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35話 二度目の失恋

 昨日の放課後は特に収穫がなかった。

 犬飼が行動を起こすことがなく、ちーちゃんからもイジメに関する報告がなかったからだ。


 その代わり、校内で犬飼を探しているときに、窓から見える眼下で――例の取り巻きたちと片霧と名乗った女子生徒を見つけた。


 取り巻きたちに囲まれ、パス回しのように身体を押されている片霧。よろめくほどの力で突き飛ばされ、ときに転んでは立たされてを繰り返される。

 大方、さっきまで見つからなかったおもちゃが見つかったことで、いつもより激しく使用して(遊んで)いるのだろう。


 しかし、見ていて気分がいいものじゃなかった。まだ信じられるほどの相手ではないけど、これすらもあたしを信じ込ませるための演技とも考えられるけど。


「はあ……気に入らないのだから仕方ないか……」


 あたしは鞄から中身の入ったペットボトルを取り出し、キャップを開ける。

 窓を開け、女子だとバレないように袖を巻くってから、腕を伸ばしてそれを垂れ流した。


「キャッ!? 冷たっ!? な、なに!? なんなのよ!?」

「見て! 上! 上から誰か飲み物捨ててるやつがいる!」

「ちょっ!? ふざけんな! やめろ! 聞いてんのか上にいるやつ!?」


 下からは取り巻きたちの声が聞こえてきた。

 顔を出すと誰の仕業か知られるので、反応を見たいという衝動を抑えながら腕を引っ込める。


「来るかな? ううん。来るだろうなぁ」


 そう悟ったあたしは、さっさとその場から移動するのだった。


 なんて感じのことがあったわけだけど、それだけ。このこと以外に特筆するようなことはなかった。


 で、現在は昼食を取るために屋上のところでご飯を食べているところで。


「目撃したタイミング的に、昨日片霧がいじめられてたのって、あたしと別れたあとなんだよね? だとしたら、あの子の言ったことは本当に? あたしを騙す裏なんてないってこと……?」


 おにぎりを頬張る。もぐもぐも口を動かし、片霧のことを信じるかどうか悩んでいると。


「……ん?」


 カツンカツンと二つ分の足音が聞こえてきた。

 足音は確実に階段を上ってきており、すぐ側の踊り場の部分でそれは鳴り止んだ。


「ここなら人来ないからさ。ここで話そっか」


 え? 犬飼!?


 あたしは聞こえた声が犬飼のものだと気づく。

 また? 今度はどんな理由でここに? という疑問を抱きながら、あたしは会話へと耳を傾けた。


「キミのクラスの子から聞いたよ。お母さんが亡くなったんだって?」


 ――っ!? も、もしかして一緒にいるのはシンなの!?


「……うん。お前に告白した日の夜に」

「あー……そっか。それは大変だったね」


 動悸が、呼吸が狂い出す。どういう状況なのかもわからなくなり、頭がパニックになる。


「告白の返事が出来ないときはどうしようかと思ったけど、事情が事情だもんね。てことで、わたしが今からする話、わかるよね?」


 ……返事? そ、そっか。この二人はまだ付き合ってるわけじゃないのか。

 でも、もしかしたら今ここで……!?


「さっきいた男子、健って名前なんだけどさ。彼はわたしの幼馴染なんだ。色々と相談事したり、遊びに行ったりする仲でね。キミに告白された日の夜。健からも告白されたの。ずっと前から好きだったって」

「――え?」


 どういうこと? ケンって人が犬飼の幼馴染で、その人からも犬飼は告白されていた?


 あたしは身を乗り出したい気持ちを押し殺しながら聞き入る。


「それでね。キミとのこともあったから、一日待ってほしいって答えたんだ。けど、キミは学校には来なかった。調べてやっと知ったんだ。お母さんが亡くなったって話を」


 犬飼が少しだけ間を空け。


「わたしさ、昔から健のことが好きだったの」


 そう言った。あたしは今の言葉にハッとする。

 じゃあ、それってつまり……?


「でも、あいつはそんな素振りを見せてこなかった。だからキミに告白されて揺れてたんだ。けどね、親が死んじゃったキミを支えるのは、多分わたしには荷が重すぎる。そう思った。ごめん。……それに、健の想いに応えたい自分がいたんだ」


 シンが息を呑むような音がした。

 あたしは違う意味で息を呑む。この返事は明らかにシンを振る前振りだ。そう思って。


「ごめんなさい進藤くん。あなたとは付き合えない。ううん、その言い方は卑怯だね。わたしはもう健と付き合い始めたの。キミが学校に来れなかった間に。だから、キミの想いに応えることは出来ない。……ごめんなさい」


 ああ……。ああ、よかった。

 シンには悪いけど、あたしは犬飼の返事に対して心底ホッとし、泣きたくなるほど喜んだ。

 犬飼がシンと付き合わないことが、これほどまでに嬉しいだなんて。


「本当にごめんね。これからも友達として仲良くしようね?」


 その言葉にシンは心のこもらない返事をした。

 犬飼が気を遣って先に階段を降り、シンが一人だけ取り残される。


 声かけないと。そう思い動こうとするけど、身体が拒絶してきた。シンの嗚咽が聞こえたせいで。


 結局あたしは、シンがその場から離れるまで動くことが出来なかった。

 泣いているシンに声をかけることすらも出来なかったのだ……。




 放課後になり、あたしは屋上を訪れることに。

 いつもの習慣でもあるのだけど、片霧と会う約束もしているからだ。


 昼のことを思い出してしまい、途中で億劫な気持ちになってきた。

 素直に喜べないのはきっと、シンのつらそうな泣き声を聞いてしまったからなのだろう。


 最後の踊り場に辿り着き、身体の向きを変えて視線を上げる。


 すると、そこに一人の男子生徒が座っていた。

 一秒ほどの時間が経ち、その生徒がシンだということにやっと気づく。


「……シン? そうか。あなたは今日から学校に来てたんだった」


 昼にいたのだから当たり前だ。

 だけど、こうして彼の姿を見るのは実に一週間ぶりである。それでやっと、シンが戻ってきたのだと実感しているあたしがいた。


「ああ、久し振りだなナナシ」


 力なく手を挙げて答えるシン。犬飼のことをまだ引きずっているのだろう。


「うん。……告白、残念だったね」

「え? お前知ってたのか?」

「昼もここに来るのが日課だから。二人が話してるのが聞こえた。ごめん」

「昼食もボッチなのかよ」


 犬飼と同じことをシンは言ってくる。

 いいじゃないか。別に一人で食べたって。


「でも大丈夫。シンはいいやつ。きっとすぐに恋人だって出来る。がんばれシン」


 あたしは激励を飛ばす。こんなことでも、少しでも彼の心労を和らげられればと思って。


「なんだよそれ? じゃあ、お前が彼女にでもなってくれるのか?」

「えっ!? それは……! その……!」


 な、なにを言ってるのッ!?

 あ、うっ! これはまずい! 顔が熱くなって、身体中から力が抜けそうになってくる!?


「冗談だ」


 ……へ? じ、冗談……?

 すぐさま意味を理解し、「し、シン……!」と、からかってきたシンに抗議しようとした。

 しかし筋肉の緩みのせいなのか、尿意が迫っていることを察する。


「あ、おい! 機嫌悪くしちまったか? だから冗談だってば!」


 あたしが踵を返して階段を降りようとすると、シンが慌てた様子で立ち上がる。


「違う。トイレ行くだけ。……ばか」


 悪態をつき、あたしは階段を降りた。


 まったく……。冗談にしてはタチが悪い。

 犬飼への告白が失敗したのを知った今では、本気で信じそうだったんだから。


 しかし、トイレに向かう途中でふと思いつく。


「そうか。この流れで告白するのもあり? ううん。今がそのときでしょあたし。振られた今なら、あたしの好意を本気でぶつければきっと……!」


 あたしは告白する決意を固めて振り返る。


「……う」


 けど、まずは先にトイレの方を済ませないといけないらしい。この状態で告白するのは色々とまずい気がする。

 それに片霧が来るはずの時間だから、彼女が来る前に決着をつけるべきだ。迷っているヒマはない。


 改めて決意したことであたしはトイレへと急いだ。




 あたしは素早く用を足し、トイレをあとにする。

 しかし廊下出て少ししたところで、上の方から声が聞こえてきた気がした。


「もしかして片霧がもう? ……ん?」


 女の声だとは思うけど、どうにも昨日聞いた声とは違う。

 片霧のものというより別の、他に聞き覚えのある声のような気が……。


 あたしは歩みを進めて階段を視界に収める。そこでまた声が聞こえてきた。


「…… と健の……せてあげよ…………っても……んだよ?」


 この声……。なんでこいつなのかと嫌気が差す。

 間違いなく犬飼の声だと断言出来たからだ。


「おい麻美!」


 ほら当たりだ。犬飼麻美がいる。

 けど今の男の声は? いつもの取り巻きじゃなく、健とかいう幼馴染と二人でシンがいる屋上に?


 嫌な予感がして急いで階段を上る。そうして犬飼と男子生徒を視界に収め。


「ねえ、いるんでしょ隠キャの眼鏡ちゃ〜んっ?」

「眼鏡? それはあたしのことを言ってるの?」

「……へ?」


 声をかけると、犬飼ともう一人が驚いた顔でこっちを見てきた。


「な、なんであなたが下から来るのよ? ……え? じゃあ上にいるのって誰……?」

「おい! いくぞ麻美!」

「くっ……!」


 苦虫を噛んだような顔であたしの横を通り過ぎていく犬飼と、連れ添う男子生徒。

 意味がわからず、二人が降りていくのをあたしは見送るしかなかった。


「なんなの? ……あ、そうだ。シンは?」


 二人からなにか嫌がらせをされたかもしれないと思い、あたしは急いでシンの元へと向かう。

 一番上まで辿り着くと、隅の方で座るシンの姿を発見した。


「シン? ……もしかしてあの女になにかされた?」

「……っ」


 シンがピクッと反応する。だけど、体育座りの体勢で顔を膝に埋めたまま、動こうともしなかった。


「ねえ」


 あたしはシンの前まで行ってしゃがみ、様子を確認しようと、彼の肩に手を伸ばす。

 しかし――その最中であたしは気づいてしまった。


「……シン? ……え? 泣いて、るの……?」

「……っ……」


 またピクッと反応するシン。


「どうして? なんで泣いてるの?」


 わからなかった。彼が泣いてる理由も、彼が泣く意味すらも。


 あの二人がなにかした? でも、ここにいるシンのことを犬飼はあたしだと思っていたようだし……。

 直接的な接触があったとは思えない。なら、あたしだと思っていた犬飼が汚い言葉を吐いて、それを聞いたシンが幻滅したとかで……?


「ねえシン……」


 もう大丈夫だよ。という意味を込め、あたしは肩に伸ばすつもりだった手を頭に置こうとした。

 こういうときは、誰かの温もりを感じることで楽になるはず。それをあたしがしてあげたかった。


「くっ!」


 その瞬間、シンが顔を上げてあたしの手を掴んだ。


「なっ!? 痛っ!」


 あたしはわけもわからず、シンに覆い被られるようにして、背中から床に倒されていた。

 シンに掴まれた手首が痛い。荒く息を吐くシンの顔が怖い。


「はあ! はあ!」

「し、シン……? 痛い……! なんで……!?」


 その状況を理解しようと思い、けれども頭は回らなかった。


 あたしが来る前になにがあったのか聞きたい。

 シンがこんなことをするのが理解出来ない。

 この状況を打開する案が浮かんでこない。

 どうすればいいかホントにわからない。


 どうしたのシン? そう思って絞り出したはずの声は「シン……?」としか出てこなかった。


 そのまま顔を見つめ続け、シンが興奮した様子でいることにあたしは気づく。

 ゆっくりと近づいてくるシンの頬が赤く染まっている。


 もしかして、あたしにキスをしようとしているの?


 なにがあったのかはわからない。

 でも、あのシンが今この瞬間、あたしのことを求めようとしてくれている。

 自分でも、それが捻じ曲がった思考なのは理解出来ていた。だとしても、好きな人に迫られるこの機会を逃したくなくて……。


「……うん、いいよ……シンなら」


 あたしは目を閉じてシンの行為を受け入れることにした。

 彼がキスをしたいんだと完全に察し、ファーストキスを捧げる覚悟を決める。


「ナナ、シ……!」


 興奮のせいで息も絶え絶えになった声。目の前で聞こえるそれを感じながら、あたしの唇に柔らかなものが触れた。


 プルプルと小刻みに震えるこれがシンの唇?

 薄目を開けて確認する。微かに触れているだけだけど、確かに触れ合っていた。

 ああ……あたし、ついにキスしちゃったんだ。初めてをシンにあげちゃった。嬉しい。


 あたしはもう一度スッと目を閉じる。


「……あ」


 シンの声がして、あたしはゆっくりと目を開けた。

 すでにシンは覆い被さっていた体勢をやめて離れていて、気まずそうな顔をしている。


「……シン?」


 あたしも身体を起こし、そんなシンの名を呼ぶ。


「ご、ごめんオレ……!」


 なぜか謝られた。

 どうしてシンが謝る必要が? もしかして押し倒してキスをしたから?


「オレ帰る。ごめん。もうここにも来ないから。本当にごめん」


 シンが慌てて落ちていた鞄を拾って立ち上がった。

 あたしも慌てて立ち上がり、同時にツーッと涙が頬を伝い落ちる感覚を感じ取る。


 もしかしてと思って手の甲で拭うと、そこは涙らしきもので濡れていた。


 ちょっと待って……! 泣いてたのは違う! これは違うの!

 シンに無理矢理キスされたから泣いてたんじゃなくて、むしろ嬉しかったからで!


「ち、違う! 別に嫌だったわけじゃなくて……! やだ……行かないでシン……! あたし、あたしはシンのことが――」


 最後まで言い切る前にシンは階段を降りていた。

 追いかけようと足を踏み出すも、その一歩目で膝から崩れ落ちてしまう。

 そのまま座り込んだまま、あたしは一歩も動くことが出来ず。


「好きなの……シンが……! あたしはシンのことが好き、なのにぃ……!」


 そんな突いて出てしまった嘆きの言葉に、返ってくる声は一つもなかった。

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