23話 黒猫さんは二次元知識に詳しいのです
「へー。メイクってそんなに時間かかるのか?」
「そーなんよー。まっ、あーしの場合は時短でやれるから早めなんだけどねっ♪」
あたしたちは映画館に向かうため、街路樹が立ち並ぶ歩道を歩いていた。
人の往来も多く、すれ違う人たちにぶつからないよう気をつけながら歩く。
「そーいえばさー」
「ん?」
「ユーヤはどうして、今日のデートをOKしてくれたの?」
あたしは気になっていたことを聞いてみた。
彼がデートを受け入れてくれた理由がわからない。
断られたちーちゃんの代わりかも……。と昨夜冷静になったあと、メンタルが弱い自分は考えてしまったりするわけで。
とにかく気になって仕方がなかったのだ。
「魚拓のくだりがあったからな」
「……? 魚拓?」
魚拓ってなんだっけ? と思いながらユーヤを見つめる。
「お前、自分で言い出しておいて忘れたのか?」
「あれ? あーし、そんなこと言ったっけ?」
「だから、その……あれだ。オレがさ、倉田のことをデートに誘ったら、鞍馬ともデートするって流れがあっただろ?」
「え? あ……」
そうだ。確かにそんなやり取りをした覚えがある。
ってことは、ユーヤは律儀に約束を守ってくれたってこと?
「男に二言はなしとまで言っちまったからな。倉田とのデートは出来なかったけど、誘ったのは確かだからさ。だから、お前とのデートも引き受けるのが筋だなって。……あ、これだと義務感から誘ったみたいに聞こえちまうか!? いや、その! お前とのデートも満更じゃないっていうか、今も楽しいし……! えっと……!」
「……ふふっ」
ユーヤは途中から取り繕うように、アタフタとしながら話していた。
その仕草が面白くて、そんな気遣いが嬉しくて、思わず笑みがこぼれてしまう。
「……く、鞍馬?」
「ふふっ、もー! さっきから焦りすぎだし。ユーヤの思いはちゃんと伝わってるから安心して」
こっちを向くユーヤが安堵したような顔に変わる。
「ホント、ユーヤは気が利くし優しいよね」
言いながら、あたしは彼と顔を合わせるのが気恥ずかしくなり、前へと向き直る。
「……うん。そういうとこ、やっぱ大好きかも……」
ああ、ホントに大好き。一緒に行動する機会が増えたここ最近だけでも、彼の気遣いや優しさが目に見えてわかってしまう。
きっと、ユーヤにとっては無自覚でやっていることなのだろうね。それがまた、あたしの心の奥をくすぐってくる。その感覚すら愛おしくなってしまう。
映画館までの道のり。あたしたちは他愛のない話を続けて目的地に辿り着いた。
屋内に入り、入口から正面にある受付へ向かう。
「そーいえば、なんの映画見んの?」
「え? あ、そうだなぁ……二分の一の異能、なんてどうだ?」
ユーヤが視線を動かす。その柱には、彼が候補として挙げた映画のポスターが貼られていた。
「お? いーじゃん! あーしもまだ見たことないんだよねー。そんじゃ、それにけってー!」
ビクサー映画とはユーヤもわかってるねー。
フルCGのアニメーション映画で、ここに敵うものはまずいない。
あたしたちは受付を済ませて、一度その場から離れた。上映時間までまだまだ時間がある。
「さて、どうするよ?」
「うーん……。とりま、食べ物とか確保しとく?」
「だな」
あたしたちは販売店の列へと並ぶ。
少し待ち、あたしたちの番が回ってきた。
「えーと、メロンソーダにキャラメル味のポップコーンで」
「キャラメル味いいな。じゃあオレは……コーラと、こいつと同じキャラメル味――」
「ちょいタンマ。キャラメル味ならあーしのあげるからさ、ユーヤは別のにしなって」
「え? シェアするってことか?」
こっちを見ながらユーヤが怪訝そうな顔をする。
「そそっ! あーしは甘いのだから、ユーヤは塩味とかどーよ?」
「まあオレは別にそれでも構わんが」
頼み終え、軽く雑談を交わしてから二人分の飲食を受け取る。
「んじゃ、そろそろ座席確保しておくか?」
「おけまる水産だし。ユーヤ、座ったらポップコーン少し食べよーよ!」
「始まる前に食い尽くすなよ?」
「はあ!? 少しって言ってんじゃんか!」
やっぱりユーヤはデリカシーないなぁ。
まあ惚れた弱みというか、別に嫌な感じなんかは全然しないけどさー。
あたしたちは上映が始まる前に席に着く。
ポップコーンを摘みながら話していると暗くなり、あたしはスクリーンに視線を注いだ。
しかし映画を見ながらも、シーンの合間や何気ない場面でユーヤのことを盗み見る。
最初のうちはたまに目が合って「映画見ろって」と指摘されたりもしたけど、それも徐々に減った。
あたし自身が映画を見るのに集中しだし、ユーヤもスクリーンに釘づけになっていたからである。
そうして――。
「……ユーヤ」
映画が終わり場内の照明が点く中で、あたしはユーヤの名前を呼んだ。
「……なんだ?」
「……うぅっ! 感動したよおおおおおっ!!」
あたしはボロボロと涙を流しながら、映画に対する感想をぶちまける。
「だよなっ! 最後の姉妹のやり取りとか、オレ思わず泣いちまったんだが……!」
「それな! わかりみが深いし……!」
二人して号泣し、しばらくの間語り合う。
けど、次々と他の人たちが退館していくのに気づいたので、あたしたちも映画館をあとにした。
「でさー、あのギャルの妖精とのカーチェイスとか、どちゃくそヤバかったよね!?」
「分かる分かる! あと、断崖絶壁を異能を使って走り抜けるシーンも個人的には好きだな」
で、外に出て歩いている最中も映画について話すあたしたち。
「そこもすこ! でもさでもさ! やっぱビクサー映画の醍醐味だいごみと言ったらー」
あたしたちは向かい合い、指を差し合って言う。
「「家族の絆!」」
さっすがユーヤ。これはもう相性抜群だとしか言えない。
「ユーヤもわかってじゃーん♪」
「そっちこそ」
あたしたちは互いに手を出して握手を交わす。
わかったしプ◯シュートの兄ィ!! ユーヤの感性が! 「言葉」でなく「心」で理解できた!
気分は今やペ◯シのそれである。
あたしはユーヤに対してそんな親近感を抱きながらもスマホを取り出した。時間を確認するために。
「お? お昼回ってるけど何か食べる? あーしはポップコーン食べたから、小腹レベルで減ってるけど」
「そっか。映画見たからそれくらいの時間か。この辺だと何かあったか?」
「ちょいとお待ちー。ふっふふーん♪ ただいま検索中ー♪」
あたしは昨日同様、近場にある飲食店で検索をかける。
そんなこんなで数十秒。とてもお手頃な場所がすぐさまヒットした。
「ほほう? 一番近いとこでミックあんじゃーん。ミクドナルドー」
「まあ小腹を満たすだけなら、ミクドでもアリじゃないか?」
「んじゃーそこで。てかさ、ユーヤって呼び方ミクド派?」
「そういうお前はミック派か?」
意図せず、古今東西で行われる呼称問題へと行き着いてしまう。
これはもう――やり合うしかない!
「てかミクドー? ちょいちょいちょーい! それはおかしくなーい?」
「はあ? なんでだよ?」
「だってさー。普通はミックでしょっ?」
「ああん? 決め付けはおかしくないか? ミクドでも間違いないだろ」
「違うんだなーこれが」
そのまま言い争いに発展するあたしたち。
さっきまでの和やかな雰囲気はどこへやら? と言った感じだけど、個人的にこれだけは譲れない。
しばし何度か言い合うものの、当たり前だけど決着はつかず。泥沼な争いになりそうな流れだ。
だがあたしには切り札がある。ミャーコ相手でもこれで言い負かした実積があるのだ。
「オレはミクド派なんだよ! そもそもミクドを否定出来るその理由を言ってみろ!」
「ふっふっふっー♪ 言ったなー? ついに言っちゃったなー?」
「な、なんだよっ?」
ユーヤが足を止めて嫌そうな顔をした。
無事に目的地のミックへと辿り着けたこともあり、あたしも足を止め、必殺の一言をユーヤに告げた。
「じゃあさー! ビッグミックやミックシェイクは、なーんでそー呼ぶのかなー? ねえユーヤー?」
「なっ!? くっ……!? そ、それは……!」
「そもそもー! 数年前の公式のアンケートでミックが圧勝だったしー! 公式も認めてるんだよねー! てことはー、呼び方はミクドじゃなくミックが正しいってことっしょー?」
「ぐっ、ぐうぅ……!」
ユーヤが言い返せなくなって黙り込む。
勝った! 第三部完!
あたしは高笑いをし、レスバトルの勝者として悠々とミックに入店した。
てかてか、さっきからあたしジ◯ジョネタを多用しすぎな気がする件。心の中でとはいえ自重しないと。