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38話 少女たちの結末

「……殺す? ふざけないでっ! どうしてあたしがあなたに殺されなきゃいけないの!?」

「……はあ。話、聞いてなかった? 復讐だって言ったでしょ」

「だからっ、復讐ってなに!?」


 マズい……! 丸腰でナイフを持つ相手と対峙することになるなんて……!


 格闘家でも、武器を持った相手に無傷で勝つのは至難の技だと、前にテレビで聞いたことがある。

 それが素人のあたしでは……。犬飼がどれほど使い慣れているかは知らないけど、まともにやり合うのは危険過ぎる。


 対するあたしは学生鞄を持っていた。

 だからと言って武器になりそうなものは入っていないし、中身なんて卒業証書を納めた筒や筆記用具くらいなものだ。あとは……シンに渡す手紙か。


 あたしはまともに歯向かうのは無理だと判断し、押し問答をすることで隙を伺おうとした。

 というより、動転する頭ではそれくらいしか思い浮かばない。


「……時間稼ぎのつもり?」


 っ……バレてるか。さすがに目ざとい女だ。


「今まさに殺されようとしてるのよ!? なのに理由もわからず一方的に殺されるなんて、死んでも死に切れないじゃない!」

「まあ一理あるわね。でも時間はかけたくないわ」


 犬飼は手に持つナイフごと軽く右腕を振る。


「さっきも言った通りよ。あんたの父親の身勝手な行動のせいでたくさんの人が死んだ。その責任を娘であるあんたに取ってもらう。あんたの父親……不倫して出ていったんだって? そんな男が勝手に一人で死ぬのならまだしも、結果的に周りの人間を巻き込んで死ぬことになった。そのせいでお姉まで……!」


 微かにうつむき身体を震わせる犬飼。


 犬飼の姉? ……そうか。確か死んだバスガイドの苗字が犬飼だったはず。

 つまり、あのバスジャック事件で彼女の姉は命を落として……?


「『元娘』だとしても、事故の真相くらいは知ってるんでしょ? だったら責任を取らせたいわたしの気持ちも理解出来るわよね?」

「っあたしは関係ない! あの男の娘であることすら嫌なのに!」

「そうなるわよね。でも関係なくはない。不倫した上に、無関係な他人をたくさん巻き込んで死なせた男の血縁者を相手に、あたしは自分の憂さ晴らしをする。ただそれだけ」


 続けて「それに」と接続語をつけ加えて口を開く。


「あなたが死ねば、そのしがらみからも解き放たれるのだから……あはっ♪ いっそ、殺されてみるのも悪くない逃れ方なんじゃないのっ?」


 下賤なものは一切含まない、至極純粋な笑みを犬飼は浮かべていた。


 その顔に寒気を覚える。

 人は、人間を殺す理由を述べながらこんな顔を出来るものなのかと、明確な恐怖をあたしは感じていた。


「さ〜て、じゃあ改めて……死んで」


 真顔になった犬飼が、こっちに向かって切り上げるようにナイフを振る。


 しまった!? やり取りに夢中になっていたせいで初動への対応が……!


「くっ!」


 あたしはそれを一歩下がって避ける。正直ギリギリなタイミングだった。


 ダメだ! 肝心の打開策がまだ浮かんでいない!

 いや、ここはとにかくナイフを避けることに集中しないと……!


 犬飼が一歩踏み込む。ナイフの柄に左手を添え、胸へ突き刺そうと押し込んできた。

 あたしはそれに対し、とっさに横へ飛んでかわす。着地し、すかさず走り出そうと足を踏み込んだ。


「やるね。でもさあっ!」

「いつっ!?」


 途端に左腕に痛みが走る。

 なんとか距離を空けた状態で犬の方へと振り向くと――振り抜かれていたナイフには、薄く血らしきものが付着していた。


 切られた。そう悟って痛む箇所を手で押さえると、制服に切れ目が入っていることを実感する。同時にジクジクと痛む感触も。


「痛い? 死ねばそれもなくなるわよ?」

「じょ、うだんっ……言わないで……っ!」


 痛みで頭がチカチカしてくる。

 傷は浅いようだけど、家族にはなんて言って誤魔化そうとか、卒業したことで制服はもう着ないし捨てればいいか。なんて、現実逃避じみた考えが浮かんできた。

 もうそんなことを気にしている段階じゃないのに。


 あたしは恐怖心や焦燥感に駆られながらも呼吸を繰り返す。今のやり取りで、犬飼が本気であたしを殺しにきていることは理解出来た。


 その上、校舎と隣接しているとはいえ、この時間帯ではグラウンドにみんな集まっているはず。

 裏口側であるこの場所となれば、人が訪れることはまずないだろう。助けを求めて声を出したところで、気づかれることはおそらく……。

 

「ふふっ。助けでも呼んでみる? まあ、低めなキミの声じゃ、まともにグラウンドまで聞こえやしないでしょうけど。でもでも、近くに人がいるって賭けて、この場で大声出してみるのもありかもね♪」


 犬飼が左手を口元に当てて笑う。

 あり得ないと(たか)を括っている反応だ。それとも知られたところで、人が来る前にあたしを仕留めればいいという算段なのかもしれない。

 教師がいるであろう職員室も、ここからでは距離的に遠い場所にある。望みはかなり薄い。


「ふぅ……」


 やるしかない。犬飼に余裕が見える内に自分の力で打開してみせる。


 あたしは持っていた鞄を盾のようにして構えた。これに刺ささせることでのナイフを無力化をはかる。


「ふーん? やる気なんだ? じゃあ、キミの勇気を称えて望み通りやってあげる」


 犬飼がナイフを持ったまま突っ込んでくる。

 しかし突くことはせず、断続的に鞄を切りつけてきた。何度も何度も。


「くっ!?」


 あたしは、それを鞄を動かすことで身体を守りつつも、ジリジリと後退していく。


「あっはは♪ それそれそれーっ! このままだと壁際まで追い詰められちゃうわよっ? どうするの鞍馬さ〜ん?」

「うっ、ぐぅ……!?」

「鞄もボロボロになってきたわよっ? 革製じゃないのが仇になるなんてかわいそ〜う♪」


 ダメだ。犬飼の言う通り、このまま防戦一方じゃ後がない。

 昨日までの教科書やノートが詰まった状態ならまだしも、今の中身かつ布製の鞄では、もう守ることも限界に――。


「ほーらっ!!」

「あ……!?」


 背中が壁にぶつかる。そして、ついに犬飼がナイフを突き立ててきた。

 鞄ごと胸を刺される。そう確信してとっさに目をつぶった。


「……なんのっ、冗談よこれは!?」


 犬飼の声に釣られて目を開く。

 きっと偶然だったのだろう。運良く、卒業証書が入った筒を貫かれることでナイフは止まっていたのだ。


「っこのお!!」


 あたしは隙をついて鞄を引っ込める。合わせて、貫いていたナイフも犬飼から奪うことに成功した。

 これでもう刃物に臆することはない。――と思うのと同時に、あたしはしゃがんでいた。

 ナイフが顔目掛けて横に振り抜かれていたからだ。


「あはっ♪ ナイフが一本だけって言ったっけえ?」

「うっ!? あ……がっ!?」


 そして、次の瞬間にはあたしのこめかみに蹴りが入っていた。

 痛みが鈍く残る中で地面に転がるあたし。すぐに目を動かして犬飼を見ると、あいつはナイフを握りしめて振り下ろしていた。


「さよならっ!!」

「くそっ……!」


 とっさに手を上げて犬飼の腕を掴む。痛みや目眩で力が鈍るも、なんとか両手を使って刺されないように押し留めた。


「あははっ♪ いつまでもつかな〜? ほらほらがんばって〜♪ じゃないと喉に刺さっちゃうわよっ?」


 ……くっ……ああ、ダメだ。もう力が……。


 力が弱まったせいで少しずつナイフが降りてくる。もうここまでか。

 せめて、シンに告白だけでもしたかったな……。


 あたしは諦めの気持ちと共に、目をゆっくりと閉じ始め――。


「ああ、お姉。やっと終わらせられる。仇を取れる。これでわたしは……わたしは解放され――」

「先輩からどけえええええッ!!」


 閉じようとして、聞き覚えのある声がしたことで目を見開く。

 

「があっ!?」


 続けて犬飼の側頭部を殴打する鞄が目に入った。それが命中したことで犬飼が倒れ込む形で上からどき、同時に誰かがあたしを引っ張ることで身体を起こされる。


「大丈夫ですか綾音先輩!?」

「うっ……か、片霧……?」

「はい! 片霧朱里です! さあ、とにかく立ってください」


 片霧に手を引かれることで立つ。

 犬飼も起き上がっていて、頭を押さえながら軽く首を振っていた。


「行きましょう綾音先輩」

「貴様あああッ!! 片霧いいいいッ!!」


 こっちを向いた犬飼が怒りの形相で叫ぶ。

 しかし、片霧は臆することなくスマートフォンの画面をタップする。

 すると、機械的な音声で「通報が完了しました」という言葉が聞こえてきた。


「ぐっ!? なんなのよ今のは!? さっさと白状しないとキミもぶっ殺すわよ!!」

「……先輩方からのイジメが発覚したおかげで、過保護な親にGPSを生かした防犯アプリを入れられましてね! 鳴った瞬間からカメラでの録画と録音が始まって、警察にも連絡がいき、映像がリアルタイムで送られるらしいです! 犬飼先輩はなんでナイフなんて持っているのか? どうしてこんな校舎裏で綾音先輩を押し倒していたのか? ぜひにも聞きたいですね。今も全部記録中ですよ!!」


 片霧はスマートフォンを犬飼に向けながらも、自信満々に語っている。けどダメだ。追い込まれたネズミがなにをしでかすかなんて明白。


「だったら今すぐ、まとめて殺してやるわよ!!」


 予想通り、犬飼がナイフを握りしめてこっちへ突っ込んできた。それを片霧は。


「か弱い乙女が丸腰な訳ないじゃないですか」


 片霧は鞄から取り出した警棒のようなものを、剣道の抜き技による動きで犬飼の腕に向けて振り抜く。

 それが腕に当たると、呻き声をもらす犬飼がナイフを離し、身体を丸める形でしゃがみ込んでいた。


「え? 叩いただけで犬飼が? そんなに強く叩いていないように見えたけど……」

「はい。これ、バトン型のスタンガンなんです。電流が流れることで触れた相手を痺れさせるんですよ」

「……へ?」


 なにそれ? 防犯アプリと言い、過保護って言葉がしっくりくるほどの装備だ。

 一言で言えば普通じゃない。


「とにかく先輩を助けられてよかったです」

「でも、どうしてここに?」

「探してたんです。最後に、先輩へ直接あいさつをしたくて。そうしたら、あの場面に遭遇した次第で」

「な、なるほどね」


 運がよかった。これまで、尽くタイミングに嫌われ続けていたあたしの人生の中で、もしかしたら唯一の幸運だったのかもしれない。


 その後――。

 結束バンドまで持っていた片霧が犬飼の手を縛り、ほどなくすると、裏門の方から警察の人たちが駆けつける。

 学校側にも即座に連絡が入ったけど、事が事だけに表沙汰にはしたくないらしく、他の生徒には広がらないよう、関係者のみで粛々と解決することになった。


 結果として、犬飼は少年院へ入ったらしい。

 ナイフの所持と殺害未遂。加えて、当日もドラッグを使用していたらしく、刑としては決して軽くはないのだとか。


 どうしてこのタイミングが殺すという思考に至ったのか、お母さんやお姉ちゃんと話し合った結果身を引いたあたしには、ついにわからないままでいた。

 もしかしたら本人にしかわからない、なんだかのキッカケがあったのかもしれない……。




 そして春休みに入り、あたしは一つの決意を持ってお姉ちゃんへと相談を持ちかけた。


「お姉ちゃん。あたし変わりたいの。今の自分とは違う、新しい自分に」

「……は? どうしたのよ急に?」


 ソファーに座ったまま、怪訝な顔で聞き返してくるお姉ちゃんに理由を告げる。


「好きな人がいるの。高校を公立にしたのもその人を追ったのが理由で」

「……え? 何? そこまで本気な相手なの?」

「うん」


 あたしの返事を聞き、お姉ちゃんは目を丸くしていた。


「その人、あたしみたいな内気な子よりも、明るい性格の子が好きみたいだから。だから変わりたいの。見た目も中身も明るい人間に」


 目を真っ直ぐに見つめ、自分が本気だということを真剣に伝える。

 もう逃げたくない。自分を変えることでシンとの関係をやり直したい。


「あたしにそれを相談するってことは、交流のあるメイクさんとかを紹介しろってわけ?」

「うん。無理なら自己流で学ぶ」


 お姉ちゃんはしばらく黙り込み、色々と考えている様子だった。

 それもあまり長くは続かず。


「分かったわ。あんたがそこまで本気なら手を貸してあげる。けど一つだけ条件があるわ」

「条件……?」

「ええ。どんな結果になろうと後悔しないこと。これなら前のままが良かったなんて、惨めな弱音を吐くのだけは許さないわ。やるからには全力でやりなさい。あんたのことだから、それ初恋なんでしょ?」

「お姉ちゃん……。わかった。初恋は破れるってジンクスなんか壊して、その人と絶対に付き合ってみせるから!」


 こうして、あたしは高校デビューを果たすことになる。


 不本意ながらも、シンが惚れた犬飼のようなギャルをイメージした姿を目指し、髪を金色に染めて外ハネのウェーブなんかもかけ、普段身につけないアクセサリーまでをも着飾った。自分の特徴だった黒縁眼鏡も外してコンタクトに。

 ギャル風な友達も作り、今時の女子学生らしい仕草や口調もマネをして学んだ。


 そしてついに、高校二年生にしてシンと同じクラスになることが出来た。

 さあ、ここから始まるんだ。あたしの……ううん。あーしとシンの恋のやり直しが――!

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