16話 ガンガンいこうぜナウ
あたしとミャーコは、教室に戻るために二人して廊下を歩いていた。歩きながらスマホを操作し、ラインで送る画像を選択する。
「なあ、あやや。歩きスマホはあかんて」
「あ、ごめん。入る前にちょい止まるね」
教室の近くまで来たが、一旦ミャーコに断りを入れてから、例の画像をユーヤのトークに送信する。
それから文章を入力するためにフリック式で文字を打ち込んでいく。
『どーよどーよ? 体操服姿もかわいいっしょ?』
と、ユーヤに賛同を求めるメッセージを送信。
「どうや? シンドーの反応は?」
「まだ送り終えたところ。返信来てないし」
「せやか。下手したら、見惚れてて返信が来んの遅なるかもな」
「え!?」
ミャーコが冗談めかして話し、あたしの顔が熱くなったところで、スマホから通知音が鳴った。
目を丸くした興味津々な様子のミャーコが、寄ってきてスマホの画面を覗き込んでくる。
『ああ、すごくかわいいぞ。ポニーテールも似合ってる。直接見られないのが本当に残念だ』
その文章に今度はあたしが目を丸くする。
「おお!? ええやんええやん! ばっちし手応えあるやんけ!」
「う、あ……っ」
「あやや?」
名前を呼ばれながらも指が勝手に動き出す。
気づけば、恥ずかしさや嬉しさやらのせいで脳内に浮かんでしまった『ばか』という単語を送っていた。
「なっ!? そ、それはあかんて! 褒められとるんにケンカ売る言葉はあかんわ!」
「へ? あ!? ……ど、どうしようミャーコ!?」
「どないしよて……。せや! ちょい借りるで!」
言うが早いか、ミャーコがスマホを奪い取って文字を打ち出す。
「ミャーコ!? あ、悪化させるような文は禁止だかんねっ!?」
「わーっとるわ。これでどうや?」
打ち終わったミャーコがあたしにスマホの画面を見せてくる。
「あやや的には有りか?」
「えっと……う、うん。大丈夫だと思う」
「OK! ほんなら、あややの手で送信したれ」
スマホを返してもらい、あたしは文章をもう一度確認してから送信ボタンを押した。
『いちおーあざまる水産。あと、いきなりかわいいとか送ってくんの禁止だ。ばーか! ヽ( *`Д´)ノ』
既読がつく。けど、ユーヤからの返信が来ない。
「うぅ……既読無視……?」
「うーん、どうやろなぁ……。返せへん状況っちゅーパターンもあるかもしれへんし、個人的には悪ぅないと思たんやけど……。とにかく教室に入ろうや」
「う、うん」
あたしはミャーコの言葉に従う形で後ろを歩き、教室の前側のドアから中に入った。
中に入ると、自分の席に座っていたユーヤと目が合う。思わずピクッと反応してしまうあたし。
しかし次の瞬間には、ジュースの缶を持つユーヤが小憎たらしい笑みを浮かべてきた。
えっと……さっきの返信に対する笑み? だとすると、勝ち誇ったような笑みに見えてくる。
あれはミャーコが書いたものだ。なのに、彼が勝ち誇った気になっていることには納得がいかない。
あたしは照れなんかないし。……たぶん。あ、ダメだ。思い返したら照れていた気しかしてこない。
そんなユーヤの態度に対し、あたしは彼に向けて舌を出して、あっかんべーを返しておいた。
「どないしたんや、あやや?」
「え? べっつにー。なんでもないし」
「せやなん? 言うても、さっきもいきなりスマホ見て立ち止まっとったやん?」
……ん? ミャーコはなにを言って?
立ち止まった理由なんてミャーコも知っているはずなのに。
なんて疑問を抱いていると、ミャーコは軽くウインクをしてきた。それで、彼女はわざと知らないフリをしているのだと気づく。
おそらく『鞍馬綾音には園田宮子という協力者がいる』ということを、ユーヤに悟らせないとする目論みがあるのだろう。
ふと、ミャーコが顔を寄せてきて口を開いた。
「あのシンドーの反応は上々や。攻めたり。『ガンガンいこうぜ』の精神や」
「わ、わかった」
「健闘を祈っとるで」
あたしは小さく頷き、ミャーコに背を向けて歩き出す。行き先はユーヤの席だ。
どうにも意気込みが動きに出てしまい、歩みが力強くなってしまっている気がする。
そして、茅野くんが側に立つユーヤの席まで辿り着いた。
臆するなあたし。狙いは一つ、いや一本だ。
「ユーヤ。ちょっーと用があんだけど、いーい?」
「なんだよ鞍馬?」
「ここだとアレだからさー」
あたしは言いながら笑みを浮かべ、教室のドアに向かってあごをクイッとさせる。
意図を察したユーヤが、立ち上がろうと缶を置き机に手を突く。
思い通り……! ユーヤはあたしが廊下で話し合おうという引っかけに騙されてくれた。
だが、あたしのホントの目的は違う。むしろ、あなたが手を離したその缶の方だ。
「ふっ、いっただきー♪」
「なっ!?」
ユーヤが驚きの声を上げたときには、すでにあたしの手は缶を掴んでいた。
それを持ち上げて口をつけて飲む。量はあまり多くないので、飲みながら缶を縦に傾けていく。
「おい!? お前っ!?」
「ごくごく……ぷっはー! ごっそーさん!」
制止するユーヤの声にも止まらず、あたしは中身を飲み干した缶を机に置いた。
体育のあとなのもあり、冷たいリンゴの味が身体を満たしていく。おいしい。
「おー、いい飲みっぷりだな鞍馬さん」
「でっしょー?」
「お、おおおお前……もしかして全部……?」
ユーヤはどもりながら缶に手を添える。
「飲んじゃった♪ てへぺろ♪」
あたしは舌を出し、自分の頭に軽めのゲンコツをする。いわゆる『てへぺろ』のポーズだ。
恥ずかしさもあるけど、ユーヤに可愛く思われたい一心でやってみた。
しかし、ユーヤはプルプルと身体を小刻みに揺らしている。
「お前なあ! オレが手に入れた貴重な水分を!」
「金出して買ったのは俺だがな」
うーん、ダメだ。どうやら効果はなし。
間接キスに可愛いポーズと、あたしなりにがんばってみたのだけど、それ以上に、ユーヤには飲まれたショックの方が大きかったらしい。
まあラインの仕返しをしたと思えば、これはこれでありではないか。でもユーヤのあの悲壮感はなに? そんなにジュースが大事だったの?
……それにしても、やっぱりユーヤにちょっかいを出すことに興奮してしまう。
ユーヤは今のが間接キスだってことに気づいてくれてるかな? もちろんわざとやったんだよ?
あたしは興奮冷めやらないのを悟られないようにしながら、もう一度缶を持ち上げる。
「用すんだからいっくねー。お代は朝とさっき送った分でってことで、よっろしくー♪ あ、コレは捨てといてあげるからさ、感謝しなよー?」
踵を返し、ミャーコに向かって歩き出す。
そのミャーコはというと、片手で顔を隠すように覆っていた。わずかに見える頬が赤らんでいる。
「たっだいまー」
「お、おか……てか、あんた何してんねん……?」
「んー……仕返し? さっきのラインの最後のやつ、ユーヤにはあたしが照れてるように見えてたっぽいからさ。それならユーヤにも照れさせることを……ってね?」
まあ間接キスくらいなら、ユーヤとなら何回だって出来るんだけどね。むしろしたい!
中学のときなんて、その場の雰囲気のせいか、ユーヤから押し倒されてキスされちゃったし♡
当時のことを思い返すと、嬉しくなるやら逆に物悲しくなってくるやら……。
あたしとしては嫌じゃなかったから、ユーヤが負い目を感じる必要はなかったのになぁ……。
「破廉恥やわ……。間接キスとか、あんた分かっててやったんよな?」
「ま、まあ」
「はあああぁぁ……。もうウチの助言いらんのとちゃうかぁ?」
「え!? いや、いるってば!」
これ以降、ミャーコの中のあたしの像は、『焚きつけると何をしでかすか分からない子』という扱いになったらしい。と、のちに彼女から教えられた。