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9話 大好きなあなたのために

 あたしが困惑していると、ユーヤが項垂れるように四つ這いになっていた。そのせいで困惑度が急増してくる。


 もしかして、このデコ弁見られたせいで? 

 茅野くんやちーちゃんなんか、弁当を見ながらなんとも言えない顔してるし……。

 そんなにこのデコレーションがおかしいかな? まあ『アイラブユーちゃん』にはツッコミを入れたくはなるけど。


 あたしはユーヤに対して申し訳なくなりながらも、こうなってしまった空気をプラスに変えるには、発端である自分がなんとかするべきだと判断した。

 なるべく大げさに。なおかつ褒める方向で。


「これって……デコ弁ってやつっしょ!? え!? すごくない!? ユーヤのおねーさんどちゃくそヤバいじゃん!!」

「……へ?」


 項垂れるユーヤが声を出した。あたしは好機と見て更にたたみかける。


「へ? じゃないし! ユーヤ、いっつもこんな感じのデコ弁作ってもらってんの? インスタ映えしそーだし、マジうらやましーんだけど!」


 あたしは弁当を見つめながらそう言った。


 改めて見ても海苔の切り方がすごい。絵文字の口の部分にあたる『ω』とか、この曲線を綺麗に切り取る技術力は、今のあたしにはないものだ。

 素直にユーヤのお姉さんを尊敬してしまう。


「ねえねえ! 見てよ綾ちゃん。茅野くんが開けてくれたこっちの中身もすごいよ! オリジナルのタコさんウインナーがあるし、カボチャの煮付けにはジャックオーランタンみたいな飾り付けがしてあってね!」


 ちーちゃんが、おかずが入った弁当箱の中身をあたしに見せてきた。


「え!? マジで!? パナいじゃん!」


 ウソ!? 顔文字だけでも興奮していたのに、自前でおかずまでキャラ弁にしてるの!?

 やばいなぁ。ユーヤのお姉さんに料理を習いたくなってきちゃったし。


「ユーヤ、写真撮っていいー? てか撮るしっ!」


 あたしは言葉通りスマホを手に持ち、弁当の写真を撮り始めた。

 ジャックオーランタンは、小さな球体にさせたカボチャをくり抜くことで作ってある。それがとても可愛くて、何度も角度を変えては撮影をした。


「……へ、変だとは思わないのか? こんな中身の弁当を」

「なんで? 弁当って、愛情を込めてナンボのもんっしょ?」


 ユーヤの言いたいことはわかる。高校生の弁当の中身がキャラ弁なんておかしいと言いたいのだろう。

 けど、これはお姉さんがユーヤのために試行錯誤を繰り返し、愛情を注ぎながら作ってくれたお弁当のはず。

 それを変だなんて、あたしには口が裂けても言う気にはなれなかった。


 あたしは弁当箱を太ももの上に乗せ、まっすぐユーヤを見つめて口を開く。


「……ねえユーヤ。こんなに作ってる人の気持ちが伝わってくる料理なんだよ? それを見た目なんかで判断してきて、好き勝手ディスってくるバカの言葉が聞こえたとしても、そんなのひがみや難癖だろって笑い飛ばせばいーじゃんか。それに、一生懸命作ってくれたお弁当が変だとか、一番ユーヤが言っちゃダメな言葉だし。そんなの、愛情込めて作ったおねーさんがメチャクチャ報われなくなっちゃうっしょ?」

「鞍馬……」


 ユーヤの顔が、あたしの言いたいことを理解したことで真面目なものに変わっていく。

 けど深刻に考える問題でもないよ。と、あたしはユーヤの顔に向けてデコピンをする。

 もちろん離れているので当たったりはしない。


「ってことだし。わかったかねユーヤくんっ?」

「そう、だよな……。分かったよ鞍馬」


 ユーヤの返事を聞いて頬が緩む。

 とりあえず空気を変えることは出来たかな?


「まあ、よかったじゃないか優也。お姉さんの弁当、二人には好評みたいで」

「だからって、勝手におかずのふたまで開けることないだろ白斗。それに熱弁してくれた鞍馬には悪いが、さすがにあの海苔の装飾は……」

「確かに。あれは俺もどうかと思うぞ」

「え!? アリよりのアリっしょ!」


 なんであの美的曲線の難易度がわかんないかな!?

 これだから料理しない人の浅はかな考えは……! って怒っても仕方ないか。


「あはは……進藤くんのお姉さんの想いは伝わってきたよね?」


 そう。それだよちーちゃん。

 大事なのは込めた愛情。愛情は最大の調味料なんだから。

 

「だけど、俺も羨うらやましいと思ったぞ。それだけ愛情を注いで作ってくれているってことだし、実際、前におかず分けてもらったときは美味しかったからな。愛情は最高の調味料とはよく言ったものだ。それで? お前はどうしてうなだれなきゃいけなかったんだ? そんな必要なかったろ?」

「白斗お前まで……」


 茅野くんが『愛情は最高の調味料』とか言うものだから、あたしは「うんうん」と頷く。


「……ははっ、そうだな。うちの姉ちゃんは最高だからな。お前はどう思うよ白斗?」

「ん? そんなの聞くまでもないだろ」


 これが男の子同士の友情ってやつなのかにゃー? ツーカー的な意味の。

 っと猫語がまた出てしまった。


「ちょいちょーい! さすがに時間押してるしー! ユーヤたちはお弁当食べない気?」


 持ってたスマホの時間を見て、結構な時間が経っていることに気づく。

 なので、あたしはそれに関する提案をしてみた。


「お前なあ……人から弁当ぶんどっておいて、その言い方はおかしいだろ」

「あははっ、ごめんってばー! そだユーヤ。おかずの交換しよーよ! おねーさんの料理食べたいし!」


 あたしは続けて提案をする。

 ユーヤのお姉さんの料理を実食してみたい。という思いがあふれて仕方なかったから。




「〜〜っ! おいしー! ユーヤのおかずおいしすぎて、どちゃくそすこだし!」


 ユーヤからもらった唐揚げを食べ、あたしは思わず頬を押さえた。

 すごくおいしい。というか、味付けがあたしの好みすぎて箸が止まらなかった。


「そうか? そんだけ喜んでくれると、なんか自分で作ったんじゃないのに照れてくるな。友達が絶賛してたって姉ちゃんに伝えとくわ」

「うんうん! よろしくねユーヤ! てか、何気に友達認定されちゃってるにゃーん?」


 これまた嬉しくなりニヤついてしまう。


「え!? なっ、違っ! 今のは言葉の綾だ!」


 綾音だけに? と内心でユーヤの上げ足取りを行なっていると「二人とも仲良くしよーよ!」とちーちゃんが頬を膨らませて怒ってきた。

 しかし、そんな表情もすぐに引っ込むと。


「あ、そうだ! 私たちもおかずの交換とかする? は、茅野くん!」


 なんて茅野くんに申し出るちーちゃん。


 あれ? またどもった? もしかしてちーちゃん、茅野くんに対して……?

 いや直感に頼ってはいけない。そうならば嬉しいのだが、もう少し色々と情報を集めるべきだ。


「俺はパンなんだが」

「そ、そうだよねー。あぅ……」

「……まあ、コロッケパン半分くらいならあげてもいいが、どうする?」

「じ、じゃあ! 私もコロッケあげるね!」


 その交換に意味はあるのだろうか? いやまあ、コロッケでも味付けは違うけど。


 あたしは二人が食べ物の交換を行うのを眺めて、次にユーヤの顔に視線を移す。彼の顔は羨ましそうな、嫉妬しているようなものにも見えた。


 そして胸がズキリと痛む。

 どうしてちーちゃんばかり? あたしのことだって見てよユーヤ。


「…………ユーヤは?」

「へ?」


 気づけば、あたしはユーヤの名前を呼んでいた。

 ユーヤの視線を独占したい。その表れだったのかもしれない。

 けれども、彼にきちんと聞きたいことがあったのも事実で。


「あーしがあげたおかず。味の感想聞きたいんですけどー?」


 あたしのお手製の料理。いつかユーヤに食べてほしくて、毎日お母さんに教えてもらいながら作ったおかずだ。

 それを食べた感想を彼の口からきちんと聞きたい。


「あ、そうだったな」


 ユーヤはどれを摘むか迷うように箸を動かし、だし巻き卵を選び取った。

 手を添えて落ちないようにして口に運ぶと。


「ん、もぐ……もぐ…………んっ!?」


 口を動かすユーヤが顔色を変えた。

 それが良い意味なのか悪い意味でなのか。緊張しているあたしにはその判断が出来なくて。


「ど、どーかな? ユーヤの口に合ってた?」


 絞り出した声は情けないけど震えていた。

 聞いたはいいけれど怖い。でも、どうしても食べてみた感想を知りたかった。


 ゴクリと喉が鳴る。唇も震え始めたそのとき。


「ああ! すっげえおいしかったぞ!」


 ユーヤが笑顔でそう言ってくれた。

 聞き、脳が意味を理解し、身体中に『嬉しい』という電流が流れ出す。


「ほ、ホント!?」


 ユーヤが小さく頷いた。


「〜〜〜〜っ! やばっ……マジでうれしーんだけど……!」

「く、鞍馬っ?」


 身体中が熱い。口はさっきからニヤけそうになってくるし、涙が出るのを堪えないといけないほど、目にジンジンと刺激が与えられてくる。

 幸せすぎて死んでもいいと本気で思った。それくらい嬉しかったのだ。


「ほほう? イチャラブな仲だねー?」

「なんだ? お前たちもう付き合ってるのか?」


 唐突に聞こえたちーちゃんと茅野くんの声。


 付き合ってるって誰と誰が? もしかして、あたしたち二人のことを指して言っているの?


「は、はあ!? なんでそうなるんだよ!? 別に付き合ってはいねえって!」

「そ、そーだし! 付き合ってとか、まだそんなんじゃないし!」


 ユーヤが否定するものだから、あたしも釣られて声を出す。

 とはいえ、事実付き合っていないのだからおかしくはない。……のだけど、本心では否定したくない自分がいるわけで。


「ふーん? ……茅野くん、まだだってさ」


 あれ? ……あ!? 言い方が!?


「うむ。まだ、らしいな」

「お、お前らなあ!!」


 そんな二人が納得しているところに、ユーヤが必死になって誤解を解こうとしていた。


 あたしはあたしで、そんなユーヤの様子にどんな顔をすればいいのか悩んでしまう。

 けど、おいしいと言ってくれたときの笑顔を思い出すことで、少しだけ報われた気持ちになれた。


 うん。まずは一歩ずつでいい。いつかあなたの視線はあたしだけのものにするから。

 今はまだ、ちーちゃんを見るのも許してあげるよ。でも、必ずあなたの心を奪って見せるからねユーヤ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] グッ!! こうして見るのやっぱり、茅野殴りたくなるわ
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