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13話 妄想上手な鞍馬さん

 いつもの通りアラームの音で目を覚ます。「ふわあああぁぁ……!」と大きくあくびをし、あたしはぼやける目を擦った。

 いつもより早めに設定していたアラームを止め、ベッドから起き上がる。そこからスマホを手に持ち机へと向かう。


「えーと……ここか」


 目を凝らし、目当てのものを見つけて手を伸ばす。

 あたしが探していたのは眼鏡のケースだ。それを掴み、中から眼鏡を取り出してかける。


「ん。ふわあ……まだ少し眠いか。なんだかんだで、昨日は遅くまでラインしてたからなぁ」


 視界がハッキリしたことで、あたしはスマホを操作してラインを起動させた。


 トーク欄の一番上にはユーヤの名前。寝る前に会話をしていた最後の相手だ。

 名前をタップしてトーク画面へ。会話の内容はユーヤの『おやすみ』という一言で締めくくられていた。


 昨日は昨日で、今日の授業について話したり、今なにをしているかなんて雑談ばかり。身にもならない内容だったけど、あたしの胸の内は満たされていた。


 それにしても、好きな人との会話が残るトーク画面を見るだけで、だらしなくニヤけてしまってしょうがない。


「ふふっ。さてと、まずは朝のあいさつを……」


 呟き、『おっはー』と簡素なメッセージを送る。

 ユーヤが起きてるかはわからないけど、少なくともあたしが起きたことは伝わるはずだ。


 あたしはシャワーを浴びようと、着替えや服を見繕う。そこにスマホの通知音が聞こえた。


「……『おはようさん』か。ユーヤも意外と早起きしてるじゃん」


 ユーヤのメッセージを確認し、『起きてんじゃん。おはおはー』と返信する。


『起きてるぞ。てかあいさつしただろ? さっき送ってきた文で』


 ふふっ。ユーヤにはわからないかなぁ? さっきの状況とは違う、好きな人とリアルタイムであいさつを交わせているこの重要さが。


『そだったねー。もう家出る感じー?』


 あたしはあえて話題を流しながらも、会話を繋げるための質問をした。


『まだ。これから一階に降りて飯』

『そかそか。おけまる水産』

『お前はもう飯食ったのか?』


 てことは、ユーヤはもう着替え終わったんだ? それなら残念。

 着替え関係の会話で、ユーヤを質問漬けにしてあげようと思ったのに。


 なんでそんな考えに至ったのかというと――。


 どうやらあたしという人間は、好きな人にちょっかいを出したり、自分の行動で相手が赤面したりするのを見ると、なぜか興奮してしまうらしい。

 と、昨日の帰宅後に結論がついてしまった。


 サドっ気があるのかと聞かれると少し違くて、構ってほしいとか、自分の言動でその人の意識を独り占めしたいという独占欲から来るもののようだ。


 要するに、ここ数日あったユーヤを誘惑する行動のせいで、あたしの隠されていた性質? 性癖? みたいなものが覚醒してしまったということである。


 痴女気質かと最初は戸惑ったものだけど、好きな人に求められたいという欲求だと考えれば、なんら問題のない当たり前な思考だったのだ。


 なんて考えている間にも、あたしは『まだ』という吹き出しが付いた黒猫のスタンプを連打していた。

 通称、スタ連と呼ばれる行為だ。スタ爆とも呼ばれたりする。


『送りすぎだっつーの!』

『スタ連! 草生えるw』


 案の定ユーヤからツッコミが入った。ので、あたしはギャルらしい軽めの返信をする。

 スマホを片手で操作しながら、もう片方の手で下着や着替えを持って「よっ!」とタンスの扉を閉めた。


『とりあえず顔洗ってくる』


 そんなとき、ちょうど会話を切り上げられるタイミングがユーヤによって訪れた。


『いてら! あーしは朝シャンしてくるしー!』


 あたしもシャワーを浴びる予定だったので、ユーヤにはそんな文章を返しておいた。


 ……ん? 待てよ。ちょっとだけユーヤに仕掛けられそうな話題じゃない?


『ユーヤ、気になってのぞいちゃだめだっぜ?』


 と急いで文面を書いて送信。


『覗かねえよ。てか、ここからじゃ物理的にすら覗けねえよ』


 しかし、大した間が空くこともなく返信が来た。

 トークだと相手の反応がわかりづらいのもあるのだけど、今回のは完全に脈なしのようだ。


 仕方ない。スパッと諦めるのも恋の駆け引きの一つだ。


『知ってるし! んじゃま、いてくまー!』


 あたしが手を振るクマのスタンプを送ると、ユーヤは『いってらっしゃい』と返してくる。

 それを最後に、あたしたちのやり取りは終了した。




「ふ〜ふふっふふ〜♪」


 あたしはちょうどいい熱さのシャワーを浴びながら鼻歌を歌う。最近流行りのアイドルグループの曲だ。

 自分と同い年の女の子たちがアイドルをしているなんて、改めて彼女たちとは住む世界が違うんだと実感してしまう。


「まあ、うちはお姉ちゃんがモデルやってるし、余計にそう思ってしまうのかな? ……ふう。やっぱり朝から浴びるシャワーはいいね」


 身が引き締まるというか、寝ぼけてた頭がシャッキリとする感じがたまらない。

 あたしは一度シャワーを止める。体臭にも気をつかう年頃なので、腕や足、身体の至るところをボディーソープで泡立てたスポンジで擦っていく。


 今の時期はまだいいけど、もう少しして暑くなってくると、汗の処理も欠かせなくなってくる。

 脇や股などもそうなのだけど……。


「一番はこの胸……! パッドとか挟んでおかないとすぐに蒸れて、あせもが出来ちゃうし……!」


 片腕を使って重量のある両胸を持ち上げる。そこからスポンジによるソフトタッチで胸の下部を洗った。


 男の子からした大きい胸がいいのだろうけど、女の子の方はケアするだけでも大変なのだ。と声を大にして言ってやりたい。


「でも……」


 ユーヤもあたしの胸が触れていることに興奮してくれていた。きっと小さな胸じゃ、あんな反応にはならなかったはず。

 そう思うと今は、この大きな胸でも悪くないと考えられるようになってきた。


 ユーヤは、あたしがシャワーを浴びる場面を妄想したりしているのだろうか?

 あたしの裸も頭の中で思い浮かべていたり……?


「んっ……」


 なんて自分の方が妄想をしてしまった結果、身体がピクッと反応してしまう。恥ずかしながら、ユーヤに裸体を想像されることで興奮を覚えてしまったのだ。

 ……しかし、さすがに朝からこれではまずい。


「さ、さっさと出よう! そうしよう!」


 自分に言い聞かせるようにわざとらしく口にし、急いでシャワーで泡を流し落とす。


「あーもう……こんな子だなんて知られたら、ユーヤに幻滅されちゃうかな? でも、女の子だって好きな人とのことを考えて()()()するんだし……」


 誰に言うでもなく呟く。


 もし仮にユーヤと付き合えたら、やっぱりいつかはユーヤから色々なことをされるよね……? あんなことやこんなことも……。


「ってストーップ!! だから禁止!! もうお風呂出るし!!」


 あたしは頭を振って妄想をかき消し、風呂場からすぐさま飛び出た。




 バスタオルで身体や髪の水分を拭き終える。

 着替えてドライヤーで髪を乾かすよりも先に、洗面台に置いていたスマホで時間を確認。……うん。まだ大丈夫な時間だ。


 ユーヤから通知は入っていなかったが、ミャーコから『おはよう』のメッセージが届いていた。

 それに返信をしてスマホを閉じる。すると、真っ暗になった液晶には、タオルを巻いただけのあたしの姿が映っていた。


「やっぱりユーヤはシャワーのことなんて、なんとも思っていないのかな? なんか寂し……あ……っや、やっちゃう? でもこれならユーヤも反応してくれそう……?」


 あたしはゴクッとつばを飲み込む。

 意を決して一枚の写真を撮った。未だに残る恥ずかしさで手が震える中、あたしは『シャワー終わったンゴ!』とメッセージを送る。


 服を着て髪を乾かしているとスマホが鳴った。手に取り、ユーヤから来たメッセージの内容を確認する。


『シャワーお疲れさん。今から飯か?』


 色々と立て込んでいたのもあり、朝食は軽めのもので済ませる予定だ。

 そもそも、先に支度をしないといけない。


『シリアルだから、ちょちょいのちょいの助で食べれるってばよー』

『そうですか。まあ、喉には詰まらせるなよ?』

『ダイジョブだしぴえん』


 心配してくれるユーヤ、マジ天使。そんな当たり前な対応でも、ユーヤがしてくれたと思うと尊死(とうとし)してしまいそうになる。


『そだそだ。覗かず待ってたユーヤくんのために、綾音ちんがごほーびあーげちゃう♪』


 ご褒美とは先ほど撮った写真のことだ。

 送りたいのは覗く云々の褒美としてよりも、純粋にユーヤの反応が見たいからに他ならない。


『ご褒美? てか覗く気ねえから』


 知ってる。その澄ました態度、今から揺るがせてみせよう。


『はい。ごほーび♪』


 と送り、続けて画像を貼りつける。

 タオルを身体に巻きつけただけの一枚の写真だ。いくらユーヤでも、これだけのインパクトには反応せざるを得ないはず。


『どお? コーフンしちゃったかにゃー?』

『お前なあ! お茶を吹き出しちまっただろうが!』


 まただ。身体がゾクゾクと興奮で震え出した。

 今この瞬間は、ちーちゃんよりもあたしを意識してくれているのだと実感したことで。


『にゃっはははっ! それはそれは、ごしゅーしょーさまでしたー! てことでー、今日のユーヤの夜食はこれでけってーねっ♪』


 挑発的な文で更にユーヤの心を煽る。あたしの本心としては、実際にユーヤが夜食として利用してくれたら死ねる自信があった。


『一回黙れ』

『いやでーす! お断りしま〜す♪ V(`ω´)o』


 既読がつくも、その後の返信は止まってしまう。


「……あ、あれ? ちょっとやりすぎた……?」


 困惑しながらも、髪も乾かし終えたことで、持っていたドライヤーを洗面台に置く。そこへ――。


「ちょっと綾ー! いつまで入ってるのよっ? あたしも朝風呂に入りたいんだけど!」

「お、お姉ちゃん!?」


 ドアを開けて現れたのはお姉ちゃんだ。その手には着替えやタオルを持っていた。


「終わった? なら交代しなさい」

「はーいっ」


 お姉ちゃんにその場を譲り、あたしは身支度を整えるために二階へ向かう。

 結局その後、ユーヤからメッセージが来ることはなかった。

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