25話 彼の仕草や優しさに惚れているのです
「なるほどねー。ユーヤと茅野っちには、そんな過去があったと」
なんとかユーヤの話を聞き終えた。現状のあたしには余裕があり、茅野くんが例の事件に関わっていることへの精神的な動揺はない。
「にしても、茅野っちって悲惨な人生歩んでんだね。悲劇のヒーローみたい」
「まあ、お前の言いたいことも分かる。普通の高校生じゃないわな。……あ。そういえば、未だにあいつと握手してないなぁ」
「え? もう一年も経つのに? ユーヤって薄情だよねー」
握手というのは、茅野くんが彼に「友達になってくれ」と言った話のことだ。
手を差し出した茅野くんに対し、ユーヤはその手を取らなかったらしい。
けど、今は友人と言っても違わない関係のようなので、さしたる問題もないのだろう。
「はいはい。オレが悪うございます」
「でもさ、なんかいいよね。そーゆーお互いに無理してない関係ってのがさ」
あたしは最後のポテトを口に放り込んでテーブルの上に容器を置いた。
「しかして、そんな二人はちーちゃんを奪い合うライバル関係なのかもしれない! ってなったらユーヤ勝てなそー」
どう考えても、茅野くんの方が恋愛ものの主人公としての箔がありそうだ。
まあユーヤの過去も決して軽くはないけどね。そこはほら、あたしが支えてあげる的な?
「なんで白斗が倉田を好きなこと前提なんだよ?」
「だってさー、それならあーしにも勝ち目あるって感じじゃん? 茅野っちには期待しちゃうわけよ。けど安心してユーヤ。例え茅野っちが勝ったとしても、そんときはあーしがユーヤをもらったげるから♪」
あたしは両手をユーヤへと伸ばし、彼を受け入れる態勢に入る。
ちーちゃんが茅野くんとくっついて、あたしがユーヤと結ばれれば円満解決。故に全力で受け入れる構えなのである。
「お断りします」
「もー! またそうやってマジ顔するしー!」
しかし折れない。あたしもアレだけど、ユーヤも相当な頑固者だった。
「で、このあとはどうするよ? 行きたいところとかあるか?」
あたしが拗ねた態度を取っていると、ユーヤが話を切り替えるためか、そんな提案をしてきた。
「うーん、行きたいとこねー。……ごめん。特に浮かばないかな」
「んー……じゃあゲーセンとかどうだ?」
ほう? ゲーセン。ゲームセンターとな?
「ゲーセンか。いーじゃん。そーゆーユーヤはゲーム得意なん?」
あたしは得意である。こう見えて、と言うのも変な話だけど、あたしの趣味は読書とゲームだ。
ちーちゃんみたいに声優とかには詳しくないけど、単に遊ぶことに関しては彼女にも負けていないと自負している。
「それなりにな。身体動かすゲームとかもあるし、食後の運動にもなるだろ」
なるほど。デートとしても健康に配慮するにもしても、今のは良いプランだ。
あたしは彼の提案に了解し、空になったポテトの容器を平らに潰す。
ユーヤの方はセットものなのでゴミが多い。なんだったら一緒にまとめてあたしが捨てておこう。
そう思ってユーヤを見ると、彼はカップの一つを持って左右に揺らしていた。
「……ユーヤ? どった?」
「うーん……飲むか?」
「へ?」
ユーヤは持っていたカップをあたしの前に置いた。
「いや、シェイク残っちまったから、鞍馬が飲みたいならって……」
「マジでっ!?」
た、確かに……! ユーヤが言った通り、白い中身ということはシェイクで間違いないのだろう……!
あのカップの振り方を見るに、これにはまだ、それなりの量も入っている……!
罠!? もしかしてこれには……! なにか裏があるのでは……!?
「でもさっき、ポテトのあーんを条件にしてもくれなかったのにー……」
あたしは自分の思考が悟られないようにしながら、ユーヤへ悪態をついてみる。
「気が変わったんだ。いらないなら自分で飲むぞ」
「わーわー!! いるいる! ほしい! ユーヤの白い液体ください!」
あたしは必死になって取り繕った。
ユーヤが飲んだものを飲めるなんて、是が非にでも欲しい。前みたいに間接キス出来るのなら罠だって構うものか。
……いや待とうあたし。思考が変態地味てない?
「じゃあ、今からオレの言う通りにするんだ」
「条件!?」
やはりこれは孔明の罠……! けど、虎穴に入らずんば虎子を得ずだ。
「……わ、わかった」
従おう。無理難題なんてユーヤならしてこな――。
「……おて」
ユーヤが手を出し、あたしは即座にその手へ自分の手を乗せる。
……あれ? ち、ちょっと待って! なんで無意識に手を乗せたのあたし!?
「ほう?」
「あ、いや……これは……!」
おかしい。ユーヤが好きだからといって、シェイクが欲しいからといって、こんな犬みたいなことをするなんて……!
「おかわり」
「……っ!」
あたしは反射的に手を入れ替え、もう一度ユーヤへとおてをする。
〜〜っ!? あ、あれなのっ? 好きな人に尽くしたくなるあたしの本能がそう行動させるわけっ!?
こ、こうなったらヤケだ。どうせまた「おて」が来るはずだし……や、やってやろうじゃないのさ!
「あご」
「あ、あご!? うぅ……!」
くっ!? に、二言はない……! 好きな人の手にあごを乗せられるとか、むしろご褒美だもん!
「冗談――っ!?」
ユーヤが止めに入る言葉を発そうとしたけど、もう遅い。すでにあたしのあごはユーヤの手に乗っているのだから。
うぅ……それにしてもやばい。自分とは違う、男の人らしい無骨な手の感触が、直に敏感な部分に伝わってくる。
くすぐったくて、それでいて心地良く安心感のある感覚がたまらなってきた。
「んっ……!?」
しかし、ユーヤが乗せていた手を突然引っ込める。その予想外の行動のせいで、あたしは思わず変な声をもらしてしまった。
「ユーヤぁ……」
今度は甘ったるい声でユーヤの名前を口にする。
今のはホントにやばいやつだ。身に残る感触で身体がゾクゾクと震えてしまう。頭の中は真っ白だし、ユーヤにもっと身体を触れて欲しくてしょうがない。
ああ……ユーヤ好き、大好きぃ……♡
もっといっぱい触って欲しいよぉ……もっとぉ♡
さっきから好きの気持ちがあふれてきて、どうやっても止めらんないよぉ……♡
「うわあ、あの表情エロい……」
「リア充カップルタヒね」
ふと女の子たちの声が聞こえてきた気がする。
けど、そんなのどうでもいい。ユーヤ以外なんて、今この瞬間は全部どうでもいいや。
「い、行くぞ鞍馬っ!」
不意にユーヤが焦ったような声を出した。
それに対して「えっ!?」という声を出すヒマもなく、あたしは立ち上がったユーヤに手を引かれる。飲みかけだと彼が言っていたシェイクも、なんとかだけど、とっさに手に取れた。
それから、ユーヤがゴミを片付けるタイミングで繋いでいた手は離れ、あたしは外に出ようとする彼の袖を掴んでついていくことに……。
「はあ……! はあ……!」
ユーヤが息を切らしながら前を歩く。
あたしも同じように息が整わず、小さく呼吸を繰り返している。
そうして気がつくと、あたしの視界にはゲームセンターが見えた。
そっか。ゲームセンターに行くって話だったから彼はここに……。
「く、鞍馬……」
「……なに?」
あたしはまだ朦朧とした意識のまま聞き返す。
「いやその…………なんかすまんかった」
ユーヤが前を向いた状態で謝ってきた。
そのせいで、先ほど店内で言われていた会話を思い出してしまう。
「ほ、ホントだし! エロいとか言われてたぁ……。それにもったいないから、シェイク手に持ったまま来ちゃったじゃんか!」
改めて思い出すと頭が沸騰しそうになってくる。
熱に浮かされていたとはいえ、さっきの自分は間違いなく普通じゃなかった。
「悪かったって! お前が満足するまで付き合うから勘弁してくれ……!」
それってゲーセンで遊び歩くことを?
「ホントに?」
「あ、ああ!」
ミャーコならまだしも、他の子たちと一緒に行くとハメを外して遊べたなかったもんなぁ。
よし。そういうことなら条件を飲もう。
あたしは残っているシェイク、バニラ味を飲み干してユーヤと一緒に店内に入る。
空になったゴミを捨て、あたしは媒体たちを蹂躙するべく闊歩した。
しばらく色々なゲームをやっていると、ユーヤがトイレに行きたいと言ったので別行動を取る。
あたしはその間にUFOキャッチャーに挑戦することにした。理由は簡単。
「うわあああ……! この子可愛いよぉ♡ 絶対にお持ち帰りしたい!」
媒体の中で鎮座する、ハイパープリティーで凛々しい顔をした黒猫のぬいぐるみちゃんを見つけたからである!! どことなく目つきがユーヤに似ているのもパナい!!
……失敬。少し興奮しすぎたかも。
とにかく、あたしはそのぬいぐるみを取りたくって仕方がなかったのだ。
しかし――。
「うううぅぅぅ……っ! 全然取れない……! なんでぇ……?」
すでに五百円玉を投入して六回分やった結果がこれである。
決して安くない出費にうなだれるも、諦められないあたしは、もう一度五百円玉を入れる。
四度目、五度目とプレイするもダメ。残る回数はあと一回だけ。
最悪、野口さんを一人犠牲にしないといけないか。
「どうだ? 目当てのものは取れそうか?」
「ユーヤ……?」
背後からユーヤの声がした。そちらを向くことも出来ず、あたしはアームの位置を調整する。
「ちょい待ち。今あーし真剣なんだから……」
よし。これでいけるはず。
そう判断して指を離す。合わせてアームがゆっくりと降りていき、目当ての黒猫ちゃんを掴んだ。
「いけ……」
ガッチリと掴み持ち上がる。アームが頂点まで達してゆっくりと移動を開始した。
「いけ……あっ……あああぁぁ……!」
けれども、出口に辿り着く前にアームからぬいぐるみが外れて落下してしまった。
あたしは一気に脱力し、媒体にもてれかかってしゃがみ込む。
「どんまい。お前が狙ってるのは、あの黒猫のぬいぐるみか?」
「うん……。五百円玉投入したのにダメだった……」
しかも二度。合計千円分お金を飲み込まれてるなんて、ゲーマーとしてこれ以上の屈辱はない。
「あー、それはつらいな。……よし。鞍馬これ持っててくれ」
「え?」
「ほい。好きな方飲んでいいぞ」
あたしが立って振り返ると、ユーヤが持っていた二本のジュースを渡してきた。
まっちゃんのオレンジとアップルだ。
「あ、あんがと。ってユーヤもやるの?」
「おう」
割り込む形で媒体の前に立ってユーヤが財布を取り出す。中から三枚の百円玉を出し、一枚を入れて残りを手元に置いた。
彼はボタンを押して調整し、あたしが狙っていた黒猫のぬいぐるみに合わせてアームを降下させる。
「あ……」
え? ユーヤも同じのを狙って? ……いや、欲しかったから狙ったんじゃない。
たぶんだけど、あたしがあの子を欲しがっているのを見たから?
って待って! そのアームの位置じゃ取れない!
「ユーヤユーヤ! それじゃダメだし! ……ああ、ほら!」
あたしの思っていた通り、ぬいぐるみは出口に引っかかる形で落下してしまった。
「狙い通りだな。運がよければあと一回で……」
ユーヤがブツブツ言いながらお金を入れる。
そしてもう一度アームを動かし、ぬいぐるみ目掛けてアームを移動させた。
そのアームが胴体部分を掴み、ぬいぐるみをアクリルの壁に擦りつけながら持ち上げる。
しかし――アームが一番上まで着くよりも前に、壁を超えたぬいぐるみが頭から落下して出口に入ってしまった。
「……あ、え? ウソ!? 取れ、ちゃった……?」
「おう。取り出してみ」
あたしはユーヤに言われるがままにしゃがみ、中からぬいぐるみを取り出した。
……ウソ? あれだけ、千円使っても取れなかったぬいぐるみがたったの二百円で……?
でもああ……やっと、やっと来てくれたんだね黒猫ちゃん……!
「……やった……やったあああ!! やっとあんたが取れたよおおおっ!! ……よーし、決めた! あんたの名前はシンタローだし!」
そう! この子の名前はシンタロー!
ユーヤが、シンが取ってくれた雄の猫だからシンタローだ!
あたしは嬉しくなってシンタローを胸に抱きかかえる。
……っと、ユーヤにお礼言わないと!
「ごめっ、嬉しすぎて語彙力がヤバくて……! えっとーえとね……〜〜っ! あ、あんがとユーヤ!!」
あたしは、自分のお金まで使って取ってくれたユーヤに対してお礼を言う。本気で嬉しくて身体が震えてくる始末だ。
うぅっ! ありがとうユーヤ!!
あーもう……ユーヤのそういうさりげなく優しいところホントに大好き!!
もうホント、本気の本気で結婚したいよぉ……!!