6話 刻み始める陥落へのカウントダウン
その後、ミャーコがシンの数少ない友人である茅野白斗くんの連絡先を知っていたらしく、彼経由でシンの番号を知ることが出来た。
教えてもらった番号を元に、あたしはシンにラインを使い『明日の朝に体育倉庫で待つ』なんて旨の文章を送る。
返事はなかったけれど、きっと大丈夫だという確信があった。シンは約束を守ってくれると、心の底から信じられたからだ。
そして翌日――。
「ふう……」
緊張で手汗をかく中、あたしは体育倉庫に着いた。他に人はおらず、どうやらシンよりも先に来られたようだ。
そこから鞄を漁り、封筒がきちんと入っていることを確認する。
「あとは…………うーん」
これと言って浮かばない。特に案も浮かばずに悩んでいると。
「ん?」
ラインの通知音が鳴った。シンかと思って急いで確認するが、画面に映っていたのはミャーコの名前。その文面は『おはよーさん! もう決着ついてしもうたか?』というものだ。
『おはよう。ううん。まだだよ』
『そか』
『それにまだ来るとは確定してないから』
『けど、あややは確信しとるんやろ? せやったら、あとは全部ぶつけたれ。自分の気持ちを知ってもらうんが最初や。そっから攻めればええ』
『うん! ありがとうミャーコ! がんばるね!』
最後にミャーコからの『おう! がんばりや!』というラインを確認し、スマホを上着のポケットにしまう。
代わりに手鏡を取り出し、メイクや髪の乱れがないか確認。……む? 前髪がちょっと気になる。
前髪をいじりながら、周囲にも目を配る。シンはまだ来ない。
少しだけ不安になり、あたしは頭を下げて地面を見つめる。大丈夫だ。シンを信じよう。
そこへ――。
「よ、よお」
「あ……し、進藤……? えっと! お、おっはー」
いきなり進藤が現れた。下を向いていたせいで一瞬遅れ、どもり気味になってしまう。
「話ってのは何についてだ?」
シンからの問い。あたしは自分の鞄を見る。
「あー、えとさ……て、手紙やっぱ返さなきゃって思ったから」
「へ?」
持っていた手鏡を鞄へとしまい、中から手紙を掴み出す。
「な、なんでだよ!? どんな心境の変化が!?」
「だって、不公平ってゆーか」
「不公平?」
驚き、今度は怪訝な顔をするシン。意図がわからないのだろう。
だから、ここからは声を大にして答える。自分のことを印象づけるため。
「だーかーらー! 進藤はさ、倉田っちのことが好きなんっしょ!?」
「おまっ!?」
予想外の言葉だったようで、シンは慌てふためいて周りを見回した。
「はあ……お前なあ、いきなり――」
「あーしは進藤のことが好き! ぶっちゃけ、世界で一番好きな自信がある!」
「いっ!?」
更に畳みかける。ミャーコの指示だ。
目をしっかり見つめ、自分の気持ちを伝える。
好意を伝えることにおいて、これほど異性に対して有効な手はないとミャーコは言っていた。
だからあたしは、それを忠実にこなして想いを口にする。
「けど……好きだからって、その人の恋を邪魔すんのはなんか違うってゆーか。こんな卑怯なマネしても、進藤に振り向いてもらえないだろーし。なにより、あーしが自分のことキライになっちゃう……」
「鞍馬……」
「だ、だから! あんたにコレを返すってことっ!」
眉毛を八の字にするシンへ封筒を差し出す。視線はそらさず、まっすぐに。
しかし、シンはしゃべりもせず動きもしない。
「てか、納得したならはよ受け取れし……。いつまで待たせんの?」
さすがに気まずくなる。照れや不安に押しつぶされそうで心臓が潰れてしまいそうなのだ。
そうして受け取ったシンは念のためなのだろう、中の手紙を確認し出す。
一応、変なシワや折り目がないことは確認していたのだが、こちらとしては気が気じゃない。
「これ……」
しかしシンが小さく呟いた。
なにか気になることがあったのだろうか?
「……ん? どーかした? も、もしかして破れたりとかしてた!? それならごめっ! 手紙弁償しよっか!?」
もう一度封筒を開いてでも中身を確認しておくべきだったかと焦る。
返しておいてそれでは目も当てられない。
「い、いや大丈夫だ。……ははっ、てか取り乱しすぎだろ。なんの問題もなかったから気にするな」
言いながらシンは笑う。ウソを言っているかも判断出来ない顔だった。
「ほ、ホントにダイジョーブなん?」
「ああ。だからもう気にすんなって」
「う、うん……」
それならよかった。と心の底から安堵する。
とにもかくにも、あとは自分の想いを宣言するのみだ。
あたしは鞄を持つ手に力を込め、覚悟を決めてシンを見つめる。
「……よし。これでやっと向き合える」
「な、なんだよそれ?」
「決まってるっしょ。これであーしが、倉田っちのことで気負う必要がなくなったってこと。もう全力でやりたいことやっちゃる」
ああ。なんのためにギャルに変身したのかを思い出せあたし。
すべてはシンを、進藤優也という存在を。あたしが支え、ときには支えられたいからじゃないか。
心を閉ざして日陰にいたこんな黒猫なんかに構ってくれた人。そんなあたしに構ってくれたのがシンだ。
けれども家族を失い、更には恋に敗れて傷心してしまったこの人のことを、あたしも放っておけない。
そうだよ。あたしは彼の隣にいたいんだ。進藤優也という陽だまりで暖まり、ときには彼の心を暖める存在にあたしはなりたい。なってみせるんだ。
「……ってことで! こっからはマジで進藤を陥落させにゆくから――」
だから、あたしはシンに向けて指を差す。
想いを言葉に。そして想いを力にして、彼に宣戦布告となる想いを告げる。
「よ・ろ・し・く♪ 進藤をメロメロにさせて、絶対に彼女になってやるかんね!」
「なっ!?」
ああ、言ってやった。
それを実感して自然と笑みが浮かぶ。嬉しい。やっぱり想いは言葉にして伝えないと意味がないのだと、心が今悟った。
自分の言葉に満足したあたしは、驚いた顔のままのシンを気にも留めず、その横を通り過ぎる。
すっきりした気持ちだ。もう後戻りは出来ないが、そんな気すら起きやしない。
こうしてあたしは、シンを陥落させるために行動を開始するのだった。
「さあシン。今日から覚悟してよね? どんな手を使ってでも、あなたを陥落させてみせるから♪」