21話 勇気を持って踏み出した一歩
時刻も夕暮れ時となり、あたしは手ぶらのまま帰宅した。
まだお母さんもお姉ちゃんも家にはいない。となると、どうしても一人という状況で思考が加速してしまうわけで。
「はあ……ちーちゃんの気持ちかぁ」
あたしは部屋のベッドで横になって呟く。
あれから考えたけど、自分の中では半々くらいにまで答えは出ていた。
一つはユーヤを好きだという可能性。もう一つは茅野くんという可能性だ。
個人的には、後者の方が確率は高いと思っている。
なによりユーヤとちーちゃんの接点が少ない。それに引き換え、茅野くんとちーちゃんの方が仲よく話す場面は多かった気がする。
ユーヤがラブレターを出す前の日、あたしは二人が楽しそうに登校する姿を見かけていた。
きっと彼は知らないだろうけど、そういった何気ない関わりが二人にはある。あたしが知らないだけで、もしかしたら他にも……。
「あーもう! わっかんない! わっかんないし!」
あたしは仰向けになってジタバタし、ギュッと目をつむった。
女ということを理由づけにはしたくないけど、なんとも女々しい性格だ。こんな自分が嫌になってくる。
「根暗な自分はもう卒業しないと……ふう。よし! そうと決まれば、ヒマしてるかもしれないユーヤにアタック仕掛けるべきっしょ!」
で、どういった行動に移そう?
やっぱりライン? メッセージを送るとして、送るべき内容は……。
「今なにしてる? とか、元気? なんて感じがいいかな?」
あたしは枕元のスマホを手に取る。
あとは、今日はお日柄もよく……って、それは違うでしょ。
「…………やっほー! 元気してる? で送信と」
最初の一文で深く悩んでも仕方ない。
あたしはミャーコたちに送るような、友達感覚の文を送ることにした。
「……お? 既読ついた」
だけど、一向に返事が来ない。
一分ほど経ち、それでも返事がないので追って文章を打ち込む。
『既読無視?』
もしかしたら、送る前になにか問題が起きた可能性だってある。
だから不安な気持ちは少しだけ湧いた。少しだけ。
『すまん。見れたけど返事を入力するほどの余裕がなかった』
「へへっ♪ やっぱり♪」
『もしかしたら』の方が当たったことで、あたしの不安は完全に取り除かれた。
嬉しくって、枕元のぬいぐるみをなでながら返信する。
『そっか。なにかやってんの?』
『買い物行ってたから、その荷物の整理』
『なーる。おけまる水産』
買い物していたのか。運がよければユーヤと会えたのかな?
『片付けはもう終わったん?』
『ああ。お前はいきなりラインなんかしてきてどうした?』
送られてきた文章を見て悩む。
どう返すべきか。……考え、悩み、素直に返事をすることにした。
下手な小細工はいらない。実直に、自分の思いを綴ってみよう。
『いや、なんかユーヤと話したくなっちゃってさ』
『なんだよそれ?』
『にゃはは♪』
理由なんてない。あえて言うなら、文面通りに話したかったから。
のだけど、しばらく待つも返事は来ない。
これで終わりは嫌だなと思い、あたしは続けて文章を打ち――その途中でユーヤからメッセージが来た。
『あのさ』
『ん? どったし?』
ユーヤの方から新たな話題?
緊張しながら待つと、あたしの目に受け入れたくない一文が映った。
『倉田の番号って知ってるか?』
……ああ。ユーヤはそれを知りたいんだ……?
あたしは自分の心がスッと冷えるのを感じた。感じながらも自然と指が動く。
『知ってるよ。教えてほしい?』
『ああ。……なんかすまん』
『なんで謝んの?』
ホント……なんでそこで謝るのさ?
素直に喜んでくれれば、あたしはこんな思いしなくて済んだ……。
もう少しだけその言葉を、軽く捉えれることが出来たはずなのに……!
胸が締めつけられる。ユーヤの優しさが、今だけは刃物のように鋭く尖り、あたしの胸を抉ってきた。
『いや、オレから聞かれるの嫌じゃなかったか?』
「……っ嫌に決まってるじゃんか!! 嫌だよっ……嫌だけど……! ここで断ったら……っ! ユーヤに嫌われるかもって!! 思っちゃうんだもん……!」
涙がにじむ。自分がホントに女々しく思えてくる。
好きなら好きで押し通せばいいのに……自分が傷つくのが、嫌われるのが嫌だからと相手の顔色を伺う。
そのくせ高望みをして、勝手に自爆して落ち込む地雷のような女。
こんな女、自分なら好きにはなれない。
じゃあ自分はどうすればいいのだろう? どうすれば、あたしもユーヤに熱心になってもらえるの?
「ぐすっ……あたしは……!」
画面が涙で見にくくなりながらも文を送った。
『もし嫌だって言ったら、ユーヤはどうする……?』
……ああ、やった。やってしまった。
女々しさの最上級みたいな、典型的な返事じゃないか。
こんなの、自分から嫌われに行っているようなものじゃ――。
『綾ちゃん。もう家に着いた? 今日はお昼ありがとうね!』
「――っ!?」
唐突に表示されたポップアップ。ちーちゃんからのものだ。
それを目にし、あたしは我に返ってやっとの思いで文章を打ち込む。
『あはは! うそうそ! 教えたげる!』
あたしはそう送り、続けてちーちゃんの番号をユーヤとのトークに貼り付けた。
これでいいとは思わないけど、今はそうするのがベストな気がする。
それにしても、ユーヤはこれをなにに使うつもりなの?
やっぱり……ちーちゃんに用があるから? ちょっと誘導してみようかな?
『送ったよー。悪用しちゃダメだかんね? てかさ、ちーちゃんをデートにでも誘う気ー? それならうまくやりなよw』
『ああ、分かった。ありがとう鞍馬』
また胸が騒つく。否定しないということは、そういうことだと捉えていいのだろうか?
『否定なし? メッチャやけちゃうんですけどー』
呼吸が乱れて指先が震える。それでも平静を装った内容で返事をした。
『いや、ただ連絡先を知りたかっただけだ。もしかしたら本当にデート誘うかもなー』
「っ!」
『デリカシーがないぞユーヤ! 繊細な綾音ちゃんの心は傷付いちゃうしー! (´;Д;`)』
泣き顔の絵文字をつけて送る。
いやいや、なにが泣き顔つきで『傷ついちゃうし』だ。こっちはリアルに泣いてるんだってば。
ねえユーヤ。あたしのことだって構ってよ……。
あたしもユーヤとデートがしたい……。
『なんてね! じゃあさ、言葉以外のお礼として、今度あーしともデートしてよ!』
だから、せめてその思いを文にしてユーヤへ伝えてみた。バカみたい。
きっと彼には冗談として受け取られているはずだ。わかっていても、わずかな希望にすがってしまう自分がいた。
『ああ、倉田をデートに誘っていたらな』
『言ったなー? 魚拓撮ったから、やっぱなしとか無効だかんね!』
『分かったよ。男に二言はなしだ』
誘っていたら……か。
それはつまり、あたしは二番目という意味にも捉えられて……。
ユーヤとはその後、少しだけ会話した。
あとはベッドで横になり続け、気づけば部屋の中は暗くなっていた。
「……寝ちゃってたか」
リモコンで部屋の明かりを点けて起き上がる。
お母さんやお姉ちゃんはまだ帰っていないようだ。
ぼんやりとした意識の中でスマホを触る。
映し出された画面には、ミャーコからメッセージが来ていた。
『あーや明日ヒマ? ヒマならどっか行かへん?』
「明日か……。特に予定はないけど……」
正直、今はユーヤとちーちゃんのことが気になってしょうがない。
そうだ。ユーヤはちーちゃんに連絡取ったのだろうか?
あたしはミャーコに返事をするより先に、『ちーちゃんはデートに誘えた?』とユーヤにメッセージを送った。ミャーコごめん。
それから十秒ほどで既読になり、ユーヤから返事が来た。
『結論から言うぞ』
『うん』
結論からって……デートについては否定してこないんだ?
あー、切実に鋼のメンタルがほしくなる。
『ダメだった』
「え?」
あたしは一瞬虚を突かれて思考が止まる。
けど、すぐに猫のスタンプを送り、文章も書き加えて送信する。
『え? ちょっとまって!? え!? なんで!?』
『一回落ち着け』
『落ち着けるわけないっしょ!! ダメって、デートのOKが出なかったってこと!?』
『そういうことだ。先約があって無理なんだとさ』
意味がわからない……。先約? そんなこと一言もちーちゃんは言ってな――あ!? ちーちゃんにも返事してないじゃん!!
あーもう! ちーちゃんもミャーコもあとだあと!
今は先にユーヤ! とにかくユーヤの声を聞きたいし、落ち込んでいるようなら慰めてあげたいの!
先約についての話ならユーヤからでも聞ける!!
あたしはラインの通話ボタンを押してユーヤに電話をした。
少し間が空いて。
「も、もしもし?」
ユーヤが戸惑うような声で通話に出る。
「どーゆーことなのユーヤ!? 先約ってなに!?」
開口一番、あたしはユーヤに尋ねた。
「あーもう! いきなり通話で怒鳴るな! 鼓膜破る気か!?」
「あ、ごめっ……も、もしかして先約ってのは断る言い訳だったりとか……!? ねえ! あーしが今からちーちゃんに事情聞こっか!?」
返事をするついでにちーちゃんへ聞こう。
なんかもう、裏方に回って事態が好転するの待つとかいいや。ちーちゃんやユーヤに配慮した結果がこれなら、あたしの方針が全面的に悪かったのだろう。
今は、とにかくイライラしてきてしょうがない。
「やめろって! 恥ずかしいから!」
「でもだって!」
「だっても勝手もない! とりあえず落ち着けよ!」
しばらく憤りが収まらないあたしだったけど、ユーヤが何度もなだめるものだから、あたしは根負けして折れることにした。
「……落ち着いたか?」
「う、うん。ごめん……」
「今回は運が悪かっただけだ。ゴールデンウィークになったら、白斗も含めたオレたち四人で遊ぶって話もあったし、ここで強行に出る意味がないんだよ」
「そーだけどさー」
やっぱり納得がいかなかった。ここまでお膳立てしたのにこれでは、あたしの立つ瀬がない。
二人が付き合うとか言語道断だけど、この結果はこの結果で腹が立つ。ふざけんな。
「てか、なんでお前がそんなにゴネるんだよ?」
「え? なんかさー、あーしが関わったことだし、やっぱ成功してほしいじゃん?」
「なんだよそれ? 成功したら、お前にとっては不利な状況になるんじゃないのか?」
「え? …………ああ!? そーじゃん!?」
よくよく考えてみればそうだ。いや、頭に血が上っていたにしてもこれは酷い。
でもデート一回くらいならまあ……いやよくないでしょ! その一回のせいで、あたしがユーヤと付き合えなくなったらどーすんの!?
そこが甘いんだってばあたし!!
「…………ユーヤ?」
自分で自分を叱咤していたあたしだったが、ユーヤがなにもしゃべらないことに気づき、彼の名前を呼んだ。
「と、とりあえず倉田と出かける話はなくなった。お前に言いたかったのはそれだけだ。……他に何か聞きたいこととかあるか?」
「聞きたいこと? えーっと……」
考えている途中で通知音が鳴る。
『おーい! 寝とるんか!?』
画面を見ると、ミャーコから来たメッセージがポップアップとして表示されていた。
ミャーコか。そういえば返事して……あ、そうだ!
あたしは急いでスマホに耳を当てる。
「ユーヤは明日ヒマになったってことだよね?」
「うーん……まあそうなるな。特に予定もないし」
「じ、じゃあさ……!」
「ん?」
続きの言葉が出ない。緊張で喉がしまっていて、声が出てくれなかった。
「……く、鞍馬?」
ユーヤの戸惑う声。
負けるなあたし。ここが今生、一生に一度の勝負どころでしょ!!
「……あ、明日……」
なんとか振り絞る。一言ずつゆっくりと。
「あたしとデート……」
言わなきゃ。言わなきゃなにも始まらない。
だから――!
「……してくれませんか?」
言った……!? 言えた!!
自分を褒めたい。マジで。褒め称えたい。
いや待てあたし。まだ早い。ユーヤからの返事を聞くまではまだ……。
「……あ……その……そう、だな。分かった。何時にどこで待ち合わせをする?」
「……へ?」
あたしは自分の耳を疑った。今の言葉は、あたしとデートしてくれるってこと?
「ほ、ホントにいいの!?」
「ああ。で、どうするんだ?」
聞き間違いじゃない!? ホントにユーヤとデートが出来るの!?
「あ、えっとね! 時間は十時に駅でね!」
なんていうことだ。あたしは棚ぼた的な形でユーヤとデートすることになった。
ちーちゃんごめん! ちーちゃんには悪いけど、この機会は絶対に逃したりしないから! 絶対に!!