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27話 止められない性的興奮

「ねえユーヤ、早く服脱いでよ。あーしもちゃんと脱ぐからさ……」


 あたしは身体中が火照るのを感じながらも、ユーヤにそう促した。


「……ああ。分かってる」


 ユーヤも緊張した様子で答え、着ていた上着に手をかける。


「なんか、男子が脱ぐのを見んの恥ずいかも……」

「そんなの言ったら、見られてるこっちの方が恥ずかしいっての」


 まあ、なんでこんなやり取りをしているのか、まずはそこから辿るべきか……。


 ここは、先ほどいたコンビニから歩いて二十分ほどの場所にある、いわゆる……ら、ラブホテルである。

 今こうやって服を脱ぐ云々の会話の流れは、別にこれから性行為に及ぼうという意味合いを含んではいない。単に、風邪を引かないために着替えるのが目的なのだ。


「はいバスタオル。あーしはお風呂の湯加減見てくるから、その間に全部脱いで、バスローブ羽織っといてよ? ちゃんと乾かさないといけないんだから」

「下着もか?」


 タオルとローブを手渡されたユーヤが顔を赤くしながら聞いてくる。


「下着も!」


 あたしは、なにを当たり前のことを……。と思いつつ脱衣所に移動した。


 ズボンだってずぶ濡れだったユーヤ。となれば、当然下着だってタダでは済んでいないはずだ。

 それも乾かさなければ、ここに雨宿りと服を乾燥しに来た意味がなくなる。


「まったく……。あたしだって恥ずかしさ押し殺してがんばってんだからね……」


 ぼやき、脱衣所内を改めて確認する。

 中には洗濯機と乾燥機が設置されており、一目見ただけだと、一般家庭の脱衣所と変わらない作りをしていた。


 洗面台にはドライヤー等の製品も完備し、お風呂を利用した際のアフターケアもなされている。


「まあ問題は――」


 あたしは身体が更に火照るのを感じつつ、バスルームの扉を開ける。


 バスルームを最初に見たときの感想は「すごくエロいなぁ」というものだった。

 中身は紫やらピンクっぽいネオンの照明が点いていて、床には何故かマットが敷かれている。

 浴槽付近には、いわゆるシャンプーやコンディショナーなどのアメニティグッズも置かれていたけど、それらに混じって……ローションとかエッチの際に使用する道具も置いてあった。


「あーもう……沸いてるかどうかの確認をしたいだけなのにぃ……」


 あたしは壁に組み込まれた給湯器のパネルを見る。

 すると、すでにお湯が沸き終わっていることが確認出来た。


「よし。退散しよう」


 わざとらしく呟いて室外へ。

 脱衣所に戻り、あたしは念のためにユーヤへ声をかけた。


「ユーヤ! もう戻ってもいーい? バスローブ着てるー?」

「あ、ああ。大丈夫だ」


 返事が来たので扉を開ける。そして、その先にはバスローブを羽織るユーヤの姿が……。


「お風呂沸いたから入っておけまる水産」


 あたしはOKと手で示して部屋に入る。

 正直なところ心臓バクバクだ。彼がまとっているのはバスローブ一枚のみ。すなわち、ほぼ裸体なのである。


「分かった。けど、脱ぐなら脱衣所行ってからじゃダメだったのか?」


 え!? あ、えっと……!


「風邪引いてほしくないってゆー、あーしなりの気遣いじゃんか。タオルで拭いてて、自分がどんだけ濡れてたかわかったっしょ?」

「いや、まあ……」


 こっちは風呂を沸かしたり湯加減確認したりで、バスルームや脱衣所を行ったり来たりしないといけないのだ。

 その状況でユーヤの脱衣状態を逐一気にしないといけないとか、あたしにとっては拷問である。


 あわよくもまあ「きゃっ!? ゆ、ユーヤの裸を見ちゃったよお……!」なんてハプニングをしたいはしたいのだけど、さすがにそれはばかれるというもの。

 彼だってあたしに見られたくないだろうし……。


 ならバスタオルを数枚敷かせて、ベッドルームで着替えさせる方法が一番の無難。一応、あたしなりの気遣いだったわけだ。


「てか、お前も服乾かすんだったよな? 袖もだいぶ濡れちまってるし」


 ユーヤがあたしの方を見ながら話す。その視線は、あたしが着るTシャツの右腕に注がれていた。

 コンビニでユーヤの頭を拭く際に使ったので、右の袖は結構湿っている。


「そりゃあねー。あ、ユーヤが気にしないのなら下着は一緒に洗ってから乾かすつもりなんだけど」

「分かった。すまないがそれで頼む鞍馬。……ん? ちょっと待て。今一緒にって言ったか?」

「言ったけど?」


 ……ん? あれ? あたし今、さりげなく問題発言しちゃってない!?

 ちょっと待って! いつもの! いつもの感情を押し殺す術を使うのだよ鞍馬綾音!


「お前、嫌じゃないのか? 男子と一緒に服を洗うなんてこと」

「うーん……べつに。わけてたら時間かかっちゃうしさー」


 そうして、なんとかギャル風な受け答えを出来る状態をキープする。

 内心では心臓が破裂しそうなのは内緒だ。


「それより早く入ってきなってば! そんなんじゃ、結局風邪引いちゃうじゃんか!」

「分かった分かった」


 あまり精神的に長くもたなそうなので、慌ててユーヤを脱衣所に向かわせた。


 彼が部屋から出て行くのを確認し、あたしはテーブルの近くに置かれた洗濯カゴを手に取る。

 その中には、もちろんだけどユーヤの服が仕舞われていて、思わず視線を注いでしまう。


「下着もか。……って、あたしはなに考えて……?」


 それでもあたしの視線は離れない。ゴクッと喉が鳴り――気づけば、あたしは彼の服を手に取っていた。


「だ、ダメだよあたし……。いやでも、少しだけ……少しだけ、なら……」


 服を引き寄せ、服にあたしの顔が引き寄せられる。

 ユーヤが戻ってくるかもしれない。そんな不安に襲われ……ううん。焚きつけられながらも鼻先がユーヤの服に触れた。

 そして、ゆっくりと息を吸い込む。


「……っ! すうぅ……」


 匂いが鼻腔を駆け抜ける。

 雨に濡れた匂い。柔軟剤の匂い。そして、ユーヤ自身が発する匂いがあたしの体内に入ってくる。


「〜〜っ! はあああっ……っ! はふぅ……! 好きぃ……ユーヤのこの匂い好きぃ……♡」


 あたしは嗅ぎながら、身体をビクンビクンッと振るわせる。ああ、明らかな変態的な行為だ。

 それでも止められなかった。止めようと思う判断すら欠けてしまっていたのかもしれない。


 好きな人とラブホテルなんて場所にいて、その人の服を好きに出来る状況。更には自分から頬にキスをした経緯に加え、さっき見たお風呂の情報にも触発されていた。

 今までの流れがあたしの理性を少しずつ、けれども確実に溶かしていたのかもしれない。


「……あ……トラン、クス……?」


 服を取ったときにカゴから飛び出たのだろう。カゴに引っかかったトランクスが目についてしまった。


「あはっ……いや待ってよあたし……。そ、それはダメ……でしょ……?」


 しかし、自然と手が伸びていた。そしてトランクスに指が触れる。


「……きっと、こっちだと……はあ、はあ……っ! もっとユーヤの匂い、強い……よね……っ?」

 

 触れたそれを手繰り寄せる。掴む手が興奮から震えてきてしょうがない。

 そんなとき――ふとユーヤの顔が浮かんだ。


 シンタローを取ってくれたときの嬉しそうな顔。あたしがキスをしたときの照れてる顔。ちーちゃんと茅野くんを見たと言ったときの焦燥していた顔。


「――っ! あ、たし……なにをして……?」


 我に返る。すかさず手に持つ服と下着をカゴに戻した。


「……ホント、なにしてんのあたしっ!? いくらなんでもこれはマズいっしょ……!」


 最近のあたしは明らかにおかしい。前は好きな人と話せるだけでもいいと思っていたのに、今ではその人の下着の匂いまで嗅ぎたいだなんて……!

 恋は盲目と言われるものだけど、これはどう考えても度が過ぎている……!


「あーもう……! 一回リセット……! まだ洗濯と乾燥をしないといけないのに、その前にこんな状態でどうするのよあたし……!?」


 とりあえず深呼吸だ。一度気持ちを落ち着けよう。

 あたしは何度も深呼吸を繰り返し、やっと落ち着くことが出来た。


 それから服を脱ぎ、あたしはバスローブをまとう。下着は濡れていなかった――とは言わない。

 汗はかいていたし、なによりユーヤの匂いを嗅いだときにその……少し汚してしまった。なので一緒にカゴへ入れておくことに。


「ユーヤの下着と一緒に……か。……ふぅ。これ以上ユーヤに後ろめたさを感じたくないのなら、まずは気持ちを切り替えようあたし」


 それからカゴを持って脱衣所へと向かった。




「……どお? 湯加減は?」


 脱衣所に入り、洗濯機に服を入れながらユーヤに声をかける。


「鞍馬か? 温度はちょうどいいぞ。……まさか、入るとか言わないよな?」


 ユーヤの一言で身体がビクつく。さすがにさっきの行為はついてバレていないとは思うけど、そんなことを言われると変に意識してしまう。


「ユーヤ、さすがにそれは綾音ちゃんでも無理だし。こー見えて、プリクラのときだって死にそうだったんだから……」

「だ、だよな……!」


 今では瀕死を通り越して、精神的にはミンチ状態なのがあたしである。


「とりあえず洗濯機回して、終わったら乾燥させるからさ。ユーヤはゆっくり温まるじゃん」


 あたしは洗濯機を起動させると、それだけ言って脱衣所を出た。

 なんとか普段通りに接することは出来たとは思う。


 そのあとはベッドに腰かけてスマホを握りしめていた。通知は誰からも来ていない。

 今からでもちーちゃんに連絡を取って、事の真相について問いただすべきか……。あたしは座ってからずっと悩んでいた。


「……はあ。あたしが変態行為に走ってしまっているのはちーちゃんのせいだしぃ……! ……うぅ、これはさすがに八つ当たりじゃんか……。でもユーヤとデート出来てること自体も、ちーちゃんの先約のおかげなんだよね……? もうホント、なにがなんだかわかんなくなってきたよぉ……」


 あたしは片足を抱え、膝に頭を乗せてスマホを眺める。

 ユーヤのことが好きなら、これはチャンスと捉える方が精神衛生上はいいはず。

 とわかっていても、自分が介入してよいものか判断がつかないのだ。


 ここに来てから頭の中がグチャグチャで、ホントに考えがまとまってくれない。

 どうするべきなのが正しいの……?


「風呂上がったぜ。お前も風呂入るか?」


 扉が開く音がし、ユーヤの声が聞こえてきた。


「あ、ユーヤ!? う、うん! 上着やソックスが濡れちゃって。今乾かしてるから、あたしもその間に入ろっかなって思ってて」


 あたしは足を床に下ろし、スマホを近くにあるテーブルの上に置く。

 足を崩したのは、そうしておかないとユーヤにバスローブの中が見られてしまう危険性があったからだ。


「鞍馬……その、倉田たちにはもう連絡入れちまったのか?」

「ん? ううん、まだ」


 あたしがスマホを持っていたから聞いたのだろう。


「さすがに部外者寄りのあーしがしゃしゃり出るのもなぁ……ってさ」

「そう、だな……。すまん。この件はオレに任せてもらってもいいか?」

「……わかった」


 やっぱりあたしが介入すべき話じゃない。ユーヤに言われ、改めてそう思えてしまった。


「さーてと。んじゃ、あーしもひとっぷろ浴びますかねー!」

「おっさんかよ……」


 あたしは背伸びをして脱衣所に向かった。ユーヤからのツッコミはスルーして。

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