がもらえるかとか、食べてるときの表情を思い浮かべたりとか」


 ユーヤに食べてもらうのをイメージして、お弁当を作ったときのことを思い浮かべた。

 それだけで心に温かな気持ちが広がってくる。誰かのためにって、言葉では表しきれない、そういうものなんだと思う。


「……そう、だね。罪滅ぼしな訳がなかったよ。わたしは優ちゃんに喜んで欲しいから作ってるんだ。罪滅ぼしな訳がない」

「はい。だからこの食材を目一杯使って、弟さんにおいしいって言わせて、たくさん喜んでもらっちゃいましょう」


 あたしは荷物を持つ両手を掲げ、女性に微笑みかけた。


「うん! よーし! 今日の晩御飯は張り切っちゃうぞー!」


 こっちを見る女性も表情を崩し、優しそうな顔で微笑んだ。

 そんなやり取りをしている間に、あたしたちは目的である車まで辿り着く。


「この車だよ。重いのに持ってもらっちゃって、本当にありがとう!」

「いえいえ。袖振り合うも多生の縁ですよ」

「……あ、そうだ!」


 女性は車の鍵を開け、荷物を座席に乗せると中をまさぐり始めた。

 なにをするのかと見ていると、袋の中からアメの袋を取り出す。


「ここまで運んでくれたお礼!」

「え? いやでも!」

「袖振り合うも多生の縁、なんでしょ? ならこのアメさんも多生の縁であなたの元に渡るの。ということで、この子をもらってほしいなっ」


 『絶対に渡す』という鋼の意志がこもった笑顔を向けられるせいで、「あ、ありがとうございます」と困惑しながらも受け取れざるを得なかった。


「運んでくれてありが……そういえば、名前聞いてなかったね。わたしの名前は梓。あなたのお名前は?」

「あたしは綾音です」

「綾音……綾音? どこかで? まあいいや。またご縁があって会えたら、ゆっくり話そうね綾音ちゃん」

「はい。あたしは中で買い物する予定があるので、この辺で失礼します」

「そっか。お買い物がんばってね。ここまで運んでくれてありがとう」

「いえいえ。梓さんも気をつけて帰ってください」


 それにしても『ゆうちゃん』か。

 前にユーヤのお弁当を見せてもらったときも、ゆうちゃんって文字の飾りつけがあったっけ。

 ゆうちゃん呼びの姉……。いやいや、まさかね。


 あたしはそんな憶測を頭の隅に追いやりつつ、梓さんと別れてからお店へと入るのだった。

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