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18話 それぞれにやれたこと

 ユーヤにちょっかいを出しながら廊下を歩き、さしたる問題もなく中庭へと到着した。

 昨日同様暖かいのもあって、ざっと見ただけでも、利用する生徒の数はかなり多そうだ。


 中庭を見渡すもちーちゃんの姿は見当たらない。ので、あたしは連絡を取ろうとスマホを取り出した。


「で、倉田はどの辺で陣取ってるんだ?」

「確か、あの辺りに――」


 しかし、ユーヤと茅野くんが話し始めたので手を止める。茅野くんが見つめる方角には大きな(けやき)の樹が生えており、その根本には一枚のレジャーシートが敷かれていた。


 一歩横にずれて見つめると、そのレジャーシートに座るちーちゃんを発見。

 しかし鎮座するちーちゃんと話す、二人の男子学生もそこにはいた。当たり前だけど、あたしの知らない人たちだ。


「――いいじゃん。俺らと一緒に飯食べようぜ?」

「そうそう。キミ一人だと、このシートは広すぎちゃうでしょ?」

「あの……友達を待ってます、から……」

「もしかして女の子? だったら、その子も一緒すればいいじゃん」


 友達とはあたしたちのことだろう。

 困惑顔のちーちゃんに詰め寄り、更にナンパを続ける二人。その首にかかっているのは、三年生ということを示す赤いネクタイだった。

 上級生とは相手をするには厄介そうだ。ちーちゃんには悪いけど、ここは安全策をとって教師を呼びにいくべきか。


 そう考えてスマホをしまい、振り返って向かおうとしたとき、隣にいるユーヤが一歩踏み込んだ。

 まずい。下手にケンカを売るのは愚作だ。ここは止めに入らないと。


「待ってユーヤ。あの二人のネクタイ赤色だし。両方三年生ってことじゃんか」


 あたしはユーヤを制止させるため、彼の行手をさえぎるように手を上げた。


「くっ……!」


 意図を察してくれたらしく、ユーヤの二歩目は踏み出されなかった。


 よかったと安堵する。しかし、職員室まで最短でも一分。行って、事情を話し、連れてくるにも五分近くはかかってしまう。

 それだけの間、ちーちゃんをあのままに……。いいや、この一秒すら無駄には出来ない。


 あたしは駆けようと身体を動かす――。


「田辺先輩、畑山先輩。その辺にしておいてくれませんか?」


 その声があたしの思考と動きを止めさせた。

 声の主は茅野くんだ。もしかしなくても、彼らと知り合いなのだろうか?


「あ?」

「そいつ、俺らの連れなんすわ」


 茅野くんは頭をかきながら進む。面倒臭いと言わんばかりのその態度は、日頃の彼らしくないようにも見えた。

 いや、『わざと』と捉えるのが、ここは正解なのだろう。彼にはなにかしらの策があるようだ。


「茅野てめぇ……!」

「へー? 茅野の友達なのか?」

「そーなんすよ。いくら先輩方でも、俺らの食事にまで割り込まないでくれませんか?」


 あたしは静観を決め込む。

 下手に動けば、彼の策を頓挫させることになるかもしれないからだ。


「おい茅野! てめえ、調子乗ってんじゃねえぞ?」


 ……だけど雲行きが怪しい。説得出来そうな雰囲気とは思えない。

 女のあたしでは、いざ出て行ったとしても邪魔になるだろうし……ここはユーヤに頼るべき?


「……ちょ、ちょっとダイジョブなのユーヤ?」


 あたしはユーヤにそう問いかける。


「オレに聞かれても困る……」


 さすがのユーヤも、どう対処すればいいかわからないか。

 これなら一目散に職員室へと向かうべきだったと、あたしは後悔する。


「いーんすか? こんな他の奴らがいる状態で事を荒立てても? 受験生だし、次の練習試合のレギュラーでしたよね? ただのナンパで問題起こすのは、先輩らにとってもよくないんじゃないっすか?」


 茅野くんが周りを見回しながら会話をする。

 釣られてあたしも視線を動かすと、弁当を食べる手を止めた生徒たちがこっちを見ていた。


 ……レギュラー? もしかして、あの二人は茅野くんと同じ部活の先輩?


 あたしは視線を戻し、目を細める。

 ミャーコからもらった情報からすると、茅野くんはサッカー部に所属していたはず。


 茅野くんが打って出たのは最初から、無茶はしないと踏んだ彼らを、簡単に抑え込めるだろうと睨んでの行動だったらしい。

 となると、あたしが動くよりも茅野くんの即決即断の策の方が正解だったということか。


「ちっ! 茅野……放課後の練習で覚えとけよ?」

「ええ。お手柔らかにお願いします」

「おいおい田辺。今年で最後なんだから、レギュラー降ろされるようなことはやめよーぜ? というか、俺は後輩しごきには手は貸さないからな?」


 片方は悪態をつきながら、もう一人はそれをなだめながら茅野くんから離れていった。


 あたしは、彼らを見送りながらも安堵して息を吐いた。と同時に、隣からも息を吐く声が聞こえてくる。

 気になって目を向けると、一安心した様子で胸をなで下ろすユーヤと目が合った。

 で、同じタイミングで苦笑し合ってしまう。


「うぅっ! 綾ちゃん……っ!」

「え? ちーちゃん!?」


 声に誘われて視線を動かす。そこへ胸に飛び込んでくる形でちーちゃんが抱きついてきた。

 ちーちゃんは嗚咽(おえつ)混じりの声で「綾ちゃん……っ、綾ちゃ……ん……っ!」とあたしの名前を繰り返し呼んでくる。


 怖かったのだと、震えるこの子の身体があたしに訴えかけてくる。きっと、中学のときのトラウマが呼び起こされてしまったのだろう。


「……うん。ダイジョブだよちーちゃん。もういないから。茅野っちが追っ払ってくれたからね」


 あたしはちーちゃんを落ち着かせるために何度も頭をなでた。


「うっ……! うぅ……! あり、がと……! ありが、とう……!」


 ちーちゃんは一度あたしに対してお礼を言い、今度は茅野くんを見てお礼を言った。


「……倉田さんが無事だったのなら、それで充分だ」


 それに答える茅野くんが、どこかつらそうな顔をしているように見えた。


 ちーちゃんはあたしの身体から離れると、そんな顔をする茅野くんの方へと歩いていく。靴を履いていないので、あたしは靴下が汚れてしまわないか気になってしょうがなかった。


 ちーちゃんが茅野くんになにかしている。

 あたしの位置だとよくわかりにくいけど、茅野くんの手を握っているようにも見えた。


 ……なんだろう? 助けてくれた相手ではあるのだけど、ちーちゃんが手を握る必要性ってなに?

 どうにも、いい雰囲気にも見えてきてしまう。


「……っ!」


 小さく息を吐くような声。苦しそうな顔をしたユーヤがもらすその声で、あたしの胸は締めつけられる感覚に襲われた。

 ユーヤはちーちゃんが好きで、でもちーちゃんは助けてくれた茅野くんの方に行って……。


 その状況が、まるで過去の自分のことのように思えてしまった。

 なにも出来ず、することすら戸惑う。それがどれだけつらいか、経験のあるあたしにはわかってしまうのだから。


「……ユーヤ」


 見て見ぬ振りが出来なくなり、あたしはユーヤの肩を手で軽く押す。

 それに驚き、ユーヤがこっちへ振り向いた。


「そーゆー顔はしちゃダメだし。ちーちゃんに対するユーヤの気持ちや想いは知ってる。だから今のユーヤの気持ちも痛いほどわかるよ。けどさ、今回ばかりは仕方がないっしょ? あーしらじゃ、茅野っちがしたみたいなことはできなかったわけだし」


 本当ならあたしだって自分の手で助けたかった。

 けど、間違いなく茅野くんが動くのがベストだったことは明らかだ。


「まあ……な」


 あたしの言葉は耳に届いているはず。それでも心にまでは届いてくれない。


「もー……! そーだ」


 ならばと、あたしは諦めずユーヤに話しかける。


「あーしがユーヤとちーちゃんのおかず交換できるよーにしてあげっから、それで我慢するし♪ ユーヤもちーちゃんの手料理は食べたいっしょ?」


 閃いた考えが名案だと思い、あたしは微笑みながらユーヤに告げてみた。

 まあ、実際のところはちーちゃんのお兄さんの手づくりなのだけどね。


「それとも、あーしのがよかったり?」


 と誘うように煽りも入れる。少しでもユーヤを元気づけてあげたくて。


「……お前なぁ、慰めるのがあからさますぎだろ。けど、ありがとうな。お前のおかげで、少しだけ気が楽になった」

「ふっふーん♪ あーしもけっこーやるっしょ?」

「調子乗んな」

「ひっどーい♪」


 よかった。ちゃんと元気になってくれたみたい。


 ユーヤはなにか思うように、手を顔の前にまで持ち上げて握り締めた。

 それから何度も深呼吸をし、ちーちゃんたちの方へ歩き出す。


 ユーヤはなにかするつもりなの? と気になってあとを追う。

 もしユーヤが嫉妬から危ないことをしたとしても、最悪あたしが止めに入れる。


「やるじゃんか白斗」


 ちーちゃんがこっちに気づいて、茅野くんから離れる。顔が少し赤くなっていた。


「優也……。いや、俺はただ必死だっただけで……」

「謙遜すんなって。お前のおかげで丸く収まったんだからさ。あ、倉田は大丈夫だったか? オレも白斗がやったみたいに、颯爽と割って入れたらよかったんだが……ごめんな」

「う、ううん! そんなことないよ! 進藤くんも、なんとかしようとしてくれてたの分かったから。だから! だから、自分を責めたりはしないで……!」


 ユーヤはなぜか小さく吹き出す。


「し、進藤くんっ?」

「いやすまん。なんか倉田らしいなって思ったら、ついな。倉田にそう言ってもらえてうれしいよ。ありがとう」


 ……うん。一件落着って感じだ。

 改めて安堵する。しかしそんな気の緩みからか、あたしのお腹がぐーっと鳴った。

 こっちを向いたユーヤがまた吹き出す。どう考えても今の音のせいだ。


「わ、笑うなし! しゃーないっしょ!? まだなにも食べれてないんだから!」

「そうだったな。んじゃまあ、遅くなったけど飯にするか!」


 ユーヤの一言であたしたちはシートに座る。

 そのあとは、それぞれがおかずなどを交換して食事をし始めた。




 食べ終わって一息つく。あたしが自販機で買ったジュースを飲んでいると、ちーちゃんが最後のミニハンバーグをくれた。

 それを箸で掴んで口に運んだところで、ユーヤがこっちを見ていることに気づく。


 あたしはそんな彼に対して笑みを返した。


 みんなで無事に食事が出来てよかったね。

 ユーヤが嬉しそうに食べている姿が見れて、あたしは大満足だよ。


 なんて、彼への微笑みに意味を込めてみたり――。

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