4話 どうしようもない結果
校舎から出ながら、あたしは気分を落ち着けるためにアメをなめることにした。
持ち手のついたロリポップタイプのアメだ。口に入れると、イチゴの味が口いっぱいに広がって幸福感に満たされる。
色々と幸せがあふれる気分で体育倉庫付近にまで辿り着くと。
「も、もしかして既読無視的な感じか? いや純真っぽい倉田に限ってそんな! さすがに返事くらいはしてくるよな!? あれ? でも実は、倉田は闇が深い系女子なんて可能性も……!」
なんて、よくわからないことを言っているシンの声が聞こえてきた。
もしかしてシンが口にした倉田って名前、あたしの幼馴染である倉田千歳、ちーちゃんのことを言っているのだろうか?
話の流れはわからないが、幼馴染としては訂正してあげるべきだろう。
そう思い至り、あたしはシンの前に姿を現す。
「なにそれー? あんたは倉田っちのことをなんだと思ってんの?」
「え? ……く、鞍馬!?」
「とりま、そこはふつー、恥ずかしくってラインの返事が出来ないとか、送信した文面に問題があったとか考えるべきっしょ」
驚いているシンに向けて「やっほー♪」とウインクしながら近づいていく。
途中で納得したような顔するシン。どうやら、あたしの話を理解してくれたようだ。
なにを悩んでいたかは知らないけれど、力添え出来たのは素直に嬉しい。
「にしても、マジヤバすぎ」
ああ、今日一日で二度もシンと急接近出来るだなんて、ホントにマジヤバすぎだし。
って、あれ? 声の一部の口から出てた気が……?
「あ、進藤もキャンディー舐めたい?」
あたしはなめていたキャンディーを口から出し、シンに向けて差し出す。
これで今の呟きを誤魔化せたなら御の字なのだが、果たして上手くいくだろうか?
「はい、どーぞ♪」
「って食えるか!!」
「なーに? 間接キスとか気にしちゃうタイプー? 進藤って、結構純情系だったり?」
シンが赤面しながら狼狽るのが面白くって、思わず笑みがこぼれてしまう。
まったく。あたしたちはもう、シンに押し倒されたあのときにキスをしているというのに。
誤魔化せた? と思いつつ、あたしがもう一度アメを頬張ったところで。
「わ、悪いかよ!? てか、なんでお前がこんなとこに来るんだ? バレー部やバスケ部なのか?」
「なわけないじゃん。それだったら体操服着てなきゃマズいっしょ?」
シンが的外れな推理をするので、一応それを指摘しておいた。
「なら、なんでここに?」
なんでここに……? シンはなにを言っているの?
「そマ? ひょっとしてド忘れしてる? んじゃ、コレなーんだ?」
「へ? そ、それは!?」
あたしは手紙をブレザーのポケットから取り出してシンに見せる。
「あーしの下駄箱に入ってたんだけど、名前は進藤で間違いないよね? 中身も読んだ上でここに来たんだけどー?」
「う、あ……」
シンの様子がおかしい。予想だにしていなかったような顔つきをしている。
なんでこのタイミングでそんな顔をするのか、あたしには理解が出来なかった。
「ちょいちょーい! なんか言ってくんないと、あーしがちょー恥ずいんですけどー?」
なんとか平静を装ったまま、ギャル口調を崩さずに尋ねる。
「な、何か言えって言われても……」
「……進藤?」
ホントになんで? なんでそんなに心苦しそうな表情をするのシン?
おかしいじゃん。あたし、これからシンに告白されるんだよね? そうなんだよね?
けど、一つだけ予想が浮かんだ。あってほしくない嫌な予想が。
「あ、あのさ。実はそれ……っ……」
「……実は間違えてたとか? 入れる下駄箱を」
「なっ――!?」
「ふーん? ……ここに来てから進藤の返事が変だと思ってたけど、そーゆーことか」
ああ……。あたしは自分が感情を押し殺せるこの癖を、初めて有益なものだと実感した。この場で感情のままに罵詈雑言を口にしないで済むのは助かる。
そのおかげもあり、髪をいじる程度の反応だけでとどめることが出来た。
「そ、そうなんだよ! いや、本当にすまん! お前を騙すとか、嫌がらせでやったんじゃなくてだな!」
「相手は?」
「あ、相手?」
「そ。マジで渡すつもりだった相手は?」
せめて、誰に向けたラブレターなのかを知りたい。
「言わないなら、このラブレターをコピーして全校にばら撒くし」
「はあ!? それは人としてやっちゃダメだろ!?」
「あーしにそれをして欲しくないなら、さっさとゲロっちゃえばー?」
もちろんホントにする気はない。けれども、どうにもシンの反応がわずらわしくてが仕方なかった。
あたしは苛立ちを感じながらアメを噛む。しかし力が入りすぎたようで、噛み砕いた音が口の中で鳴ってしまった。
「あと三秒ー」
「ちょっ!?」
「二ィー! イーチ!」
「分かった! 言う! 言うからカウント止めろ!」
「りょ」
とりあえずの交渉は済んだ。
問題は、いったい誰に渡すかの部分。それを知ってもなお、あたしは冷静でいられるのだろうか?
「で、進藤の好きな子は誰?」
「うっ……! ……く、倉田。同じクラスの倉田千歳だ」
「くら、た……? そっか。それで倉田っちのこと呟いてたんだ……」
「鞍馬?」
あたしは目を見開いて唇を噛みしめた。
ちーちゃんが相手? なんでよりによってちーちゃんを好きに!?
だってシンは、犬飼みたいなギャルっぽく積極的なタイプが好きだったんじゃないの!?
「ほ、ほら。ちゃんと言ったんだし、それ返してくれないか?」
シンが手を伸ばしながら近づいてくる。
「あ、うん」
そうだ。言う通りにしてくれたんだから、ちゃんと返さないと。
でもそれは、あたしがシンに交渉する手段を放棄することに他ならないのではないのだろうか?
……なら、シンと付き合えるチャンスをみすみす諦めると言うの鞍馬綾音?
もうすでに一回、犬飼に取られかけたんだよ?
「…………やっぱダメ」
「はあ!? ダメってなんだよ!?」
あたしはなめ終わったアメの棒をポケットにしまうと、もう片方の手で封筒を背中側に隠す。
「おい! ふざけんのも大概にしろよ!」
「ふざけてないし! 進藤はコレ返してもらったら、今度こそ倉田っちの下駄箱に入れるんでしょ!?」
「あ、当たり前だろ!」
やっぱりそうだ……!
ここで引いたら、今度こそあたしはあたしを許せなくなる。
シンが本気で好きならここで引いちゃダメなんだ。
「じゃあ返さない」
「おまっ、なんでだよ!?」
「それは……!」
言いよどみ、あたしはうつむく。
いや、ここで臆しては意味がない。勇気を振り絞るんだあたし!
「決まってんじゃん!! あーしが進藤のこと好きだからよッ!!」
「……は?」
言ってやった。自分がナナシだと告げないまま、あたしはシンに告白したのだ。
けど、そこから先の記憶はない。少なくともシンの返事を聞いた覚えはなかった。
気づいたらあたしは、手紙を手に持ったまま自分の部屋のベッドで仰向けになっていた。
服も着替えず、なにもしないまま天井を見つめる。
「ああ、最低。ホントに最低最悪だ……!」
奥歯を噛み、袖で目元を覆う。
「あたし、いったいなにしているんだろう……?」
そんなあたしに浮かんできたものは、後悔の念と両目ににじむ涙だった……。