8話 愛情って最高の調味料なんですって奥さん
オワタ……もうこれ完全にオワタ……。
オレは他の奴らがいるにも関わらず、四つん這いでうなだれた。
きっと「し、進藤くんってシスコンだったの? うわぁ……」とか「さすがにキモくない? ユーヤの家マジありえないんだけど……」なんて思われてるに決まっている。
オワタ。オレというか進藤家がオワタよ。
母さん、オレもすぐそっちへ行くからね……。
目頭が熱くなるのを感じ、オレは現実から目を逸らしたくなってグッとまぶたを閉じる。
さよなら、オレの青春――。
「これって……デコ弁ってやつっしょ!? え!? えぐっ! すごくない!? ユーヤのおねーさんってどちゃくそヤバいじゃん!!」
「……へ?」
オレは鞍馬の声に釣られて目を開いた。
「へ? じゃないし! ユーヤ、いっつもこんな感じのデコ弁作ってもらってんの? インスタ映えしそーだし、マジうらやましーんだけど!」
顔を上げると、鞍馬の奴が目を輝かせて弁当を覗き込んでいた。
「ねえねえ! 見てよ綾ちゃん。茅野くんが開けてくれたこっちの中身もすごいよ! オリジナルのタコさんウインナーがあるし、カボチャの煮付けにはジャックオーランタンみたいな飾り付けがしてあってね!」
「え!? マジで!? パナいじゃん! ユーヤ、写真撮っていいー? てか撮るしっ!」
オレの返事も聞かず、鞍馬はスマホで弁当の写真を撮り始める。
その顔も先ほどと変わらず輝いて見えた。
えっと、なんなんだこの状況は……?
「……へ、変だとは思わないのか? こんな中身の弁当を」
「なんで? 弁当って、愛情を込めてナンボのもんっしょ?」
鞍馬は訳が分からないと眉をハの字にする。けれども、その顔はすぐに真面目なものへと変わった。
女の子座りで座り直した鞍馬は、持っていた弁当を太ももの上に乗せ、口を開く。
「……ねえユーヤ。こんなに作ってる人の気持ちが伝わってくる料理なんだよ? それを見た目なんかで判断してきて、好き勝手ディスってくるバカの言葉が聞こえたとしても、そんなのひがみや難癖だろって笑い飛ばせばいーじゃんか。それに、一生懸命作ってくれたお弁当が変だとか、一番ユーヤが言っちゃダメな言葉だし。そんなの、愛情込めて作ったおねーさんがメチャクチャ報われなくなっちゃうっしょ」
「鞍馬……」
怒ったように頬を膨らませる鞍馬は、オレに向けてデコピンをするマネをし、「ってことだし。わかったかねユーヤくんっ?」と最後は歯を見せて笑った。
「そう、だよな……。分かったよ鞍馬」
鞍馬なりの想いを込めた言葉が、オレの胸に突き刺さる。
「まあ、よかったじゃないか優也。お姉さんの弁当、二人には好評みたいで」
「だからって、勝手におかずのふたまで開けることないだろ白斗。それに熱弁してくれた鞍馬には悪いが、さすがにあの海苔の装飾は……」
「確かに。あれは俺もどうかと思うぞ」
くっ、はっきりと言ってくれやがるなこいつ……!
「ええ!? アリよりのアリっしょ!」
「あはは……進藤くんのお姉さんの想いは伝わってきたよね?」
白斗の言葉を聞き、鞍馬は驚愕して倉田は苦笑いをしていた。なんとも両極端な反応だ。
「だが俺も羨ましいと思ったぞ。それだけ愛情を注いで作ってくれているってことだし、実際、前におかず分けてもらったときは美味しかったからな。愛情は最高の調味料とはよく言ったものだ。それで? お前はどうしてうなだれなきゃいけなかったんだ? そんな必要なかったろ?」
「白斗お前まで……」
白斗の飾り気のない言葉がオレの心に響いてくる。
ああ、ダメだ。違う意味で目頭が熱くなってきやがった。
「……ははっ、そうだな。うちの姉ちゃんは最高だからな。お前はどう思うよ白斗?」
「ん? そんなの聞くまでもないだろ」
オレの惚気た発言に白斗は目を閉じて微笑んだ。
「ちょいちょーい! さすがに時間押してるしー! ユーヤたちはお弁当食べない気っ?」
「お前なあ……人から弁当ぶんどっておいて、その言い方はおかしいだろ」
「あははっ、ごめんってばー! そだユーヤ。おかずの交換しよーよ! おねーさんの料理食べたいし!」
なんて感じでオレたちの騒がしい昼食が始まった。
そして胸が暖かくなるのを感じて頬が緩む。
……ああ、悪くないな。こういうのも。
で、オレと倉田と鞍馬は弁当。白斗はパンを数個シートに広げながら、談笑混じりで昼食を食べ進む。
「〜〜っ! おいしー! ユーヤのおかずおいしすぎて、どちゃくそすこだし!」
鞍馬が唐揚げを食べながら頬を押さえ、蕩けた顔で口を動かす。
相当気に入ったらしく、オレのおかずの半分は鞍馬のものと交換されていた。
「そうか? そんだけ喜んでくれると、なんか自分で作ったんじゃないのに照れてくるな。友達が絶賛してたって姉ちゃんに伝えとくわ」
「うんうん! よろしくねユーヤ! てか、何気に友達認定されちゃってるにゃーん?」
「え!? なっ、違っ! 今のは言葉の綾だ!」
鞍馬が猫っぽい顔でニヤニヤとしてくる。
くっそ! 完全に気を抜いた状態で答えちまった!
「二人とも仲良くしよーよ! あ、そうだ! 私たちもおかずの交換とかする? は、茅野くん!」
「俺はパンなんだが」
「そ、そうだよねー……。あぅ……」
「……まあ、コロッケパン半分くらいならあげてもいいが、どうする?」
「じ、じゃあ! 私もコロッケあげるね!」
その交換に意味はあるんだろうか? まあ、コロッケでも味は違うんだろうけど。
てか、なんで白斗なんだよ……。オレも倉田の弁当食べたい。
「…………ユーヤは?」
「へ?」
白斗たちのことを見つめていたら、鞍馬から名前を呼ばれた。
「あーしがあげたおかず。味の感想聞きたいんですけどー?」
「あ、そうだったな」
そういえば、まだこいつからもらったもの食べてなかった。
鞍馬はというと、緊張した顔付きでオレのことを見つめてくる。
まあ、このまま手をつけないのも失礼だし。とオレは鞍馬にもらっただし巻き卵を箸で掴む。
それを落とさないように手を添えて運び、口の中に入れて咀嚼する。
「ん、もぐ……もぐ…………んっ!?」
なんだこれ!? 味付けはシンプルな和風の風味だが、中がふわとろしてて、噛むたびに甘みが滲み出てくる。……うん。すごいおいしい。
姉ちゃんの作るおかずも絶品だけど、これも引けを取らないんじゃないか?
「ど、どーかな? ユーヤの口に合ってた?」
「ああ! すっげえおいしかったぞ!」
「ほ、ホント!? 〜〜〜〜っ! やばっ……マジでうれしーんだけど……!」
「く、鞍馬っ?」
耳まで赤くし、口はニヤけそうなのを必死で堪え、目は熱を帯びてうるんでいた。
そんな一目見て分かってしまうほど、鞍馬はオレの一言に心から喜んでくれていたんだ。
鞍馬って照れると滅茶苦茶かわいいんだな……。なんて、極々自然に思ってしまうオレがいた。
同時に、あいつを照れさせたことに対し、なぜか自分の身体は感動を覚えて震えてしまい……。
「ほほう? イチャラブな仲だねー?」
「なんだ? お前たちもう付き合ってるのか?」
ふと、蚊帳の外にいた二人がそんなことを言ってきた。
「は、はあ!? なんでそうなるんだよ!? 別に付き合ってはいねえって!」
「そ、そーだし! 付き合ってとか、まだそんなんじゃないし!」
「ふーん? ……茅野くん、まだだってさ」
「うむ。まだ、らしいな」
「お、お前らなあ!!」
そのあと、オレは全力で否定して誤解を晴らした。
倉田にだけは絶対誤解されたくない。
なんて感じで、食べ始めてからはドッと疲れる昼休みとなった。
外堀が埋まっていってる気がするのは、多分気のせいなんだろう。きっとそうだ。そうであってくれ。
ちなみに鞍馬のおかずはどれも絶品だった。
あれは鞍馬自身が作ったのか、それとも親が作ったものなのか。
結局聞かずじまいだったので、オレはちょっとだけ気になってしまった。
愛情が最高の調味料――か。