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24話 運命の悪戯

「結構混んでるな。まあ、休日の昼時だから仕方ないが」


 顔を上げると、そうぼやくユーヤの姿があった。


 ここはマクドナルドの店内。テーブルの一つでポテトを摘みながら、あたしはスマホをいじっていた。ちなみに注文したのはこのポテトのみだ。

 注文を終えたら席を確保する担当だったので、先に座るあたしが薄情者ではないことだけは言っておく。


 そんなところへ、トレイを持ったユーヤがやってきたわけだ。


「お? おっかえりー。だよねー♪ みんな考えること一緒だもん。フッ軽なとこに人が集まるのも、人間の真理じゃん」

「まあな。けど、もうちょっとゆっくり出来る喫茶店とか、増えてもいいと思うんだが」

「ムリムリー。あーしらが気軽さ求めてここに来てる時点で、そーゆーことっしょ」


 ユーヤは対面の席に座ると、トレイをテーブルの上に置く。

 トレイにはビッグミックのセットと思わしきものが載っており、飲み物が入った(ふた)つきのカップが二つあった。

 おそらく一つはセットのドリンクだと予想する。となればもう一つは……。


「んん? ユーヤ、ミックシェイクあんじゃん!」


 そう。ミックシェイクである。味の種類まではわからないけど、間違いなくシェイクだ。

 しかしビッグミックとミックシェイク……。さっきの論争が尾を引いてると見た。


「やらんぞ」

「一口。一口だけー」


 あたしが飲みたくなって手を伸ばすと、ユーヤが容器を高々と持ち上げてしまう。


「と・ど・か・な・いぃぃぃ!」

「いいや、届かせない」

「減らないでしょーが!」

「減るんだよ物理的に!」

「むー!」


 ユーヤの正論は毎度のことながら言い返せないので困る。

 たまには「そんなに欲しいなら一口くらいやるよ」なんて器量の大きいところを見せて欲しいものだ。


 とはいえ、お預けされるとむしろ欲しくなってしまうのが世の摂理。あたしは考え、ユーヤに提案をしてみることにした。


「じゃあ……」


 あたしは持っていたポテトをユーヤへと掴んだまま差し出す。


「これあげるから、一口飲ませるし」

「あげるって……。ずっと持ってたやつだろ。大体、それ一本で釣り合うとでも――」

「だから、あーん……って、かわいい綾音ちゃんがしたげるから……それで等価交換になるんだし……」


 ダメだ。言ってて恥ずかしくなってしまった。

 ユーヤの顔を見ていられなくなり、思わず誰もいないテーブルを見つめざるを得なくなる。


「……な、なんだったら……ポッキーゲームみたいにく、口でくわえながら、しよっか……?」


 さきほどの『あーん』に対するユーヤの反応が一向にない。なので、もう少しだけ踏み込んでみた。

 普段ではここまで出来ないけど、今日に限っては出来てしまう。きっと、二人っきりでデートしているという事実が後押ししてくれている、そのおかげなのかもしれない。


「なっ!? 出来るわけないだろ!!」


 そう言うユーヤは一気に立ち上がる。見上げると、彼の顔は真っ赤に染まっていた。

 しかし、ユーヤはすぐに周囲の視線に気づいたようで、「あ、いや……お、お騒がせしてすみません」と言って席に座り直す。


「あーあー。ユーヤ怒られてやんのー」


 軽くからかってみる。内心では「どんまい」と思っているのだけど、言うと言うで、彼のプライドを傷つけそうなのでやめておく。


「怒られてねえよ……!」


 まだ赤みの残る顔でユーヤは中身がオレンジ色の飲み物に口をつける。

 あたしは持っていたポテトを口に放り込み、ため息をついた。


「はあー……にしても、あーしがこんなに誘惑してんのに、ユーヤはなんで陥落してくんないのー? あーしってそんなに魅力ないー?」


 羞恥心を押し殺して色々アプローチしているというのに、いつもいつも反発的な言葉が返ってくる。

 どうがんばっても無理なのかと、たまに凹みそうになってしまう。


 すごくカッコ悪いけど、それをユーヤに愚痴っぽく聞いてしまうのも致し方がない。なんて、言ってから自分の心へ正当性を突き立てるあたしがいた。


「魅力がないわけないだろ……。それだったら、オレはこんな反応してないっての……」

「むー! じゃあなんで? 教えてくんないと、あーしは納得できないし」


 魅力があるなんて言ってもらえたのは素直にありがたかった。けど、それだからこそユーヤと両想いになれないのが気に入らない。

 どうしてあたしじゃダメなの?


「先に倉田を好きになってたからな……」

「……なにそれ?」


 先に好きになったから……? それはどういう意味で捉えろと……?


「納得してもらえるかどうかは難しいんだが、倉田とのことを終わらせない限り、お前の気持ちには向き合えないっていうかさ……」

「……自分の気持ちにケリがつかないうちは、あーしの告白には答えられないってこと……?」


 あたしの問いにユーヤは頷いた。それはつまり、ちーちゃんがユーヤを振ってくれない限り、彼はあたしのことを好きになってくれないということになる。


 ああ、なんという道化だ。彼の恋路を応援し、それでも彼が報われない未来に行き着かなければいけないとか、どんな過酷な試練なのだろうか?

 ホント……神様がいたとしたら、なんでここまで残酷な存在なのかと責め立てたくなってくる。

 出来るというのなら、その神様とやらを殺してやりたい気分だ。


「……はあぁぁ……! マジ意味わかんない……! じゃあちーちゃん次第じゃ、あーしは最初から勝てる可能性なしってことじゃん……!」


 言いながら目が潤んでくる。今までの努力すら、自分で否定したくなってくる始末だ。


「そう……だよな。なんかすまん」


 謝らないでよ。余計に惨めになってくる。

 あたしはイラついたのもあり、ユーヤの顔を睨みながら口を開く。


「べっつにー! 気にしてないし……! そもそも、ちーちゃん最近茅野っちと仲良いけど、ユーヤ的にはいいの?」


 もしかしたら、ちーちゃんは茅野くんに好意を寄せているかもしれない。

 あたしはその予想をユーヤへと突きつける。


「え?」

「ほら、昼だっておかず交換してたし。一昨日はちーちゃんと茅野っち良い雰囲気だったし。それに、この前一緒に登校してたよ」


 改めて口にすると真に迫っている気がしてきた。


「はあ? 白斗の朝練がない日に、偶然会った二人が歩いてることくらいあるだろ」


 確かにユーヤの言い分はありえる。けど、この予想は女の勘。私的にバカに出来ない感覚だった。


「てかさ、前から気になってたんだけど」

「気になってた?」

「うん。ユーヤと茅野っちって、どーやって仲良くなったの? サッカー部で陽キャな茅野っち。かたや友達少なめで陰キャ眼鏡なユーヤ」

「おい」

「接点とかなさそーなんだけど」


 あたしはユーヤの言葉をスルーして言い終える。


 正直なところ、この二人が仲良くしている理由がわからない。

 部活が一緒でもなければ、共通の趣味もなさそう。なのにお昼は二人で食べていたり、休日には遊びに出かけたりするらしい。


 どういう仲なのか前々から気になってはいた。良い機会だし、ここできちんと聞いてみたい。


「分かった。シェイクやる代わりに、その辺のこと話してやるよ」


 ユーヤはそう言って、茅野くんとの馴れ初めについて語り始めた。




 ユーヤと茅野くんは一年の頃から同じクラスだったようだ。

 中学時代に色々あって、ユーヤは他のクラスメイトとあまり関わらない学校生活を、入学したての頃は過ごしていたと話す。

 その事情はあたしだからこそ知る、彼の失恋が原因なのだろう。


 そんなクラスで孤立していたユーヤに、茅野くんが目をつけて接触してきたらしい。


「なんで茅野っちはユーヤに?」

「まあ急くなよ。要するにあいつは――」


 どうやら茅野くんは、進んで孤立するユーヤが気になっていて、個人的に仲良くなろうとして近づいたとのこと。


「ふーん? でも、なんでそんな影のあるユーヤが気になったのさ? 普通に考えたら、面倒臭そう人には関わらない方が吉って感じになんじゃないの?」

「まあな。オレだって、そんなタイプには関わりたくはないからな。けど、あいつもあいつで抱えてる事情があってさ」

「事情?」


 なんの事情が茅野くんにあるというのだろうか? とポテトを口に放り込みながら考える。


「鞍馬は二年前にあった首都高のバスジャック事件のことを知ってるか?」

「え?」


 あたしは思わず咀嚼(そしゃく)中のポテトを飲み込んでしまった。まだ大きかったのでむせそうになる。


「ほらニュースにもなっただろ? 一クラス分の中学生が乗ったバスが、男によってバスジャッ――」


 ……なんで? なんで今、()()()()の話が?


「どうやらさ、バスに白斗も乗っていたらしいんだ。その事件の生存者はたった一人。……ああ、そうさ。あいつが、白斗が唯一助かった生存者だったんだよ」

「へ、へー……」


 ああ、なんてことだ……。これはどんな数奇な運命なのだろうか?

 よりによって、ホントによりによって……あの事件の生き残りが茅野くんだったなんて……。


「それであいつ、似たような重苦しい雰囲気をまとったオレのことを放っておけなかったらしくてさ。……鞍馬?」

「へ?」

「いや、気分悪くなっちまったか? ……まあ、飯時に語るような話じゃなかったしな」

「う、うん。そだね。あーし妄想力豊かだから、事故の場面思い浮かべたらちょっとねー」

「いや、それを言うなら想像力豊かだろ……」


 ユーヤが微妙な顔でツッコミを入れてきた。

 どうやら反応については誤魔化せたようだ。


「んで、事件の話を白斗から聞いたあとはさ――」


 それからあたしは、自分の感情を押し殺しながらユーヤの話を聞いていた。

 特に彼から指摘がなかったから、たぶん問題なく聞けていたと思う。うん。きっと大丈夫。……大丈夫なはずだ。

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