22話 デート・ア・ラ・モード
「うーん……! どうしよ! 黒でまとめたコーデがいいかな!? それとも清楚な白系!? むしろ可愛い系なピンク重視もぉ……!」
時刻は朝の八時過ぎ。あたしはベッドの上に複数の衣類を並べてうなっていた。
今日はユーヤとデートをする日だ。着る服は前日から悩んでいたものの、未だに決まっていない状態だった。
初めてのデートともなると、その領域が未踏である自分では、なにが正解なのかすらも不明確なのだ。
「お姉ちゃんに聞くのもありだけど、聞いたら理由を尋ねられそうだしなぁ……」
これからデートなんて言ったら、どんな質問や煽りが飛んでくるかわからない。きっと帰ってから根掘り葉掘り聞かれるはず。
なにより――。
「……やっぱり自分できちんと決めた格好で、ユーヤに綺麗だねって褒められたいし」
モデル業もやってるし、お姉ちゃんの方がコーディネートに詳しいのは明らかだ。
でもそれに頼らずに褒められたいという、あたし自身の見栄や自尊心が大きくなって邪魔をした。
葛藤はありながらも、あたしは半袖の黒い薄手のジャンバーへと手を触れる。
「……よし。これにしよう。あとはこのジャンバーに合ったものを組み合わせて……」
そうしてあたしは、黒い短パンに黒白のボーダーティーシャツを選び取って身につける。
黒いニーハイソックスに足を通して履き、最後にジャンバーを羽織って完成。
黒白の二色。見栄えよく着るのなら、色は少なくまとめた方がいいってお姉ちゃんは言っていた。
ユーヤとのデートだからと言って肌の露出を多くすると、逆に彼から警戒されてしまうだろう。だから露出度的にはこれぐらいでちょうどいい。
あとは……髪型も変えた方がいいかな?
ちょっと変えるだけでも、見慣れていない相手には強く印象が残るはず。
「縛るのがポピュラーだけど、問題はどこで縛るかだよねー」
子供っぽさのあるツインテールはどうか? いや、さすがにそれは恥ずかしい。
後ろ髪を首の後ろら辺で縛れば、ユーヤが好みそうな素朴っぽさを出せる。
写真でも見せたことのあるポニーテールだって候補だ。前に直に見たいって言っていたから、それもありかもしれない。
「うーん……」
しばらく考え、あたしはシュシュを使って髪を右側で、耳より下の辺りで一つにまとめた。
いわゆるサイドポニーテール。サイドテールと略されて呼ばれる髪型だ。
「……悪くない。これならギャップ萌えが出来そう」
ポニーテールのように活発な雰囲気も演出出来るのだけど、縛る位置を耳より下にすると、逆に大人びた見た目に変わる。
更に下げた位置。首の辺りで縛って肩にかければ、漫画などで出る人妻や入院中の女性患者のような、より大人っぽい雰囲気が出せたりする。ちなみに、その高さで縛る髪型はルーズサイドテールと呼ぶ。
まあ、今回はそこまで露骨な髪型にはしないけど。
さてさて、約束の時間までまだあるし、一旦一階に降りて飲み物でも飲もうかな。
あたしは出していた服を畳んでタンスにしまい、持ち物の確認をしてからリビングへと向かった。
「じゃあ、いってきまーす!」
「いってらっしゃい。気をつけて出かけるのよ」
「わかってるー!」
お母さんに見送られ、あたしはデートのために家を出た。
曇天の空の下をしばらく歩いていると、道中でラインが来る。立ち止まって確認。相手はミャーコだ。
『ついに決戦の日やな』
『決戦っておおげさ』
あたしは送られてきたラインに返信した。
昨夜来たミャーコからのラインで今日の予定のことは伝えてあり、遊べないことも告げている。
色よいアドバイスが欲しかったのだけど、デートの経験がミャーコにはないらしく、申し訳なさそうな文面で断られてしまった。
そのミャーコから、こうして今日もラインが来たわけである。
『おおげさやないっちゅーに。これは逃したらあかんチャンスやで。目一杯きばりぃや!』
『わかってる。あたしなりに出来る精一杯でやってみるね』
『OK! 吉報待っとるで!(`・д・´)ゞ』
あたしはスマホをしまって歩きを再開させる。家の近くにある駅まであと五分もあれば着く。
待ち合わせ場所である駅は、ユーヤの家からは二駅分離れていて、あたしの方からは一駅分離れている。
なので、二人揃って電車を使うことになっていた。
そんなこんなで電車に乗り、あたしは待ち合わせの駅に着く。そしてスマホをかざして改札を通り、外へと出た。
周囲を見回すもユーヤの姿はない。どうやら先に着いてしまったようだ。
仕方ないので、ユーヤに着いたことをラインで伝えてからガードレールに腰かけた。
時刻は九時四十分過ぎ。ユーヤは一本遅い電車に乗っているようで、十時五分前くらいには電車が到着するらしい。
あたしはボーッと空を見つめる。青空の見えない雲だけの灰色。
「そういえば天気予報見てなかったなぁ……」
スマホで確認すると夕方には雨が降ると出ていた。
傘は持ってないから、降ってきたら途中で買うとしようか。なんとかデート中に降らないことを祈ろう。
しばらくスマホを触ったりすることで時間を潰していると、十時前になっていた。
それから少しして、改札からたくさんの人が出てくる。きっといるだろうと眺めていると、ショルダーバッグを肩にかけたユーヤと目が合った。
「おーい! こっちこっち!」
「お? 先に着いてたか」
ユーヤが片手を上げてこっちに向かって来る。
「おう、すまん。待たせたか鞍馬?」
「ううん! あーしもさっき着いたとこだし♪」
彼の姿を見ただけで胸が高鳴る。
嬉しくなって自然と笑みまでこぼれてしまう。
しかしユーヤは足を止めて目の前に立つと、あたしのことを見つめたまま固まってしまった。
あたしはそれを首を傾げながら見つめる。
相変わらず、眼鏡から覗く切れ長な目がかっこいいなぁ。髪型もちゃんと整えてるのもグッド。
今日の服装なんかクールっぽくてすごく似合ってるし……やばい。この人と今日一日デート出来るなんて天国だよぉ……♡
「あ、すまん。ボーッとしてた」
ふとユーヤが我に返ってそう言った。
「え? う、ううん! それは大丈夫!」
「それは? って他に問題でもあったのか?」
何気なく言ってしまった言葉にユーヤが疑問を持ったらしい。
あたしはドキッとしつつ、必至に言葉を探しながら口を開ける。
「いや、えっとぉ……! 服……服がイイ感じじゃんって思って見てた、だけで……! うぅ……べ、別に見惚れてたっていーじゃんか!」
で素直に話してしまうあたし。なんてアホなのだろうと自分でツッコミを入れたくなってくる。
「服? ……あ、ああ! ありがとうな! 実は昨日買ったばっかのやつなんだ」
「そ、そーなんだ?」
も、もしかして今日のデートのために!?
「……ん? 昨日? じゃあそれって、ちーちゃんとデートするために買った服ってこと……?」
言いながら理解する。元々はちーちゃんをデートに誘うつもりだったのだから、そう解釈するのは間違いではないはず。
うん。なんかすごく嫌な気持ちが湧いてきた。
「違うっての。昨日は姉ちゃんの買い物に付き合ってて、そのついでで買ったものなんだ」
ユーヤは苦笑いをしながら答える。表情を見る限りではウソはついてなさそうに思えた。
……あれ? てことは、ちーちゃんは無関係?
「そ、そーゆーことねっ! な、なるほどーなるほどーっ!」
やばい。すごく恥ずかしい。
要するに勘違いだったということのようだ。
「ま、まあ、せっかくのデート……だからさ。く、鞍馬の隣に立っても、釣り合うくらいのファッションにはしないとなー……なんて。それで……き、今日は新品の服を選んだわけでありまして……!」
「あ、あーしと釣り合うため……? ふ、ふーん? い、いーんじゃない……かなー?」
あたしは顔が熱くなるのを感じてしまい下を向く。嬉しい。嬉しすぎる。
なんだったら、今すぐ「ユーヤ好き♡」って言いながら彼に飛びつきたい。
まあそんなこと出来るはずもなく……。
しかし、このまま地面を見つめててもしょうがないのでユーヤに視線を戻すと、途端に彼と目が合ってしまう。
結果、あたしはまた目を逸らさざるを得なくなってしまった。
「と、とりあえずどうするよっ? 行きたいところとかあるかっ?」
「い、行きたいとこっ?」
行きたいところなんて突然聞かれても困る。
「あー、うーん……じ、じゃあさ、ユーヤがデートするならここ! って場所に連れてってよ!」
あたしはガードレールから飛び降りて言い放つ。とっさに思いついた案だった。
ユーヤに面倒事を丸投げにして返した状態だ。正直申し訳ないと思っている。
「いっ!? お、オレの中での定番!?」
「うんうんっ!」
あたしは腕を組んで何度も頷き返す。
「えっと……なら、映画館とかは?」
映画館と言えばデートの定番だ。しかし安直な行き先とも言えてくる。
「……えー? あんちょくー」
「し、仕方ないだろ! こんな風にデートなんてするの初めてなんだから! 女子と出かける定番の場所なんか詳しくねえんだよ……!」
「は、初めてなの……?」
あれ? だってユーヤって犬飼のことが好きだったんだよね?
でも、そのあいつとはデートは未経験だったってこと?
今日一番で嬉しい朗報だった。
そっか。あいつとは、あの女なんかとは未経験だったんだ……♪
「は、初めてねぇ……。まあ別にいいんじゃない? あ、あーし的にはむしろ……うれし……うぅ……!」
気づけば髪をいじりながらぼやいていた。
途中まで口にしたところで、あたしは口をつぐむ。顔がまた熱くなってきた。
それからユーヤは軽く咳払いをして。
「け、結局映画っていう案はいいのか? それともダメなのか?」
と聞いてきた。
「え? べ、別にダメとは言ってないじゃんか」
そういえば、映画館でいいのかどうかの話だったなと思い出す。
安直とは言ったものの、あたしにもこれといった代案もないし、反対する道理がそもそもなかった。
「あ、あのさ。ここで話しててもしょーがないし、映画見に行く?」
「だ、だな」
というわけで、ユーヤと隣り合った形で歩き出す。
ああ、ここから始まるんだ。
一年以上恋い焦がれた彼とのデートが、初めてとなるあなたとのデートが。ふふっ……♪




