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34話 片霧朱里

 翌日。あたしは犬飼の行動について掌握しようと、あの女の動向を探ることに。

 昨日は、あれからちーちゃんを連れて家に戻り、鶴頭さんに「もう大丈夫ですよ」と伝えておいた。納得したかどうかは不明だけど、きっと大事にはしないでくれるだろう。


 さて、シンが学校に登校し始めるのは明日からだったはず。この際だから、事情や自分の正体もきちんと告げてシンに協力を求めるとしよう。

 明日は金曜日だから、上手くいけば土日をまとめて作戦の立案にあてられるかもしれない。


 だとすれば、彼と共有させられそうな情報を今日のうちに集め終えておく必要がある。

 そう決め、気づかれないように犬飼への探りを入れているのだけど……。


「うーん……中々しっぽを出さない……」


 あたしは昼食をいつもの場所、放課後に訪れる屋上で取りながらそう呟いた。

 扉を背にして座るあたしは、口を動かしながら考え込む。


 簡単に弱みなんてものを見せないとは思っていたけど、さすがに一筋縄ではいかないか。

 廊下で遠目から見張ったり、移動教室のタイミングで、勘づかれないように教室を覗いてみたりしたのだけど、彼女に変わった様子などはなかった。


 この前みたいに気づかれてる感じはしないけど、もしそれすらも演技だとしたら、あいつは名女優にでもなれそうな逸材に違いない。


「んくっ。とにかく」


 口の中にあった塊を飲み込み一言もらす。


「ちーちゃんとも連絡を取りながら、犬飼の動向を把握しないと」


 シンが犬飼に対して幻滅するよう仕向け、ちーちゃんへのイジメ問題も解決。

 言葉にすれば簡単だ。けど、これでいいのかと思うあたしがいた。


 犬飼がすでにシンを振っていて、なおかつ卒業後にはイジメをやめるつもりだとしたら?

 あたしの行動が実は犬飼に筒抜けで、前よりも状況が悪化し始めてる可能性は?


 なにが最善策なのか、今のあたしの頭には浮かばずにいた。

 もしかしたら、なにもしないことが一番なのかとすら思えてくる。


 そんな思考に陥ったあたしは軽くため息を吐き。


「あむ」


 お母さんが作ってくれたおにぎりを再度頬張る。

 いい塩梅の味つけ。あたしが好きな梅の具材なのも手伝い、悩みながらでも食は進む。


 今日は放課後こそが本命だ。教師という監視する立場の目が減れば、あいつもなにかしら仕掛けるはず。

 だから、この時間帯は食事による栄養補給に勤しむとしよう。


 おにぎりを平らげ、あたしはペットボトルのお茶を飲んでからもう一度息を吐く。


 食欲は充分に満たされていた。

 ちーちゃんには、なにか問題が起きれば連絡するようにとは伝えている。

 うん。きっと大丈夫。きっと……。


 あたしは手に持つペットボトルを床に置き、ゆっくりと目を閉じる。食後ということもあって眠気は湧いてくるけど、まだ寝落ちるほどじゃない。

 今は、今だけはこの一人っきりの時間を大切にしたいと、あたしは静寂が包む暗闇の世界に浸る。


 最近になって色々ありすぎた。寝ないように気をつけないと……。


「およ? なーんだ。隠キャ眼鏡ちゃんが先客でいたか〜」


 ……え?


 しかし、絶対に邪魔してほしくない人物の声が聞こえた。思わず閉じていた目を開け、顔を上げる。


「って寝てたん? おっは〜♪」

「…………犬飼麻美……!?」

「またフルネーム呼びなの〜? キミってば学習能力ないわけ? 成績トップなのに〜?」


 視線が合う。階段を昇る途中で足を止めている犬飼と見つめ合う形で。

 それにしても、飄々とした顔とバカにした言い方には苛立ちを覚えて仕方がない。


「まいっか。けどけど、この時間にその状況はぁ……ぴっこーん♪ 麻美ちゃんわかっちゃった。鞍馬さんは、こ〜んな陰鬱とした場所でぼっち飯なんかしてたんだ〜?」

「…………悪い?」

「うんにゃ〜、悪くないよ悪くわね。ぷふっ♪」


 あからさまにバカにしている反応だ。

 まあ、この女があたしに対して優等生の仮面つけたまま接してこないのは知っているけど。


「で、どうしてあなたはあたしに絡んでくるの?」

「どうして? うーん……もしかして、ここにやって来たこと?」


 あたしは浅く頷いた。


「だったら鞍馬さんの勘違いかにゃ。わたしは人のいないとこ目指して移動してただけだから」

「人のいないところ?」

「そうそう。たまには一人になりたいのよわたしも。取り巻き気取ってる子らが寄ってきたりするし」

「それは……」


 それはあなたの機嫌を損ねてしまうことで、イジメの標的にされたくないからじゃ?


「ん? 何?」

「……なんでもない」


 そう言おうと思ったけどやめた。

 言ったところで、反論から更に絡まれるだけなのだから、わざわざ口にする必要もない。


「ふーん? まっ、今回はこの辺にして撤退してあげる。わたしもぼっちを求めてる身だし、キミなんかに構ってる時間がもったいないしね〜」

「あっそ。あたしはもう食べ終えたから教室に戻るけど」

「ありゃま? でもまっ、鞍馬さんがいた空間とか陰気臭そうだから遠慮しとく。わたしは隠キャ眼鏡にはなりたくないからね〜」


 と意味のわからないことを言いながら、犬飼は階段を降りていった。

 あたしは何度目かになるため息を吐き、スッと立ち上がる。ゴミなどをまとめ、同じように階段を下っていく。


「あの女の相手は本気で疲れる……」


 先程のやり取りに気疲れを感じ、思わず愚痴が出てしまった。

 本人に聞かれたところでさしたる問題でもないけれど、あいつの機嫌を損ね過ぎて、変に警戒されてしまうことだけは避けなければ。


 あたしは階段を一階分降りる。周囲に誰もいない。

 自分たちの教室に行くには、一階まで階段を降り、そこから渡り廊下を通って教室棟へと移動する必要がある。


 移動だけでも十分以上かかるほどの距離だ。

 だからこそあの日、シンがこんな場所にいたことに困惑してしまったわけで。


 人の寄りつかないへんぴな場所。それがあたしのベストプレイス。

 しかし、今日に至ってはそこに犬飼の奴までやってきた。

 シンとの日課がなければ、新たに人の来ないベストプレイスを探し出したい気分だ。


「もし」

「――っ!?」


 階段を更に降りたところで、踊り場に一人の女子生徒が立ちはだかっていた。

 顔の左側を黒い髪で隠した女の子だ。長い黒髪に、人のいない廊下というシチュエーションのせいで、この子が幽霊だと言われても信じてしまいそうな雰囲気を醸し出していた。


 その女の子が、前髪から覗く目でこちらを見ながら口を開く。


「……もし。あなたは今し方、犬飼麻美にお会いましたか……?」

「犬飼に……?」


 いきなりあいつの名を出され、あたしは不信感を抱く。


「はい……。あの人とはどのようなご関係で……?」

「……ただの顔見知り。親しくはない」


 警戒しつつ答える。むしろ敵とでも答えるべきだったかな?


 しかし、いきなり出会したかと思えば、更には意味不明な質問をしてきたのはなんで?

 そもそも犬飼との関係を聞くこの子は誰なの?


「とりあえず名乗ってほしい」

「……そうでしたね。片霧(かたぎり)朱里(しゅり)です。二年生なので、あなたの後輩にあたります……」


 こっちが三年生という情報は割れているか。

 片霧と名乗るこの子。どこまでなにを握って、どんなことを欲しているの?


「……目的。そう。まずは目的を話さないと……」


 うつむいてブツブツと呟き、見上げる形でまた目を合わせてくる。


「ぼくは犬飼先輩にいじめられています……」

「は?」


 いきなりなにを言って? イジメ?


「……ぼくの一人称、女だけど『ぼく』なんです。変ですよね? でも、幼い頃からのクセでやめられなくて……。加えて性格が暗かったので、彼女たちの標的になりまして……」


 そう片桐は言うと、制服の長袖をまくり上げる。

 二の腕には白い包帯が巻かれていて、薄らと赤い色がにじんでいた。


「っ!? あいつになにをされたの?」

「いえ、犬飼先輩からは特に……」

「……どういうこと?」

「ぼくの反応が薄いので、先輩本人としてはあまり興味がないみたいで……。その代わり……彼女の取り巻きの方々から主に暴力を振るわれています……。この傷はカッターで」

「酷い……」


 犬飼も口にしていたけど、あいつには何人か取り巻きの女の子がいる。

 あいつを『よいしょ』する役。だからなのか、気苦労でのストレスも多く溜まっているのだろう。

 その鬱憤ばらしが、親玉と似たようなイジメという形での発散法だというわけか。


 なんとなくだけど、この子の目的がわかってきた。


「それで? あなたはあたしになにを求めるの?」

「求める……? えっと……協力したい、です……。先輩が……あの、お名前をお聞きしても?」

「……綾音」


 独特な話し方だ。テンポというか、話の主導権が向こうから離れない。

 厄介なタイプだ。と思いながらあたしは名乗った。


「ありがとうございます……。綾音先輩が昨日、廊下で犬飼先輩と言い争ってるの見ました……。嫌っているのは感じ取れます……。友達のこと、助けたい……ですよね?」

「あなた、どこまで知ってるの?」

「放課後に綾音先輩のあとをつけました……から、大体の事情は」

「なっ!?」


 公園での話も筒抜けってこと……!?

 あの状況であたしも鶴頭さんも気は張っていたというのに、この子何者なの?


「ぼく存在感が薄いので……」

「……片霧だったっけ? あなたがあたしの目的を手伝う理由は、犬飼が懲らしめられれば、取り巻きによるイジメも止むかもしれないから?」

「……はい」


 どこまで信じる? というより、彼女は信じるに足る存在?


「明日……返事は明日でいいです。どこで、いつなら会えますか……?」


 あたしは思案する。この子すらも犬飼の差し金なのかと疑心暗鬼になるあたしがいた。

 そうして少しの間考え――。


「放課後。この階段を登りきった屋上の扉の前で」

「……分かりました。では、明日その場所で……」


 答え、踵を返して片霧は階段を降りていく。けれども、その姿が先程の犬飼のものと重なった。


 そうだ。あの子、犬飼の降りていった先にはいなかったの?

 あたしより先に降りていったあの女と鉢合わせていないなんて、やっぱりおかしい。犬飼と出会している方が可能性としては高いはずなのに。


 どうするあたし? 片霧の言葉を信じるかどうか。最悪罠という可能性も……。


 その日のあたしは、思い悩みながら夜を明かすこととなった。

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