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37話 手紙と復讐

「はあ……。どうしてこう、あたしって奴は……」

「綾。何あんたは、こんな大切な日にため息なんか吐いて、ブツブツとぼやいてんのよ?」


 あたしはお姉ちゃんにそう言われ、ふてくされた気分で「……別に」と返事をした。


 大切な日。それはバレンタインデーでも、お返しをするホワイトデーなどでもない。

 加えて言えば、公立高校の受験日でもなかった。


 それらはすでに終わっていて今日は――。


「まあまあ司。綾音にとっては今日がこの学校で過ごす最後の日なのだから、少しだけナイーブになってしまっているのよ。そうよね綾音?」


 今度はお母さんが口を開き、あたしに同意を求めてきた。


「う、うん……」


 そう。今日が学校に通う最後の日。すなわち、この中学校の卒業式ということ。

 そして今は式も終え、家族三人揃って、校庭の一角で立ち話をしているところだ。


 なぜあたしが自責の念に駆られ、ため息なんてものをついているのかというと……。

 理由は単純。今を持ってしてなお、あたしはシンにラブレターというものを渡せていなかったからだ。

 あれからすでに一ヶ月以上が経っているのにも関わらずである。まったくもって、情けなくってしょうがない。


 そんな憂鬱な気持ちになりながらも、あたしは周りを見回そうと視線を配る。


 離れ離れになるせいで泣きながら抱き合う女子。

 はたまた、時代錯誤に見える男子制服のボタンを受け取っている下級生。

 あたしたちのように家族で談笑する光景や記念写真を撮る生徒なんかもいる。


 そんな中にあたしと仲の良い生徒は一人もいない。

 元より、中学校生活では人との関わりを最低限にまで減らしていたのだから当然だ。

 あえて新規の知り合いを挙げるのなら、シンや最近話す機会の増えた片霧くらいなものか。


 けれども、未だに二人とは顔を合わせてすらいないのが現状だ。

 片霧には一言くらい声をかけたいし、シンにも鞄に入れっぱなしのラブレターを渡したかった。


「にしても、綾には友達いないわけ? 私が見ている限りじゃ、誰も話しかけてこないじゃない」

「こら司。そういうことを言わないの。綾音にも話をする相手くらいいるわよ。ね?」

「ま、まあ……」


 そこで同意を求めないでよお母さん。

 ちーちゃんや片霧……にシンという知り合いくらいはいるし。……というかあたしの交友せますぎ。


 更なる自己嫌悪に陥っていると、視界の端に、黒色の紋付羽織袴(もんつきはおりはかま)を着た小太りの男性が映った。その隣には鮮やかな着物を着た女性も。

 更に離れた場所には、黒色のスーツを着た一団までもがいる。


「おーおー。相変わらずよね倉田家。千歳ちゃん、周囲からの奇異の目にさらされてるせいで縮こまってるじゃない。最終日でついに倉田家の実態が発覚!? って感じかしらっ?」


 それに気づいたお姉ちゃんがケラケラと笑う。


 お姉ちゃんが言うように、ちーちゃんは困惑した顔で他の生徒へ応対していた。

 おそらくだけど、ちーちゃんにちょっかいを仕掛けた経験がある生徒たちなのだろう。

 ヤクザ風……いや実にその通りの家柄なんだけど、倉田家からの報復を恐れ、彼女たちはちーちゃんに媚びへつらっているようだ。


 こうなるから、ちーちゃんは家の人に知られたくなかった。どう転んでも良い気分にはならないから。

 しかし、ちーちゃんはあからさまにイジメについての言及はせず、彼女らと話をしている。そのおかげもあってか、報復処置などは起こらなさそうだ。


 でも、うーん……あの様子だと、ちーちゃんにあいさつをするのは無理そうかな?

 まあ、春休みの間にでも一言告げに家を訪れるとしよう。


 となると、やっぱりここは片霧だ。シンはたぶん、あたしと話したいことはないはず。会っても避けられるのが関の山だ。

 それにシンとはこれから同じ学校に通うのだから、進学後に話せるようにがんばればいいや。


 そう。あたしは私立高校の合格を蹴って、シンと同じ高校へ通う道を選んだ。

 担任は必死に説得をしてきたけど断っている。家族に対しては「どうしても通いたい理由がある」と話したことで、一応の理解を得ることが出来た。

 だから、シンと元の関係に戻ることは焦らなくてもいいと思う。……まあ、なるべく早く決着をつけたいところではあるけどね。


 そんな感じな遠回りで内向的な考え方だけど、今度はちゃんと、二の舞を踏まないようにするつもりだ。

 シンに近づく女を牽制しつつ、あたしの胸の内をシンに告げてみせる。


「じゃあ、そろそろ帰りましょうか? どこか食事でもして」

「賛成! おめでたい日なんだから、今日くらいは豪勢なお店でいいわよねお母さん?」

「しょうがないわねぇ。綾音もそれでいい?」

「うん」


 あたしたち家族三人は、この後の予定を決めて歩き始めた。

 お母さんとお姉ちゃんが談笑する中、あたしはふと名残惜しい気持ちになり、校舎の方へと振り返る。

 今日で最後ということに対し、こんな自分でもアンニュイな気分になるとは……ね。


「綾?」

「あ、ごめん」


 お姉ちゃんの声に引っ張られ、あたしは進行方向へと向き直る。しかし、不意にシンの別れ際の悲しそうな顔が脳裏に浮かんで――どうしても最後に一目、彼に会いたくなってしまった。


「ごめん。先にトイレ行く」

「え?」

「もー! ちゃっちゃっとすませなさいよ綾!」

「わかった」


 あまり長い時間は取れない。

 若干焦りの気持ちが湧きながらも、あたしは校舎に向かって走り出す。


 人混みを縫って駆け、同時にシンがいないかと目も動かした。

 その途中で走り寄ってくるシンの姿が目に入る。


「え?」

「ナナシ!」

「し、シン……?」


 足を止めるあたしの前まで来たシンは、息を切らしながらも鞄の中を漁り出す。

 突然のことで呆気に取られるあたしだったけど、次の瞬間にはシンが封筒を取り出して手渡してきた。


「これ! オレの気持ちだから!」


 それだけ言ってすぐさま走り去ってしまうシン。

 え? もしかしてこれって……?


「今のって何ー? もしかしてラブレター?」

「うわっマジ!?」

「卒業式にとかロマンチックすぎじゃない!?」


 あたしたちのやり取りに気づいた生徒たちが、勝手に憶測を並べ立てていた。


 それはない。とは言い切れないし、あたしだってそう意識せざるを得なかった。

 確信が欲しくて、あたしは周りの人たちに見られないようにしながらも、渡された封筒を開けて中身を確認する。


『せっかく仲良くなれたのに、最後にこんな手紙を渡すことになってごめん。どうしても面と向かって話すことが出来そうになくてさ。お前と最後に屋上で会った日、いきなり押し倒してしまって本当にごめん。あのときのオレはどうにかしてた。トラウマになってないよな? 本当に、本当にごめん。ちゃんと謝りたくて、この手紙を書くことにしたんだ。お前とはもう会うことがないかもしれないけど、高校ではオレとは違う、真っ当なやつと友達や恋人になってくれ。お前ならきっと大丈夫だ。こんなオレだけど、それだけは胸を張って保証するから。さようならナナシ。進藤優也より』


 読みながら、ツーっと自分の頬を涙が伝い落ちるのがわかった。


 こんなものじゃない! あたしが彼から受け取りたかった言葉はこんなものじゃないのに!


「あれ? ……泣いてる?」

「嬉し涙とか?」

「いや違うでしょ。そんな雰囲気じゃないっぽいし」


 周囲が悲観的な様子で話し出す。


 ……あたしとシンのなにが、あなたたちなんかにわかるって言うの?


 そう言いたい気持ちをグッと抑え、手紙を封筒に入れる。そして、あたしはすぐにシンの後を追った。

 向かった方角しかわからないけど、それでもこんな終わり方に納得出来るわけがない。今度はあたしが手紙を渡す番だ。


 そう自分に言い聞かせてシンを探し始めた。




 とにかく当てがないので片っ端から校内を探す。

 校庭を見回り、その後、校内に入ったかどうかを下駄箱を覗いて確認する。

 しかし、シンの下駄箱には靴やシューズは入っておらず、その結果、屋外を重点的に巡る方針へと舵を切ることにした。


 校門の前にはお母さんたちがいるはずだけど、シンのことは知らないから、彼が通ったかの情報を聞き出すことは難しい。もしも、もう敷地内にいないとしたら、あたしのこれは徒労に終わってしまう。

 残る場所は? と、今度は人気(ひとけ)がない場所という案が浮かび、急いで校舎裏へと足を運ぶことに。


 そうして……あたしは一人の女子生徒に出会ってしまった。


「どうしたの? そんなに息切らしちゃってさ〜? 誰か探してるの隠キャ眼鏡ちゃん〜?」

「……っ!」


 最悪だ。一番会いたくない人物。ニヤニヤと楽しそうな顔をする犬飼麻美と出会してしまうなんて……。


「だんまり〜? 相変わらずよねキミってやつは」

「あなたに用はないから」


 踵を返して去ろうとした瞬間。


「もしかして進藤くんを探したりしちゃってる〜?」


 こちらの心を見透かしたように発言する犬飼。


「別に」

「図星〜? そんなに知りたいのなら居場所を教えてあげよっか〜?」

「っ!?」


 あたしはその言葉に反応して振り返り、犬飼の顔をジッと見つめる。けれども犬飼は。


「ぷっ! あっはは! わっかりす〜い! やっぱり進藤くん探してたんだっ?」

「……っ、かまをかけたつもり?」

「そ。で、実際に引っかかったわけだけど〜?」


 犬飼はそう言って嫌味ったらしい笑みを浮かべた。

 やっぱりこの女とは合わない。感性が、という言葉よりも生理的に馬が合わないと確信出来た。

 話しているだけでいつもイライラしてくる。


「だとしても、それであなたに引き止められる理由にはならない。もう行くから――」

「キミにとってはね。けど、わたしには意味も理由もあるんだな〜、これが」

「……は?」


 笑みを浮かべたままの犬飼が歩み寄ってくる。


「わたしさ、鞍馬さんのこと探してたんだ。今日も隠キャらしく、しみったれた場所にいるかもって、敷地内のわびしい場所を巡ってたところでね〜。まあ、仮に見つからなかったとしても、住所は調べあげてあるから、春休み中に訪問する展開でもよかったんだけどさ」

「やめてよ。気持ち悪い」

「あはっ! わたしたちって本当、反りが合わないわよね」


 話しながら更に歩んできて、一メートルほど手前で止まる犬飼。


「……ん?」


 なんで犬飼があたしの家を訪れる必要が?


「わたしってね、調べ物をするのが得意というか、癖になってるのよね。必要な情報を集めるために他人を利用したりとかさ」

「なにを言って……?」

「取り巻き連中にも探りを入れさせたり指示してたんだけど、あの子たち言うこと聞かなくってさ。ほら、一年の片霧イジメが主目的になって、本来の目的忘れてたのよ、あのバカどもは。挙句にバレて休学になっちゃって、ほんっとーに使えないやつらよね〜」


 呆れた顔をしながら犬飼は髪をかき上げた。


「おかしいとか思わなかった? わたしのお気に入りが倉田さんだったことに。あと、いきなり進藤くんとわたしが仲良くなったことも」

「え?」

「倉田さんの方は、まあなんとなくの予想くらいはつくでしょ。進藤くんの方はさ、キミが屋上で彼と会ってる情報を掴んでたから、わたしはあえて進藤くんに接触していたの。まあ、思ってた以上に、彼から入れ込まれてしまってたのは予定外だったけど」


 どういうこと……?

 ちーちゃんをイジメていたのも、シンと接していたこともあたしに近づくため?


 いやなんで? ……っ、あたしが犬飼と話す機会が巡ってきたのは、シンが話題に出して気になり始めていたときや、ちーちゃんのイジメを知ったあと……。

 そういうことなの? あたしが犬飼との接点を持つために二人は利用されていた?


「覚えてる? いえ、忘れることなんてありえない。約一年前に首都高で起きた、あのバスジャック事件。キミにとっては、忘れたくても忘れられない出来事でしょ?」

「っ!?」


 なんで()()()をこの女が!?


「あれ以来ね、あたしの人生は滅茶苦茶なのよ。あの男共は死んでるし、バスに乗っていた人は生徒一人を除いて、教師含めてみんな死んじゃったし。で、溜まりに溜まったこの気持ちの捌け口がないせいで、弱い生徒へのイジメや、色んな男とのセックス。挙句にはクスリにまで手を出しちゃったからなぁ」


 片手を顔に当てて億劫そうな様子で話す犬飼。もう片方の手を制服の上着のポケットに手を入れ。


「でもまあ、ここ最近色々調べてたら分かったのよ。キミっていう捌け口がいたことに。予想……つく?」

「あたしに? ……あなたもしかして」


 あの事件の唯一の生き残り?

 いや、そんなはずはない。犬飼は一年からこの学校にいた生徒だ。転校や転入で来た生徒じゃない。

 じゃあ死んだ人の中に友達がいたとか?

 

 あたしが思考に浸っている中で、犬飼はスッとポケットから手を抜き出す。その手の中には折りたたみ式らしいナイフが握られており、すぐさま鋭利な刃物があらわになった。


「さっ、始めよっか。キミ個人に直接的な関係はないけど、一応バスの生徒たちを死なせた、()()()()()()()なわけだし。わたし的な復讐の対象ってことで……潔く殺されてよ」

更新速度が遅くなっていてすみません。過去編は残り1話の予定です。

なるべく早めに更新出来るようがんばりますので、今後ともよろしくお願いします。

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