6話 スキンシップガールズ
「ふあああぁぁ……! 眠っ」
「盛大なあくびだな。授業中にそれやるなよ?」
朝のHRが終わり、オレは机に突っ伏しながらあくびをした。
それを咎めるのは、机の左側に立って見下ろしてくる白斗だ。オレが席を立たないもんだから、あっちからオレのとこに遊びにきたんだろう。
どうやらカフェインの力添えもここまでのようだな。
加えて、鞍馬との一件が一応の収束を迎えたこともあり、緊張が解けて眠くなってきたのかもしれない。
オレは蛍光灯の光すら目に染みてきたので、腕で顔を覆う形でシャットアウトした。
「というかお前、ラインを既読無視したろ? 昨日はどうしたんだ? お前らしくもない」
「え? あー……」
そういえば白斗にライン返すの忘れてたな。というか、それどころじゃなくなってたし。
「まあ、色々だよ色々」
「ふーん? 答える気はないってことだな?」
そういうことだ。白斗には悪いが、クラスのギャルから告られて、しかも陥落させる宣言までされたなんてこと、オレは口が裂けても言いたくないのである。
「まあ、別に俺は構わんが――」
「ユーヤ!」
「へ?」
「む?」
名前が呼ばれた瞬間、オレは背中に重みが加わるのを実感した。更には柔らかい感触が押し付けられてることにも気付く。
「な、なんなんだ!?」
重みで起き上がることが出来ず、机とご対面状態の視界すら動かせないまま混乱した。
「えへへ♪ 改めておっはーユーヤ……♡」
「そ、その声は……!」
耳元から聞こえる独特なあいさつ。今朝にも聞いたような気しかしない声。
てか、耳に息がかかるせいでゾクゾクしてくる。
「えっと……鞍馬さんは何をやっているんだ?」
「んー、ユーヤにあいさつ」
や、やっぱり鞍馬ですよねー!
白斗が口にした名前を聞き、オレは思わず絶叫を上げそうになった。
そう。鞍馬ってことはつまり――。
も、もももしかしなくても! 背中に当たっておられるのはおっぱいじゃね!? 乳圧すごくね!?
そういえば見るからに巨乳でしたもんね!! 胸のサイズ半端なかったもんね!? パナくね!?
まるで漫画やゲームみたいな状況のせいで、オレの語彙力が完全に死んでいた。
それでも気力を振り絞り、なんとか鞍馬に向けて告げる。
「と、とりあえず退こうぜ……!」
「うーん……おけまる水産」
なんだそれ? ギャル語って奴か?
オレが意味不明な単語を気にしてる間に、鞍馬は背中から離れてくれた。
柔らかな女子の感触が消えたのは非常に悲しい。非常に悲しい。
と、やっと解放されたところで周囲が騒ついてることに気付く。まあオレたちが原因なんだろう。
そんな空気を感じ取りながらも、オレは身体を起こし、おっぱいによって乱された息を静かに整える。
「ふう……てか、どういう風の吹き回しだよ? い、いきなりこんな……」
振り返ると、そこには蕩けたような笑みを浮かべる鞍馬の姿があった。
「えー? だから、あーしはふつーにボディーランゲージでユーヤにあいさつしてただけじゃーん♪ あ、茅野っちもおっはー!」
「お、おっはー……?」
白斗も困惑しているようで、返事に戸惑いの色が見える。
てか、いつの間にか鞍馬の呼び方が下の名前に変わってません?
異性の下の名前呼ぶとか、オレには難易度マックスなんだが……。
「えっと、鞍馬さんは優也と知り合いだったのか?」
そして飛び出る白斗からの疑問。昨日今日の事情を知らない奴からしたら、そりゃこうなる。
「んーと……」
鞍馬が口に人差し指を添え、オレに視線を寄越してきた。
しゃべっていいのかって? よくない。
オレは軽く首を横に振った。ここでしゃべりやがったら、オレは絶対陥落なんてしてやらねえぞ。という意味を込めて。
それを察したかどうかは分からないが、鞍馬が閉じていた口を開く。
「あー……実はさ、ウチら中学からの知り合いで」
ん? 中学からの?
もしかして、オレと同じ中学校の出身だったのか鞍馬って?
オレは初耳の情報が与えられ、若干困惑していた。
「そんで、高校入ってからは疎遠だったし、久々に中学の頃みたいにユーヤと絡もーかなーって?」
目が泳いでるのは気のせいだろうか?
あいつもしかして、出任せで会話してるんじゃ?
少なくとも、オレにはあんなギャル風の女子なんかと、遊んだ記憶も絡んだ記憶もない。
「へー。……優也お前、それだけ親しい子がいたのなら、ちゃんと話しかけてやればよかったのに。新しいクラスになって、もう二週間も経っているんだぞ」
なんて感じで、白斗がオレを睨むようにして言ってくる。
「……いやまあ、なんか鞍馬の雰囲気が変わってたっていうか、いざ話すとなると戸惑っちまってさ」
「ふーん? じゃあ、鞍馬さんは高校デビューって奴なのか」
オレも視線が泳いで仕方ない。
そんなんで、ふと視線を鞍馬に移してみると――。
「……っ!?」
鞍馬が口元を手で押さえていた。頬は赤くなり、目を潤ませ、どこか泣きそうな顔をしていて……。
なんだ? 今のオレの発言のせいで、もしかして鞍馬のことを傷付けちまったのか……?
オレは急いで弁解しようと口を開き――。
「あ――」
「おはよう綾ちゃん! なんか周囲の視線集めてるけど、どうかしたの?」
別の女子のあいさつする声に止められた。
「く、倉田っち!?」
「もお! まだそういう呼び方するの? 昔みたいにちーちゃんって呼んでくれていいんだよ?」
「あー、いやあ……あはっ……」
「ふぇ?」
やだ。「ふぇ?」とか、思わず変な声を出してしまった。
内心で取り乱すオレの視界に入ったのは、まごうことなく倉田千歳その人だ。
てか倉田だって!?
え? 何? 倉田と鞍馬って友達なのか?
しかも結構親しそうな感じだぞ!?
「やあ倉田さん」
「あ! は、茅野くんおはよう!」
白斗も当たり前のように倉田へあいさつする。
よし、これはチャンスだ。オレも倉田と会話してみせるぞ。
「お、おはやう倉田」
あ、噛んだ。くっそ恥ずかしい……!
「おはよう進藤くん。ふふっ、おはやうだって♪」
オレが言い間違えたのが面白かったのか、倉田は口に手を添えながら笑っていた。
うぅ、かわええ。天使だ。エンジェルスマイルや。
「なんか三人が一緒にいるなんて珍しいよね? みんなも見てくるし、何かあったの?」
倉田は言いながら、鞍馬の胸の下辺りにぎゅーって音が聞こえそうな感じでしがみつく。
背が低い倉田は、必然的にその高さでしがみつく形になるみたいだ。
「ちょっ!? く、倉田っち!?」
「よーびーかーたー! ちーちゃんって呼んでくれないなら離れないー!」
「わ、わかった! ちーちゃん、わかったからー!」
「うーむ、よし!」
オレは、周りの男子共が「女の子同士の絡みとか尊い!」とか「ギャルと小動物系女子の組み合わせ……新しいな!」なんて意味不明なことを言ってるのを聞き流しながら、倉田に声をかけた。
「ふ、二人って仲良いのか?」
倉田は満足したのか、鞍馬の身体から手を離すとオレの方へ振り向き。
「うん! 私と綾ちゃんは幼馴染なんだよ。中学のときはあまり話せなくてね。高校になってから、私の方から積極的に絡みにいってるの」
言い終わると、鞍馬の顔を見て「ねー♪」と倉田は微笑んだ。
「そういうことか」
「……なるほど、確かに。……百合すら尊い」
「は、白斗……?」
「……あ、いや、聞かなかったことにしてくれ……」
言いたいことはあったが、担任が教室に入ってきたせいでうやむやになった。
え? 白斗ってそういうキャラだったか? とオレが首を捻ったのは言うまでもない。