42話 幼馴染との恋愛事情
時刻は昼過ぎ。身体の状態は万全に近く、あたしはベッドで横になりながら、スマホのゲームをやって時間を潰していた。
コンタクトはつけず、家での基本である眼鏡着用の状態で。
すでに昼ご飯も済ませて、お姉ちゃんの帰りを待っていたそんなとき、ユーヤからラインが届く。
『体調はどうだ?』
「えーと」
ゲームを一度やめ、あたしはラインの画面を開く。
『綾音ちゃんは病弱っ娘の称号を剥奪されました。おお、かわいそうに』
『そいつはよかったな』
『よくないし! (>_<)ぴえん』
ツッコミ! ツッコミ待ちなんだってばユーヤ!
逆に内心でツッコミを入れるあたし。彼には芸人殺しの才能があるのかもしれない。
なんて感心をしつつも、あたしは続けて文章を打ち込む。
『んで、どったの? あーしの体調が気になったからメッセ送った感じ?』
『まあな。あと話しておきたいことがあってさ』
話しておきたいこと?
あたしは気になり、それを尋ねる旨のメッセージを送ってみた。
『倉田が知らせてないっぽいから話すけど、今日は倉田が見舞いに行く予定だってよ。今も白斗と一緒にそんな話をしてるぞ』
「へ?」
茫然とし、画面を見る目をパチパチと開閉させるあたし。
きっと今は三人で昼食中なのだろう。
にしても、んん? ちーちゃんがお見舞いに?
ユーヤが来ないことで、代わりにちーちゃんが来る流れのフラグが立ったと?
『えっと、茅野っちも来るん?』
『いや倉田だけだ。園田も行くつもりはないみたいだぞ』
『マ? マジ卍?』
『マ。マジ卍』
ユーヤが同じギャル語で返してきた。やるじゃん。
いや、それは今はいい。ちーちゃんが来る理由の方が問題だ。
『なんで来るとか、ユーヤは理由知ってる?』
『元々倉田も昨日行く予定でさ。けど、委員会の仕事で行けなくなってな。んで、代わりに今日こそお見舞いに行くぞー! ってはりきってる』
なるほど。そういえば、昨日ミャーコからそんな話をされた気がする。
『り。とりまあ、ちーちゃんが来てもいーよにしておく』
『おう。倉田が来たからって、嬉しくなってはしゃいだりして、体調を悪化させたりするなよ?』
『はあ!? ユーヤはあーしのこと犬かなにかだと勘違いしてない!?』
『ははっ、お前は猫派だったな。まあ、ゆっくり療養するんだぞ』
『むう……。はーい』
あたしはユーヤとのラインを終えて寝返りを打つ。
「まったくユーヤってば。さーて、ゲームの続きをしよっと」
再びゲーム画面を開く。デイリークエストをこなすため、クエストの選択画面まで移動して指が止まる。
「……ん? あれ? まだお姉ちゃん帰ってきてないよね?」
昨日のお母さんの話では昼過ぎに戻ってくると聞いていたんだけど……。
「お母さんはもうパートに行っちゃったし、こっちから一回連絡入れてみるか」
あたしはラインを開いて通話ボタンを押す。
メッセージでのやり取りでもよかったけど、ユーヤとの関係性もきちんと聞きたいから、通話という形を取ってみた。その方が早いしね。
「…………お? あ、もしもしお姉ちゃん? 今どの辺にいるの?」
コール音が止まったので、あたしはそう告げた。
「もしもし。久し振りだね綾音ちゃん」
……え? お姉ちゃんじゃない?
中性的な声が聞こえたことで、反射的に耳元からスマホを離し、ジッと画面を見つめる。
うん。通話相手の名前は間違いなくお姉ちゃんだ。
「えっと……どちら様でしょうか?」
あたしは改めて通話に戻る。聞いたことのある声な気はするんだけど……。
「あー、声だけだとさすがにわかんないか。ぼくだよぼく。ハーミットさ」
「ハーミット? …………あ!? あのハーミットさん!?」
「そうそう」
ハーミットさん。いわゆるメイクアップアーティストの仕事をしている人だ。
お姉ちゃんのメイクも何度か担当しており、あたしも二回ほど会っている。
容姿端麗でカッコよく、聞いた話では、女性のファンが大量にいるらしい。
「その……どうしてハーミットさんがお姉ちゃんの電話に?」
「うん? ああ、そうだったね。実は今回の仕事のメイク担当がぼくだったのさ。で、TUKASAと一緒の現場にいたんだけど、TUKASAのやつが、撮影後にホテルで酒呑みまくっちゃってね。もうすぐ新幹線乗るんだけど、二日酔いで今もグロッキーで。あははっ!」
お姉ちゃん……。
我が姉ながら酷い酒乱だ。
「てことは……」
「そう。代わりにぼくが出た訳。……ん? 綾音ちゃんが何の用事かって? あ、そういえば聞いてなかった」
グロッキーなお姉ちゃんが尋ねたのだろう。続けてハーミットさんの意識があたしへと向く。
「それで、綾音ちゃんの用事って何? 今すぐにでもTUKASAと話したいこと?」
「あー、えっと……帰ってから聞いてもいいことなので、あとで直接本人に聞きます」
「そっか。了解だよ。またヒマなときにでもデートしよっか?」
「あーはいはい。マスコミに垂れ込まれたいのならどうぞ」
「うぐっ!? つれないなぁ綾音ちゃんは……」
あたしは最後にお礼だけ告げて電話を切る。
しかし、相変わらず軟派な人だ。悪い人じゃないんだけど、たまにこうやって見境がなくなるからなぁ。
「まっ、あたしにはユーヤがいるし」
他の人が口説きに来たところで、あたしのユーヤへの愛は揺るがない。……まあ、まだ付き合ってすらいないけど、きっと勝算はゼロじゃないはず。
「っと、ちーちゃん来るなら部屋の中を片付けておかないと。時間はあるけど念のために――けほっ」
どうにも咳がたまに出てしまう。
一応頭を触ってみるも、こちらは即座に平熱だとわかるほどだった。
まあ、無理をしなければ問題ないだろう。
あたしはそう判断して、悪化しない程度に身体を動かす。
部屋は元々散らかっていたわけでもないので、三十分とかからず掃除を終わってしまった。
その後はゲームや柔軟運動なんかをしたりして時間を費やす。そんな感じで、ちーちゃんが来るのを待つことになった。
「綾ちゃん来たよ。入ってもいい?」
「どうぞー」
あたしはベッドに腰かけた状態で、ちーちゃんの声に返事をする。
ちなみに、家の鍵はちーちゃんが来る時間に合わせて開けておいた。
「風邪は大丈夫? ――って、起きてちゃダメだよ綾ちゃん! きちんと寝てないと!」
ドアが開けられて開口一番。ちーちゃんはあわあわと慌てた様子で部屋に入ってきた。
そんなに慌てるほどじゃないのに。むしろ快調と言いたいほどだ。……なんて思ったのだけど、よくよく考えたら体調について、ちーちゃんに一切伝えてなかったような気がしてきた。
「あー、ノープロブレムだし」
「問題だよお! 病気を甘くみちゃいけないんだからね!」
あなたはあたしのお母さんかとツッコミたい。
というか、今朝お母さんに似たようなこと言われた気がする件。
「だからホントにダイジョブだってば。熱もないし、ほとんど回復してるから」
「ほ、本当に……?」
……うん。ちーちゃんの目が据わっている。
どうにも信用されていないらしい。
「ホントにホント。なんなら体温計で熱測ろうか?」
と言って諭したことで、ちーちゃんはやっと納得して落ち着いてくれた。
やれやれ。その強情っぷりは相変わらずだなぁ。
「でもそっかぁ。私てっきり、熱出して寝込んでいるとばかり」
「まあ、実際昨日は起き上がるのもつらいくらいだったけどね」
「昨日は……ってことは、進藤くんが来たときはどうしてたの?」
どうって……うぅっ……!?
あたしはちーちゃんの言葉のせいで昨日のことを思い出してしまった。
ユーヤがお見舞いにやってきて、卵雑炊をふーふーしながら食べさせてくれた場面を。
「な、なにも……」
あたしはちーちゃんから目をそらす。
「え? 進藤くんと話してもいないの?」
「あ、いや……」
話したよ。話しましたとも。
けどねちーちゃん。それ以上のことをしちゃったわけですよ。
って言いたくて言えないジレンマ。言った日には吐血必須である。
「なーに? 綾ちゃんあたしに隠し事してる?」
「そ、そそそんなわけないし?」
「ふーん?」
あ、また目が据わった。表情も訝しんだものになっている。
「ふ、フツーだしフツー。軽く話したりしたくらいでさ」
「……何かあったんだねっ?」
「っ!?」
悟ったような顔をしたちーちゃんは、すぐに目をキラキラとさせていた。
あ、やばい。と思ったときには時すでに遅し。口を挟む間もなく、ちーちゃんはあたしの隣に腰かけ。
「きっと進藤くんのことだから悪いことはしてないよね? てことは、綾ちゃんがあたしに言えないような展開が起きたってことかな? かなっ?」
ナタを持ってそうなアニメキャラみたいな口調で、相変わらず目を輝かせて聞いてくるちーちゃん。
恋愛事の話になると、こうして首を突っ込んでくるのがちーちゃんである。
こうなるとミャーコの比じゃないほど面倒な相手と化す。
中学生時代にユーヤとの関係を知られずに済んだのは、正直言って幸運だったのかもしれない。
「で、どうなの綾ちゃん!?」
「ノーコメントで」
「……ふむ。黙秘ってことは卑しいことがあったと」
決めつけいくない。
いや、落ち着けあたし。下手な反応をしては彼女の思う壺だ。
「ノーコメントで」
あたしはこの一言で押し通すことにした。
「進藤くんは綾ちゃんにどんなことしたの?」
「ノーコメントで」
「動けないのをいいことに、綾ちゃんの身体をなで回したりしてきた? 弱っているところに関係迫ってきたり?」
「の、ノーコメントで」
飛躍し過ぎ!! そもそもユーヤは紳士なんですけど!? むしろユーヤにアレな迫り方してるのはあたしの方なんですー!!
悲しいことに付き合えてもいないし、脈アリかすら不明ですがなにか!?
「むぅ……手強いなぁ」
「ノーコメントで」
作戦は正しかった。このままなら乗り切れる。
「ねえ綾ちゃん」
「ノーコメ――へ?」
ちーちゃんが音もなく顔を近づけてきた。
「体調よくなってきたんだよね? ……でも、さっきよりも顔が赤くなってきてるよ?」
「っ!?」
思わず手で顔を触りそうになるも、わずかに腕が上がったところで元の位置に戻すことが出来た。
危ない危ない。誘導尋問によって思い通りに動かされるところだった。
もし反射的に触れていたら、ユーヤを意識していると自分からバラすようなものだ……。
「……ねえ、本当に体調大丈夫?」
「だ、ダイジョブだし!」
「そっか」
「うんうん! 全快だし!」
あたしは笑みを浮かべて頷く。
もしかして、ホントに体調を心配してくれていた?
「ならよかった。じゃあやっぱり、進藤くんとの間に何かがあったってことかなっ? かなっ?」
ちーちゃんは微笑みながら言い放つ。
って、しまったあああああ!!
やられた!! そういう方向での誘導尋問だったとは!!
「う、くっ……!」
「綾ちゃん。言っちゃおうよ。言えば楽になるよ?」
目の前には天使のような悪魔の笑顔があった。
これに騙されてはいけないと、あたしの心が警戒を告げている。
「綾ちゃん♪」
「あ、その……」
言えば楽になる? 確かにそうだ。
ユーヤはちーちゃんが好き。なら、ここで告げることで牽制する手だってありじゃないの?
ちーちゃんがユーヤをどう思っているのかも知れるし、もし好意がないのなら力添えだって。
「あたし、は……」
「うんうん」
「…………っごめん。やっぱり言えない」
「え?」
そうだよ。こんなの不公平だ。
ユーヤを巡っての恋の駆け引きについてじゃない。お互いに誰にも言えないであろう昨日のやり取りを、あたしの口からちーちゃんに明かすことが不公平なのだ。
ユーヤだって、好意を寄せるちーちゃんには知られたくないはず。
それをあたしがバラしてしまうのは、絶対にしてはいけない行為だ。
「どうして?」
「……ユーヤに悪いから。なにがあったかなんて、あたしが勝手に話すべきことじゃないし」
「綾ちゃん……」
ちーちゃんは呟き、少し間を空けてスッと立ち上がる。すると、なぜかあたしの前へと移動した。
どうしたのかと思い、あたしが顔を上げると。
「今の一言で充分かな。よーく分かった」
眼鏡のレンズ越しに微笑むちーちゃんの顔が映る。
「綾ちゃんはさ。進藤くんのこと好きなんだよね?」
「……は……は?」
自分でもわかるほど顔が引きつった。
「よくよく考えたら、何度かそんな雰囲気があった気がするんだよね」
「ち、ちーちゃん?」
バレた? いや、まだ予想の段階……?
「実は私ね。進藤くんのこと好きなんだ」
その一言で全身の血の気が引いた。
目の前にいる幼馴染に敵意すら向けそうになる。違う。まごうことなく本気で敵意が湧いていた。
あたしは目を見開いてちーちゃんを凝視する。
「……ふふっ♪ もちろん、お友達としてね♪」
「…………あ。っち、ちーちゃん!?」
「あはは! ごめんごめん綾ちゃん!」
してやったりといった感じで、口に両手を添えながらちーちゃんは笑っていた。
「ふふっ、でもそっかあ。そんな顔をするほど、綾ちゃんは進藤くんのことを……」
ちーちゃんは目を閉じて澄ました顔をする。
「ま、まだなにも答えてないんだけど……!」
「言わなくても分かるよ。だって幼馴染なんだもん」
目を開け、今度はウインクをするちーちゃん。
ああ、これはダメだ。どう反論したところで、ちーちゃんの思考を変えられそうにない。
どのみち、あたしがユーヤを好きなのは事実だし、ちーちゃんがユーヤを異性として意識していないことも、おそらくは事実なのだろう。
「それで? あたしがユーヤを好きだったらどうするの?」
「うーん……あ!」
なにか思いついたかのような反応だ。
「ちーちゃん?」
「ふふふっ、いいこと思いついちゃった♪」
え? なにを思いついたと?
あたしはちーちゃんの悪戯っ子みたいな顔を見て嫌な予感がし、すぐさま尋ねることに。
「ねえ、なにする気なのちーちゃ――」
「たっだいまあああああぁぁ!! うっぷ!? ぐうはあぁぁ! 酔い止めが切れてきたあああああ!!」
その途中で下の方から死にそうな声が届いた。
どうやら酒乱たるお姉ちゃんが、今し方帰ってきたところらしい。
「ん? もしかして今の声、司お姉さん?」
「みたい」
「なんか大変そうだよ? 行ってみようよ綾ちゃん」
「あー、うん」
酒乱のせいで死にかけだと知ったら、彼女はどう思うのだろうか?
そんなことを思いながら、あたしはちーちゃんと共に一階へと降りるのだった。