28話 好きな人にも言えない秘め事
今回はR15的な内容(エロ方面)を含みます。
苦手な方は申し訳ありません。
あたしは脱衣所に移動し、洗濯機が停止しているのを確認した。
自動で脱水までしてくれるタイプらしいけど、さすがに乾燥機能まではついていないようだ。
「ノーフェイス、ノーエモーション」
そんな言葉を自分に対して暗示のように言い聞かせながら、あたしは二人分の衣服を乾燥機へと移動させた。
今度は大丈夫。ユーヤの衣類に顔を埋めるようなマネをしなくて済んだ。
……いや待とうあたし。その線引きでホントに大丈夫?
「ふう……。とにかく乾燥機の設定もよしっと」
乾燥が終わるまで二十分ちょっとと言ったところ。
空いた時間の内にお風呂に入っておこう。早めに出たら出たで、そのときはバスローブを羽織ったままでユーヤと一緒に待つとする。
「……ん? あれ? ……ユーヤと一緒にバスローブ姿でベッドに? いやそれはちょっと……!」
呟いて顔を左右に振る。
ベッドに仰向けで倒れ込むあたしを、四つん這いの体勢で覆い被さり見下ろしてくるユーヤ。そんな彼が息を荒げながら顔を近づけてきて……という妄想が頭に浮かんでしまったのだ。
さすがにその妄想は本気でマズい。
「いけないいけない。またユーヤに対して発情するところだった……」
と言ってはみたものの、すでに身体の方は火照り出していた。あのユーヤが求めてくるなんて妄想なのだから、あたしが興奮しない方がおかしいってものだ。
しかし、自分の身体に節操という言葉はないのかと本気で問いたくなってしまう。発情って……。
「……くしゅんっ……うぅ」
そんなとき、身体が少しばかり冷えているようで、思わずくしゃみが出てしまった。
このまま立ち往生でいるわけにもいかないので、バスローブのポケットに入れておいたケースへとコンタクトレンズをしまい、あたしはバスローブを脱ぐことに。
脱いだバスローブをハンガーに通し、ラックにかける。更にコンタクトのケースとサイドテールを作っていたシュシュを洗面台に置き、バスルームと繋がる扉を開けた。
「の、ノーフェイス……の、ノーエモーション……」
蠱惑的なネオン色が支配する空間。視覚情報に刻まれる情景を目にし、あたしは暗示の言葉を繰り返す。
まだユーヤが出て間もないこともあり、湯船からは温かそうな湯気が昇っていた。
ヒタヒタと足音を鳴らしながら、あたしはお湯を張った浴槽の前まで辿り着く。
そこには人一人が横になって寝られるほど大きなマットが。なんのために使用するのかは……一応理解しているつもりだ。
「と、とりあえずはこの上で身体洗おう、かな……」
さすがに前の利用客のときとは、物品は差し替えられているはず。
そう思いながらもあたしの心は戦々恐々とし、勇気を振り絞ることで、なんとか女の子座りの体勢で腰を下ろせた。
「冷た、くはないか……よかった」
もしかしたら、ユーヤもこの上でお湯を身体にかけたり、肌を洗ったりしたのかもしれない。
そのおかげもあって――。
「って、もう……! また変に意識して……! とにかくお湯をかぶって身体を温めないと」
近くにあった桶を手に取り、それに湯船のお湯を汲む。桶を傾け、あたしは肩からお湯を身体にかけた。
「んっ……あ……ふへへっ、あったかぁい♪」
冷えた身体に温もりが染み込んでくる。その感覚が癖になってしまいそうだ。
あたしはもう一度かぶろうとお湯を汲み、身体にかけながら気づく。
「……あ。そっか。このお湯って……ユーヤが浸かってたものでもあるんだよね……?」
つい十分ほど前にはユーヤが入っていた湯船。
それが意味するのは、彼の身体から出た成分もこのお湯には含まれているということ。
つまり……あたしはユーヤのエキスを身体中に浴びているの……?
「あ、ぅ……? え、あぁ……」
震える手で桶をそっとマットに置く。
あたしは今、これまで味わったことのない感覚に襲われていた。
身体の火照りや軽い痙攣。それだけじゃ済まない事態になっていることも、すぐに理解してしまった。
「やばい……。んんっ……! これ、自分でどうにかしないと治んないやつだ……」
直感で悟る。自分の身体の状態を。その状態を解消する方法を。
手で触れたある部分が、お湯とは違う水気を感じ取った。
粘り気のあるそれがついた手を、あたしは顔の前にまで持ってくる。
視線を手から外し奥行きへ。妖しく照らす照明の色合いに感化され、妖艶な形へと呼吸が乱れていく。
……したい。我慢なんかせず、ユーヤのことを考えながら気持ちよくなりたいよぉ……。
「……っ、こ、声……出さなきゃ、ダイジョブ……かな……? ユーヤにバレないように……ちゃんと、抑えれば……」
ユーヤへの思いと切なさが理性の壁を超え、あたしは――。
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――どれぐらい時間が経っただろうか?
あたしは湯船にも浸からず、マットの上で長い時間を過ごしてしまった。やっと整い始めた息を吐き出しながら、マットに手を突いて横になっていた身体を起こす。
「はあはあ……あぁもう、ホント……最低だ……」
場所が場所とはいえ、とんでもないことをやってしまった。と、罪悪感と羞恥心に押しつぶされそうになってくる。
ただの生理現象だとわかっていても、モラルや道徳心という言葉があたしのことを責め立ててきた。
「こんなこと、絶対ユーヤには言えないし……」
それでも欲求の解消は出来た。今まで我慢していたものを吐き出せたおかげで、気分の方もスッキリとしている。
もちろん後ろめたさがないわけじゃないけどね。
「……そうだ時間。どれくらい経ったんだろ? 女性は長湯だと思われてるのならいいけど、あまりに長いとユーヤが心配して来る可能性も……」
あたしは、エキス云々を意識しないよう気を持ちながらお湯をかぶる。
そして、最低限身体を清めたのを確認し、急いでバスルームから出ることにした。
脱衣所にてバスタオルを使って身体を拭き、乾燥機のタイマーの時間を見る。
「うっ……見えない。もう少し近づかないと」
今は眼鏡もコンタクトもしてない裸眼なので、バスタオルを巻き、少し近づいてから目を細める。
すると、あと一分と表示されているのが辛うじて見えた。
「二十分くらいお風呂にいたことになるのかぁ……。その間にユーヤって来てないよね? 行為に夢中であたしが気づかなかっただけで、実はユーヤが様子を見に来てたなんてことがあったら……」
さすがに、これに関しては直接彼へ確認するわけにもいかない。というか出来るはずもない。
あたしは不安になりつつも乾燥が終わるのを待ってから服を着直す。
コンタクトをつけ、シュシュで髪をサイドテールにしてからベッドルームへと戻ることにした。
で、扉をそっと開けて向こう側を確認する。
ユーヤの様子を見ようと思っての行動だったのだけど――。
「……あれ? ユーヤ……?」
音を立てずに扉を開け終えて部屋の中へ。当のユーヤはというと、ベッドに仰向けになって眠っていたのだ。
「もしかして、待ってる間に寝ちゃって……?」
いつからかはわからないけど、最悪、あたしが風呂に入ったときにはすでに……。
「お、おーい……起きて……ない、よね……? 寝たフリとか……」
あたしはカゴを持ちながらユーヤに近づく。
側まで行き、彼の身体を軽く揺すったりして様子を観察していたのだけど、どうやらホントに眠ってしまっているらしい。
「はあ……身構えて損した……。てことはオナ……お風呂でしてた行為も知らない可能性が高い……?」
楽観は出来ないけど、とりあえずはよしとしておこう。
あたしはユーヤが寝るベッドのふちに腰かけ、ユーヤの顔を見つめる。
ときたま「うぅん……」と呻いたりするので、その度に頬を突っつくと、彼は「むにゃむにゃ」と可愛い声を出していびきをかく。
そんなやり取りをしながら、あたしは片手間でソシャゲをして時間を潰すことにした。
だいぶ時間も経った頃。あたしがまとめサイトを眺めていると。
「ひゃあっ!?」
なんて思わず変な声を出してしまった。
驚くような記事を見たからではなく、腰の辺りをなでられる感覚に襲われたからだ。
「え!? ゆ、ユーヤ!?」
慌てて振り向くと、そこには目を開けて腕を伸ばすユーヤの姿があった。
「おっす」
「オッスじゃないし! 起きたなら起きたって言ってよ!」
「すまん。ちょうど今起きたところだ。あれからどれくらい時間が経った?」
ユーヤは悪びれた様子もなくそう言う。
しかし、この反応や会話の内容である程度察することが出来た。間違いなくお風呂のことは知らない。シラを切ってすらいないと。
胸をなで下ろす形で安堵し、スマホに視線を戻す。それからユーヤに聞かれた時刻の部分に目を向け、時間を逆算する。
「んー、ここに入ってからもうすぐ二時間くらい経ちそうかなー?」
チェックインしてからユーヤがお風呂に入るまでに約二十分。ユーヤのバスタイムは十五分ほど。
その後、あたしが二十数分をお風呂で過ごした。
この部屋に戻ってからだと、すでに四、五十分は経ったところだ。
なので二時間近くで間違いない。
「なら時間やばくないか? 確か二時間の休憩って内容で入っただろ?」
「そだねー」
「いや、それなら起こせよ!」
ユーヤがベッドから降りて、彼の服を置いておいたテーブルに向かって歩き出す。
畳んだのはもちろんあたしだ。発情? すでにあたしの心は菩薩のように平穏である。
「えー? だってユーヤ揺すっても起きないし。最悪延長でもいーかなって」
あなたのほっぺたは堪能させていただいた。発散後なので、慈愛を込めての『ほっぺぷにぷに』でだ。
「追加料金かかるとか勘弁なんだが……!」
「確か三十分で二千円だっけ? カラオケと比べるとダンチで高い――って! ばか! こんなとこで着替えんなし!」
話している途中でユーヤがバスローブのヒモに手をかけたのだ。
あたしはそれを止めるために割って入る形で指摘した。
「あ、すまん! 向こうで着替えてくる!」
顔を赤くするユーヤは、服を持ったまま脱衣所にこもる。
その間にあたしは、忘れ物がないように荷物をまとめたりしてユーヤを待つことにした。
なんだかんだで支度も済ませ、時間ギリギリのタイミングでチェックアウトする。
延長料金も発生せず、雨が少しだけ降る中で建物から出ることになった。
あたしはシンタローを抱きしめ、傘を差しながらユーヤの横を歩く。
それで、しばらく歩いたときのことだ。
「なあ鞍馬。顔赤いけど大丈夫か? もしかして風邪引いたとかじゃないよな?」
ユーヤが唐突に質問をしてきた。
その問いに最初は疑問符を浮かべたあたしだったけど、すぐにお風呂での行為が頭にチラついた。
まだ身体には影響が残っていたようだ。
「うっ! ……だ、ダイジョブだから! 気にすんなし!」
「はあ? なんで怒るんだよ? オレは心配になったから聞いてるんだぞ?」
「な、長湯してたの! ユーヤが起きる少し前までお風呂に入ってたの! それだけ……それだけしかしてないし……!」
ダウト! そこまでの長湯はしていません! あとユーヤには言えないすごいことしてました!
でもユーヤは寝ていたわけだし、これがウソかどうかまではわからないはず。たぶん。
「長湯? てか、そんな必死な顔して話すと、むしろオレには逆効果なんだが……」
「うっさい黙れ! ……うぅ…………ユーヤで……をしちゃった……んて、言え……わけ、ないし……」
「なんだよ? ハッキリ言えよ」
ハッキリ言えるわけないっしょ! と言いたいのをシンタローに代弁してもらう。
具体的にはシンタローをユーヤの顔に押しつけさせてもらった。
……あれ? でもホント……少し身体が熱いかもしれない……。
いやいや……きっと、お風呂のこと思い出したせいだよ。
あたしは身体全体に熱量を感じながらも、ユーヤに送ってもらうことで家に帰るのだった。
そこまで遅い時間でもなかったので、家に着いてもお母さんからはなにも言われずに済んだ。
しかしお姉ちゃんが――。
「……綾? 香水とか変えた?」
「へ? 別に変えてないよ?」
「そう? ……うーん、気のせいなら良いんだけど」
そんな質問をしてきたのだ。
で、部屋に戻ってから姉の言葉の意味を理解した。
そう、あれだ。洗濯したときの洗剤と柔軟剤が、いつも我が家で使うのと違っていたせいで、お姉ちゃんは匂いに違和感を感じたらしいのだ。
自分の姉ながら、この人の鋭さにはヒヤヒヤさせられて困ったものである。
とまあ、あたしとユーヤの初デートは、成功とも失敗とも判断しにくい形で終わったのだった。
すみません。長期連休明け後の仕事の疲労と体調不良の関係で、少しだけ投稿のペースが遅れ気味になりそうです。
なるべく無理しない程度で執筆を続けますので、気楽にお待ちいただけると幸いです。
※おそらくですが、二、三日に一度くらいのペースでの更新になるかも。