26話 それは幸運か はたまた不運か
あたしたちはUFOキャッチャーから離れ、次にやるゲームを探し始める。
しかし結構な数をやっていたので、中々これといったものが見当たらない。
「どうする? 鞍馬はやりたいゲームあるか?」
「んー? シンタローも取れたからなー。他にやり残してるやつはー……あ」
周りを見回しながら歩いていると、あたしはプリクラの媒体を見つけた。
媒体には、あたしも知るアイドルグループの子たちがプリントされている。
「おいおい……本気かよ……?」
ユーヤが若干引きつった顔をした。
「まだソ・ッ・チ・系・はやってなかったしね。今日はとことん付き合ってくれんだよねー? ユーヤ♪」
そのユーヤの顔から汗が流れている。どうやら予想だにしていなかったゲームのようだ。
となると、ユーヤがアタフタする顔を見たくなってしまうわけでして。
あたしは、すかさず彼の手を掴みながら一歩踏み出す。
「そうと決まれば、さっそくレッツプレイだし!」
「決まってねえだ――ちょっ!? 引っ張んな!」
二人揃ってプリクラへ。あたしは操作しようとパネルの前に立つ。
「なあ鞍馬。これって男性差別じゃね?」
声に釣られてそっちを見ると、ユーヤは『男性のみでの使用は禁止しております』という注意書きを指差していた。
「それは仕方ないっしょ。男だけで使える上に密室なんて、メッチャマズいんだし」
「男だけだと問題あるのか?」
あー……まあ、男の子は滅多に使わないだろうし、理解し難い文面になるよね。
「あーしが言うのもなんだけどさ、男子ってエロの塊じゃん?」
あたしの発言にユーヤが怪訝な顔をする。
だから、彼が納得出来るような例え話をしてみることにした。
「今でもほら、インスタとかツイッターでバイトテロみたいな、バカなことするやついるじゃん。それが密室で男だけだと、まあ冗談半分で……下半身出して撮影したり、とか……あの、ほら……なにがとは言わないけど……アレで汚したり……」
「すまん。聞いて悪かった」
「わかればいーし……」
ユーヤに理解してもらうためとはいえ、恥ずかしくてしょうがない。
顔が熱くなってきたので、あたしは手で顔を扇ぐ。
「男女でなら入っても問題ないから、ちゃっちゃとやるし」
まあ、男女でもエッチなプリクラとか取れるんだけどね……。
さすがにやる人は極わずかだと思うけど。
「分かった分かった。観念する。で、いくらだ?」
「お金? 四百円だけど」
「え? たっか!?」
プリクラしない人にとっては、それも驚きの要素になるのか。
疑問に思えない自分が相当こっち側に染まっているのだと、改めて思い知るあたしがいた。
「誘ったのはあーしだし、ここは払ったげる。シンタローも取ってもらったしね」
あのままだと、最低でもあと千円は使っていただろうし、シンタロー+四百円ならむしろ安い方だ。
「いやいや、割り勘にしようぜ。全額はさすがに。半分出す」
ユーヤは言いながら財布を取り出す。
しかし小銭がなかったようで、「すまん。ちょっと両替してくる」と言って、百円玉を一枚手に持ったまま両替機の方を向いた。
「別にいーよ。その間に他の人くるかもしんないし」
「けど」
「じゃあ、これだけもらっとく」
あたしはユーヤが持つ百円玉を奪い取る。
どうせ出さないと彼は納得しないだろうし、あえて百円だけで手を打つことにした。その方が丸く収まるはずだし。
「よしよし。準備かんりょー。入るよユーヤ」
「あ、おい!」
あたしはユーヤのお金も含めて投入し、プリクラを使用可能な状態にする。
それから彼の手を引いて中へと入った。
「ユーヤって撮るの初めて?」
媒体の中に入ると、ユーヤが周りをキョロキョロと見ていた。その挙動が少し面白い。
「ああ。進藤さんは未経験だ」
「ふーん? まっ、音声ガイダンスに従えばいーだけだし、証明写真と一緒一緒♪」
機械的な音声に従い操作。済ませ、あたしはユーヤの横に陣取る。
「ほらほらピースピース!」
「お、おう」
ユーヤが返事をし、カウントダウンを刻む声がゼロと告げる。合わせてカシャッという音が鳴った。
「お、終わったのか?」
「いんや、あと四回あるし」
そんなにあるのか!? と言いたげなユーヤに「次始まるよー」と促して撮り続ける。
「あ、あと一回か……!」
「ユーヤ緊張しすぎー。もっとリラックスしなよ」
証明写真でもそこまで緊張する人はまずいない。
あたしはそれに苦笑しながらもシンタローを抱き直す。で改めて考えてしまう。
好きな男の子と密閉した空間に二人でいる。
しかも、彼はあたしが欲しがっていたぬいぐるみをわざわざ取ってくれた。
それに対するお礼は言ったけど、まだ彼になにも返せてはいない。
「……っ」
ああ……。あたしも緊張していたんだ。
この状況に、この空間に。先ほどのミックでのやり取りも手伝い、心臓がドクンドクンと高鳴っていた。
ふとユーヤの顔を見る。緊張して正面を真剣に見つめる彼の顔に、その頬に視線が定まってしまった。
「あ、そういえばシンタローのお礼してなかった」
カウントが刻まれる中、あたしは呟く。もうダメだ。抑えきれないのが自覚出来る。
今からお礼をしたい。そうかこつけて、あたしは醜くも、ユーヤにキスをしたいという衝動に飲み込まれていたのだ。
「は? 今はそんなの――」
彼の腕に自分の両腕を絡ませる。ユーヤはそれで、あたしの方へと身体が傾かせることになり――眼前に迫ったユーヤの頬に、あたしは迷うことなく唇を押しつけていた。
「んっ」
その瞬間にシャッターが切られる。
唇に伝わる感触に愛おしさを感じ、名残惜しさを覚えながらも離す。
そこから絡めた腕も解き、あたしは一歩下がった。
「く、鞍馬……? お前……まさか……?」
ユーヤが呆然とした表情であたしを見つめてくる。
「お、お礼だから……。嫌だったら……ごめん……」
あたしは手の平で口を隠す。指が唇に触れ、ドキドキとした胸の鼓動が身体全体へと伝わってくる。
『ユーヤに悪いことをした』という罪悪感と『頬とはいえ、またキスが出来た』という高揚感がせめぎ合い、頭の中が白く染まっていき――。
「い、嫌じゃなかった……から」
「……あ……う、うん」
ユーヤが呟いたその一言で完全に思考が死んだ。
そこからはよく覚えておらず、気づけばプリクラの外にあたしは立っていた。
そしてやっと我に返り、手に持つプリクラの一部をユーヤへ渡す。
「えっと……ごめんね。二人っきりなのもあって、雰囲気に流されたのかも……。あーし、注意書きのこととやかく言えない……」
ホントにその通りだ。彼氏でもない人に、頬とはいえキスをするなんて……。
ユーヤは嫌じゃなかったと言ってくれたけど、一歩間違えば関係が壊れていたかもしれない。
なんて自己中で後先考えないことをしたのだと、今は猛烈に反省している。
「あ、あんま気にすんな。なかったことには出来ないが、後悔してても仕方ないだろ? それにさっきも言ったが、嫌ってわけじゃ……なかったから」
「ユーヤ……うん」
身体が熱くなる。建前や気遣いかもしれないけど、彼の言葉に身体が反応してしまう。
あたしたちはドギマギとした会話をしながら店外へと出た。夢心地とは、こういうことを言うのかもしれない。
時間を確認すると、もう四時を過ぎていた。
前を歩くユーヤが空を見上げる仕草を見て、あたしも釣られて仰ぎ見る。
空は未だに暗い灰色に覆われ、いつ降るかもわからない空模様を描いていた。
そんなとき、身体の一部に違和感を感じてしまう。
なにかと答えるのなら……尿意に襲われたのだ。
「あの、ユーヤ」
「な、なんだっ?」
ユーヤが答えながら振り返った。
「そのね……トイレ、行ってもいい?」
「と、トイレ!?」
「シェイクやジュース飲んでから、まだ行ってなかったから行きたくて。ユーヤは?」
摂取ばかりで排泄をしていなかったのが原因だ。
「そ、そうだよな! お、オレはジュース買ったときに行ったから大丈夫だ!」
なるほど。あのタイミングで行っていたのか、とあたしは納得する。
「ん。じゃあ、そこのコンビニですませるから……勝手にどっか行ったらやだかんね」
「わ、分かってる」
あたしはそれだけ告げて近くのコンビニに入った。
店員の「いらっしゃいませー!」というあいさつを聞きながら歩き、あたしは女性用のトイレへ。
「うぅ……やばっ、もれそうかも……!」
男性と比べると、女性はあまり長い間我慢が出来ないのが難点らしい。
なんて話を思い出しながら施錠し、ズボンとショーツを膝の辺りまで下ろして便座に座る。と同時に排泄が始まった。
「……ふう……危なかったぁ……間に合ったよぉ」
大した時間もかからず終わり、色々な処理を済ませて履き直す。
それから手を洗って扉を開けた。
「……あ。降ってきちゃってるし。まいっか。コンビニだから、トイレ借りたついでに傘買おっと」
ついに降り出してしまった雨を目にし、何気なく呟く。
「そうだユーヤ……」
雨が降ってきたのなら店の中にいるかもしれない。
そう思って、ユーヤと共に傘を探そうと店内を見回す。
しかし――扉を急いで開けて出て行く男の人の姿が目に入ってしまった。
「……ってユーヤ!?」
そう。ユーヤだ。
ふと浮かぶ『やっぱり店内にいたんだ』という思考も、すぐに『追いかけなければいけない』という思考に塗り変わる。
あたしも後を追うために外へ出た。
多めの雨が降る中で彼の姿を見つけ、急いで駆け寄る。
「ちょっ、どーしたし!? 何かあったん!?」
声に反応してユーヤが力なくこっちを向いた。
その顔つきに困惑しつつ、彼の背中に手を回して来た道を戻る。
「と、とにかく一回コンビニに入って! 風邪引いちゃうから!」
「あ、ああ……」
ユーヤを連れ立ってコンビニに入る。
あたしも少しだけ濡れているけど、ユーヤに至っては水が髪から滴るほどの状態だった。
「いきなり飛び出してなんなの!? 待っててって、あーし言ったよね!?」
「……すまん」
責め立てるあたしの言葉に、やっぱりユーヤは力なく答える。
「……ユーヤ? なにかあったの?」
尋常じゃない。なにかしらの事情があるのだと察したあたしは、ユーヤの目を見つめて問う。
「倉田が道路の向こう側にいたんだ……」
「ちーちゃんが?」
もしかしてユーヤはちーちゃんを追って……?
その事実に胸が締めつけられそうになるも。
「けど……」
「けど? ……ユーヤ?」
続く接続詞のせいで、否応なしに聞き返さざるを得なくなった。
そして――次の言葉にあたしも取り乱すことになってしまう。
「白斗……。白斗と一緒にいたんだ……」
……なにそれ? どういうこと?
「え? いやだって、今日ちーちゃんは先約があるってユーヤが……! え? そういうことなの……?」
じゃあ、ちーちゃんの先約の相手っていうのは茅野くんだったってこと……?
あたしはその事実に対し、喜ぶべきなのか戸惑うべきなのかすらもわからなくなっていた。
今この瞬間も、ちーちゃんと茅野くんはデートをしているなんて……。
ちーちゃん、昨日の昼にはそんな素振り見せなかったのに……もしかして、あのあとに予定が?
「と、とりあえず髪! 服で水分取るからね?」
自分の袖を使ってユーヤの髪の水気を取っていく。拭きながら今後取るべき行動も模索する。
えっと……! あ、あとはユーヤと合わせて二人分の傘を買って帰――違う! まずはユーヤの服を乾かす場所を探さないとっ!
……どうして? どうしてこんなことに……!?