11話 同じ轍を踏んでたまるか
「な、なんでお前がここにいるんだよっ?」
「んー? 待ってたからに決まってじゃん」
実際のところはウソだけど。いや、正確には途中まで待っていたが正解かな。
あたしは不意にユーヤの視線に気づく。それはスカートから剥き出しになった足に向けられていた。
もしかして生足が気になっている?
「なーにユーヤ? あーしの足が気になるー?」
「ばっ! べ、別に気になんねえよ!」
「そーお? でもさっきから、あっつーい視線を感じるんだけどー?」
「うっ……!」
あたしがわざとらしくニヤつくと、ユーヤは赤くした顔をサッとそらす。
わかりやすい反応だ。ユーヤらしいと言えばその通りだけど、もう少し誤魔化す術を身につけた方がいいと思う。
よし。ちょっとからかってみようか。
「あははっ! わっかりやすっ! マジウケる!」
「うっせーな! そんな短いスカート履いてるから目がいくんだよ!」
視線をそらした状態のユーヤが、スカートの辺りを指差してきて声を荒げた。
確かにあたしの裾は短い。しかし、これはあくまでもファッションなのである。
勘違いされがちだけど、男の人に下着を見せるために短くしているわけではない。
あくまで動きやすさやファッション性を加味してでの長さなのだ。
「ファッションじゃん♪ 今時なら、みーんな裾なんて上げてるし。そ・れ・に」
「それに?」
「あーし、ユーヤにだったらスカートの中を見られてもいいよ?」
「なっ!?」
あたしはユーヤの顔を見ながら首を傾げる。見上げるように、誘うようにを心がけて。
これもミャーコのアドバイスだ。男心をくすぐる仕草の一つらしい。
あたしの内心? あはは、すごい恥ずかしいですがなにか?
「ぷっ! あっははっ!! ウソに決まってんじゃんか! あーし、こう見えても貞操概念高いし! いくらユーヤが相手でも、簡単にエロいこと許可するわけないっしょ!」
あたしは傾げるのをやめて笑ってやる。冗談だと強調する意味を込めてだ。
まあ、さすがに見せるなんて無理。付き合ったあとならまだしも、今の段階で晒すとかありえない。
そこまで痴女じみた行動とか、このあたしに出来るはずがなかった。
「お、お前なあ!」
あたしは更にユーヤへ指を差し、腹を抱える仕草も加えて笑った。
申し訳ないけど、割と本気でユーヤがしどろもどろしているのが面白い。
さて、からかうのはここまでにしよう。
「あはっ、けどさ……」
スマホを上着のポケットに入れ、あたしは両膝に手をついて立つ。
触れた足が冷たくなっていた。どうやら長く外にいすぎたようだ。
それを悟られないように気をつけながら、あたしは口を開く。
「恋人にだったら下着だけじゃなく、あーしの全部を包み隠さずに見せたげるよ。これは……ウソや冗談なんかじゃないから」
あたしは途中まで挑発的に。『これは』のあとから真面目なトーンで告げた。
ギャップ。それまで冗談めかした反応からの、最後は真面目な態度を取る。
ユーヤにとって、今のには反応せざるおえないはずだ。それを裏づけるように――。
「それは、オレを誘ってんのか……?」
緊張した面持ちのユーヤが探るように聞き返してきた。
「どーかなー? 少なくとも、ユーヤをその気にさせたいのはマジだよ。じゃなきゃ、こんなとこでわざわざ待ってなんかいないし」
あっ、やば……。立ったら余計に寒くなってきた。
春とはいえ、この時間帯はさすがに厳しいか。
「でも、今日誘惑すんのはここまで♪」
あたしはユーヤに手を差し伸べる。
このまま身体を冷やすと今度はトイレに行きたくなってしまいそうだ。
せっかくユーヤと下校出来そうなのに、そんな理由で別れたくなんかない。
「とりあえず、日が落ちる前に帰ろっかユーヤ」
だから早く帰ろうと促した。
しかし、ユーヤはその手を見つめたまま微動だにしない。
あからさますぎた? ……ダメか。これは無理そうかも。
「……ダメ? ま、昨日の今日じゃ一緒になんて無理かー」
ごめんミャーコ。やっぱり無理だ。
元がコミュ症なあたしには、どうやらこれが限界らしい……。
あたしはユーヤに背を向けて片手を上げる。
「んじゃ、また明日――」
初日でこれなら充分じゃないか、と自分に言い聞かせて諦める。
一歩一歩着実に進めばいい。急いては事を仕損じるとも言うし。
「待てって。お前の家の場所も分かんねえんだから、はい分かりましたって、無責任に頷けるかよ」
しかし、そんなあたしをユーヤは引き留めた。
「あ……そ、それもそっか」
確かにあたしもユーヤの家の場所を知らない。もし真逆だったら目も当てられない結果だ。
急くどころか、まず始めの時点でつまずいていたなんて……。と自己嫌悪に陥るあたし。
「納得したなら、もう一回手を出せ」
「え? うん?」
急にユーヤが意味不明なことを言ってきた。
とっさのことだったので、あたしは言われるがままにもう一度手を差し出す。
すると、ユーヤは持っていた鞄を地面に下ろし、着ていた制服を脱ぎ出した。
内心で「え? ええっ?」と頭が真っ白になっていたせいで、手を引く前に制服を渡されてしまう。
「ちょっ!? なんで制服!?」
あたしは我に返って聞き返す。これをどうしろと?
「寒かったんだろ? 待ってる間」
「え?」
……寒かった? ユーヤはなにを言って……?
「その服、腰巻きとして使えよ」
腰巻きにって……もしかして、あたしの足が冷えていることに気づいてたの?
なにそれ? いつから? どうしてまた、あなたはこんなことをあたしにするの……!?
「あとな。特に理由がないのなら、次は教室で待つなりしとけよ?」
なにそれ!? 待っていたよ! それでも起きなかったのはユーヤじゃんか! とは言えるはずもなく、あたしは渡された制服を見つめ続けた。
ユーヤは笑みを浮かべると、視線を地面に置いていた鞄に向けて拾おうとする。
中学校生活最後の冬。数奇な形で出会ったあたしたちは、二人して人気のない場所で過ごすことが日課になっていた。
ある日、眠ってしまったあたしに彼は着ていた服をかぶせてくれたのだ。その結果、ユーヤは翌日風邪を引いて休むことになった。
また似たようなことを彼はしてくれたわけだ……。
「……そういうところ、なにも変わってない……」
ホントになにも変わってない……。
そのせいで、あなたは実際に風邪を引いてしまったんだよ?
また同じことをするの? あたしは自分のせいでユーヤが病気になるなんてこと、もう嫌なのに……!
「ん? 何か言ったか?」
鞄に手をかけたユーヤが怪訝な顔をして振り向く。
無意識に出たあたしの呟きは、彼にはきちんと聞こえなかったらしい。
けどこれはチャンスだ。切れそうだった『可能性という名の糸』が、まだ保っているのだとあたしは確信した。
「あーもう! なんでもない!」
あたしはユーヤの制服を腰に巻き、腕の部分で縛り上げ。
「ほらほら、早く行くよユーヤ!」
とユーヤの手を掴み、引っ張り上げる形で立たせると、ユーヤが「あ、おい! どこに行くんだよ!?」なんて慌てて抗議する声を出した。
どこに? 決まっている。あたしの家だ。
薄着になったユーヤが身体を冷やさないよう、早く家に帰ってその場で彼に服を返す。
またあのときみたいに、せっかく受け取った好意を仇で返すようなマネだけはしたくない。
あたしはユーヤの手を引いて歩き出した。
少しでも早く着けるように早足で。ユーヤの手を引いて進み続ける。
ふと、握る手に力が込められた気がして、あたしもその手をギュッと握った。
すごく温かい。その手の温もりに、あたしの頬は思わず緩んでしまっていた。