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12話 少しだけ大胆に、少しずつ積極的に

「おい! いつまで手を繋ぐんだよ? そろそろ恥ずかしさの限界なんだが……!」


 歩き続けて二十分ほど。校門から手を繋いだままのユーヤが抗議の声を上げた。

 それに対し、あたしは振り返ることなく自分なりの反論を述べる。


「恥ずいセリフ吐いて制服渡しといて、そんなの今更っしょ」

「恥ずい!? 紳士的に貸しただけなんだが!? どうしてそういう解釈したんだよ!?」


 確かに寒さを感じる女性に服を貸すとか、すごく紳士的な行動だ。けど、あの対応はまずい。

 ユーヤはあたしを悶え死にさせるつもりなのかと問い詰めたくなる。あたしにとって、あれは恥ずかしくもあり、嬉さがこみ上げてくるものでもあったのだ。


「うーさい! あんたは黙って歩く!」


 正直なところ、手を繋いでいること自体が異常現象クラスの出来事。さっきのことを思い出し始めると手汗で大変なことになりそうなので、あたしは強制的にユーヤを黙らせた。


 なので、無言のまま二人で通りを歩き続けること更に数分。住宅街に差しかかり、我が家にあと少しで着けるというところで。


「なあ、手は百歩譲って諦めるとして、オレはどこに連れてかれるんだ?」


 とユーヤが尋ねてきた。


 まあ下手に隠してもしょうがないし、行き先くらいは伝えておこう。

 とはいえ、自分の家に異性を連れて行こうとするこの流れ。改めて考えると、恥ずかしくなってきてしょうがない。


「……あーしんち」


 声が小さくなりがらもあたしは告げた。つまるところ鞍馬家である。


「分からん」


 え? 聞こえなかった? と思って、もう一度ユーヤに伝える。今度は声を張って。


「だから、あーしの家だっての!」

「あー、お前の家かよ。…………え?」


 あー……やっぱり、そういう反応になるよね?

 服をその場で返すためとはいえ、いきなり告白してきた女子生徒の家に連れて行かれる展開は、ユーヤとしては困惑するはず。


 かといってここで正直に話すと、「そんなの明日でいいって! やっぱり帰る!」とか言い出して、この場で解散の流れになりそうだ。

 それではここまでの道のりが無駄になってしまう。なんとしてでも、今日のうちにユーヤへ服を返す。


 と意気込んでいたのだが、ユーヤは未だに黙りを決め込んだままだ。

 歩き続けていることに変わりがないとはいえ、ユーヤの様子が気になってしまう。なので、彼の名前を呼ぼうと口を開き――。


「――だあああ!? ダメだろそれはあああッ!!」

「いっ!? な、なにいきなり!?」


 急に大声を出すユーヤ。あたしはそれに驚き、身体がビクッとなりながらも振り向いた。


「はっ!? す、すすすまん! なんでもない!」


 なんでもないって……明らかになにかあったとしか思えない反応だった。

 それからユーヤは、落ち着くためなのか何度も深呼吸を繰り返す。


 ホントにどうしたんだろう?


「だ、ダイジョブ?」

「うひゃおうっ!? だ、だだだ大丈夫だ!」

「ダイジョバナイっしょそれ……」


 ダメだこれ……。とあたしは困惑しながらも、とりあえず歩きを再開させた。

 ユーヤの手を引いたまま、足に彼の制服の温もりを感じる。これでは寒いよりも暑くなってきてしまう。


 うーん……。ユーヤが狼狽る理由を尋ねたいところだけど、聞いても彼は答えてくれない気がする。


「……と、とりあえず聞きたい。今日、お前の家には親いるよな?」


 え? 親?


 むしろ、歩き始めてすぐにユーヤの方から質問がきた。


「はあ? おかーさんは専業主婦だから家にいるし」


 どうして親がいるのかが気になるのだろうか?

 もしかして、さっきから落ち着かないのは家に向かうことを意識してるから?


「なに? 家に誰もいない方が、ユーヤにはつごーがいいってことー? へんたーい」

「逆! いない方がまずいだろ!」


 ああ、なるほどね。家に上がる段階まで、ユーヤの妄想は膨らんでいたわけか。

 ユーヤもやっぱり男の子なんだなぁ。


「なんで? もしかして家上げるとか思ってんの?」


 ユーヤがギクッとわかりやすい反応をする。

 それを見てあたしの身体はなぜか、ゾクゾクとうずいてしまう。


 え? なにこの感覚? と眉を潜めると、見知った建物が視界に入った。

 っと、危ない危ない。やっと我が家に到着だ。


「はい。ここがあーしんち」

「って着いた!?」


 それなりの一軒家。お母さんが家の内外の掃除を欠かさないので、見た目は築年数よりも綺麗なものだ。

 お姉ちゃんのモデルの収入が家計の支えになっており、専業主婦であるお母さんは、主に趣味のガーデニングに没頭している。なので、庭には色鮮やかな花々が咲き誇っていた。


「そ。ここがあーしんち。んでさ」


 あたしはユーヤから手を離す。肩にかけた鞄を落とさないように気をつけながら、腰に巻いていたユーヤの制服の袖を緩める。

 名残惜しさを感じつつ、あたしはユーヤに制服を差し出す。


「はい。あんがとユーヤ」

「あ、ああ」


 ユーヤが制服を受け取るのを確認し、あたしは服を持っていた手を自分の胸に添える。


「……ホントはね、ユーヤといろんなとこを回ろうかと思ってたんだ。でも、このままだとユーヤの身体が冷えちゃうし、早く家に帰って、ユーヤに服返してあげなきゃ……って思っちゃってさ」

「え……?」


 わざわざ言うべきことじゃないのはわかってる。

 じゃあなぜ? と聞かれれば答えは簡単だ。少しでも自分の考えというか、想いを伝えたかったから。


 きちんと言わないと相手にはなにも伝えられない。気を遣ってたり好意を抱いても、伝わらないと意味がない。

 あたしはそれを今までの人生経験から、初恋の失敗から学んだのだから……。


「そーゆーわけで、ホントに服、あんがとね♪」


 あたしは笑みを浮かべ、もう一度ユーヤにお礼を言った。


「ユーヤ?」


 しかし、ユーヤはどこか思い詰めたような顔をしていた。


「あ、いや……これくらいなんでもねえよ。それよりも、色々と気を遣わせちまってすまん……」


 なんでもないという顔ではなかった。


 ……あたしの言葉がユーヤを逆に傷つけたの? それなら気にしてない旨をちゃんと言わないと、彼を更に傷つけてしまう。


「それこそ言いっこなしじゃん。あーしが待ってなければ、ユーヤにめーわくかけてなかったわけだし」


 実際のところは、彼を待っていて冷やしたわけではなかった。が、だからといってユーヤがそんな顔をするのを見過ごすことは出来ない。


「いやでも!」

「だからさ!」


 声がかぶり、二人して見つめ合ってしまう。

 そして示し合わせたわけでもないのに、あたしとユーヤは同時に吹き出していた。


「あははっ! お互いに気ぃ遣いすぎっしょ!」

「だな! ははっ!」


 あたしは今のやり取りが面白くて、笑いながら涙が浮かんできた。

 それを手で拭いながらユーヤの顔を見る。すると、彼はどこかスッキリしたような顔をしていて。


「しかし、せっかく家に着いたのにこのまま立ち話なんかしてたんじゃ、また身体を冷やしちまうな」

「あはっ、言えてる! ……じゃあ、今日はここまでだね」

「……ああ」


 ユーヤが制服に袖を通す様子を見つめる。そのせいか、どこか物悲しい気持ちが浮かんできた。

 中学校の頃とは違う。ナナシとシンという関係性はもうないけれど、それでもまた話せることであたしの胸には、嬉しさと懐かしさがこみ上げてきた。


「ユーヤはここから帰れそー?」


 名残惜しい気持ちになりながらも問う。


「んっ? ……まあ、スマホに地図機能があるし、家に帰るのは問題ないはずだ」

「そっか」


 便利な世の中になったものだと、あたしはらしくないことを考えてしまう。

 そして――ユーヤがその気になら、この家の位置を登録してくれたりするのかな? なんて淡い希望まで頭に浮かんでいた。


「おう。そんじゃあ、オレは帰るとしますかね」

「……うん」


 ユーヤは少し寂しそうな顔をして背を向けた。


「あ、あのさ!」


 あたしの声にユーヤが振り向く。


 無意識だった。なにを言うかも決まっていないのに引き留めてしまう。

 ただ、もっとユーヤと話をしたい。もう少しだけでも一緒にいたい。


 そんな自己中心的なわがままなのだと、言ってから気づいてしまった。


「なんだ?」


 なにを言えば……? そ、そうだ!


「……夜、ラインしてもいーい?」


 あたしは制服の胸元を押さえながら、精一杯の提案を口にした。

 もっと色々な話をユーヤとしたい。その欲求を素直に叶えるために。


「え? あ……お、おう!」


 呆気に取られていたユーヤが、一瞬遅れて返事をしてくれた。

 その顔に笑みが浮かぶものだから、あたしも嬉しくなって自然と唇の端が吊り上がる。


「んじゃ、家に着いたらラインで報告してよー?」

「わかった」


 たった一言の簡素な返事。

 けれども、ユーヤの顔は朗らかなもので……彼の思いは、その一言だけでも充分あたしに伝わってきた。


 ユーヤはスマホをズボンのポケットから取り出し、画面をタッチして操作する。

 きっと地図アプリを起動しているのだろう。


 ユーヤがスマホから顔を上げたので、あたしはお別れと感謝の言葉を彼に告げる。


「送ってもらう形になっちゃったけど、ホント、今日は制服あんがと。また明日ねユーヤ」

「ああ。また明日な」


 ユーヤはそう言って歩き始める。

 あたしは家に入ることもせず、彼が見えなくなるまで見送ることにした。

 ときたま振り返るユーヤが苦笑いをしているように見えたのは、たぶんあたしの勘違いなんかじゃないのだろう。


「早く家に入れって思ってそうだなぁ。……うん。これで風邪を引いたらユーヤに怒られちゃうなー。さーてと、そろそろ中に入るし♪」


 こんなに充実した一日は初めてだ。もっともっと、ユーヤといろんなことがしたい。一緒に経験していきたい。

 結局――ユーヤを最後まで見送ったあたしは、風邪を引くこともなく翌朝を迎えるのだった。

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