8話 黒猫さんのお昼休み
午前の授業も終わり、今はお昼休憩。いわゆるランチタイムに突入した。
大体の日はミャーコたちなど、一年からの友達と食べるのだが、今日は違う。
「えへへ♪ 綾ちゃんと二人でお昼食べるなんて久し振りだね?」
「う、うん。去年は何回か一緒に食べたっけ?」
「うん! 綾ちゃんのお弁当はどんな感じ?」
「あ、えっとね」
あたしはレジャーシートにあぐらをかき、スカートの中身が見られないよう、ブレザーをかぶせた状態で座っている。
そんなリラックスした体制で、弁当箱のふたを開けながら思い返す。こうなった経緯を――。
それは授業の合間の休憩時間のこと。
朝にあったユーヤとのやり取りを見ていたミャーコが、あたしに話しかけるために振り向いた。
「ええやんええやん。傍から見たら、恋人同士に見間違うてしまうほどの仲やったで。まずはオペレーション・フォーリンラブの第一段階が成功やな!」
「ミャーコ、その作戦名ダサいよ?」
「なんやて!? めっちゃよさげな作戦名やろ!?」
「いや、うん……ダサい」
「はあああぁぁ……!? ほんっま! 凡人にはわからんのやな、このよさが!?」
ミャーコは両手で顔を覆って天井を見上げる。
わからないで済むのなら、あたしは凡人でいいと思った。
「で、作戦名の議論続ける?」
「その冷めた態度やめーや。傷つくはー……」
顔から手を離してこっちを見るミャーコ。
「まあええ、次はライバルとなるチトヤンへの牽制やな」
「牽制? どうすんの?」
「簡単な話やろ。チトヤンがシンドーのことをどう思うとるんか聞き出す」
「無理」
「ああん!? 即決すなや!」
ミャーコがヤクザばりの顔をする。が、あたしには効かない。見慣れているから。
あたしは机に肘をつき、ミャーコから顔をそらす。
「無理なものは無理だし」
「理由は?」
「両思いだったら死ねる自信がある……」
「……まあ、それはわからんでもない。せやかて、指標はほしいやん?」
「それはまあ……」
「だったらやるんや。あややが目をそらし続けた結果が今なんやろ? だったら覚悟決めんと」
図星を突かれてあたしは怯んだ。
確かにミャーコの言うことは正しい。自分自身、とうの昔に理解している問題点なのだから。
「……わかった。やってみる」
こうして覚悟を決め、あたしは昼休みにちーちゃんを食事へ誘うことにしたのだ。
「綾ちゃんの料理、前と味が違う? おばさん味付け変えたの?」
「え? いや……それはあーしが自分で……」
「ん? もしかして綾ちゃんの手作り!?」
「う、うん」
「ウソ!? すごい! おいしいよ綾ちゃん!」
「ほ、ホント!?」
で、昼食を食べ始めたあたしたち。
ちーちゃんが、あたしのお弁当を食べて絶賛してくるものだから、正直に嬉しくなって舞い上がる。
「いつから手作り弁当に変えたの?」
「えっと……進級してからかな」
正確にはユーヤと同じクラスになったのを知ってからだ。料理自体はお母さんの手伝いでやっている。
もしかしたら、なにかの拍子に食べる機会があるかと思い、作り始めたのが最近なのだ。
今では作ること自体が楽しいし、今回の一件でユーヤに食べてもらうことがあるかもしれないと、ワクワクドキドキしてるのが現状である。
そんな心情は、ちーちゃんに聞かれたとしても答えられないが。
「ちーちゃんはリュウさんの手作り?」
「うん。お兄ちゃん板前目指してるから、そのついでで作ってくれてて」
リュウさんとは、ちーちゃんのお兄さんのことだ。
ウルフカットのイケメンで、あたしにとっては気前のいい兄貴分の方でもあった。
ちーちゃんの家系は少し……いや、だいぶ変わっていたりもするが、食事は基本的にちーちゃんのお母さんが作っている。
この子が言った通り、リュウさんは修行も兼ねてお弁当を作ってくれているようだ。
「あ、何か食べたいものある?」
持っていた弁当箱がこちらに向けて差し出される。
中には唐揚げやミートボールやコロッケなど、小学生が好みそうな料理ばかりだ。
中身が茶色い食材の割合が高いのは、ちーちゃん相手の弁当だからなのだろう。
「もらってもいーの?」
「うん! お兄ちゃんも色々な人に食べてもらって感想聞きたいだろうし――」
ちーちゃんが話している途中で、スマホのものと思われる電子音が鳴った。
それはあの子のスマホの音らしく、弁当箱を持つ手を引っ込め、ブレザーのポケットからスマホを取り出して確認しだす。
「誰かからメッセ来た?」
「……え? うん。あ、違っ! ソシャゲの通知が来てただけ!」
スマホをいじっていたちーちゃんは、慌てたようにこっちを見て否定してくる。取り繕うように言い直すところがなにか怪しい。
とはいえ、わざわざ指摘するほど野暮な人間ではないので、ここは静観することにした。
明らかに画面をフリックして文字を打っている。
これがタップならゲームという話も頷けるのだが、フリックとなると返信しているのが正解か。誰が相手かは興味ないけど。
「お、おまたせ。食べる?」
と、もう一度弁当箱を差し出してくるちーちゃん。
「ん。じゃあ、いただきまーす」
あたしは箸でエビチリを掴み、口に放り込む。
何度か噛んでの味の感想は――。
「うん。おいしい」
素直においしい。板前ということから、料亭や旅館などで出されるような、上品な味付けを目指しているのだろう。
それはつまるところ。
「おいしいけど、ありきたりかなー。いかにもな味付けに思える。リュウさんらしさがないって感じ」
「あぅ……。そっかぁ。なんか、綾ちゃんらしい実直な感想だね?」
「……あ、ごめん! もう少しボヤかして言うべきだった」
「ううん! いいよいいよ! お兄ちゃんも素直な感想が聞きたいって言ってたから」
「そっか。なんかごめん」
なんて謝っていると、視線の先に周りを見回す二人の男の子が見えた。
……ん? あれってユーヤと茅野くん?
「あれー? ユーヤに茅野っちじゃん?」
あたしは反射的に声をかける。ユーヤを見た瞬間、そうしたくなったのだから仕方がない。
恋は盲目とは、こういうことを言うのだろう。
「お? 鞍馬さんに倉田さんじゃないか。二人はここで昼食を?」
「うん! 茅野くんたちは、今からお昼を食べ始めるところ?」
茅野くんとユーヤがこちらに気づき、歩いて近づいてくる。
「ああ。しかし、場所が空いてないようでな。俺たちは別を当たろうかと話していたところだ」
「そ、それなら私たちと――」
「じゃあさ! ユーヤと茅野っちもここ使って食べたらいーじゃん! ……って、倉田っちと意見かぶってた?」
「かぶっちゃったね。あと呼び方ー!」
相変わらず頑固に指摘してくるちーちゃん。
だから、その呼び方は私的に恥ずかしいからやめたいの、とあたしは言いたい。
とはいえ、名前を呼ぶ程度で機嫌が直るのなら呼ぶけど。
「あはは……ごめんってば、ちーちゃん」
「てかいいのか? オレたちがお邪魔しちゃっても」
「あーしはむしろウェルカムじゃんよ」
まさか、こんなに早く願望が叶うとは。
今すぐにでも、神様にお祈りでも捧げてみたくなってしまうではないか。
てか、えへへ♡ ユーヤと昼食♪ ユーヤと昼食♪
……はっ!? いや、すこし落ち着けあたし。喜びが顔に出てなかったよね?
「わ、私も大丈夫だよ」
「白斗は?」
「ん? 断る必要があるか? また場所探すのも面倒だろ?」
ユーヤは茅野くんの発言を聞いて呆れたような顔をするも、靴を脱いでシートに足を踏み入ってきた。
それに続く形で茅野くんも入ってきて、二人は腰を据える。
見ると、ユーヤは弁当箱を持ち、茅野くんはコンビニの袋を持参していた。
ユーヤはお弁当か。じゃあ母親が……いやユーヤのお母さんは亡くなったんだった……。
となるとお姉さんが? もしかしたらユーヤが自分で作っている可能性もありえる。
「ユーヤは弁当持参? もしかして自分で作ってたりしてんのっ? なにそれ、やばたにえんじゃん!?」
だから、あたしはそんな風に尋ねることで探りを入れた。
「いや、こいつのはお姉さんが作っているらしい」
「なーんだ。女子力高いのかと期待しちゃったし」
「いやまあ、少しは料理するけどな。包丁は、姉ちゃんがいないときにしか使えないけど……」
お姉さんの方だったか。
まあ、男の子は自分で作らないと言うしね。
「ねえねえ。私、お姉さんが作ったお弁当がどんな感じなのか興味あるの。見せて見せて」
「ん? 倉田そんなに興味あんのか?」
「うん!」
ちーちゃんの返事に気をよくしたらしいユーヤが、弁当を包んでいた布を解いていく。
やっぱり釈然としない。あたしにはそんな顔してくれないのに……。
「ではご開帳――」
「開けていいのか優也?」
ユーヤがふたに手をかけたところで、制止するように茅野くんが声をかける。
「え?」
「いやほら、教室で……」
「あ……」
茅野くんがユーヤに耳打ちするように話す。
教室でなにかあったのだろうか?
隠し事をされていることも癪に障る。段々と腹が立ってきて、なぜだか意地悪したくなってきた。
「ユーヤ何してんの? あ! 開かないのならあーしが開けたげるし!」
「ちょっ!?」
結果――あたしはユーヤの手から弁当箱を奪い取ると、そのふたを一気に開けていた。
「おー……これ、って……」
中にはご飯が敷いてあり、海苔で作られた英文と顔文字が描かれていた。
それを呆然としながら見ていると、ちーちゃんや茅野くんも覗き込んでくる。
これはデコ弁って言うもの? うわあ……♪
最近になって自作弁当に手を染めた身としては、これには感嘆の思いしか湧いてこない。
いいなあ。ユーヤのお姉さんのセンスすごいなあ。
「わ、わあー……」
「うむ……」
ん? あれ? 他の二人の声色がよろしくない?
……え? なんで? とあたしの頭には疑問符が浮かんできた。